2014/10/24

「ゾウとサイの日」 絶滅が危惧される野生動物の保護に日本人が立ち上がった!

運動」(movement)というものは、アイデアだけでは始まらない。旗を高々と掲げるカリスマ人物、旗の元でオーガナイズする実務家、オーガナイザーと共に計画・準備・運営するサポーター、そして参加する人員が揃わなければ、運動は起こらない。

6月18日、「ケニア最大の象、惨殺される あなたの印鑑になるのだろうか」というブログ記事を書いた。「ペンと絵筆inアフリカ」は、日本から見れば「地球の片隅」の南アフリカで、多くの日本人には全く関心のないアフリカの出来事を細々と書き綴る、限りなくマイナーなブログである。

ところがこのブログ記事は、酷い写真と「印鑑」という身近な題材のお蔭であろうか、珍しく多くの人に読まれた。20万近いページビューと2万5000を超えるフェイスブックの「いいね!」という、空前未聞の反響だった。

だが、私は活動家ではない。有名人でもない。組織化する力もない。せっかくの反響も、はっきり言ってブタに真珠。そのうち人々の関心が薄れ、忘れ去られる運命にあった。

幸いにも、そこに登場したのが、旗を高々と掲げることができる人物。プレトリア大学日本研究センター所長として南アフリカに関わってきた米倉誠一郎一橋大学教授・日本元気塾塾長である。

米倉氏は10月4日に世界中でゾウとサイの密猟禁止・保護を求めた行進「Global March for Elephants and Rhinos」が行われることを知る。だが、象牙の消費国である日本では開催されないという。是非、東京でも開催を!と幅広く呼びかけたところ、有志が集まり、実行委員会が設立された。

実行委員会の第1回ミーティングは8月14日。そこからが凄かった。皆、仕事を持つ忙しい人たちばかり。お金も時間もない。そこで、クラウドファンディングを立ち上げ、寄付を呼びかけ、資金調達。忙しい中、なんとかやりくりして、関係者が力を合せ、アイデアを出し合い、自分に出来ることをテキパキとこなす。そして、プロジェクトを実現。

皆の一生賢明な姿と、大量のメールのやりとりと、新幹線並みのプロジェクトの進捗状況に、遠い南アフリカの地で感嘆、感動し放っしだった。

海外に住んで30年近いが、たまに日本から来た日本人に会う度に、「最近日本も悪くなった」とか「最近の若者は内向き」とか悲観的な話ばかり聞かされる。でも、そんなことは絶対に、絶対にないと思う。

そして、10月4日がやってきた。まず、上野公園で「ゾウとサイの日」マーチ。(10月2日付けの「日経新聞」、「東京新聞」が大きな紙面を費やして紹介してくれた。)

2014/09/23

ダライ・ラマを南アフリカに入国させよ ノーベル平和賞受賞者14名が嘆願

ノーベル平和賞受賞者14名が南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領に公開書簡を送った。ダライ・ラマの南ア入国を強く求めるものだ。

2014年10月13日‐15日、ケープタウンで第14回「ノーベル平和賞受賞者世界会議」(World Summit of Nobel Peace Laureates)が開催される。民主化20周年記念ということで、南アフリカが初めて開催地に選ばれた。南アフリカでノーベル平和賞を受賞したのはこれまで4人。解放運動の指導者アルバート・ルツリ(1961年)、アパルトヘイトに反対した聖公会大主教デズモンド・ツツ(1993年)、アパルトヘイト撤廃と民主主義への平和的移行に貢献したネルソン・マンデラFWデクラーク(1993年)だ。第14回会議は昨年末亡くなったネルソン・マンデラを偲ぶ大会になる予定という。

1989年にノーベル平和賞を受賞した、チベットのダライ・ラマも当然招待された。ところが、南アフリカ政府に査証を申請したところ却下されてしまった。そこで、他のノーベル平和賞受賞者が入国許可を求めたものである。

嘆願書簡に署名したのは、ポーランドの労働組合指導者・元大統領レフ・ワレサ(「ヴァウェンサ」の表記も有)(Lech Walesa)、バングラディシュのグラミン銀行創始者ムハマド・ユヌス(Muhammad Yunus)、イランの弁護士・人権活動家シリン・エバディ(Shirin Ebadi)、リベリアの平和活動家レイマ・ボウィ(Leymah Gbowee)、北アイルランド和平に貢献したディヴィッド・トリンブル(David Trimble)とジョン・ヒューム(John Hume)など。

