2010/12/28

内閣の通信簿 「メール&ガーディアン」紙

「メール&ガーディアン」紙の年末恒例「内閣通信簿」(Cabinet report cards)が今年も発表された。大統領と大臣がこの一年どれほどよくやったか、またはやらなかったを評価するもの。

成績はAからGの7段階。

A…優。頭が下がる。
B…良。改善の余地あり。
C…可。
D…しっかりしろ。
E…自分と国のために辞職せよ。
F…もうクビだ。
G…さようなら。

それぞれに詳しいコメントがつく。

今回「採点」の対象になったのは、大統領1人、副大統領1人、大臣33人の計35名。以前は副大臣も採点されていたが、今回はなし。大臣の数が大幅に増えて紙面が足らなくなったのか、副大臣は影が薄すぎて評価の意味がないためか。

1994年、新政権が誕生した当時は、解放運動の指導者、英雄たちが内閣に名前を連ねていた。ところが次第に、よほどの政治通でない限り聞いたことのない名前が増えてくる。南アフリカの選挙は完全比例代表制。つまり政治家にとって「地元」は存在せず、党内部での力関係、人間関係が全てなのだ。また、大臣職、副大臣職は政治家の椅子取り合戦だから、適材適所の配慮はごく一部に限られる。

ジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)大統領の成績は「D」。女性問題にだらしがないという評判(?)を裏切らない、一年の出だしだった。サッカー界の大物アービン・コザ(Irvin Khoza)の娘が、大統領の子供を出産したのである。ズマには正妻が3人、離婚した妻1人、自殺した妻1人、それに婚約者までいる。友人が愛娘に子供を産ませたことで、コザはカンカンだと報道された。尤もズマが強姦容疑で起訴された際、被害者は解放運動の同士の娘だったから、「友人の娘」というのはズマにとって「手をつけて構わない範囲」なのだろう。

サッカーワールドカップという大仕事はツツガナク済ませたものの、国内では相次ぐ停電、基本的社会サービス供給の遅れに対する激しいデモ、公務員の史上最悪ストやその他各業界でのスト・・・と、責任を問われる大統領にとってあまり楽しくないことが続く。そのせいか、ズマはこれまで大して関心のなかった外国公式訪問に急に意欲を燃やした。中国、ブラジル、イギリス、フランス、スエーデン、メキシコ、エジプト、リピア、ベルギーなどなど。一度に連れて来るのは一人とは言え、ファーストレディが何人もいるのは、迎える国にとってさぞかし混乱することだろう。

ハレマ・モトランテ(Kgalema Motlanthe)副大統領は「B」。アメリカでもそうだが、副大統領というのはわかりにくい職だし、モトランテ自身、目立たないことを信条としているから、彼の評価は難しい。ただ、どう見ても無能だったり、汚職にまみれていたりする政治家が多い中、注目の集まりやすい職について話題に上らないというのは、それなりにちゃんとしているのだろう。

33人の大臣中、「A」がついたのはプラヴィン・ゴーダン(Pravin Gordhan)財務相とアーロン・モツォアレディ(Aaron Motsoaledi)保健相の2人だけ。以下、B4人、C10人、D7人、E2人と続く。「クビ」を宣告されたのは、公共サービスを担当するリチャード・バロイ(Richard Baloyi)と、地方政府・伝統的指導者を担当するシケロ・シケカ(Sicelo Shiceka)の2人。

珍しく、Gをもらった閣僚はゼロ。しかし、まだ就任したばかりで評価を控えた大臣が8人もいるから、来年に期待できるかも。

国民には顔の見えない政治家が増える中、「メール&ガーディアン」紙による「内閣通信簿」は「政治家のおさらい」として今後も注目したい。

「通信簿」はこちらで。
Cabinet report cards 2010: Reshuffling the deckchairs」2010年12月23日付「Mail & Guardian」

2010/12/23

ゲイカップルの子作り作戦 代理母にお願い

国民の大多数の人権を無視したアパルトヘイト。そんな歴史を持つ南アフリカの法律は、マイノリティや弱者の保護に手厚い。

例えば、同性愛者の権利。ゲイカップルには異性間夫婦と同じ権利が保証されている。また社会的にも、特に都会の白人社会では偏見があまりなく、ゲイであることをオープンにしている人が多い。

ただ、法律が整っていても、社会的に受け入れられていても、悩みはある。ゲイカップルの多くにとって頭が痛いのがふたりの子供を持つこと。愛する人と家庭を築きたいのはやまやまだが、オス同士、メス同士では生物学的に不可能だからだ。

一般的な解決策は二通り。ひとつは養子を貰うこと。もうひとつは、カップルのうち、ひとりの卵子または精子を使うこと。女性の場合は精子銀行を利用したり、家族・友人に精子を提供してもらい自分で子供を産むことが可能だ。

友人のレズビアンカップルはこの手を使って、ふたりがひとりずつ子供を産んだ。精子の提供者は人種が違う男性ふたり。つまり、母親ふたり、父親なし、肌の色が違い、血がつながっていない子供2人という家族構成になる。

「ゲイは社会風紀・秩序を乱す!」と目くじらを立てる人々などは、「家族」とも認めないかもしれない。しかし、親がそれを当然のように自然に振舞っているし、また、家族・親類、友人、近所の人、学校の先生、クラスメート、クラスメートの親など、この家族を取り巻く人々が皆、ごく普通の家族として受け止め、受け入れているから、子供たち自身も屈託がなく、伸び伸び育っている。

男性カップルの場合はもっと面倒だ。まず、赤ちゃんを産んでくれる女性を見つけないといけない。その女性の子供として産んでもらい、出産後、養子手続きをする。代理母は探しは大抵、専門業者を使う。料金は5万ランド(60万円)程度。

ところが、2005年に子供法(Children's Act)が改正、今年4月に施行された。その38条19項は、代理母になることで収入を得ることを禁じている。

妊娠・出産は女性にとって大仕事である。重い悪阻、妊娠中毒症、難産などの可能性に加えて、産後の肥立ちが悪いとか、体の線が崩れるという心配もある。コミットする期間も長い。妊娠期間9か月半、その前の人工授精から考えると、場合によっては1年を超える。良いお金になるならまだしも、喜んでしかも無料で、他人の子供をお腹にかかえてくれる女性はザラにはいない。よっぽど妊娠好きか奇特な人であろう。

子供を切に欲しがるカップルから巨額の料金をむしりとる悪徳業者をなくすことが主眼だろうが、お蔭で代理母になってくれる人を見つけるのがむずかしくなった。

新しい子供法にはその他、代理母に関する次のような規定がある。
  • 代理母には生存する自分自身の子供が最低ひとりいないといけない。
  • 代理母が結婚している場合は夫の同意書が必要。
  • 依頼するカップルには、ふたりとも出産することができず、その状態は恒久的であり、戻すことができないという医学的理由が必要。
  • 依頼カップル両方の生殖体を用いる。妥当な生物学的または医学的理由がある場合は、ひとりの生殖体でも構わない。
  • 関係者全員が合意書に署名し、裁判所がそれを認可しなければならない。
  • 胎芽が母体に移される以前に、裁判所が代理母に対して、親としての権利・義務を放棄するよう命令を出さなければならない。
  • 代理母は出産時に子供を引き渡す。子供は生まれた瞬間から依頼カップルの子供となり、養子手続きは不要。
  • 代理母及び依頼カップルの少なくともひとりは南ア国籍。
ジョハネスバーグ在住の某男性カップルはラッキーにも代理母を見つけることができ、この度、高等裁判所で代理母契約の認可を受けた。卵子は精子を提供しないパートナーの姉妹から提供してもらうため、遺伝的には双方の血を引いている。

子供を持とうと決めてから、代理母と契約を交わすまでに7年かかったという。同じことをまた繰り返すのは大変なので、三つ子が欲しいとのこと。代理母には妊娠中、「脳の働きを高める」モーツァルトを聞いてもらう予定。既にそのためのiPodを用意しているとか。

(参考資料:2010年12月22日付「The Star」など)

2010/12/16

美人コンテストでブスが入賞 「ミセス・インド・南アフリカ」の大番狂わせ

今年の「ミセス・インド・南アフリカ」(Mrs India South Africa)で大きな番狂わせがあった。どこにでもいる普通の太めのおばさんが、第3位のセカンド・プリンセスに選ばれたのだ。

喜びで胸が一杯になったミーナ・ラムラカン(Meena Ramlakan)さん(42)の頬に、滝のような涙が流れる。大騒ぎの観衆に手と腰を振りながら、ステージに上がったミーナさんを花火と大拍手が迎える。

首にはセカンド・プリンセスのタスキ。頭には王冠。手にはトロフィー。

3000ランド(3万6000円)はたいて買ったサリーは無駄ではなかった。ジョハネスバーグからダーバンまで約600キロ運転し、宿泊代に8000ランド(9万6000円)も使ったけど、無駄ではなかった!

一方、観衆の中には「話が違う」と感じた人もいたに違いない。

確かに、主催者のHPにはこう書いてある。

「ミセス・インド・南アフリカに参加するには、プロのモデルや美人コンテストの優勝者である必要はありません。話をするのがうまく、頭が良く、前向きで、他の人にとってインスピレーションとなりさえすれば良いのです。」

(「会話上手で、且つ頭が良くて、且つ前向きで、且つ他人にインスピレーションを与える」女性が「美人コンテストの優勝者」より劣ったものという価値観がチラついて可笑しいが、それはさて置く。女性を見かけで評価することの是非に関する議論もあるが、それもここでは置いておく。)

「インド系南ア人の既婚者」という限定つきとは言え、一応「美人コンテスト」なのである。HPの掲載写真を見ても、「ミス・ワールド」や「ミス・ユニバース」より年長で太目で洗練されていないのは当然のことながらも、「きれいな奥さん」と近所で評判になる程度の女性ばかりである。

「Mrs India SA」のHPより

優勝は出来なくても2位か3位には・・・とひそかに王冠に目をつけていたそれなりの「美女」は愕然としたことだろう。

残念ながら、ミーナさんの喜びは長く続かなかった。翌日、プリンセスの地位をはく奪されてしまったのである。ジョアニー・レディ(Joanie Reddy)さんの得点が、間違ってミーナさんに加算されていたというのだ。タスキ、王冠、トロフィーはすべてジョアニーさんに渡された。

そればかりではない。フォトショップを使って、コンテストの写真からミーナさんは消されてしまった。ビデオも再編集され、ミーナさんはカットされる。傷に塩を塗りこむとは、まさにこのことである。

主催者は「ミーナさんの名前が呼ばれた時、皆ショックを受けた。最下位か下から2番目だったミーナさんが、セカンド・プリンセスになれるはずがない」、とケンもホロロ。

ミーナさんにとっては、まさに天国から地獄へ真っ逆さま。インド系南ア人100万人の中で、大恥をかいてしまったのである。落ち込みのあまり、食べることも寝ることもできないという。屈辱の涙が滝のように頬を流れるのだった。

(参考資料:2010年12月16日付「The Star」など)

2010/12/09

アンダマン諸島 ベンガル湾の楽園

アンダマン・ニコバル諸島(Andaman and Nicobar Islands)はベンガル湾に浮かぶインドの連邦直轄地域。インド本国よりタイに近い。

アンダマン諸島は大小302個の島々、その南のニコバル諸島は19の島からなる。ほとんどが無人島。全く文明から遮断された島もある。北センティネル島(North Sentinel Island)には研究者が過去50年間に2度ほど上陸を試みたが、いずれも住民に槍と弓矢で襲われて逃げ帰ったという。

軍事的要衝であるため、インドへのビザとは別に入域許可が必要。2004年のスマトラ島沖地震による津波で大きな被害を受け、ニュース映像を通じて世界的にその美しさが知られるようになり、ここ数年、観光客やダイバーが訪れるようになった。写真はハヴェロック島(Havelock Island)で撮ったもの。











2010/12/04

飲酒運転で集団強姦!?! 過激な安全運転キャンペーン

南半球に位置する南アフリカは、日本と季節が逆だ。夏休みは12月~1月。約5週間と長い。ちょうどクリスマス、お正月にかかることもあり、大人も同じ頃長期休暇を取って家族旅行を楽しむ。運輸省では12月1日を「休暇シーズン」開始日とし、交通事故数や死亡者数を数え始める。長い休暇に加えパーティーも多いこの時期に交通事故が多発することから、運輸省では毎年「Alive Arrive」(生きて到着しよう)というゴロの良いキャンペーンを展開している。

今年は民間から力強い助っ人。大手アルコール飲料会社のブランドハウス(Brandhouse)が、ショック療法を取り入れた一大キャンペーンを張ることにしたのだ。名付けて、「Drive Dry」(素面で運転しよう)。

例えば、今週始まったテレビコマーシャル。一癖もふた癖もありそうな半裸の男たちが、自分自身のことや好みの相手について語っている。カメラが引くと、そこは留置場。部屋にひしめく男たちはどう見ても札付きの犯罪者である。意味ありげな字幕が画面に映る。「コイツラは、あんたにいい思いをさせたがってるんだ。」そして、決め手の一言。「飲んだら乗るな。」

男性の刑務所や留置場で、集団強姦が一般的に行われているのは周知の事実。「飲酒運転で逮捕され、留置場で一晩明かすことになると、身の保証はできないよ」といった脅し広告なのだ。

通常レイプの被害者と言えば女性だが、泣き寝入りするケースが殆ど。警察に通報するのは、25件に1件と推定されている。男が男に強姦された場合、男のコケンとかプライドとかが邪魔するせいか、通報率は更に低いという。勿論カウンセリングを受けることもなく、一生誰にも話せない心の傷を負うことになる。

受刑者の人権保護団体のゴールデン・マイルズ・ブドゥ(Golden Miles Bhudu)氏によると、この広告の描写は「正確」。刑務所や留置場では暴力、拷問、集団強姦、ギャング団の抗争、看守による虐待などが当たり前という。不注意や飲酒運転などが原因で留置所や刑務所のお世話になるハメになり、集団強姦や拷問の犠牲になるのはワリに合わない。「法律を守るのに越したことはない」「法律を破れば、その責任を取るには自分」というブドゥ氏、ブランドハウスの広告に好意的だ。

交通局も、この「民間とのパートナーシップ」を歓迎。南アでは毎年約6000人が、飲酒運転による交通事故で命を落としている。また、交通事故死した人の半数の血液から、100ml当たり0.05グラム以上のアルコールが検出されている。

