2018/07/31

地元「ゆかり」を大切にする神戸の美術館

生まれて初めて神戸を訪れた。日本を出て30年近い私には、日本国内で行ったことがない土地がたくさんある。

職業柄、どこに行っても、つい美術館やギャラリーに目がいく。宿泊した六甲アイランドに美術館が3つあった。「神戸ゆかりの美術館」、「神戸ファッション美術館」、それに、「神戸市立小磯記念美術館」だ。

神戸ファッション美術館はあいにく休館だったが、神戸ゆかりの美術館と神戸市立小磯美術館には行ってみた。

神戸ゆかりの美術館の企画展示は「エトランゼの旅物語」。海外を訪れた神戸及びその近郊ゆかりのアーチストの作品展である。



第2次世界大戦以前の作品は質に大きなムラがあった。仕方ないかもしれない。ヨーロッパに行くこと自体が大変だったのだから。「行くことに意義がある」時代だったのだろう。

2018/07/29

戦う葬儀屋、銃で強盗を撃退 素人が武装することの是非

警備用監視カメラがいたるところに設置してあるおかげで、犯罪の犯行現場をあとからネットで見ることが多くなった。

たとえばこの映像。一か月前、南アフリカのショッピングモールの監視カメラが捉えたものだ。左奥に座った3人組に注目して欲しい。誰も気づかないうちに、堂々とハンドバッグを盗んでいる。



フムブラニ・オーブレー・ブヴンビ(Humbulani Aubrey Bvumbi)さんは葬儀会社のCEO。7月24日、ジョハネスバーグの高級住宅街ブライアンストンの自宅に愛車のレンジローバーで帰宅した。

「いつも通り門を入ったのですが、(自動的に閉まるはずの)門がなかなか閉まらないので不審に思って振り返ったら、見慣れない車が入って来るではありませんか。銃を持った男たちが車から降りてきたのを見て、命が危ない!と思いました。」

しかし、そのまま犯罪の犠牲者になるブヴンビさんではなかった。

「幸いなことに、銃を取り出してなんとか対応することができました。車のドアを開けようとした一人に向かって、即座に発砲したのです。犯人たちは危険を感じて走り逃げましたが、本当に頭にきましたよ。」

バックする黒のアルファロメオに向かって、ブヴンビさんは銃弾を撃ち続けた。

2018/07/06

限りなく完璧に近い人々(5)理想の体現に涙ぐましい努力を欠かさないスウェーデン人

世のため人のため、こうありたい、こうあるべきだ、と思っても、自分の生活に影響があるとなると、なかなか賛成・実行するのは難しい。汚水処理場や火葬場が必要なことはわかっていても、自宅の傍に出来るのは嫌だし、社会福祉の充実を願いながらも、増税には反対する。差別がいけないことはわかっていても、自分の息子や娘が身体障碍者や外国人(特に白人以外)と結婚したいと言い出したら二の足を踏む。国家レベルでも同じこと。他国の人権問題よりも自国の貿易の方が大切だろうし、市場開放や難民受け入れに難色を示す。

大義名分や理想と現実は違うのだ。どこの国でも、どの国の国民でも似たり寄ったりだろう。

ところが、スウェーデンは毛色が違う。本音はどうであれ、「公平」「正義」「民主主義」という理想や建前を重視し、理想に沿った政策を国家が実行してしまうのだから。

外務省

スウェーデンは過去40年にわたり、ヨーロッパのどの国よりも多く移民を受け入れてきた。住民の15%近くが外国生まれという。ヨーロッパで移民受け入れ第2位のデンマークですら、外国生まれの住民は6%強だから、スウェーデンの移民受け入れは文字通り桁違い。親の代まで考慮にいれると、外国生まれがなんと全体の30%にものぼる。

2018/07/03

弟がネズミに喰われた! 南ア公共医療の悲惨な現実、再び

2018年5月18日、クワズールーナタール州の田舎に住むボノクフレ・カリ( Bonokuhle Khali)さんは自宅から35キロ離れたンコンジェニ病院(Nkonjeni District Hospital)を訪れた。その1週間前、車にぶつかったときの痛みが出てきたためだ。そのまま入院。兄のジェローム・カリ(Jerome Khali)さんが家族と共に見舞いに行った際は元気だった。ところが数日後、病院からジェロームさんに電話。ボノクフレさんが亡くなったという。38歳だった。

「弟に会いたいというと、ネズミのフンが入った透明の袋を渡された。弟がネズミに食べられたことをそうやって私に知らせたのだ」と怒りを隠せないジェロームさん。「とても清潔であるはずの病院で、なぜこんなことが起こりえたのか理解できない。」

ジェローム・カリさん

ボノクフレさんが5月22日に亡くなった後、病院の死体安置所に移すよう指示を出す医師がだれもいなかったために、遺体は廊下に置きっぱなしにされた。ネズミが鼻や唇をかじり始める。病室の入院患者からほんの数メートルのところだ。ネズミたちがチューチュー鳴きながら、遺体をカリカリカリ。。。目と鼻の先に横たわる入院患者たちは生きた心地がしなかったことだろう。

2018/06/14

限りなく完璧に近い人々(4)耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶフィンランド人

欧米人が持つフィンランド人のイメージは「超寡黙」。『限りなく完璧に近い人々』(The Almost Nearly Perfect People)では、こんな実話が紹介されている。

著者マイケル・ブース(Michael Booth)の友人(フィンランド人)が吹雪の中、義兄と車に乗っていたところ、とんでもない田舎で車が故障してしまう。30分後、やっと車が一台通りかかった。運転手は車を止め、故障した車のボンネットの下をチェックし、親切も修理までしてくれた。その間、交わされた言葉ゼロ。通りかかりの人が立ち去った後、著者の友人は義弟に言った。「いや~、ラッキーだったね~。一体誰だったんだろう?」 義弟は平然と、「ああ、あれはユッカだよ。僕の同級生だった。」

私の経験では、フィンランド人が「超寡黙」とは感じたことがない。むしろ、「口を聞かないのは言うことがないから」とか「口をきかないのはバカだから」とかいう理由で、ひたすら自己主張し喋りまくるアメリカ人より、余計なことを言わないフィンランド人の方が楽。日本人と似ているのかもしれない。