Collective Evolution

ダライ・ラマのジョハネスバーグでの講演会を聞きに行ったことがある。1996年と2004年のことだ。その間、もう一度南アフリカを訪れているので、ダライ・ラマは民主国家南アフリカを3回訪問していることになる。しかし、2009年、ジョハネスバーグの平和会議に出席しようとしたところ、査証が下りなかったという。更に、2011年、デズモンド・ツツの80歳の誕生祝賀会出席のための査証申請も却下された。

2004年と2009年の間に何があったのか。

2014/09/09

「エージェント・マドンセラ」!?! 政府の汚職・不正を指摘するのは「CIAのスパイ」 副国防相が糾弾

南アフリカの副国防相ケビー・マパツォセ(Kebby Maphatsoe)によると、現在の南アフリカで最も尊敬されているツリ・マドンセラ(Tsuli Madonsela)は「CIAのスパイ」だという。その任務は「与党ANCと政府を弱体化させ、アメリカ合衆国の傀儡政権を南アフリカに樹立すること」。(一体、何のために・・・?)

ケビー・マパツォセ(IOL News
マパツォセは9月6日(土)、ソウェトのイベントでこう語った。

「ANCをハイジャックさせてはならない。我々はANCを守るために闘う。ツリは誰が自分のハンドラーなのか、告白すべきだ。」

2014/08/31

南アフリカの良心、ツリ・マドンセラ マイリー・サイラスのパロディ

南アフリカの与党ANC(アフリカ民族会議)は、ジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)大統領を頂点として腐敗しきっている。総選挙が完全比例代表制であるため、政治家は「有権者」や「地元」を考える必要がない。党内の力関係が全てなのだ。能力も必要な資格もないのにコネだけで職を得た官僚が、国政だけでなく州政府や市にも溢れている。地方・中央政府の仕事は、与党にコネのある人々が経営する会社にばらまかれる。その会社に能力や実績がなくても関係ない。政治の腐敗が波紋のように広がり、教育、医療、福祉、インフラなど国民の生活の隅々まで悪影響を与えている。

2002年に設立された、捜査・検察の両方の権限を持つ「スコーピオンズ」(Scorpions)は、大規模の組織犯罪や汚職を次々と暴き、有罪判決率が90%という超有能な特別捜査班だったが、あまりに優秀なため、有力政治家やその友達たちや腐敗した警察に憎まれ、2008年に解体されてしまった。

良心的な裁判官や官僚がいないことはないが、ANC政権にインパクトを与えるほどではない。政治に関しては明るいニュースがなく、「南アフリカに正義はないのか!」と暗い気持ちになることが多い中、唯一、光を放っているのがツリ・マドンセラ(Thuli Madonsela)。

iol news
1962年9月28日、ジョハネスバーグ生まれの法廷弁護士。スワジランド大学で文学士号(法律専攻)取得、ヴィットヴァータースランンド大学で法学士号取得。アパルトヘイト時代は当時解放運動団体だったANCやUDF(統一民主前線)に参加。民主国家南アフリカの憲法最終草案を作成したメンバーのひとり。

2009年、「Public Protector」に任命される。南アの「パブリックプロテクター」は英国やスカンジナビア諸国のオンブズマン(ombudsman)に相当し、政府・国家機関・国家公務員などの違法行為・横暴に対する国民の訴えを受理・調査するのが仕事。

ツリは目を見張るほど有能である。公正・公平である。権力に屈しない。マンデラ亡き後の南アフリカの「良心」「正義」を体現している。

だから、与党ANCに憎まれている。ツリを任命したズマ大統領は、さぞかし後悔していることだろう。

2014/08/22

エボラがギニアの外に広がる必要はなかった! シエラレオネの伝統的治療師が拡大の原因

西アフリカは現在、史上最大のエボラ大流行に悩まされている。

ギニアで最初に被害者が出たのは昨年の12月。エボラだと特定されたのが2014年3月。その後、シエラレオネ、リベリア、ナイジェリアへ被害が拡大した。WHO(世界保健機関)によると、8月18日現在で2473名が感染し、1350名が死亡(死亡率55%)。ギニアでの死亡率推定は64%。だが、WHO発表の死亡率はあてにならないといわれる。「もしかしたらエボラが原因かもしれない」という感染疑い例まで数に入れてあるためだ。実際の死亡率はずっと高いと見た方がよさそうだ。