刑務所の悲惨な状況や人権侵害を告発するとも取れる広告は、管轄官庁にとってかなり不名誉なものだが、今のところ政府から苦情は出ていない。ブランドハウスではテレビ、新聞、ビルボードといった一般的広告メディアに加えて、パブや洗車場などでポスターを貼ったり、インターネットで流したりする予定とのこと。


 (参考資料:2010年12月4日付「Saturday Star」など)

2010/11/29

男性の4割近くが女性をレイプ 最新世論調査

またもやショッキングな世論調査結果が発表された。ハウテン州に住む男性の37.4%が「女性をレイプしたことがある」と答えたのである。7%は「集団強姦に参加したことがある」と認めた。

更に、「男性に暴力を振るわれたことがある」女性は全体の51%。「女性に暴力を振るったことがある」男性は78%。

調査を行ったのは、政府機関の医療研究審議会(Medical Research Council: MRC)とNGOのジェンダーリンクス(Gender Links)。南アの人口構成を反映させて、アンケートの対象は90%が黒人、10%が白人。男性487人、女性511人。

昨年、東ケープ州とクワズールーナタール州で行った調査では、28%の男性が「成人女性または少女をレイプしたことがある」と答えた。「その数字があまりに高かったので、それ以上の数字は予想していなかった」とMRCの研究者、レイチェル・ジュークス(Rachel Jewkes)は驚く。

2007年、警察に通報されたレイプは、3万6190件。1日に99件の計算になる。1996年の5万481件から比べるとかなり減っているが、それでも世界最高レベル。MRCでは、警察に通報されるのは25件に1件と見ている。南ア警察の推定は、35秒に1件という。

レイプされるだけでもかなりのトラウマであるのに、HIV感染率が高い南アでは、エイズになるかもしれないという恐怖がある。昨年の調査では、「レイプをしたことがある」と回答した男性のうち5人に1人がHIV陽性だった。

「女性をレイプしたことがありますか」と質問されて、「はい」と答えた人が4割近くもいることにまず驚く。正直に答えたのなら、南アの男性は、レイプを犯罪ではなく日常生活の一部として認識しているようで怖い。もし「正直に言うのはまずい」と一般に思われての回答が4割だとしたら、実際の数字はもっと高くなる。それも怖い。

更に、これを報道した新聞記事が、わずか80語余りの短いものだったことに驚く。目を通した他の2紙は全く触れていなかった。大したこととは、メディアにも認識されていないのである。

あまりの犯罪の多さに、国民の感覚がマヒしてしまっているのだろうか。カマの水が段々熱くなるのに気がつかず、茹で死にしてしまうカエルを思い浮かべた。

(参考資料:2010年11月19日付「Business Day」など)

エイズ治療薬から麻薬!?! エイズ患者を狙った強盗増加

ARVとは何かご存じだろうか。antiretroviral(抗レトロウィルス)の略だ。正確にはARV薬だが、南アフリカでARVというと抗HIV薬を指す。HIVは human immunodeficiency virus(ヒト免疫不全ウィルス)の略。エイズ(AIDS:acquired immunodeficiency syndrome)を引き起こすウィルスだ。

厳密に言うと、ARVはエイズを治す訳ではないから「治療薬」とは言えない。だが、やせ細って寝たきりで死を待つばかりだった患者が体重を取戻し、元気に通常の生活を送れるまでに回復するため、エイズ患者にとっては「奇跡」をもたらす素晴らしい薬だ。ARVのおかげで、特に先進国では、「エイズは死なない病気」と認識されるようになった。

南アではつい数年前まで、HIV感染率世界一というのに、国がエイズ患者の手当てを拒否していた。ターボ・ムベキ大統領とマント・シャバララムシマン保健相という最有力政策決定者が、HIVがエイズの原因であることを否定していたためだ。金持ちはいい。金さえ払えば、私立病院でARVを買うことができる。しかし、国民の大多数を占める貧しい人々は、公立の医療機関頼みである。国会議員に特権でARVが支給される一方で、一般国民は見捨てられていた。金も薬もある豊かな国なのに、愚かな政策によって、36万5000人が無駄に命を落としたと推定されている。

その後、やっと国が政策転向し、ARVが国民に支給されるようになった。ところが、最近思ってもみなかった問題が。。。

エイズ患者を狙った強盗事件が、全国で毎週100件は起きているというのだ。目当ては患者が持つ薬、ARV。

その原因は、今はやりのカクテル麻薬「ウーンガ」(whoongaまたはwunga)。マリファナ、ARV、ネズミを殺す劇薬の成分などを混合したもので、既に数千人の中毒者がいるという。1錠のお値段は、15ランドから35ランド(200~400円程度)。中毒になると、1日に7錠以上服用する。

麻薬シンジケートにとって一番の問題はARVの入手だ。処方箋がないと買えない。手っ取り早い手段として、薬を持っているエイズ患者が狙われる。

エイズ患者だけではない。診療所や配達トラックも、強盗の対象となる。政府は現在、約4000箇所で約70万人にARVを支給している。つまり、強盗の対象となるのは、全国で70万人の患者、4000箇所の診療所、且つ4000箇所に薬を配達するトラック、と膨大な数にのぼる。これでは、警察もお手上げだ。ロビー団体TAC(Treatment Action Campaign)の話では、ARVをシンジケートに売る看護婦までいるという。

中毒とは恐ろしいものだ。リバヒリセンターなどによると、中毒者の中には、薬の材料であるARVを確保するために、意図的にHIVに感染した者もいる。薬を買う資金稼ぎのために、10代の妹を中毒患者にして売春させた者もいる。

そうでなくても、せっかく軌道に乗り始めた南アのエイズ対策には、暗雲が待ち受けている。ロジスティックな問題と人材不足のために、薬を必要とする人の8割にARVを支給するという目標が、来年達成できないかもしれないというのだ。

ARV強盗で一番困っているのは、40万人以上が国からARVの支給をうけているクワズールーナタール(KZN)州。ジェイコブ・ズマ大統領のお膝元である。かつての日本だと、総理大臣の出身地に高速道路や新幹線が作られたものだが、さて、ズマ大統領は?

(参考資料:2010年11月28日付「Sunday Times」など)

2010/11/25

南アフリカのアインシュタインはどこに? アフリカ数学研究所(Aims)

「次のアインシュタインはアフリカから!」

そんな熱い思いで、アフリカ数学研究所(African Institute for Mathematical Sciences:略称Aims)がケープタウンに設立されたのは、2003年のこと。西ケープ州の3大学(ケープタウン大学、ステレンボッシュ大学、西ケープ大学)とヨーロッパの有名大学3校(ケンブリッジ大学、オックスフォード大学、パリ大学)の共同事業である。

HPによると、目的は次の3点。

  • アフリカにおいて、数学と科学を啓蒙する。
  • 才能ある学生と教師をリクルートし、トレーニングする。
  • アフリカが教育、研究、技術の面で率先できるキャパシティ作りをする。

将来的には、同様の研究所を他のアフリカ諸国にも設立したいという。

Aimsが誇るのは、大学院レベルのコース。授業料無料。1年でディプロマ(diploma)が取得できる。ディプロマは学士号、修士号、博士号といった学位(degree)ほど重みはないものの、立派な資格である。希望する生徒には、上記6大学が協力して、修士号や博士号も提供する。

これまでAimsでディプロマを取得したのは、アフリカ30か国からやってきた305名。うち、南アフリカ人は僅か13名。

今年の応募者は306人。合格したのは21か国53人(うち女性15人)。かなりの難関だが、南ア人はなんと、ゼロ!

もともと、南アの学生に数学は人気がない。アパルトヘイトが終わって急増した黒人学生の多くは、文系で学位を得て就職することを好む。どこの大学も、理系、特に数学を専攻する学生を獲得するのに苦労している。

南アの小中学生が数学・理科を不得意とするのは、周知の事実。国際的なテストがあるたびに、メディアから揶揄されている。1995年から4年ごとに行われているTIMSS(Trends in International Mathematics and Science Study)は、4年生と8年生(日本の中学2年生)の数学と理科の学力を測定しているが、南アは8年生のみ参加。2003年は46か国中、数学も理科も最下位だった(Highlights from the Trends in Internaitonal Mathenatics and Science 2003)。よほど恥ずかしかったのか、2007年は参加していない。

とは言っても、アフリカで最も豊かな国である。大学生の数も多い。それなのに、今年Aimsのディプロマコースに応募した南ア人はたった1人。それも合格レベルに達していない学生だった。

Aimsに予算をつぎ込んだ南ア政府は、当然のことながら不満だ。科学技術省はこれまで1300万ランドの補助金を出した。高等教育省は2007年から1000万ランド、更に今年、「南ア人学生を増やす」という条件付きで、4年分1200万ランドの援助を与えた。南ア人ゼロの研究機関に税金をつぎ込むのはおかしい、というのは正論だろう。

だが、Aimsを責めるのはお門違いである。Aimsが受け入れるのは、大学院レベルの学生だ。小学校レベルから、理科や算数が好きな子供を育てる教育に力を入れる必要がある。一番の問題と言われる教師の質を向上させ、おそまつな授業内容を改善しなければならない。これは、政府、特に基礎教育省の管轄だろう。

Aimsのバリー・グリーン(Barry Green)所長によると、南ア人応募者が少ない理由のひとつは、Aimsの学校年度(9月から)と南ア大学の学校年度(1月から)が異なること。そのため、入学時期を2回に増やすことを計画中だという。

次世代の科学者がアフリカから大量に生まれるのは、いつの日のことか。

AimsのHPは、こちら。
African Institute for Mathematical Sciences

(参考資料:2010年11月12日付「Mail & Guardian」など)

2010/11/19

ウィリアム・ケントリッジ 京都賞受賞

サッカーワールドカップ(W杯)をきっかけに、南アフリカに対する関心が高まるのではないか。実際に訪問して人々の暖かさや美しく雄大な自然に触 れ、日本で言われているほど危険ではないことに気づいてもらえるのではないか。様々な報道を通じて、「危険」一辺倒ではなく長所にも目が向き、多面的な理解が深まるのではないか。これらは、南アに思い入れのある人々共通の願いだったと思う。

残念ながら、報道では「危険さ」ばかりが喧伝され、一般の関心もW杯終了と同時に消滅したと聞いた。確かに、10月末から2週間ほど日本に滞在した間、南アの話題を殆ど耳にしなかった。南アが日本人にとって遠い国であることを再実感した。

ジョハネスバーグに戻って留守中の新聞を広げてみると、日本ではめったに南ア報道がないとは言え、当然のことながら空欄はなく、連日全国で事件が起きている。それも、ジョハネスバーグ市の警察官の20%が汚職に関わっているとか、治安相の妻が麻薬密輸の元締め容疑で取り調べを受けているとか、15歳の少女が出産した結合双生児の父親は、少女の実の父親だったとか、なかなかすさまじいニュースが満載されている。

これだけ騒々しい、ある意味ではエキサイティングな国なのに、日本人にとって存在しないも同然であることは、地理的な遠さと歴史的政治的な結びつきの弱さを考えると当然である。だがその一方で、最近益々外に目が行かなくなったと言われる日本人の一面を如実に表しているような気もする。

などと感慨にふけっている時、「Kentridge wins big in Japan」(ケントリッジ、日本で大きな賞を受賞)という見出しが目に飛び込んできた。11月11日付「ザ・タイムズ」紙の小さな囲み記事だ。南アで一番有名なアーチスト、ウィリアム・ケントリッジ(William Kentridge)が京都賞を受賞したというのである。

京都賞は「世界的な業績に与えられる民間の賞としては日本で最高」「スェーデンのノーベル賞に比される」そうで、「20カラットの金メダルと賞金5000万円(420万ランド)がついてくる」と「ザ・タイムズ」紙。

京都賞の主催者は、稲盛財団(Inamori Foundation)。京セラの設立者、稲盛和夫氏(現名誉会長)が1984年に設立した。HPによると、「京都賞」顕彰事業、研究助成事業、社会啓発事業を活動の3本柱にしている。

京都賞の受賞資格者は、「京セラの我々が今までにやってきたと同じように、謙虚にして人一倍の努力を払い、道を究める努力をし、己を知り、そのため偉大なものに対し敬虔なる心を持ちあわせる人」且つ「その業績が世界の文明、科学、精神的深化のために、大いなる貢献をした人」且つ「その人は自分の努力をしたその結果が真に人類を幸せにすることを願っていた人」。

業績を挙げただけではダメなのである。謙虚とか、敬虔とか、人類の幸福を願うとか、精神面が重視される。トテツモナイことを求められているようだが、実際問題、点数づけが難しい。

受賞対象は以下の3部門。

「先端技術部門」・・・「エレクトロニクス」「バイオテクノロジー及びメディカルテクノロジー」「材料科学」「情報科学」の4分野。

「基礎科学部門」・・・「生物科学(進化・行動・生態・環境)」「数理科学」「地球科学・宇宙科学」「生命科学(分子生物学・細胞生物学・神経生物学)」の4分野

「思想・芸術部門 」・・・「音楽」「美術(絵画・彫刻・工芸・建築・デザイン)」「映画・演劇」「思想・倫理」の4分野

今年の受賞者は、医学者の山中伸弥(Yamanaka Shinya)、数学者のラースロー・ロヴァース (László Lovász)、そしてケントリッジである。

山中氏の受賞理由は、「皮膚線維芽細胞にわずか4種類の転写因子遺伝子を導入することによって胚性幹細胞(ES細胞)と同様な多分化能をもつ人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作りだすことに成功した。この技術は再生医療の可能性に道を開くのみならず、医学全般の飛躍的発展に大きく貢献することが期待される。 」

ロヴァース氏の場合、「離散構造に関する先端的な研究を行うことによって、アルゴリズムの観点からさまざまな数学分野を結びつけ、離散数学、組合せ最適化、理論計算機科学などを中心とする数理科学の広い範囲に影響を与え、学術的側面と技術的側面の両面において、数理科学の持つ可能性を拡大することに多大 な貢献をした。」

いずれも素人にはチンプンカンプンながら、なんだか凄そうである。

ケントリッジは、「素描という伝統的技法をアニメーションやビデオ・プロジェクション等の多様なメディアの中に展開させながら、諸メディアが重層的に融合する現代的な新しい表現メディアを創り出し、社会と人間存在に対する深い洞察を豊かなポエジーをもって表現する独自の世界を創始した。」

