2012年1月25日水曜日

『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』 マンデラの本音が初めて聞ける本

拙訳『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』が明石書店から出版されました。以下、「訳者あとがき」の抜粋です。明石書店のHPはこちらをご覧ください。
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・・・ネルソン・マンデラに関しては、既に多くの本が書かれている。中でも最もよく知られているのは、自伝『自由への長い道』だろう。しかし、『自由への長い道』は「自伝」とはいいながら、実は多くの人の手がはいった共同作業だった。

出版された1994年は、南アフリカ史上初めて民主的な総選挙が行われた年。白人が何十年も「テロリストの集まり」と見做してきた解放運動組織ANC(アフリカ民族会議)が、NP(国民党)のアパルトヘイト政権に取って代わった。経済力を握る白人の間には、黒人多数支配に対する不安や懸念や不信がまだ根強い。国際社会は民主国家の誕生を喜びながらも、南アフリカの人種和解の行方と、黒人政権の舵取りに懐疑的だった。

そのような微妙な状況を反映した「自伝」には、マンデラとANC幹部による政治的配慮がちりばめられていた。つまり、マンデラの「本心」より「きれいごと」が優先されたわけである。1980年代後半に暴走を始め、殺人関与まで疑われた「国民の母」ウィニー・マディキゼラ=マンゼラや、全くウマが合わなかった「ノーベル平和賞共同受賞者」FWデクラークへの批判的な言及が一言もないのはその良い例であろう。

その意味で、マンデラの手紙、日記、メモ、ノート、出版されなかった原稿、公表する予定ではなかったインタビューなどを集めた本書には、マンデラが「自伝」に書けなかった「本心」が吐露されているといえる。「偉人」「聖人」に持ち上げられたマンデラではなく、おちゃめで、家族思いで、日常的な小さな幸せに憧れ、時には悩んだり、絶望的になったり、怒りに身を震わせたりする、「人間」マンデラの姿を垣間見ることができるのだ。

2012年1月21日土曜日

働きたがらない国民性? 労働市場が抱える問題点

南アフリカは失業率が高い。公式発表で約25%、実際は40%と言われる。そのため、雇用拡大が政府にとって大きな課題だ。

しかし、「何でもいいから仕事を作れば良い」というものでもない。高校進学率が97%、国民のほぼ全員が読み書き算数できる日本とは事情が違う。20歳以上の国民のうち、高校卒業以上の教育程度を有するのは白人65%、インド系40%、カラード17%、黒人は僅か14%。

とすると、手っ取り早いのは、公共投資で肉体労働者を増やす?

ところが、誰でも出来る職をいくら増やしても、雇用拡大につながらるとは限らない。

アドコープ(Adcorp)社の分析によると、働きたくない人間が沢山いるのである。

2012年1月16日月曜日

アフリカ民族会議(ANC) 100歳に 12人の指導者像

南アフリカの元解放運動組織で現与党「アフリカ民族会議」(ANC:African National Congress)が創立百周年を迎えた。

1月8日、フリーステート州マンガウンで大々的な記念式典を開催。支持者10万以上、VIPゲスト6000人が一堂に会した。国家元首が46人も参加したというから、一政党のイベントにしては大したもの。(自民党や民主党が百年続いたとして、百周年記念式典に外国の国家元首が来るだろうか。)

かかった費用、推定100万ランド(約1千万円)。今年一年、全国各地で記念行事を繰り広げるというが、誰が請求書を支払うことやら。見返りを期待して、資金を提供するビジネスマンが後を絶たたないかもしれない。

ANCの前身、SANNC(South African Native National Congress)は1912年1月8日、ブラームフォンテインの教会で結成された。1923年、ANCに改名。1994年から南アフリカの与党。2009年の総選挙でも、投票率65.9%と圧倒的な強さを誇った。

しかし、ネルソン・マンデラは別格として、それ以外の指導者についてはあまり知られていない。百周年を機会に、結成以来12人を数える指導者(党首)を振り返ってみる。

2012年1月11日水曜日

大学入学願書提出で大混乱 踏み殺された人も

ちょうど1年前、入学希望者が長蛇の列を作ったジョハネスバーグ大学(University of Johannesburg)(「入学希望者の行列5キロ ジョハネスバーグ大学」)。今年度は2011年中に新入生の願書を受け付けた。そして平穏なまま、1月後半に学生登録、2月から授業が開始できる・・・はずだった。

ところが、先週になって、メールとSMSでキャンペーンを開始。「1月9日(月)から13日(金)まで、追加の願書を受け入れる」というのだ。それも、特定の場所(全国で1箇所だけ)に、自分で願書を持って行かなければならない。

1月9日の午前0時には、大学正門前に列ができ始めた。「早めに並ぼう」と朝4時に来た若者たちは、既に数百人が門の前で待っているのを見て唖然とした。5時には列が乱れ始める。7時15分に門が開き、5分で数百人が流れ込む。その後、警備員がなんとか秩序を取戻し、列が再び形成されたものの、志願者は数千人に膨れ上がった。辺りの道路はいずれも、生徒と父兄が乗って来た自家用車で埋め尽くされた。

夕方門が閉まり、願書を提出できなかった人々は、門の前で夜を明かすはめになる。

そして、火曜日、悲劇が起こった。

2012年1月8日日曜日

歌手のユッスー・ンドゥール、大統領に立候補 セネガル

セネガルの国民的大歌手ユッスー・ンドゥール(Youssou N'Dour)が大統領選挙に立候補するという。

全盛時代のマイケル・ジャクソンが「アメリカ大統領に立候補する!」と言ったら、大ファンでも絶句しただろう。ポール・マッカートニーやスティングがイギリスの首相になりたいと意欲を見せても、笑われるだけだろう。

俳優やスポーツ選手やコメディアンなどが政治家に転身するのが珍しくない日本では、真面目に受け取ってもらえるかもしれないが。。。それでも、歌手はハードルが高いかも。。。傷つきやすい青春の日々や切々とした恋心をうまく歌えば歌うほど、一国を率いる政治家のイメージから程遠くなってしまう。。。

ユッスー・ンドゥールは1959年10月1日、セネガルの首都ダカールに生まれた。父親は車の修理工。13歳でプロの歌手になる。世界的に知られているのは、1994年にネナ・チェリー(Neneh Cherry)とデュエットしたシングル「7Seconds」くらいかもしれないが、セネガルでは大スターだ。