8月14日現在の感染状況(Centers for Disease Control and Prevention

ところが、シエラレオネで特に被害が大きいケネマ(Kenema)地方の医療高官モハメッド・ヴァンディ(Mohamed Vandi)さんによると、今回のエボラ伝染はギニアの外に広がる必要はなかった。局地的な小流行にとどまった可能性が高いというのだ。

すべては、ひとりの伝統的治療師から始まったという。

2014/08/10

嘘の代償 政治家の学歴詐称とデザイナーの盗作

嘘をつくにはエネルギーがいると思う。ひとつ嘘をつけば、辻褄をあわせるために嘘が嘘を呼ぶ。そのひとつひとつを覚えて取り繕うなんて器用なこと、とても私にはできない。面倒だし疲れ果ててしまいそうだ。正直が一番、気楽で良い。

勿論、「嘘も方便」ということもある。更に、友人の心を傷つけないために、必ずしも本当のことを言わないこともあるだろう。「最近太ったね~」とか「その服、全然似合わない」とか、よっぽど親しい友人でも普通言わない。皆が皆、本音しか口にしない社会はぎくしゃくして大変そうだ。

日常的な罪のない可愛いプチ嘘ではなく、法律に触れる大きな嘘を平気でつく人もいる。詐欺、脱税、政治家・・・。

政務調査費で妻と一緒に熊本県の「天草キリシタン館」を訪れた兵庫県の加茂忍県会議員(自民党)が偶然にも400万人目の来場者となり、記念品をもらったりする姿が報道されたために、税金の悪用が発覚したそうだが、まさかバレるとは思わなかったんだろうな。本人にしては、ほんの「デキゴゴロ」かもしれない。他の県議も日常的にやっていることかもしれない。加茂県議の政治生命はこれで絶たれるのだろうか。刑務所に送られる可能性はあるのだろうか。それとも「ゴメンナサイ」で済んでしまうことなのだろうか。

真実を探すブログ

ともあれ、デキゴコロであろうとなかろうと、嘘をつく時はバレた時の代償を十分考える必要がある。

2014/08/03

ヴィッツ大学が世界大学ランキングで115位。アフリカ大陸で最高。

ヴィットヴァーターランド大学(University of the Witwatersrand)、略してヴィッツ大学(Wits University)。かつて、南アフリカはもとよりアフリカ大陸で最高、世界でも有数の大学といわれていた。ところがここ暫く、人気の面でもレベルの面でもケープタウン大学に太刀打ちできず、プレトリア大学やステレンボッシュ大学などにも押され気味で勢いがない。卒業生として寂しく思っていたところ、「世界大学格付けセンター」(CWUR: Center for World University Rankings)による2014年度ランキングで、アフリカ大陸最高の115位となっていた。「ランキングなんてどうでもいい」と思いつつも、元気のなかった母校が健闘しているのを目にするのは嬉しい。

ヴィッツ大学(BusinessTech

評価の基準は以下の8点。100%満点である。

教育の質(Quality of Education)25%
国際的な賞や勲章を得た卒業生の数(大学の大きさに応じて計算)

卒業生の雇用状況(Alumni Employment)25%
世界のトップ企業でCEOの職にある卒業生の数(大学の大きさに応じて計算)

教官の質(Quality of Faculty)25%
国際的な賞や勲章を得た教官の数

出版物(Publications)5%
評価の高い学術誌に掲載されたリサーチ論文の数

影響力(Influence)5%
非常に影響力の大きい学術誌に掲載されたリサーチ論文の数

引用数(Citations)5%
数多く引用されたリサーチ論文の数

幅広い貢献度(Broad Impact)5%
大学の「h指数」(h-Index)。h指数とは研究者の科学的貢献度を示す指数で、論文数と被引用数を使って計算される。