う~ん。素人ではないが、やはりチンプンカンプンである。

精神面の評価はどうなるのか心配したが、結構まともで現実的な受賞理由だったので安心した。ゲイジュツカやテンサイに謙虚とか敬虔とかを求めるのは、ある意味で自己矛盾している。ピカソにせよ、ヘミングウェイにせよ、その他多くの偉業を残した人々にせよ、お友達にも敵にもなりたくない、人間的にはヒドイヤツが多いものなのだ。(勿論、中にはイイ人もいるだろうけど。。。)

京都賞が「素描とアニメーション等を融合させた新しい表現メディアを創出し、独自の世界を切り拓いた芸術家」 と絶賛するケントリッジは、1955年4月28日、ジョハネスバーグの裕福なユダヤ系南ア人の家庭に生まれた。現在も育った家に住んでいる。

木炭やパステルで描いたドローイングを撮影し、少し修正して撮影し、また少し修正して撮影し・・・という気の遠くなるような作業で作成したドローイングのアニメーションで有名だ。写実的なペインティング(絵具を使っての絵画)が出来ないためにドローイング(素描)にこだわったと言われているから、絵が描けないためにシルクスクリーンを使ったポップアートに走って大成功したアンディ・ウォーホール(Andy Warhol)に通じるところがあるかもしれない。ウォーホール同様、かなりの商売人でもある。

作品の多くにアーチスト自ら登場する。普段も、白い帽子に黒いシャツに白いスーツといった目立った格好で歩いているから、かなりの自意識を持っていると思われる。

日本では2009~2010年に、京都国立近代美術館、東京国立近代美術館、広島市現代美術館で個展『ウィリアム・ケントリッジ—歩きながら歴史を考える』を開催。昔の作品から最新作まで、全て見るのに最低半日はかかる大個展だった。

東京国立近代美術館での個展開催時に、運よく日本にいた。日本ではそれほど名前が知られていないせいか、日曜日と いうのに行列もない。南アでの展覧会よりずっと楽しめたのは、新しい場所、新鮮な目で見ることができたせいかもしれない。

南アでは、ケントリッジは神格化している。ピカソ同様、個別の展覧会や作品の冷静な鑑賞はあまり行われず、「ケントリッジだから素晴らしい」という風潮に満ちている。

今年5月2日、ジョハネスバーグ・アート・ギャラリーでの個展のオープニングはひどかった。

会場を埋め尽くすファンの大部分は白人。普段は寄りつかないインナーシティに押しかけ、ケントジッリを新興宗教の教祖のように崇め奉る。一段高い位置に立ったケントリッジは尊大な態度でスピーチを行う。ご神託でも受け賜るかのように、その一言一言に聞き入るファ ン。あまりの人だかりと騒音のため、作品鑑賞は不可能。少女ファンの金切声で演奏が聞こえないロックバンドを思い起こさせた。

肝心の個展はというと、名前に惑わされない一部の人の評価は「いまいち」。だが、批評家や一般市民は「さすがケントリッジ!」と感動していた。ベートーベンの第5やチャイコフスキーのピアノ協奏曲など超有名な楽曲が演奏されると、その質にかかわらず「ブラボー!」を連発し、簡単にスタンディングオベーションしてしまう南アのクラシックファンと似ている。とすると、これは南ア白人の民族性?

ケントリッジの受賞の言葉は、YouTubeにアップロードされている。
ウィリアム・ケントリッジ-京都賞2010-受賞の喜びを語る (作成者:稲盛財団)

(参考資料:2010年11月11日付「The Times」など)

2010/11/09

ングバネ元駐日南ア大使 旭日大綬章受章

11月5日の午前中、皇居で秋の大綬章親授式が行われ、16人が天皇陛下から勲章を手渡された。受章者は、桐花大綬章が扇千景(本名・林寛子)元参院議長の一人だけ。残りは旭日大綬章と瑞宝大綬章だ。

この16人の中には、外国人が3人いる。そのひとりが旭日大綬章(きょくじつだいじゅしょう)を受章したボールドウィン・シポ・ングバネ(Baldwin Sipho Ngubane)元駐日南ア大使(愛称ベン)。旭日大綬章というのは、外国人に与えられる最高の勲章であるらしい。では、ングバネ大使の受賞理由は何だったのだろうか。

総理府のHPによると、日本の勲章の最高位は大勲位菊花章(だいくんいきっかしょう)。菊花章頸飾(きっかしょうけいしょく)と菊花大綬章(きっかだいじゅしょう)の2種類がある。

その次に来るのが、桐花大綬章(とうかだいじゅしょう)。受賞対象は「旭日大綬章又は瑞宝大綬章(ずいほうだいじゅしょう)を授与されるべき功労より優れた功労のある方」。

いずれも舌を噛みそうな名前だが、いまいちよくわからない。

旭日大綬章は「功績の内容に着目し、顕著な功績を挙げた方」に与えられる旭日章の最高位、瑞宝大綬章は「公務等に長年にわたり従事し、成績を挙げた方」に与えられる瑞宝章の最高位。旭日、瑞宝とも「大綬章」の後、「重光章」(じゅうこうしょう)、「中綬章」(ちゅうじゅしょう)、「小綬章」(しょうじゅしょう)、「双光章」(そうこうしょう)、「単光章」(たんこうしょう)と続く。旭日、瑞宝以外に文化勲章とか宝冠章とかある。

では、瑞宝章が公務員や政治家で、旭日章がそれ以外ということなのだろうか。

受賞者の顔ぶれ、経歴を見るとそうも言えない。今回、旭日大綬章を受賞したのは、元国家公安委員長、元最高裁判所判事、元防災担当大臣、元農林水産大臣、元法務大臣、元環境庁長官、元通産大臣・自治大臣、元科学技術担当大臣、元郵政大臣、公明党元委員長、それに日本テレビ会長、NTT元社長。公務員と政治家が殆どなのだ。

平成15年5月20日に閣議了解を得た「褒章受章者の選考手続について」という文書によると、「衆議院議長、参議院議長、国立国会図書館長、最高裁判所長官、内閣総理大臣、各省大臣、会計検査院長、人事院総裁、宮内庁長官及び内閣府に置かれる外局の長は、春秋褒章候補者を内閣総理大臣に推薦するものとする。」とある。

とすると、ングバネ大使の場合、外務省の推薦なのだろう。

ングバネ大使は、1941年10月22日生まれ。ラテン語の教師を2年務めた後、1971年に医師の資格を取る。1977年にインカタ自由党(IFP)の中央委員会メンバーとなり、第1回1994年の民主総選挙後、芸術文化科学技術相、クワズールーナタール州知事、駐日大使などを歴任し、現南ア国営放送(SABC)会長。

駐日大使時代の功績が認められての叙勲だろう。今年4月27日に緒方貞子元国連難民高等弁務官、現JICA会長が南アへの支援活動に功績のあった外国人に贈られるO.R.タンボ勲章を受章したことへのお返し、という見方もある。南アが地上デジタル放送日本方式を採用していれば、そのロビー活動の評価も考慮されたに違いないが。(ングバネ氏がこの件に関し総務省高官に会ったことは「メール&ガーディアン」紙などで叩かれており、「私は腐敗していない」と反論している。)

ともあれ、5日夜、ANAインターコンチネンタルホテルで、南ア大使館主催の祝賀レセプションが開催され、約120人の来客が受勲を祝った。

ところで、平成15年から叙勲の「一般推薦制度」が開始されたそうだ。「人目につきにくい分野において真に功労のある人や多数の分野で活躍し功労のある人などを春秋叙勲の候補者として把握するため」とのこと。対象となるのは、「国家又は公共に対し功労のある人(おおむね20年以上活動)で次の(1)又は(2)に該当する人」。

(1)70歳以上の人
(2)55歳以上の人で「精神的肉体的に著しく労苦の多い環境において業務に精励した人」又は「人目につきにくい分野で多年にわたり業務に精励した人」。

「国家又は公共に対し功労のある人」とは、極端に曖昧な表現。70歳以上で、政界とか財界とか官僚にコネがある人は誰でも対象になりそう。但し、「自分自身や二親等内の親族を推薦することはできません」と明記してあるので、勲章が欲しい一般人は知り合いに頼む必要がありそう。2010年秋の褒章受章者だけで、703人と32団体計4173人もいるのだから、その気がある方はロビーする価値あり?

2010/10/26

お知らせ:日本研究センター開設 プレトリア大学ビジネススクール

今年一年、南アフリカと日本の外交関係100周年を記念して、日本大使館主催で様々な行事が行われている。そのハイライトとも言えるのが、プレトリア大学のビジネススクールGIBS内に設立された日本研究センター(Centre for Japanese Studies)。10月26日午前10時から、開設記念シンポジウムが開かれた。

9人のパネリストが各10分ずつスピーチした後、休憩を挟んで質疑応答が行われた。スピーチの聴衆は、日本と南アの政府、企業などから約80人。

歓迎の挨拶は、プレトリア大学の学長シェリル・デラレイ教授(Prof. Cheryl de la Ray, Vice-Chancellor and Principal, University of Pretoria)。進行役はステレンボッシュ大学政治学部のスカーレット・コーネリセン準教授(Prof. Scarlett Cornelissen, Associate Professor, University of Stellenbosch)。

パネリストとスピーチの内容は次の通り。

エブラヒム・エブラヒム 国際関係協力省副大臣
H.E. Mr. Ebrahim Ebrahim, Deputy Minister of International Relations and Cooperation
「南アフリカと日本:100年経っての戦略的パートナーシップ」(South Africa and Japan:A strategic partnership after 100 years)

ニック・ビネデル GIBS所長
Prof. Nick Binedell, Director, Gordon Institute of Business Science (GIBS)
「日本研究センターの紹介」(Introduction of the Centre for Japanese Studies)

北岡伸一 東京大学教授
Prof. Shin-ichi Kitaoka, University of Tokyo
「変貌する国際秩序における日本と新興市場」(Japan and the emerging economies in a changing international order)

ピーター・ファブリシアス インディペンデント・ニュースペーパー社外報部デスク
Mr. Peter Fabricius, Foreign Editor, Independent Newspapers South Africa
「IBSA、G8、G20における南アフリカとその未来:日本の居場所」(South Africa in IBSA, G8, G20 and the future:Where is the Japan factor?)

平野克己 日本貿易振興機構・アジア経済研究所地域研究センター長
Mr. Katsumi Hirano, Director General, Institute of Developing Economies (IDE-JETRO)
「近年の日本・南アフリカ関係」(Recent development of the relation between Japan and South Africa)

マイケル・スパイサー ビジネスリーダーシップ南アフリカCEO兼ビジネスユニティ南アフリカ副会長
Mr. Michael Spicer, Chief Executive Officer, Business Leaship South Africa (BLSA) and Vice-President, Business Unity South Africa (BUSA)
「政府高官公式訪問と民間企業代表団:日本への取り組み方」(State visits and business delegations: How should we plan for Japan?)

小澤俊朗 在南アフリカ共和国日本大使
H.E. Mr. Toshiro Ozawa, Ambassador of Japan to South Africa
「過去100年の省察と次の100年に対する思い」(Some reflections on the 100 years and thoughts for the next 100 years)

ベン・ングバーネ 南ア国営放送会長(元在日本南アフリカ大使)
H.E. Dr. Ben Ngubane, Chairperson, SABC Board (former South African Ambassador to Japan)
「日本との戦略的パートナシップの有益性」(Possible benefits of strategic partnership with Japan)

2010/10/24

大統領夫人の浮気 ジンバブエ

スワジランド王妃の浮気(2010年8月16日付「王妃と大臣の不倫 スワジランド」参照)に続き、ジンバブエ大統領夫人の浮気が明るみに出た。またか、という感がなきにしもあらずだが、インパクトはかなり違う。

一方は、南部アフリカ以外で殆ど話題にのぼることのない貧しい小国スワジランドの、数多い国王夫人のひとり。他方は、1980年まで少数白人支配を続けたローデシア(現ジンバブエ)の解放闘争の英雄で、欧米のメディアにしばしば登場するロバート・ムガベの唯一の妻グレース。独立当時は比較的良政を行ったと評価されたムガベがトチ狂ってしまったのは、41歳年下の愛妻のせい、と噂される派手好きな美女だ。

しかも、「サンデータイムズ」紙の一面トップを飾った記事を書いたのは、世界的に有名なジャーナリスト、ジョン・スウェイン(Jon Swain)。ベトナム戦争、サイゴン陥落からザイールのモブツ政権崩壊、東チモールの独立まで、世界中の紛争を長年カバーしてきた。近年は、英諜報部MI6と密接な関係にあると言われている。

グレースの浮気が取りざたされたのは、これが初めてではない。浮気相手のひとり、ピーター・パミレ(Peter Pamire)はミステリアスな自動車事故で死亡。別のひとり、ジェームズ・マカンバ(James Makamba)はジンバブエ有数の富豪で与党幹部だったが、大統領夫人との浮気がばれて命からがら逃げ出した。

今回の相手は格が違った。ムガベの信頼が厚い準備銀行の総裁、ギデオン・ゴノ(Gideon Gono)。私財の管理まで任せてる友人だ。ふたりの関係は2005年に始まり、ムガベ死後には結婚を考えているといわれる。

ムガベとグレースの関係自体、不倫から始まったものだ。当時、ムガベの糟糠の妻で国民から敬愛されていたサリーは、腎臓病で苦しんでいた。グレースは大統領府のタイピストのひとりで、空軍の軍人と結婚していた。サリーの死後、1996年にふたりは結婚。既に、2人の子供をもうけていた。ジンバブエ国民の間で、グレースの評判はすこぶる悪い。

知る人ぞ知るグレースとゴノの関係をムガベに告げたのは、死の床にあったムガベの妹サビナ。今年の7月26日、午後6時と7時の間とされる。8月末、ムガベは最も信頼するボディガード、ケイン・チャデマナ(Cain Chademana)を問い詰めた。浮気の事実を知っていたことを認めたチャデマナは、数日後不審死を遂げる。

元々安い給料に不満だった諜報機関職員たちは、チャデマナの死にショックを受け、ジョン・スウェインのようなジャーナリストに重い口を開き始めた。

88歳のムガベはジレンマの真っただ中にいる。妻を寝とった親友ゴノは、ジンバブエ経済が崩壊した際、準備銀行総裁として何とかやりくりしてムガベ政権を支えてくれた恩人である。その上、国庫から盗んで世界中に隠されているという、ムガベ一家の莫大な私財の管理を一手に引き受けている。ムガベに取り入って私腹を肥やした、軍や党の幹部の中にも、ゴノに私財管理を任せている者が多い。これまでのように簡単に、不審死を迎えさせたり、国外に追放したりするには、リスクが大きすぎる。

悪妻のホマレが高いグレースだが、ムガベにとってはかけがえのない愛妻。若い妻(47)と親友(50)の不倫に目をツブルのが最善の策だっただろうが、表面化してしまった以上、何もしないのは独裁者のコケンにかかわる。今のところ、ムガベの報道官もゴノの報道官も沈黙を守ったままである。

(参考資料:2010年10月24日付「Sunday Times」など)

2010/10/20

どんな難病、問題も2日で解決! 南アのミラクル漢方医

郵便受けに投げ込まれるチラシの定番といえば、南アフリカでもやっぱりスーパーの安売り広告。しかし、日本ではまずお目にかかれないチラシもある。

その代表格はなんといっても、なんでも治してしまう「医者」。大抵はアフリカ人の伝統的祈祷師。動物や植物を材料とした薬(ムーティ)を使い、体や心の病を治すアフリカ版漢方医のイニャンガと、やはりムーティを使うが、祖先の魂と通じ、呪術的要素が強いサンゴマの2種類いる。

今日、郵便受けに入っていたのは、「Dr. Omar and Mama Hawa」。「オマール」なんてイスラムっぽい響き。ちょっと毛色が違うかも。

「ストレスも、痛みもさようなら。2日で問題を解決します。白人、カラード、インド人、中国人、黒人。誰でも歓迎!」

1番から7番まで効能(?)がリストアップされているのを、そのまま訳してみる。

1.彼や彼女の浮気。好きな人がいなくなる?
2.敵が送った悪運。魔女を目で見てしまった?
3.ペニスが小さくて弱い? 早漏。財政難。
4.試験、昇進、顧客、カジノ、競馬、宝くじに勝つ。金持ちになる?
5.財産が盗まれた。好きな人を取り戻す。妊娠。長い月経。
6.慢性の病気。誤解?
7.他の薬草治療者が治せなかった問題?

文法はめちゃくちゃだし、そもそも「問題」のくくり方がよくわからない。例えば、ドクター・オマールにとって、「早漏」と「財政難」、「慢性の病気」と「誤解」は同じカテゴリーに属する「病気」なのだろうか、同じ薬で治せるのだろうか。

「あなたが口を開く前に、どんな問題を抱えているか全てわかる」「92以上の異なる病気を治す」「問題が2日以内に解決して驚くだろう」と自信満々。しかも、診察料は50ランド(600円)という安さ。(薬のお値段の記載はなし。)

裏にも、治療例がびっしり。体重を減らす、心を穏やかにする、酒・麻薬を絶つ、貧困から抜け出す、訴訟に勝つ、呪いを断ち切る・・・。なんでも来い!である。

毛色が違うという期待は見事に裏切られた。ごくありふれた「治療」のチラシだった。

住所は
2nd Avenue No. 3 Perth Road, West Dene Plaza, Newlands

「エグゼクティブ・プールクラブの下。ポッターズ・キリスト教フェローシップ教会の隣り。オレゴン・トレーダーの向かい」と懇切丁寧である。

携帯電話の番号も2つあった。073 648 4435と072 341 9265。国外からかける場合は、南アフリカの国番号27をお忘れなく。

2010/10/17

公用語が11 南アフリカの法廷通訳

南アフリカには公用語(official language)が11ある。このうちヨーロッパ系は、英語とアフリカーンス語。残りの9つはアフリカの言葉。ズールー語、コサ語、スワジ語、ンデベレ語がングニ系、北ソト語、南ソト語、ツワナ語がソトツワナ系、シャンガーン族の話すツォンガ語がツワロンガ系、それにヴェンダ系唯一の言語であるヴェンダ語だ。この11以外を第一言語とする南ア国民は、全体の1%以下しかいない。また、大部分の南ア人は11の公用語のうち2つ以上を話す。

勿論、標識やラベルや注意書きなど、全ての記載を11言語で行うのは現実的でないので、大抵の場合、英語とその地域や職場で良く使われる言語が併記されている。

南アフリカでは、自分で選んだ言語で裁かれる権利を持つ。これは憲法で保障されている。つまり、被告や証人が英語以外の言語を選んだ場合、通訳が必要になるわけである。選ぶ言語は、南アの公用語である必要はない。日本語でもタガログ語でも、アマゾンやパプアニューギニアの言葉でも構わない。

最近、南アにおける法廷通訳の調査を行った南アフリカ大学のローズマリー・モエケツィ教授によると、法廷通訳は一般に思われているよりずっと難しい。「公の場で行われ、またかなりのストレスがある。リハーサルなし、ぶっつけ本番で対応しなければならない」からだ。通訳に被告の命がかかることだってあり得る。

南ア法務省では2000名近くを通訳として使っている。しかし、法廷通訳資格試験があるわけではないため、南アの法廷通訳の質はかなりバラバラだという。とすると、ひどい通訳にあたった被告は悲惨である。お金があれば優秀な通訳を雇うことも可能だが、公選通訳に頼らざるを得ない貧しい人々にはどうしようもない。

南アフリカ大学では3年の法廷通訳の学位コース、ヴィットヴァータースランド大学とポートエリザベス大学では2年のディプロマコースを始めたものの、いずれも生徒数の不足から閉鎖に追い込まれた。

質の良い法廷通訳を確保するには、待遇改善から取り組む必要がある。プロの通訳にとって、法廷通訳は収入にならない。公選だと恐らく料金がとても安いだろうし、裁判はその日になって延期ということが多いので、予定が立てにくい。頼まれて3日間空けておき別の仕事を断ったのにドタキャン、ということも大いにあり得る。そんな場合でも収入を保証されないと引き受けにくい。

それほどポピュラーでない言語の法廷通訳をいつでも引き受けることが出来るのは、小銭を稼ぎたい失業者とか、ボランティアに意欲のある主婦くらいではないか。法務省で使う通訳は仕事を持つ人が多いから、2000名近く名簿に載っていても、肝心の時に引き受けてもらえるとは限らない。実際、通訳手配に裁判時間の10%が費やされているという。

実は私も、一度だけ法廷通訳を務めたことがある。原告側の証人が日本人だったのだ。大手企業の責任ある職にある人だ。

裁判を遅らせたいのか、この証人に証言して欲しくないのか、被告側の弁護士が異議を唱えた。「日本には方言が沢山あるから、証人と通訳の間で言葉が通じない可能性がある」というのだ。裁判長が日本語を知らないことを盾に取ったハッタリ。めちゃくちゃな論理もいいところである。

遠回りなようでも色々な人生経験を積んだり、一見無駄な雑学を蓄積したのが変なところで役に立った。おもむろに裁判長に向かい、明治時代の標準語整備を説明し、これま政府などの通訳を務めた経験を滔々と述べた。「少なくとも日本の政府とあなたの国の政府は、私を通訳として信頼してくれている。」 実は内心冷や汗もの、こちらもハッタリだったが、裁判長はにっこりうなずき、ゴーサインを出してくれた。

(参考資料:2010年10月15日付「Mail & Guardian」など)

2010/10/14

すっかり冷めたワールドカップ熱

サッカーワールドカップ(W杯)が終わって、はや3か月。期待されていたほどの経済効果はなかったものの、開催中は国中に高揚感がみなぎり、終了直後も国民の間に「やれば出来るじゃないか!」と自信が溢れた。外国からの旅行者には「聞いていたよりずっと安全」「美しい国」と概ね好評。南アのイメージアップに貢献した。

今年の1月と8月で、南アフリカ観がどう変わったのか、南アとG8諸国で世論調査が行われた。

南ア国民の意見は散々。W杯直後には確かに圧倒的にポジティブだったのに、8月には既に国の評判が地に落ちてしまったのである。全般では100点中67.87点から56点まで下がり、政府の行政能力への信頼感は60.91点から34.33点へ、社会福祉の面では61.73店から36.50点へ墜落した。

ジョハネスバーグ大学社会学部長ティナ・エイスは、ワールドカップが終わって、国民が現実に引き戻されたからだと分析する。

因みに、G8諸国でのイメージは、44.6点から49.11点へと僅かながら好転。回答者の45%が「自然の美しさ」を称えた。南ア訪問を推薦するのはイタリア人が最も多く、次いでフランス人、ドイツ人、ロシア人。一番推薦しないのは、残念ながら日本人だった。

(参考資料:2010年10月14日付「The Star」など)

2010/10/10

観光で沸くクヌ ネルソン・マンデラが成長、引退した村

東ケープ州のクヌ村(Qunu)。緑の中に人家が点在する、これといった産業もない寒村。18の集落からなり、人口約6万人。1997年まで、上水道も電気なかった。失業率90%。職のある10%は公務員である。

クヌ村にはもうひとつ、自慢することがある。ネルソン・マンデラが生まれ育ち、引退した場所であることだ。(マンデラはジョハネスバーグ、ケープタウン、マプトにも豪邸を持っているので、いつもクヌにいるわけではない。)

解放運動、そして南ア民主化の「顔」、ノーベル平和賞を受賞した世界で一番有名な南ア人、マンデラ。南アきっての「偉人」を擁しているにも関わらず、中央政府も東ケープ州も、マンデラが「人生のうちで一番幸福な時期を過ごした」というクヌ村の発展に無関心である。

新聞に名前が出ることはごくまれ。マンデラがクリスマスを過ごしたとか、牛やヤギが横断して危ないので(交通事故に遭う家畜を心配してのことか、車を心配してのことか不明) 田舎道に地下道が作られたとか、エイズ防止の一環で10~15歳に「処女テスト」を義務づけたとかいった程度。マンデラ博物館すら、本館は32キロ離れたムタタ(Mthatha)に建設され、クヌには「出店」があるだけ。

しかし、「マンデラ詣で」にやってくる観光客は増加の一方。昨年は約1万人が、ホテルもないクヌ村を訪れた。その殆どはイギリスから。ドイツ、アメリカと続く。外国勢に押され気味の南ア人だが、その大部分はハウテン州から。

 マンデラの豪邸の前にB&Bがオープンしたのは、2008年のこと。オーナーは、ノンクムブロ・コティ・マンデラ(Nonkumbulo Koti Mandela)さん。その名が示す通り、ネルソンの親戚だ。忙しい時には、週末に40人の宿泊客があるという。現在、12室を増築中。

やはりマンデラ邸の側に、最近観光客用アパートがオープンした。近くには、マンデラ家の墓地もある。テニスコート、図書室、レストラン、会議室、衛星TVを完備し、お値段は1泊137ランド(約1600円)と超手頃。

クヌ村が南アの経済発展から置き去りにされたおかげで、訪れるファンはマンデラの幼年期を追体験できる。マンデラが子供の頃泳いだ川、牛追いをした谷、教師に「ネルソン」という英語名を与えられた学校、始めて白人に会った店。。。

これらの村の「遺産」をうまく使って、経済発展を遂げ、雇用を創出できるかどうか。その発展が少数への富の集中ではなく、村民全員に恩恵をもたらすことが出来るかどうか。これからの課題である。

観光化が進みすぎて、「マンデラ」の看板が乱立したつまらない村になり、金儲けにトリツカレタ村人の心がすさんでしまう可能性もある。まだ自然と純朴さを残した今のうちに、訪れておくことをお勧めする。

(参考資料:2010年10月10日付「Sunday Times」など)

2010/10/04

ビッグファイブがビッグフォーに? ライオンが絶滅する日

百獣の王ライオンが、20年以内に絶滅するかも。そんなショッキングな報告書が10月3日発表された。作成したのは、南アフリカのNGO、Endangered Wildlife Trust(EWT)。

動物園で見る大きなネコたちの中で、ライオンは一番ゴロゴロしている。疑り深い目で、檻の中を行ったり来たりするトラやヒョウとは大違いで、無防備にお腹をさらけ出し、グデーっとお昼寝する。喜んでエサを食べ、簡単に繁殖する。

野生でも、狩猟対象としてライオンがむやみやたらと殺されたのは過去のこと。南アフリカでは、俗にcanned lion(カン詰めライオン)と呼ばれるケシカラン商売がある。狩猟目的で繁殖させ、飼い猫状態で育った疑うことを知らないライオンを、「猛獣ハンター」気取りの欧米の観光客から最高4万ドルもの大金を取って銃で殺させる、というものである。2008年には1050頭ものライオンがこうやって合法的に殺された。非人道的という理由での反対の声は高いものの、国の法律で取り締まられているわけでもなく、ワシントン条約でも問題にならないのは、ライオンが簡単に増え、絶滅の危機にさらされていないからだ。

確かにクルーガー公園では、結核によるライオンの滅亡が心配されている。家畜の牛から野生のバッファローに結核菌が移り、更にバッファローを食べたライオンに移る、という仕組みである。だが、野生のライオンが全世界からいなくなってしまうとは。。。

EWTによると、ライオンが絶滅するかもしれない原因は、保護地域内でしか生息できないことにある。保護地域から出てしまえば、牛や羊を飼う農家に殺される。限られた範囲に住んでいるから、密猟もされやすい。

野生のライオンの数は、世界で1万6500頭から3万頭と推定されている。過去20年で30%減少した。ケニアでは、毎年約100頭が殺され、野生では現在、約2000頭しか残っていないという。

これに拍車をかけるのが、漢方薬としての需要である。トラが乱獲され、絶滅の危機にあることから、ライオンが狙われているというのである。サイのツノも、漢方薬で「媚薬」として使われることから、サイが絶滅の危機に陥っているのは周知の通りだ。

漢方薬を使うのは、勿論中国ばかりではないが、やはり13億人の需要は大きい。効果に疑問がある「薬」や他のもので代用できる「薬」を作るために、野生動物を絶滅に追い込むことは、なんとか避けることができないものか。

象牙で印鑑を作り、クジラを食べる日本人も、非常に評判が悪いことを付け加えておく。

(参考資料:2010年10月4日付「The Times」, 2010年10月17日付「The Sunday Independent」など)

2010/10/02

顧客センターでの半日 ジョハネスバーグ市と格闘 その2

ブラームフォンテーン地域の顧客センターは、朝7時半に開く。8時に着いたら、A58の番号を渡された。Aはaccount(口座)のA。用件によって、B、Eなど違うアルファベットで始まる番号が用意されている。待合室には、既に100人近くの老若男女がとりわけ焦る様子もなく待っていた。

アフリカーナのお婆さんと付き添いの娘が若い黒人夫婦とにこやかに談笑している。20年前、このお婆さんが口をきいた黒人は、雇い人であるメイドと庭師以外殆どいなかっただろう。黒人の3割が中流階級になった今、4人とも同じような服装をし、市に対して同じような問題を抱え、同じような不満を持ち、人間対人間として対等に話している。時代の流れを感じた。