特許(Patents)5%
国際的な特許の申請数

100%の評価を受けたのは世界でだた一校。ハーバード大学である。

2014/07/28

「ブラック・イズ・ビューティフル」に囚われる必要はない ナイジェリアの女性ジャーナリスト

ケニアのモデルで社交界の花、ヴェラ・シディカ(Vela Sidika)が先月、「大金を注ぎ込んで肌を漂白した」と認めた時、サハラ以南アフリカのソーシャルメディアで大論争が起こった。その多くは批判という。

ヴェラ・シディカがインスタグラムにアップした写真。漂泊の前と後。(blAck americaweb.com

これに対し、ナイジェリア人のジャーナリスト、写真家、弁護士であるセデ・アロンゲ(Sede Alonge)が英『デイリー・テレグラフ』紙に反論を投稿した。もっともな意見だと思うので、以下、要旨を紹介する。

* * * * * * *

私が住むナイジェリアでは、何百万人もの女性たちがコウジ酸配合の石鹸や、ヒドロキノン (hydroquinone) によりメラニン色素形成を抑えて白く見せる「フェードクリーム」(fade cream)や、ヤギの乳配合のシャワージェルなど、美白効果があるといわれる製品をこぞって使っている。中には、肌に直接、漂白効果のある薬品を注射する者もいる。

ところが、シディカが「私は自分の外見に誇りを持っている。アフリカ社会は偽善的」と正直に述べたところ、自分が属する人種に対する裏切りとか、白人コンプレックスの表れだとか、大きな非難を浴びてしまった。

2014/07/19

ノーベル文学賞作家ナディン・ゴーディマ、逝く

7月13日、ナディン・ゴーディマ(Nadine Gordimer)が亡くなった。享年90歳。ベッドで寝ている間に、安らかに息を引き取ったとのこと。ごく最近、書き物をしている姿を見たという証言がある。最後まで頭もボケなかったのだろう。まさに大往生。理想の逝き方。

晩年のナディン・ゴーディマ。最後まで毅然としていた。(Varsity Breakout

「シネマヌボー」(Cinema Nouveau)という、小粒だが良質の作品を揃える映画館で、その小さな姿をよく見かけた。年配の付き人といつも一緒だった。

1990年の後半だっただろうか、自宅に伺ったことがある。パークタウンウェストという、昔からの閑静な住宅街に立つ古い家だった。アパルトヘイト時代、当局に追われる解放運動家を自宅にかくまった話などを聞いた。物静かな人だった。

政治意識が高く、アパルトヘイト政権への反対を明言するものの、デモの先頭に立ったり破壊工作をしたりするタイプではないゴーディマにとって、文学でアパルトヘイトの欺瞞や理不尽さを淡々と描くことが一番性にあった抵抗運動だったのだろう。アパルトヘイトが提起した倫理問題や人種問題についての作品を発表し、『バーガーの娘』(Burger's Daughter)、『ジュライの人々』(July's People)などは南アフリカで発禁処分となった。

1923年11月20日、ジョハネスバーグの東にある田舎町スプリングズの近くで、ユダヤ系の家庭に生まれる。父親はラトビア出身の時計職人、母親はロンドン出身。倫理観や政治意識が高かったのは母親の方だった。黒人が直面する貧困や差別に心を痛め、黒人の子供を対象とした保育園を開いたほど。

母親はナディンの心臓が弱いことを心配し、殆ど学校にやらなかった。家でひとりで過ごすことが多かった子供時代に、文章を書き始めた。作品が初めて出版されたのは1937年、15歳の時。子供向けの短編だった。大人を対象とした小説が初めて出版されたのは16歳の時。1951年、『ニューヨーカー』誌に短編を発表。国外でも知られるようになる。

2014/07/05

「趣味は殺し」の19歳。13歳でサイ、14歳でゾウ。

「アフリカで猛獣狩り」を楽しむ欧米人、特に有力者や有名人の得意げな写真がソーシャルメディアや雑誌に掲載され、非難を浴びる。そんな事例が、近年とみに増えてきた。

最近息子に王位を譲ったスペインのフアン・カルロス前王は、2012年、ボツワナでゾウの狩猟を楽しんだことがばれて、WWW(World Wild Fund for Nature世界自然保護基金)スペイン支部の名誉会長職を解かれた。1968年に創設されたWWWスペイン支部には「名誉会長は国王」という規定があったが、スキャンダル後、圧倒的大多数の支持で規定は削除され、国王を名誉会長職から罷免したのだ。フアン・カルロス王は2006年にも、ロシアで慣れたクマを射殺したのがばれて物議を醸したことがある。(ボツワナでは、2013年に狩猟が全面禁止となった。)