A57の札を手にして、中国系の中年女性が「もっと早く来たかったんだけど、息子を学校に連れて行かなければならなかったから」とため息をつく。周りの白人、黒人、インド系が理解のある目で応える。スクールバスがあまりないジョハネスバーグでは、歩いて行ける距離に学校がある一部のラッキーな家庭を除いて、子供の送り迎えに親、特に母親の時間がかなりとられる。

隣に座った年配の白人男性フォルカーは、元クワズールー大学教授。ズールー語を流暢に話す。退職後、弁護士の息子の手伝いで、顧客センターに良く来るという。若い黒人男性が老人のE38という札を見て、「それじゃあ一日かかるよ」と気の毒そう。しばらくして、E21の札を持つ更に若い黒人男性を連れてきた。札を交換してくれるという。丁寧にお礼を言う老人に、「気にしなくていいよ」と照れる。

「ここでは忍耐が第一。係員の多くは全然役に立たない。ごく少数の、能力のある人が頼みだ」とフォルカー。アフリカーナのお婆さんと話していた若い黒人女性が口をはさむ。「それに、こちらの態度が大切。いばった挑戦的な態度では、係員もちゃんと応対してくれない。にこやかに話しかけるのがコツよ。」

フォルカーが通りかかった知り合いに紹介してくれた。アフリカーナの大柄な男性、ヨハン・ピータース氏。名刺には「municipal accounts consultant」とある。光熱費や土地建物登記などの問題で困っている市民が、市にかけあうのを手伝ってくれるコンサルタントだという。市職員の非能率や無能さが生んだ新ビジネスである。

「君はどうしたの?」とヨハン。早速、毎月の請求書と昨日撮ったばかりの電気メーターの写真を見せる。「これはひどい。明らかに間違いだ。ちょっと待ってて。」 2分ほどで戻って来て、「一緒に来なさい。」 雰囲気に押されてついていく。周りに座る人たちも、「グッドラック」とにこやか。ヨハンは有能な係員の列に連れて行ってくれた。「あなたへのお礼は?」「気にしないでいいよ。埒があかなかったら、いつでも連絡して。」

係員のピーター・クブジャナ氏は、ソエトのドブソンビル地区に住む。テキパキと仕事をしたいものの、市が導入したばかりのコンピュータシステム、SAPが遅いと嘆く。

私のアカウントを見せてもらうと、なんと毎月メーターをきちんと読んで数値を記入したことになっている。実際はたまにしか来ていないのに。しかも、記載された数字はデタラメ。メーターを読むのは、市から委託された会社である。各家庭を回る係が個人的にさぼっているのか、メーターを読む会社による組織的なごまかしか、それとも市の数値記入担当者がいい加減なのか。

更に、有能な顧客係と言っても、ピーターの仕事はコンピュータへの入力のみ。実際の事務処理は、別の係が行うという。「一カ月くらいして、電話で問い合わせをしなさい。」「電話に誰も出ないんだけど。」「う~ん。一か月くらいして、ここにまた来なさい。」

その時に、ピーターのような有能な係員にあたるという保証はない。また、今回の問題が解決しても、新たに記入される数値が嘘だと、来月も同じ問題を抱えることになる。複雑な思いで顧客センターを出たのは、お昼時。それでも、センターで出会った暖かい人たちと初夏のジョハネスバーグに広がる青空のおかげで、優しい気持ちになれた半日だった。

2010/09/30

14倍になった電気代 ジョハネスバーグ市と格闘 その1

9月分の請求書がジョハネスバーグ市から届いた。含まれるのは、電気代、上下水道料金、ゴミ回収料金、そして固定資産税。2、3か月前から不穏な動きを見せていた電気代が、とうとう狂った。今年の初めには6000円程度だったのが、なんと8万4000円に。請求書全体の金額は、1万5000円から9万4000円に。。。

つい数年前まで、毎月の電気代は2000円を切っていた。それが「南アの電気代は世界一安い」「設備の拡大・修復にお金がかかる」「電気会社が大赤字」などなど騒がれてるな~と思っているうちに、大幅上昇してしまった。今年から3年間、更に毎年30%ずつ程度上がるらしい。だが、それにしても。。。

一人暮らしの小さな古い一軒家である。電気はマメに切っている。テレビもない。同居している猫たちが、こっそり浪費しているとも思えない。

メーターをチェックしてみると・・・。請求書に記載されている数字と全く違う。早速、市に抗議の電話を入れる。

ジョハネスバーグ市では、問い合わせや苦情の内容ごとに別だった電話番号を一本化。停電しても、水道管が壊れて道が水びたしになっても、引っ越ししても、請求書がおかしいと思っても、011 375 5555にかける。一見便利になったようだが、実は住民サービスの著しい低下を招いてしまった。

誰も電話に出ないのである。話し中とか電話が鳴りっ放しなのではない。一応機械が自動的に答える。「出来るだけ早く応対しますので、お待ちください。」そして、延々と音楽が流れる。30分くらいしたら、切れてしまう。その間、住民は通常の電話料金を払うことになる。

ごくたまに、人間と話すことが出来ることがある。だが、殆どの場合全く要領を得ず、頭に来るか情けなくなる。奇跡的にちゃんと応対する人に巡りあっても、それが問題解決に結びつくことは野生のトキを見つけるよりマレである。

住民への対応をコールセンターに任せたことにより、市は「匿名化=責任所在の否定」に成功したのである。以前だったら、「xx課のxxさん」と話し、問題が解決していなければ、同じ人に電話してフォロー出来た。今は誰が電話に出るかわからないし、電話にでる係員の仕事は、問い合わせ・苦情をコンピュータに入力するだけだから、質問しても答えることができない。顔のない仕事だから、ボタンが点滅する(と想像している)電話の側でお喋りに興じていても平気である。

問い合わせ用Eメールアドレスもある。jobourgconnect@joburg.org.za。だが、返事を期待しても無駄だ。

こちらも慣れたもので、我が家の電話はスピーカーつき。誰かがそのうち答えるかもしれないのを、イライラしながら受話機片手に待つことはしない。受話機を電話機にかけたまま、パソコンに向かって仕事を片づける。

こうやって半日過ぎた。仕事もひと段落ついたことだし、電話はあきらめ、市のオフィスに出向くことにする。グーグルしたところ、市の「顧客センター」が各地にあることがわかる。一番近いのは、車で10分の距離。道路工事のせいで30分かかったが、なんとか辿りつく。

見晴らしの良い、丘の上の立派な建物。ダイナーズクラブも入っている、というからでもないが、なんとなく期待してオフィスに足を踏み入れると。。。。。

職員3人。動いているコンピュータは1台。その前で、職員1(お婆さん)が「さっきまで動いてたんだけどね~」と気の毒そう。職員2(やはりお婆さん)は居眠りの真っ最中。職員3(若い女性)はやたら饒舌。「その靴いいわね~。どこで買ったの~? 私にも一足買ってよ~。」!?!

とか言っているうちに、終業時間の4時。明日は、別の顧客センターに行ってみよう。

憲法にしても、コールセンターにしても、顧客センターにしても、カタチは整っているのに、運営する人材に問題がありすぎの南アフリカ。明日は、どうなることやら。。。

2010/09/26

寒村に双子が100組以上!? 東ケープ州

東ケープ州のフィドフェスヴィル(Viedgesville)は、半径10キロの円に収まる小さな村。そこに就学年齢の双子が100組以上いるという。ギネスブック記録確実だ。マスコミが押しかけたり、世界中の科学者の注目を浴びてもおかしくないが、やってきたのはサッサ(Sassa)。南アフリカ社会保障庁(SA Social Secirity Agency)である。

Sassaが設立されたのは、2005年。児童手当、老齢年金、身体障害者手当などの補助金年間900億ランド(1兆8100億円)を約1200万人の貧しい国民に支給している。人口の約4分の1が福祉手当を受給している計算だ。様々な手当てのうち、受給者が一番多いのが児童手当。対象となるのは、15歳以下の貧しい家庭の子供たち。ひとり当たり月250ランド(3000円)が約800万人に支給されている。

勿論、手当を受け取るには、受給資格を満たしていることを証明する必要があるが、公務員の汚職がはびこるお国柄、特に田舎では簡単にごまかせる。不正な受給額が全国で年15億ランド(180億円)にのぼると推定されており、とうとう1カ月ほど前、Sassaが設立以来初めての調査に乗り出した。

その手始めが、東ケープ州の農村地域である。内務省やSassaなど地元の役人、伝統的指導者、警察が住民とぐるになり、福祉手当の不正受給に関わっているといわれる。だが、証明するのは大変な作業である。

フィドフェスヴィルで村ぐるみの不正が行われているという密告情報を得たSasaa。本庁の職員が村に足を運び、児童手当を受けている子供をひとりひとり特定していった。存在しない可能性がある双子、なんと125組。

迎え撃つ住民たちは、一筋縄ではいかない。村全体で協力して話を合わせ、聞かれそうな質問を事前にリストアップし、練習までしていた。大人だけではない。4歳の子供に至るまで、親に教えられた通り平気で嘘をつくのだから恐れ入る。限りなく怪しくても、シラを切り通す。どう見ても生後15カ月程度の赤ちゃんを連れて来て「3歳だ」と言い張る親や、「別の州の親戚の家に遊びに行っている」とうそぶく親。出生届の記載誕生日が離れている子供2人を「双子だ」という親。村人たちの殆どが正規の学校教育を受けていないというが、その組織力としたたかさに調査員はあきれるばかり。

東ケープは、南アフリカで最も貧しい州のひとつだ。特に、旧ホームランドの農村部で貧困が目立つ。全国では60%以上が都市部に住むのに、東ケープ州では65%が農村部に住む。一人当たりの収入は、全国平均の半分。

根本的な貧困問題が解決しない限り、住民たちは更にしたたかになって、もっとバレにくい福祉手当の不正受給方法を考えだすに違いない。

(参考資料:2010年9月26日付「Sunday Times」など)

2010/09/24

南アフリカは南米や東欧より安全 W杯観光客の実感

サッカーワールドカップ(W杯)観戦のため、南米や東欧から南アフリカにやってきた人たちの殆どは、南アフリカが自分の国より安全だと感じた。南ア野党DA(民主連合)がW杯期間中、全国のスタジアム、空港、バス、ハウトレインなどで行った調査結果だ。

アンケートに応じた98人のうち、26.4%が南アは「非常に安全」、69.8%が「安全」と感じた。物価が「手頃または自国と同じ程度」と答えたのが48%、「南アの方が安い」と思ったのが45%。南アで一番良かったのは「美しい自然」、一番悪かったのが「交通システム」。

「非常に危険且つ物価が高いところと事前に言われてきたが、予想と全然違い、安全で安い国」というのが大半の実感。特に、南米から来た人たちは「うちの国にはもっと危険な町がある」と答えた。

海外でのイメージの悪さと実際に訪問した時の経験のギャップが大きいことから、観光が経済成長を促進する可能性がまだまだあるが、それには、労使問題を解決し、つい自国の欠点を吹聴する南ア人の悪い癖を自重し、且つ積極的にマーケティングすることが必要とDAでは見ている。

(参考資料:2010年9月20日付「The Times」など)

2010/09/21

大統領と食事 お値段は600万円

権力のあるところに金は集まるもの。元解放運動組織のANC(アフリカ民族会議)も例外ではない。アパルトヘイト下で虐げられていた貧しい黒人のチャンピオンだったはずなのに、政権を取ってからはしっかり財界と癒着している。

現在ダーバンで開催中の与党ANCの党大会。開幕前日の夕食会には、利権のおこぼれを狙って、ビジネスマンが群がった。

選挙で他党を圧倒するANCは、中央政府を完全掌握しているだけではない。9つの州のうち、8つまでを掌中に収める。中央政府各省の大臣、副大臣は勿論ANCからだが、次官クラスにも党員が多い。政治家や官僚と親しくなって、入札などで便宜をはかってもらおうとする企業家にとって、ANCの有力党員が一堂に集まる党大会は、絶好のチャンスである。政治家側も多額の袖の下を期待する。

ANCは「これを党の資金集めに活用しないはずはない」と席に値段をつけた。大統領と同じテーブルに座る代金は、なんと50万ランド(600万円)。閣僚クラスで、10万ランド(120万円)以上。見返りの大きさを考えると高くはないという。

ズマ大統領と同席したひとりは、パトリス・モツェペ。1962年1月28日生まれの48歳。鉱業界の大物。総資産が100億ランド(1200億円)を超えると推定されている(2009年)。「フォーブス」誌の金持ちランキングでは、世界で503番目(2008年)。10年前には既に、南アで屈指の超大金持ちとしてマスコミを賑わしていた。

モツェペ自身の能力や才覚もさることながら、短期間にここまでのし上がった陰には強力なコネの力がある。姉ツェピソの夫は、シリル・ラマポザ。マンデラを次いで大統領になるとまで言われたANCの有力者で、その後財界へ移った大富豪。もうひとりの姉ブリジットは、やはりANCの重鎮のジェフ・ハデベ現法相と結婚している。

ターボ・ムベキ元大統領の弟で政治学者のモエレツィ・ムベキは、黒人がコネでのし上がる現状を「縁故資本主義」(crony capitalism)と呼び、競争を阻害するシステムと批判的だが、モエレツィがビジネスマンとしても成功したのは、失脚前の兄が政界の大物だったオカゲが大きいから、偉そうなことも言えない。

一方、ズマ大統領は小学校にも行っておらず、解放運動に身を投じ、政治家になるまでは働いて給料をもらった経験がない。経済観念が欠如しており、賄賂や縁故に甘いと見られている。

モツェペとズマが仲良く座ったテーブルは、失業率25%、黒人労働者の年平均所得が約1万2000ランド(14万4000円)、貧富の差の拡大が懸念される南アで、なにやら象徴的である。

(参考資料:2010年9月20日付「The Times」など)

2010/09/19

ジョディ・ビーバー 「タイム」誌の表紙を撮った南ア人写真家

ジョハネスバーグのRCHCC(Rabbi Cyril Harris Community Centre)は、シナゴーグに併設されたコミュニティセンター。映画、講演会、絵画展、趣味の集まりなど、毎日のように様々な催し物が行われている。その全てがジューイッシュ(ユダヤ系)絡み。逆に言えば、ジューイッシュ的要素があれば、なんだってあり、なのである。

ジョディ・ビーバー(Jodi Bieber)の講演会に行ってきた。鼻を削がれた若いアフガニスタン女性の写真が「タイム」誌の表紙に採用されたことで、世界中に名前が知られることになった南ア人の写真家。勿論、ジューイッシュ。1967年生まれ。ジョハネバーグ育ち。

1993年にジョハネスバーグの新聞「スター」の暗室助手となり、1996年まで同紙のカメラマンとして、南アフリカが民主化する激動の過程を追った。幸運な時期にカメラマンになったといえよう。その後フリーに転向。報道から身を引き、自分のプロジェクトに取り組む。10年にわたって、貧しい白人やカラードのギャングなど南ア社会の周辺に存在する若者を撮った「Between Dogs and Wolves – Growing up with South Africa」や、肥満の黒人女性や81歳の白人女性をはじめとする、ごく普通の女性たちが下着姿で自分の体に対する思いを語った「Real Beauty」などがある。

報道写真家ではなく、ポートレート(肖像)を得意とすることから、「タイム」誌に仕事を求めて行った時は期待していなかった。だが間もなくして、「アフガニスタンの女性たちを撮らないか」との声がかかる。

表紙のモデルとなったのは、18歳のアイーシャ(Aisha)。夫とその家族の虐待に耐えかねて逃げ出したがつかまる。タリバンの判決は、耳と鼻を削ぎ落すこと。地面に抑えつけられたアイーシャの耳と鼻をナイフで削ぎ落したのは夫だった。ジョディが出会った時は、施設に保護されていた。

ライターに頼まれたプロのカメラマンと被写体。最初はどうもうまくいかなかったという。サジを投げ、通訳を介してひとりの女性とひとりの女性として話し始めた。「望むことは?」の問いに、アフガニスタンにおける女性の地位改善とか、タリバンの壊滅とかいった大きな話はせず、一言「耳と鼻を返してほしい」。その毅然とした正直さに心が打たれた。その瞬間、部屋の空気がすっと明るくなったのを感じた。

「タイム」の編集者はこの写真を喜ばないだろうと思ったという。確かに、耳と鼻があるべきところにぽっかりあいた穴を強調した、いかにも可哀そうな写真を撮ることは可能だった。だが、ジョディは尊厳に満ちたアイーシャを撮りたかった。グロテスクな悲惨な姿では、読者が反射的に目をそむける。そうではなく、見た人にまず「なんて綺麗な少女なんだ!」と思わせ、「あれっ? 何か変・・・・」と考えさせることを狙った。

結果として、「タイム」誌はこの写真に難色を示すどころか表紙に使い、大きな反響を呼んだ。

外に出て資金集めをするのが苦手、というジョディ。これまでは、スポンサーなしに自分のプロジェクトに打ち込んできた。有名になった今は、スポンサーが向こうからやってくるかもしれない。

次のプロジェクトは「まだ秘密」とのこと。「口に出すと、うまくいかないかもしれないから。」 いたずらっぽい目をして、シャイにほほ笑んだ。

2010/09/12

作品:Himba girl in Japanese spring

油絵 51x40.5cm 2010年

ヒンバはナミビア北部の砂漠に住む部族。人口2万~5万人といわれる。皮製の腰巻以外、衣服は身につけない。女性はバターオイルとオーカーをまぜたものを肌と編んだ髪に塗るため、体中が赤茶色に見える。

2010/09/10

南アフリカは世界3位の肥満大国

欧米や日本の人々にとって、「アフリカ」といってまず頭に浮かぶのは、「野生動物」「貧困」「飢餓」「内戦」。だが、最後の3点は過去のものとなりつつある。独裁政権の数が激減し、完全な民主主義とは言えないまでも、民主主義の形態をとる国家が大半となった。経済成長も多くの国でめざましい。

その先端を行く南アフリカでは、肥満の面でも欧米並み。それどころか、アメリカ、イギリスに次ぐ世界第3位という不名誉な地位を獲得した。その原因は、動かないことと炭水化物の摂りすぎ。

体重(キロ)を身長(メートル)の2乗で割ったものをBMIという。BMIが18.5未満が「低体重」(underweight)、18.5~24.9「普通体重」(normal weight)、25.0-29.9「過体重」(overweignt)、30.0~34.9「肥満」(obese)、35.0-39.9「重度の肥満」(severe obese)、40.0-44.9「病的な肥満」(morbidly obese)。そして、45.0以上は肥満の横綱「スーパー肥満」(super obese)となる。

9月8日に発表された、大手製薬会社グラスコスミスクライン社の調査によると、南アフリカの成人の61%、9歳以下の子供の17%が太りすぎ(BIM25以上)というのである。

調査の対象になった4都市のうち、太りすぎが一番多かったのはケープタウンの72%。以下、プレトリア68%、ジョハネスバーグ59%、ダーバン52%と続く。

「運動は大切」と思っているのは47%。だが、42%が健康に全く注意を払っていない。全く運動をしていない人が49%、これまで一度もダイエットをしたことがない人が71%もいる。

61%もが肥満という現状にも拘らず、健康に関心がなかったり、ダイエットを一度も試みたことがない人がこれほど多いのは何故か。

実は、自分で自分が太っていると思っていないのだ。

他の人が太っていたら気がつくという人が74%もいるのに、自分が太っていると思っている人は34%しかいないのである。それどころか、「肥満」の78%、「病的な肥満」の52%が、自分は「概ね健康」または「とても健康」と信じている。

BMI30以上が人口の3%しかいないのに、1億こぞってダイエットにいそしんだり、メタボ体型を気にしたりする日本人に比べ、南ア人はおおらかというべきか、自分に甘いというべきか。こんなところにも、国民性の違いが垣間見えて面白い。

(参考資料:2010年9月9日付「The Times」「The Star」など)

2010/09/07

クワズールーナタール州で幽霊教師探し

クワズールーナタール(KZN)州教育省では、幽霊退治の真っ最中。実際は教鞭をとっていないのに、小中高校で教えていることになっている税金泥棒の取締りである。

教師に限らず、南アフリカにはこういった税金泥棒が結構いる。公務員として名簿に名前が載っていて、給料を貰っているのに、実は働いていない。日本でも最近、既に死亡しているのに届を出さず、生きているものとして家族が年金を受け取る例が問題になったが、これも南アフリカでは目新しいことではない。

政府支給の老齢年金は、現在月1000ランド強(約1万2000円)。63歳以上の男性と60歳以上の女性のうち、財産及び収入が規定額以下の南ア国民及び永住権所有者が対象となる。働いている期間、給料から貢献する必要はない。勿論、財産・収入の条件を満たし、この金額で生活できるのは、貧しい人だけだから、中流以上は元気なうちに自力で貯蓄するしかない。

日本円にしてみれば微々たる支給額だが、2010年第2四半期の失業率が25.3%、仕事を探すのをあきらめた人を含めると34%を超える中、お爺さんやお婆さんの年金に一家全員が頼っている家族も多い。老齢年金、子供の扶養手当、障害者手当てなどはあるが、公的な失業保険はない。

既に死んでいる人を選挙人登録し、与党に「投票」させるのも、南アフリカではそれほど一般的ではないが、隣国ジンバブエをはじめとして、アフリカではよく使われる手だ。

KZN州では、既に10万人以上の教師が幽霊かどうか調べたという。うち、一体「幽霊」が何人いたものやら。次の作業は、存在する個々の教師が教育省に提出した証明書のチェック。そもそも証明書が本物で、教壇に立つ資格があるのかどうかを確認する。また、「教える」資格があった場合でも、今教えている科目やレベルを教える資格があるのかどうか調べていくわけである。

税金の無駄遣いを減らすだけでなく、教員のレベルアップの一助となることを祈っている。

(参考資料:2010年9月7日付「Business Day」など)

2010/09/02

暴動を起こそう!

3週目に突入した全国公務員スト。とうとう政府が折れて、7.5%の賃上げと月800ランドの住宅手当を提示。組合の要求はそれぞれ8.6%と1000ランド。これまでの政府のオファーは、7%と700ランド。ここでお互いに折れるのが妥当・・・という論理・心情は、南アフリカの労働組合には通じないらしい。なんと、オファーを蹴ってしまった。それどころか、今日、ヨハネスブルグ市内で組合員がデモ。

警察や刑務所の看守はまだストに参加していないものの、サッカーワールドカップで1ヶ月休校し、それでなくてもカリキュラムをこなすのが遅れている公立学校は、教師のストで休みのまま。公立病院も、看護婦などの職員ストが続いている。

それに加え、昨日からガソリンスタンドの従業員がスト。南アフリカでは、都市でも公共の交通機関が発達していないため、通勤や子供の送り迎えなどにマイカーを使う人が多い。ガソリンスタンドはセルフサービスではないから、従業員ストはいい迷惑だ。

隣国モザンビークの首都マプトでは、住民の暴動が始まった。光熱費と物価の上昇に対する住民の不満が爆発したもの。電気代13.4%、水道代11.7%、パンの価格25%の値上げを政府が発表したことが引き金になった。暴動の初日は死者6名、負傷者27名、逮捕者142名が確認されている。

マプトの空港が閉鎖されたことで、南アフリカとマプトの間の飛行機が全てキャンセル。数百人の南ア人がモザンビークから出国できない事態になった。

「困ったものだ」と思いながら、ヨハネスブルグ市から来た光熱費・固定資産税の8月分請求書を開けてびっくり。これまでは電気代、上下水道代、ゴミ回収代、固定資産税をあわせて月1000ランド(約1万2千円)弱。それでも高いと思っていたら、先月の請求書では一挙に2500ランドに。しばし呆然としながらも、黙って支払った。それがなんと、今回は3600ランドというのである! 4万3000円。いくら市の財政が苦しいとはいっても、行政の不手際を棚に挙げて、全てを住民に押しつけるのはアンマリではないか。これから毎月、どうやって払っていったらよいものやら、目の前が真っ暗になった。

私も暴動を起こしたい。

2010/08/27

史上最悪の公務員スト

8月18日、史上最悪と言われる公務員ストが南アフリカ全国で始まった。参加者130万人と言われる。

小中高の教師30万人以上が授業をボイコット。組合に入っていなかったり、入っていても子供のために授業を続ける同僚をののしり、授業を妨害する。南アフリカの学校年度は、1月から12月まで。そろそろ年度末試験が近づいている。特にマトリック(高校卒業試験)を目前にした生徒には、迷惑もいいところである。元々、教師の質の悪さが問題となっているところに、アパルトヘイト後取り入れられた教育システムにより、読み書きの出来ない高校生が続出している現状だ。

更に、困るのは医療従事者のスト。さすがに医師で参加する者は殆どいないものの、清掃夫や調理師から看護婦まで、医療現場で働く、あらゆる職種の人々が職場を放棄。ソエトのバラグワナ病院のノエル・ハウザー医師は、「医者は出てきているけど、看護婦をはじめとするサポートスタッフがいないと、どうしようもないんだ」と顔を曇らせる。未熟児に食事が与えられず、重病患者を世話する人もいない。

スト参加者は職場放棄にとどまらない。細々と行われている治療の邪魔をする。手術室に乱入し手術を妨害したり、廊下にゴミをまき散らかしたり、病院の前に陣取って救急車を中に入れなかったり、とても医療に関わる人間とは思えない。患者が死んでいっても、知らん顔だ。

スト2週間目に入り、全国の病院にボランティアが集まり始めた。清掃や食事の世話やベッドの移動など、特別な資格を必要としない雑務を行うためである。8月23日には、7州の37病院に軍隊が出動。医師やボランティアや患者の警護にあたっている。

アンシア・ヒーンさんは、バラグワナ病院の検査技師。20代前半のか細い女性だが、ラボにストライカーが乱入し、乱暴に肩をつかまれ、「お前、何故働いてるんだ。出て行け!」と脅された。軍隊のヘリコプターで病院への出入りを行った。「怖かった」と思い出して身震いする。

南アフリカで労働者のストは日常茶飯事。今年に入ってからも、5月に鉄道港湾を管理するトランスネットの職員が3週間にわたってスト。経済に与えた損害は73億ドルと言われる。組合は11%の賃上げを勝ち取った。

6月には、官営電力会社エスコムの職員が9%の賃上げと月1500ランドの住宅手当を求めてスト。サッカーワールドカップ開催を見越しての脅迫まがいの行為だった。8月には自動車業界がスト。2010年に10%、翌年と翌々年に9%ずつの賃上げで労使が合意に達した。

今回の公務員ストで組合が求めているのは、8.6%の賃上げ(インフレ率の2倍以上)と月1000ランドの住宅手当。国の提示は賃上げ7%と住宅手当700ランド。90%の職員には更に1.5%の賃上げを提示。「組合との要求との差は、0.1%しかない」と国は主張するが、組合は応じない。経済に与える損害は、1日10億ランド(120億円)と概算されている。

自分は一生懸命働いても賃金が低く生活が苦しいのに、政治家や政府高官や企業の幹部は豪勢な生活を送り、ゼロを数えるのが難しいほどの高い給料を貰っている。頭にくるのもわかる。しかし、看護婦や教師といった、人命や国の将来にかかわる重要な職業についている人たちが、僅かな昇給額にしがみついて、仕事の本質をおろそかにするのにはどんなものか。それも、失業率が3割とも4割ともいわれる中でのことである。

労使の話し合いに決着がつかず、ストが長期化しそうな気配の中、組合は全国の警官14万5000人と刑務所の看守をストに参加させる、と強気の構えだ。

(参考資料:2010年8月23日付「The Star」、8月24日付「The Times」、8月26日付「The Star」など)

2010/08/23

南アでロマンス小説 著者は19歳の黒人青年

美しいヒロインが背が高くてハンサムな男性と恋に落ち、紆余曲折の末ハッピーエンド・・・と水戸黄門並にワンパターンなロマンス小説。全世界で20億ドル規模(推定)の、出版業界では大きな市場。北米で販売されるペーパーバックの半数以上が、ロマンス小説である。不況に強く、過去2年で売り上げが急増した。

南アフリカでロマンス小説と言えば、ミルズ&ブーン。1912年に創業されたイギリスの老舗で、1971年カナダのハーレクイン社に買収された。「ミルズ&ブーンが愛読書」と公言する人は殆どいないが(知性のなさを疑われる後ろめたさがある)、英系の若い女性に圧倒的な人気がある。

とは言え、主人公は概ねイギリス人女性。南アフリカ人、特に黒人には感情移入がしにくい。そこで、新市場開拓を狙った南アフリカの出版社クエラブックスが、ロマンス小説シリーズ発行に踏み切った。その名も、サファイヤプレス。伝統を重んじ、黒人であることに誇りを持つ、若い女性がターゲット。執筆者は7人。