今、一番非難を浴びている白人ハンターは、テキサス州のチアリーダー、ケンダル・ジョーンズ(Kendall Jones)。弱冠19歳。初めて撃ち殺した「猛獣」はシロサイ。13歳の時だ。14歳で初めてのゾウを殺す。その後もアフリカにちょくちょくやって来ては、狩猟農場などに大金を支払って、動物を殺しまくっている。

ケンダル・ジョーンズは「公人」(public figure)としてフェイスブックページを持っている。そして、自分が殺した動物とのツーショットを誇らしげにアップする。(以下の写真は、ケンダル・ジョーンズのフェイスブックから。他にも、カバ、シマウマ、カモシカなど、趣味で殺した動物は数知れない。)

2014/06/29

勝者のいないストライキ 労働者、企業、経済に大打撃

労働組合AMCUによる、5か月にわたるプラチナ鉱山ストライキがやっと終わり、6月25日、7万人強の組合員が職場に戻った。企業側と合意に達した後で新たな要求を突きつけるという、交渉のルール違反っぽい行動もあった。


AMCU組合員(SABC

AMCUは意気揚々と勝利宣言。だが、勝ち得たのは要求していた最低賃金月1万2500ランド(12万5千円)ではなく、3年で約20%の賃上げ。

ストに参加した組合員は5か月間無給。ストを行っていなかったら支払われていた給料の合計は106億ランド(約1060億円)にも上る。故郷に仕送りしている出稼ぎ労働者が多いことから、南アフリカの東ケープ州や隣国のレソト、モザンビークに住む家族・親戚も生活に困った。

ストが行なわれた鉱山の半数は、その前から利益を出していなかったという。それに加えて、5か月のストによる総損失額240億ランド(約2400億円)。このストにより、南アフリカ経済は今年第1四半期マイナス成長となった。

ケープタウン大学のハルーン・ボラット(Haroon Bhorat)経済学教授は、大打撃を受けた鉱山が労働力を削減するのは恐らく避けられないとみている。つまり、AMCUの組合員は5か月無給の挙句、会社の営業不振により解雇される可能性があるのだ。踏んだり蹴ったりである。

2014/06/23

「大統領、売ります」 オンライン販売サイトで

大統領、売ります」(President for Sale)。

こんな広告が6月19日、南アフリカのオンライン販売サイト「ガムツリー」(Gumtree)に掲載された。不用品を売りたい人が利用する人気サイトだ。

売り手は「Average Joe」。「ジョー」は庶民の代名詞。日本語の「太郎」みたいなもの。つまり、「平均的なジョー」とは「一般庶民」のこと。

機能する大統領を切実に求めています。この大統領はメンテに費用がかかりすぎます」との説明がある。勿論、「商品」の写真付き。

ガムツリーに掲載された「大統領、売ります」広告(mybroadband

2014/06/18

ケニア最大の象、惨殺される あなたの印鑑になるのだろうか

サタオ(Satao)が殺された。ケニアで一番大きいといわれた象だ。象の虐殺が続く中、これほどの象牙を持った象は殆ど残っていない。見て下さい、この立派な牙を。

在りし日のサタオ(The Times

1960年代後半に生まれたと推定されるサタオ。2本の象牙は計45キロ以上といわれる。そして、象牙は金より高価なのである。

牙の途中から切りとると、多少でも象牙が死体に残って利益が減ると思ったのだろう。密猟者は無残にも顔を含めて切り取った。毒矢で体を動かなくしたらしいが、せめて死んでから、切り取られたことを祈りたい。体は動かないものの、まだ意識があるうちに、斧やノコギリで顔を切り取られたとしたら・・・。サタオの苦しみを想像するだけで吐き気がしてきた。