著者のひとり、フェゼキレ・コキレ君は、東ケープ出身の19歳。第1作は「Wish Upon a Star」(星に願いを)。少女に結婚を強制する「ウクトゥワラ」(ukuthwala)というコサ族の風習がテーマ。強制結婚から逃げ出し、ケープタウンで編集者として成功したヒロインに過去がつきまとう、というストーリーらしい。「男女関係なんて経験したこともないくせに・・・」と姉妹たちにからかわれたものの、リサーチゼロで書いた小説の原稿料は1万2千ランド(約15万円)。授業料が払えず大学を中退したコキレ君は嬉しそうだ。

(参考資料:2010年8月22日付「Sunday Times」など)

作品: Old money, new world II


oil on canvas  46 x 36 cm  2010

オランダ東インド会社の初代ケープ総督、ヤン・ファンリーベック(1619-77)は南アフリカ白人、特にアフリカーナにとっての建国の父。1940年代から1994年まで、南ア紙幣の「顔」だった。

2010/08/21

作品: Old money, new world I


oil on canvas  46cm x 36cm  2010

世の中の至るところで目にし、意識するしないに関わらず生活の一部だった制度や法律や習慣や流行や価値観。ある意味で生活を支配していたともいえるのに、私たちはすぐ忘れてしまう。戦前の軍国主義や最近のファッションまで、例を挙げればきりがない。例えば、お札の「顔」に7回もなった聖徳太子。「聖徳太子」=「一万円」が「当たり前」だったことが嘘のよう。

この絵を描くに当たって、聖徳太子のお札の顔を調べてみて驚いた。同じ絵に基づいているはずなのに、よく見ると結構違う。1958年から1984年まで発行された有名な一万円札の顔は、おっとりしたお坊ちゃん風。あまり頭が良さそうに見えない。この絵の顔は、どこか高貴で賢そうな五千円札に手を加えたもの。

2010/08/16

王妃と大臣の不倫 スワジランド

警察が司法大臣と王妃の不倫現場に踏み込み、大臣を逮捕。そんなショッキングな事件が起きたのは、南アフリカに隣接する小国スワジランドでのこと。国王は台湾を公式訪問中だった。

大臣は国王の幼友達。国王の不在時、王妃は軍隊の制服に着替え、兵隊のふりをして宮殿を抜け出し、大臣とホテルで落ち合っていた。ふたりの関係を嗅ぎつけたのは、諜報機関のエージェント。ンドゥミソ・マンバ大臣は辞任した。

ムスワティ国王はまだ42歳。ふたりの間には、5歳、3歳、0歳の子供3人がいる。王妃の座を危険にさらしてまで、彼女を不倫に駆り立てたものは何か、と野次馬根性をあおられるが、実はこのノタンド・ドゥベ夫人、ムスワティ3世の12番目の奥さんなのである。16歳の時国王に見初められ、現在22歳。国王は毎年のように新しい妻を娶っており、ノタンドの後にも2人と結婚した。

スワジランドは人口100万人強。国民の60%が1日1.25米ドル以下で生活している貧しい国だ。失業率約40%。HIVの感染率、世界一。成人の26%、20代に限定すると50%以上がHIV陽性といわれる。平均寿命は36歳。世界で一番短い。

国民が苦しんでいるのをよそに、アフリカ最後の絶対王政を敷き、贅沢三昧を楽しむムスワティ王は評判が悪い。揃いも揃って浪費好きの妻たちにそれぞれ宮殿と高価なBMWを与え、国王自身のマイカーのお値段は50万ドル。宮殿を3つも持っている。

妻選びは通常、伝統行事「リードダンス」(葦の踊り)の場で行われる。毎年国中から若い娘約2万人が集まり、国王の母親に葦を捧げ、労働を提供し、ダンスを披露するもので、本来は国王の妻選びとは関係ない。だが、ムスワティ王は、腰のまわり以外は裸同然の娘たちの中から、お気に入りの美女を選んで妻にしてしまうのである。

スワジ王は一夫多妻である。国内の平和を保つため、各部族からひとりずつ妻を娶るという政治的意図からだ。先代のソブザ2世が亡くなった時には、妻約70人、子供100人以上、孫が1000人以上いた。だが、妻たちは各部族の有力者の娘で、性格・資質が重視され、同じ場所に住み、移動もバスで全員一緒だったという。見初めた可愛い高校生を学校から拉致し、母親に訴えられたこともあるムスワティ王とは大違いである。

2004年には第5夫人と第6夫人の不倫が発覚。宮殿を去った。第5夫人は現在ロンドン、第6夫人は南アフリカのソウェトに住んでいる。今回の第12夫人の不倫発覚で、ムスワティ王は「恥をかいた」とカンカン。不倫情報を外部に漏らした人間を突き止めると息巻いているらしい。

さて、ノタンド王妃とマンバ元大臣の運命やいかに? イスラム教国とは違い、セックスには大らかなお国柄のおかげで、一番重い処分でも元大臣は国外追放、王妃は両親の家に軟禁で済みそうだ。加えて、賠償金代わりに、牛の提供を求められる可能性もあるとのこと。

(参考資料:2010年8月1日付「Sunday Independent」 など)

関連記事
スワジランド王妃 王宮から追い出される(2011年11月21日)

2010/08/12

作品:Hokusai South African Style III


アクリル 45.5 x 45.5 cm 2010年

北斎「富嶽三十六景」の「凱風快晴」に、バオバブの木と象を加えました。

2010/08/11

絶滅の危機 ヒキガエルに愛の手を

ここはケープタウン郊外。雨が降る暗い夜道に現れた人々。懐中電灯をかざしながら、落し物でも探しているかのようにゆっくり動き回っている。時々しゃがんでは何かを拾い上げ、道の端まで歩く。

実は、ボランティアグループ「トードナッツ」(Toadnuts)の面々。直訳すると「ヒキガエル気違い」。世界でもケープ地方にしか生息しないWestern Leopard Toad(学名:Amietophrynus pantherinus)(和名は何でしょうね?)を守ろうという有志の集まりだ。

かつてはケープ地方の沿岸一帯に生息していたが、急速な都市化に伴い、棲みかがどんどん破壊され、現在その殆どが住宅地の庭に住む。だが、庭つきの家で優雅に一生を・・・というわけにもいかない。配偶者に巡り合い繁殖するには、水が必要だからである。とはいっても、町中のこと。なんとか池にたどりつかないといけない。

不便なところに住んでいると、最寄りの池まで5キロということもある。身長14センチのヒキガエルにとっては、ものすごい距離である。しかも車道を横切るという離れ業が要求される。無事交尾を終えたら、普段住んでいる庭まで戻るから、場合によっては何度も命がけの目に遭う。

このヒキガエルの繁殖期は、7月から9月の間の僅か数日間。大抵雨が降る夜で、しばしば満月の日が選ばれる。満月の夜でも雨が降っているから、運転手には見えにくい。そのため、多くが交通事故の犠牲となる。一匹のメスが産む卵は約千個。つまり、メス一匹が道路を安全に渡れるかどうに、千匹のオタマジャクシの命がかかっているのである。

そこで登場したのが「ヒキガエル気違い」。今年は7月22日、夜でも交通量が多いシルバーマイン道路に集合。101匹のヒキガエルを無事、道路の反対側まで届けた。それでも、約25匹が轢き殺されたという。この道を通るマイカー運転手に、雨の夜はゆっくり走るよう呼びかけている。

Western Leopard Toadは、絶滅の危機にさらされている。ケープ地方の皆さん、自宅の庭に住んでいるのを見つけたら池を作って、せめて「マイトード」の命だけでも助けては?



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(参考資料:2010年8月1日付「Sunday Times」など)

2010/08/05

元警察長官 汚職容疑で有罪 15年の実刑判決

南アフリカの元警察長官ジャッキー・セレビ(Jackie Selebi)に、15年の実刑判決が下った。容疑は汚職。

1950年ジョハネスバーグ生まれ。ハンガリーやザンビアで亡命生活を送り、1980年代後半に解放運動組織「アフリカ民族会議」(ANC)の幹部になる。ANCが大勝した94年の第1回民主総選挙で国会議員に。その後、国連大使、外務省事務次官の要職を経て、2000年に警察長官就任。たたき上げでない初めての警察長官、それも一党独裁の与党から送られた政治的任命である。2002年からインターポール(国際刑事警察機構)の副長官、04年には長官に就任し、世界の警察組織のトップに立った。セレビを汚職容疑で逮捕・起訴しようとした検察長官は、ムベキ大統領に停職処分を受け、後任のモトランテ大統領に解雇された。

これほどの権力者、それも警察長官の逮捕・起訴が実現したのは、ひとりの男の執念による。

ポール・オサリバン(Paul O'Sullivan)が南アの空港を管理するACSA(Airports Company South Africa)の警備担当になったのは2001年。密輸や盗難など犯罪の多いジョハネスバーグの空港の警備刷新に力を入れた。全く無能な警備会社が不正な方法で契約を得たことを発見し、契約を破棄。ところが、警備会社の社長が友人のセレビに泣きついたのである。セレビが「なんとかする」と約束した直後、オサリバンの命が狙わ始める。圧力に屈しなかったら、ACSAから解雇されてしまった。

オサリバンはあきらめなかった。命の危険に晒され、結婚生活が破たんしても、家族の身を守るため海外に移住させ、私財を投じて調査を継続。セレビが国際犯罪組織のボスで麻薬王、グレン・アグリオッティ(Glen Agliotti)と近い関係にあり、1990年から賄賂を受け取っていたことをつきとめた。家族の医療費から、奥さんのルイヴィトンのハンドバッグ、多額の現金まで。2000年以降だけで、120万ランド(1560万円)の現金を渡したと、アグリオッティが証言している。麻薬といえば密輸がつきものだから、空港の警備はアグリオッティにとって死活問題だった。ムベキ大統領は、大物犯罪者の庇護にある者を警察長官に任命していたわけだ。

アグリオッティとの関係がマスコミで大きく取り上げられても、セレビは「彼は友人。私の目の前で犯罪を働いたわけではない」などとうそぶくばかり。与党ANCと大統領を後ろ盾にしての強気の態度。

だが、動かぬ証拠を元に、検察は2007年9月、現職の警察長官を起訴。大統領はしぶしぶ、2008年1月、セレビを休職処分に。しかし解雇はせず、任期終了まで給料を支払うという甘い処分だった。2008年9月のムベキ失脚は、セレビにとって大きな痛手だっただろう。

現職警察長官の逮捕、起訴、有罪判決は、民主主義の勝利と見るべきか、それとも、大統領の後ろ盾を失った権力者の失墜と見るべきか。

また、警察長官の逮捕・起訴が可能になったのは、検察のエリート捜査機関「スコーピオンズ」の健闘のおかげだが、次から次へと政治家や権力者の汚職・犯罪を暴いたスコーピオンは、優秀すぎて恨みを買ったせいか廃止され、その捜査機能は「ホークス」として警察に移されてしまった。

更に、執拗に報道を続けたメディアの役割も見逃せない。だが、政府を批判し、汚職を追及するメディアに、与党は不快を隠さない。つい最近も、南ア共産党書記長でANC幹部でもあるブレード・ンジマンデ高等教育相が、南アのメディアを「ブルジョアメディア」「野党の延長」「民主主義への脅威」と呼び、メディア規制機関の設立を求めている。

どこへ行くのか、南アの民主主義。

一方、ハリウッド映画の主人公並の活躍をしたポール・オサリバン。次の標的は、ターボ・ムベキ元大統領、と鼻息が荒い。悪名高い南アの犯罪を取り締まるトップが汚職にまみれていたにも拘わらず、大統領が庇い続けたためにセレビの逮捕・起訴が遅れ、その間の犯罪防止・捜査が滞った罪を問うという。セレビは控訴する予定だ。

2010/08/01

盲人横断注意標識

実は、道路標識が好きである。 田舎で見かける、カモシカ、象、ワニなど動物の「飛び出し注意」標識は「やっぱりアフリカだな~」と思わせて楽しい。ケニアのキリンやチュニジアのラクダの注意標識にも、土地柄が感じられてほくそ笑んだ。

 これは、我が家の近くで見かけた標識。杖をついた大人の絵と「BLIND PEOPLE」の文字。「盲人横断注意」の標識だろう。ごく普通の真面目な図柄。だが、ちょっと考えて見ると、なんだか変。近くに盲学校があるわけでも、このあたりに目の不自由な人が多く住んでいるわけでもない。アーチスト、ジャーナリスト、学生などで溢れた、ジョハネスバーグでも知的でトレンディとみなされている地域の、横断歩道でもなく、交差点でもない普通の道の側にボツネンと立っている。どう見てもオフィシャルっぽい標識なので、ジョークとも思えない。何故この場所に、どういう意図で設置されたのか。なんだかシュールである。

西ケープ州の小さい町、モンテギューで見かけた「猫横断注意」標識と英オックスフォード近くの田舎道に立っていた「戦車横断注意」標識と同じレベルの意外性。私の中で大ヒットとなった。(オックスフォードの方は、近くに陸軍の演習場があったのかもしれない。地元の人にはなんの不思議もない標識だろうが、心の準備が出来ていない無知な観光客にとっては、のどかな田園風景と戦車の取り合わせはシュールだった。)

2010/07/26

お知らせ:HPの統合・新設

「コラム編」と「アート編」に分かれていたブログ「ペンと絵筆inアフリカ」をひとつにまとめました。アート作品の新作も、こちらに発表します。また、アート作品の全貌が一覧できるウェブサイトを開設しました。

「ペンと絵筆inアフリカ」 http://pen.osada.co.za
「Masako Osada Visual Arts」 http://www.osada.co.za
 

2010/07/25

作品:Hokusai South African Style II

アクリル  45.5cm x 45.5cm  2010年

葛飾北斎「富嶽三十六景」の「甲州石班沢」を南アフリカ流にアレンジした作品。

2010/07/22

本:ロベン島のサッカーリーグ

More Than Just A Game: Soccer v Apartheid
Chuch Korr, Marvin Close著(Collins, 2008)

単なるスポーツを超えたサッカーの素晴らしさを称える一例として、サッカーワールドカップ(W杯)中、Fifaが盛んに取り上げたロベン島のサッカーリーグ、マカナサッカー協会(Makana Football Association)。その種本がこれ。Fifa会長ブラッターが序文を寄せている。この本に基づき、ドキュメンタリーも制作された。

1960年代初頭、ケープタウンの沖の監獄島ロベン島に送られた政治犯を待っていたのは、栄養価の低いひどい食事と過酷な労働と看守の執拗ないじめ。殴る蹴るのみならず、炎天下、頭だけ出して地中に埋められ、小便をかけられた者もいた。リクリエーションなどもってのほか。

それを当局との忍耐強い交渉により、サッカーリーグを設立するのに成功。それに伴い、食事内容や看守との関係が向上。サッカー以外のリクリエーションも出来るようになったり、囚人の向上心が生まれ通信教育で高校や大学を卒業する者も続出する。

「黒人のスポーツ=サッカー」という通説に反し、地域によっては黒人もラグビーを楽しんでいたことや、マンデラなどの解放運動指導者とそれ以外の政治犯は、ロベン島で殆どコンタクトがなかったことなど、あまり知られられていない事実にも触れている。

気になるのは、ジェイコブ・ズマ現大統領をANC(アフリカ民族会議)のChairmanと紹介したり(正しくはPresident。Chairmanという職はない)、アパルトヘイト下の人種分類が事実と違っていたりするのなど、つまらない間違いが多いこと。内容が面白いだけに、文章が下手なのも残念だ。「Invictus」(邦題:インビクタス/負けざる者たち)の著者ジョン・カーリンが書いていたら、ずっと読み応えのあるものになっていただろう。

2010/07/19

民主国家による国民の人権侵害 ID発行に5年

南アフリカでは、内務省が発行するIDブック(身分証明書)が大きな力を持つ。ID番号なしには銀行口座を開くことも、自動車免許を取ることも、パスポートの発行も、年金や児童手当やエイズの薬を貰うこともできない。納税が出来ないから、まともな仕事に就くこともできない。

ID番号は出生や就学などの機会に自動的に割り当てられる訳ではなく、自分で内務省に発行を申請しなければならない。ID番号が貰えるのは国民と永住者のみ。発行には出生証明書が必要だ。今までIDと関係なく生活していた貧しい人が、年金やエイズ薬を貰うのにIDが必要となり、出生証明書がなくて苦労する話を数年前までよく耳にした。

アパルトヘイトが終わり、国民の大多数を代表する黒人政権が誕生し、国民を平等に扱う制度が出来て16年。そろそろ制度が浸透し、IDがなくて苦労する話は昔話になってもよさそうなのに、お役所の無能のために人生をめちゃめちゃにされた例が後を絶たない。

例えば、パトリック・カニーレ君(22)。5年前にマトリック(高校卒業試験)を受ける。試験結果には自信があり、クワズルナタール大学でフィジオセラピーを専攻するのが夢だった。

ところが、教育省が成績を教えてくれない。カニーレ君と同じID番号の人がいるというのである。びっくりしたカニーレ君は、内務省にIDブックの再発行を求めた。マトリックの試験結果なしには、大学に入学申請ができないのだ。だが、内務省は一向にIDブックを発行してくれる気配がない。とうとう、政府の仕事ぶりに対する国民からの苦情を受けつける役所「Public Protector」に救いを求めた。その甲斐あって、やっと今年4月に正しいIDを入手。内務省はIDの発行になんと5年もかかったのである。

喜び勇んで教育省に駆けつけたカニーレ君には、新たな驚きが待っていた。マトリックの成績が見当たらないというのである。そして、教育省が提示した解決策に、カニーレ君は目を丸くした。その年の平均点をカニーレ君の点にするというのだ。たまったものではない。めちゃめちゃな論理である上に、全受験者の平均点では、望みの大学への進学は無理である。

想像してみて欲しい。センター試験の結果をもらうのに戸籍謄本が必要と言われる。提出したら「あなたと同じ戸籍の人がいるから駄目」。市役所が正しい戸籍謄本を発行するのに5年もかかる。更に、「センター試験の結果が見つからないから平均点を使え」と言われる。お役所仕事にイライラさせられることは日本でも多いだろうが、ここまでひどいと立派な人権侵害だろう。

人権侵害は、政府に批判的な国民を逮捕・拷問するといった、独裁政権による言論・行動規制ばかりではない。南アのPublic Protector、ツリシレ・マドンセラ氏曰く、「IDの発行に5年かかるのは、南アフリカの憲法でも、国際的な人権保護法に鑑みても、重大な人権侵害」。制度はあっても、それを実施するやる気と能力がなければどうしようもない。しかも、マドンセラ氏の役所では、調査員僅か90名で年間2万件の苦情に対応しなければならない。政府に提出した報告書や提言は、これまで全て無視されているという。

IDブックの番号が間違っていなければ、また正しいIDブックがすぐ発行されていれば、カニーレ君は既に大学を卒業し、フィジオセラピストとして活躍していることだろう。教育省がマトリック結果を見つけるか、クワズルナタール大学が特別に温情入学を許すかして、一日も早く進学できることを祈っている。

(参考資料:2010年7月18日付「The Sunday Independent」など)

2010/07/13

W杯 言語部門の優勝はブブゼラ

2010年のサッカーワールドカップ(W杯)サッカー部門はスペインの勝利に終わったが、言語部門の優勝はブブゼラ。世界60カ国以上の言語学者のお墨付きである。

今回の「W杯で最も影響力を持った言葉」を選んだのは、320人以上の言語学者。75%がブブゼラに投票した。因みに、公式ボール「ジャブララ」、マスコット「ザクミ」、南ア代表の愛称「バファナバファナ」は、それぞれ4%ずつ得票。

「Today Translations」社(ロンドン)のユルガ・ジリンスキーネ社長によると、「ブブゼラは翻訳を必要しない世界語になった」。「個々の試合が 忘れ去れられた後も、この大会はブブゼラワールドカップとして人々の記憶に残るだろう」という。

2010/07/10

表現の自由と個人の尊厳 マンデラの死体解剖図

ヨハネスブルグのアーティストYiull Damaso氏(41)の描きかけの絵に、自称マンデラの娘の友人が抗議した。マンデラの娘が怒っているというのである。

問題の絵はレンブラントの名画「テュルプ博士の解剖学講義」のパロディー。メスを取るのは、有名なエイズ孤児ンコシ・ジョンソン(既にエイズで死亡)。見守るのは、デズモンド・ツツ元大司教、FWデクラーク元大統領、ターボ・ムベキ元大統領、ジェイコズ・ズマ現大統領、トレバー・マニュアル大臣、元解放運動闘士で現ビジネスマンのシリル・ラマポザ、それに野党党首で西ケープ州知事のヘレン・ジレ。そして、解剖されている死体がネルソン・マンデラ。

マンデラは、今月18日で92歳になる。殆ど公の場には姿を見せない。時折目にする写真では、衰えが目立つ。「マンデラの死は私たちが個人として、国として向かい合わなければならないこと」とダマソ氏。展示しているハイドパーク・ショッピングセンターでは「論争を呼ぶ作品だが、表現の自由を支持する」。

与党ANCは例によって、「悪趣味、不遜、侮辱」「黒魔術」「人種差別」と過剰反応ぎみ。マンデラ自身、マンデラ財団、家族からの抗議は今のところない。

ダマソ氏はショッピングセンターのオープンスペースで、訪れる人々と対話をしながら、今後数週間かけて絵を完成する予定という。

 
(レンブランドの「テュルプ博士の解剖学講義」とダマソ氏の作品)

(参考資料: 2010年7月9日付「Mail & Guardian」など)

2010/07/07

W杯優勝を決める? マジックナンバー3964

W杯の優勝を決めるマジックナンバーとして、もっぱらの噂となっている3964。その根拠は?

ブラジルは1970年と1994年に優勝している。1970+1994=3964
アルゼンチンは1978年と1986年に優勝している。1978+1986=3964
ドイツは1974年と1990年に優勝している。1974+1990=3964
ブラジルはまた、1962年と2002年にも優勝している。1962+2002=3964

従って、2010年に優勝するのは、3964-2010=1954。つまり1954年に優勝したチーム。1954年に優勝したのはドイツである・・・という論理(?)なのだが。。。

タコのパウル君が正しいとするとドイツは決勝に進出できないから、ドイツの優勝は当然なし。超能力タコとマジックナンバー、軍配はどちらに?

W杯の試合結果を操っていたニシキヘビ 保護される

「2010」。ケープタウンの動物愛護協会(SPCA)が保護したニシキヘビの一種、ビルマロックパイソンの名前だ。飼い主は、「サンゴマ」、つまり伝統的祈祷師のシヤボンガ・ムテトワ氏(25)。(右の写真)

サッカーファンから料金を取り、ヘビを媒体にして先祖の魂とコンタクトし、特定のチームが勝つようお願いしていたという。何故、先祖の魂がサッカーの試合展開に影響を与えることができるかは不明。サッカーのルールに詳しい先祖なのだろうか。

2010の全てを知っているというムテトワ氏、自分なしにこのヘビは生きられないと訴えるが、ヘビを取り上げたSPCAへの復讐策として「2010の姿を消すか殺すかしてやる」と脅しているから、あまり2010のことを可愛がっているとも思えない。実際、SPCAが保護した時は、水も食べ物も与えられておらず、痩せこけて、脱水状態、口に感染症が出ていた上、肺炎にまで罹っていた。現在、手厚い治療を受けているという。

2010が保護されたのは、6月30日。それまでどの試合の勝敗が、2010と先祖の魂に操られていたのか興味のあるところ。

2010/07/06

ドイツの超能力タコ W杯準決勝でスペイン勝利予想

南アフリカで開催中のサッカーワールドカップ(W杯)。7月7日は準決勝のドイツ対スペイン戦。その勝者を占う「超能力タコ」パウル君のご神託の模様が、ドイツのテレビ局で生放送された。パウル君はW杯南アフリカ大会におけるドイツの勝敗を、これまでの5戦全てで当てている。

画面にはドイツの旗がついた入れ物とスペインの旗がついた入れ物。どちらに入ったムール貝を選ぶか、視聴者は息を殺して見つめる。一旦はスペイン側へ行ったパウル君。決めかねるように、ドイツ側へ。ところが、一気にスペイン側へ戻り、ムール貝を選んでしまった!

2008年以来サッカー神託を下しているポール君だが、これまで一度だけ間違ったことがある。ショックのドイツファンは、パウル君の2度目の間違いに期待している。

2010/07/04

ファン対決は日本の勝ち 「ビーバ、ジャパン、ビーバ!」

6月24日の日本対デンマーク戦の会場は、収容人員3万8646人のロイヤル・バフォケン・スタジアム(ラステンバーグ)。72%の入りで、空席が目立っ た。「あなたがいなければ、かなり静かな応援席。ありがとう」と思わずブブゼラに手をあわせる。横断幕やコスチュームの派手さでは日本ファンがまさってい たものの、応援の人数は日本とデンマークが半々だった。

プレトリアに舞台を移した6月29日の対パラグアイ戦では、状況が一転。収容人数4万2858人のロフタス・フェルスフェルト・スタジアムに、3万 6742人のファンが集まった。席の86%が埋まった計算にる。
 
勝てるわけがないと思っていたデンマークを3対1で打ち破り、ベスト16に進出した日本代表。W杯オフィシャルシャツを着て、青と白に染めたアフロヘアのカツラをかぶった若い女性から、日の丸を振りまわしながら奇声をあげる老人、いかにもウソっぽいチョンマゲ、ヨロイ姿のお兄さんまで、ファンはノリにノッていた。

日本人だけではない。顔を白く塗り、安物のお土産っぽいポリエステルの着物を怪しげにはおった白人女性の一群。金髪をジェルで逆立てて、真っ白く塗った額 に赤でJAPAN、両頬に赤い丸を描きこんだ少年。「闘魂」ハチマキを得意げに締めたおじさん。圧倒的に日本を応援する人が多い。

南アフリカで、日本代表の知名度は低い。マスコミが取り上げるのは、ヨーロッパや南米の強豪ばかり。日本代表のニュースや情報は殆ど流れなかった。熱心な サッカーファンでもない限り、知っている日本選手の名前はせいぜい「ホンダ」。それも、車メーカーのおかげで覚えやすいからだろう。そこから連想して、 「カワサキ」とか「ヤマハ」とか勝手に叫んでいる。では、この日の人気はどこから?

第1ラウンドを勝ち残った16カ国のうち、半数が南米の国であることから、少数派のアジアの国を応援することにしたのか。世界ランキング30位のパラグアイと45位の日本のうち、弱い者に同情する判官びいきのためか。殆どの南ア人が具体的なイメージを持たないパラグアイと違い、中高年にはハイテク、若者にはアニメと、日本の一般的な知名度が高いためか。それとも、ハチマキ、キモノ、日の丸など、コスチュームに取り入れ易いという単純な理由だろうか。

PKによる惜敗後、スタジアムから駐車場までシャトルバスに乗った。満員バスの乗客は、8割黒人、1割白人、残りがインド系、カラード(混血系)、中国系など。南アフリカの人口構成の縮図となった。ふっきれないムードの中、太鼓を抱えた黒人のおばさんが「パラグアイは点を集めただけ。勝ったのは日本!」と変な節をつけて歌いだす。10歳くらいのインド系少年が「日本は負けたよ」と不思議そうな顔。「あんた、どこに目をつけてるの!」とおばさん。「さあ、みんなで歌いましょう! パラグアイは点を集めただけ。勝ったのは日本!」

2、3人歌い始めるが、残りはきまり悪そう。ついに、白人の青年が「僕だって日本を応援したよ。でも負けは負け。よく戦ったじゃないか。」おばさんと口論になった。周囲の人々も加わってカンカンガクガク。ブブゼラや太鼓まで参加し、バスの中は大騒ぎ。

その時、誰かがバス中に響き渡る太い声で「ビーバ、ジャパン、ビーバ!」 アパルトヘイト時代、解放運動の集会で「ビーバ、ANC、ビーバ!」「ビーバ、ネルソン・マンデラ、ビーバ!」とやったノリである。別の声が「ビーバ、バファナバファナ、ビーバ!」と南ア代表を称える。踊り始める人も出てきた。

そのまま駐車場まで15分、ブブゼラを持っている人は息が切れるまで吹きまくり、持っていない人は「ビーバ、ジャパン、ビーバ!」「ビーバ、バファナバファナ、ビーバ!」。騒々しいこと、この上ない。バスの中は熱気にあふれ、皆、なんとなく幸せな気分に。まさに、混沌の中の調和。様々な人種や文化が混在しながら、なんとなくひとつの国にまとまっている南アらしい一日の締めくくりとなった。