2014/06/12

マリカナを考える 鉱山労働組合闘争の陰に政治権力争い

2012年8月16日、ジョハネスバーグの北西に位置するマリカナ(Marikana)鉱山で、ストライキ中の労働者に警察が発砲し、34人が死亡した。犠牲者の多くが、貧しい東ケープ州からの出稼ぎ労働者だった。

("Marikana: One year after the massacre")

より良い生活を求める民衆を国家権力が弾圧する姿は、アパルトヘイト時代の事件と重なり合った。パス法廃止を求め集まった無防備の国民に警察が発砲し69人が死亡した、1960年3月21日の「シャープヴィル虐殺」(Sharpville massacre)、アフリカーンス語による授業に反対する子供たちに警察が発砲した、1976年6月16日の「ソエト蜂起」(Soweto Uprising)、アパルトヘイト政権が樹立した黒人国家シスカイ(Ciskei)の国防軍が解放組織ANC(アフリカ民族会議)の支持者に発砲し28人が死亡した、1992年9月7日の「ビショー虐殺」(Bhisho massacre)・・・。

マリカナ鉱山は世界有数のプラチナ鉱山会社「ロムニン」(Lomnin)が所有している。「マリカナ虐殺」は、大資本家による労働者の搾取の象徴のようにも受け取られた。

だが、私はマリカナに関して、これまで何も書かなかった。なんだか釈然としなかったからだ。「国家権力」対「民衆」、「大資本家」対「労働者」、そして前者(国家権力、大資本家)が悪、後者(民衆、労働者)が善、という単純な構図では割り切れなかったからだ。

2014/06/06

学校数も児童数も把握していない! お粗末な州政府と基礎教育省

今週末、南アフリカをこの冬初めての寒波が襲った。ジョハネスバーグでも、3日前までは最高気温が25度くらいあったのに、今日はいきなり最高気温9度、最低気温2度の予報。今朝の『タイムズ』紙の一面トップ見出しは「Winter of discontent」。

新聞の見出しは、単刀直入に要点を挙げるのが普通。「不満の冬」って、曖昧過ぎない?

実は、この見出し、シェイクスピアの『リチャード3世』(Richard III)の有名な出だしなのだ。

Now is the winter of our discontent
Made glorious summer by this sun of York

日本人にとって、「祇園精舎の鐘の声・・・」とか、「つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて・・・」とか、「ゆく河の流れは絶えずして・・・」とか、古典の出だしを学生時代暗記したのが一般教養の元となっているように(皆さん、暗記しませんでした?)、英語圏の国々では、シェイクスピアや聖書の引用が新聞記事や小説や映画などに何の説明もなく現れる。「知っていて当然」なのだ。

南アフリカでは、アパルトヘイトが終わり、黒人政権が樹立してから20年経つが、初等中等教育の質が向上しないどころか、益々ひどくなっているし、文化のアフリカ化を目指す風潮(ベンツやローレックスは好きなくせに、クラシック音楽やバレーは駄目)と政府の政策のとばっちりで、イギリスの古典なんか勉強しないだろうなあ。大体、教科書が生徒の手元に届く届かないとか、先生が学校に来る来ないとかが取沙汰されているレベルだもの。

だが、南アフリカでは「世界レベルの・・・」(world-class)という表現が良く使われる。ジョハネスバーグ市のキャッチフレーズは「世界レベルのアフリカの都市」(a world-class African city)だ。そんなに世界を気にするなら、「英語を話す国際人」の教養として、有名な引用くらい学校で覚えさせればよいのに・・・。

・・・などとひとり感慨にふけっていたところ、南ア教育界の実態はそんなものではないことがわかった。古典なんて、問題外。ずっとずっと深刻なのだ。

2014/06/01

作中のマンデラ演説は創作 脚本家が爆弾発言 映画『自由への長い道』

ネルソン・マンデラの自伝『自由への長い道』(Long Walk to Freedom)の原著が出版されたのは1994年。2013年、映画版『マンデラ 自由への長い道』(Mandela: Long Walk to Freedom)が公開された。(日本では2014年5月24日から上映。)


映画版で脚本を担当したウィリアム・ニコルソン(William Nicholson)が一昨日の5月30日、イギリスのウェールズで毎年開催される文学祭「ヘイフェスティバル」(Hay Festival)で講演したが、「思いがけない内輪話や苦労話が聞けるのではないか」と期待していた聴衆は当惑したかもしれない。そんなものか、と納得したかもしれない。怒ったかもしれない。

なにしろ、映画の中でマンデラ役のイドリス・エルバ(Idris Elba)が行なった演説は、殆どがニコルソンの創作だったというのだから。つまり、マンデラが実際に行なった演説ではなく、ニコルソンが勝手に作り上げた、というのだ。

一体、何故、そんなことを・・・?

演説のうち、ひとつを除いて全ては私が創作したもの。マンデラ自身が行なった演説はとても退屈だから。

「マンデラが刑務所から出て来た時に行なった演説ときたら、(退屈のあまり)眠ってしまうほどだ。」

2014/05/31

新刊『ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉』 マンデラの名言集

拙訳『ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉』が、いよいよ2014年6月1日、刊行される。



思えば、朝日新聞のK氏と「マンデラの名言集を出したいね~」と話していたのは、10年以上前のことだった。今から考えると、その時実現しなくて良かった。当時アクセス出来たマンデラの言葉は、演説など公の文書しかなかったからだ。手紙や日記など私的文書を含んだ引用集は、2010年のConversations with Myself (邦訳『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』2012年)を待たなければならなかった。

『私自身との対話』を訳し終えてすぐ、短い引用を集めたBy Himself (2011年)の訳に取り掛かった。『私自身との対話』同様、ネルソン・マンデラ財団が編集したマンデラ公認の引用集である。

By Himsef は2000もの引用を300以上のカテゴリーに分けて編集したもの。高さ1ミリくらいの細かい文字がぎっしり詰まっていて、見るだけでうんざりしてしまう。しかも、同じような引用が多い。更に、日本人には全く意味をもたないものが沢山ある。マンデラ財団の職員とっては、どれもこれも大切な言葉で、何千、何万もの文を泣く泣く削りに削ったのだろうが、また、1次資料としては大変貴重だろうが、こんな本を訳しても、殆どの人は読む気にならないないだろう。

そこで、原著出版社の許可を取って、引用を削る作業に取り掛かった。内容が重複したものや、日本人の心に響かない言葉を割愛していったのだ。

そうこうしているうちに、アメリカでNotes to the Future が出るという話を聞いた。By Himself と同じ編集者だが、約300の引用を厳選したものだ。是非、翻訳を!と願ったものの、諸事情によりやっと今年に入って明石書店が邦訳の版権を獲得し、出版実現の運びとなった。

2014/05/28

新財務相、就任早々災難 偽物がツイッター

南アフリカでは4回目の民主総選挙が無事終わり、大統領就任式も無事終わり、新政権の閣僚が発表された。

予想通り、選挙前の公約はとても達成できそうにない陣容。大臣としての能力は、ほぼ完全に無視。ズマ大統領への近さや貢献度、与党ANC(アフリカ民族会議)内の力関係が物をいう「ご褒美」人事。ご褒美をあげる人数を増やすため、閣僚数がまた増加した。「国政に必要だから」ではなく、「大臣職をばらまく必要があるから」の増職だ。

1994年、ネルソン・マンデラ大統領が任命した閣僚は44名。ターボ・ムベキ大統領が2007年に任命したのは50名。2009年、第一期ズマ政権の閣僚は63名。今回はなんと73名! GDPや税収がずっと多い、アメリカやドイツや日本より大臣が沢山いるのである。

2014/05/12

子供は養子に出すより捨てた方がいい 祖先崇拝に基づくアフリカ流論理

路上のゴミ箱の中に新生児が捨てられていた、というニュースを時々耳にする。子供を捨てる母親は「貧しくて子供を養うことが出来ない若い女性」とか、「望まない妊娠をしてしまった無責任でふしだらなティーンエイジャー」とか、「トラウマや鬱など精神的に問題がある女性」とか勝手に推測されているが、これまで子捨てに関するきちんとした調査はなかった。

ディー・ブラッキー(Dee Blackie)さんが、プスプスと燃えるゴミの山の中で小さな赤ちゃんの死体を見つけたのは2011年のこと。大きなショックを受け、「なんとかしなければ」と「全国養子縁組連合」(National Adoption Coalition)の結成に尽力した。「どうしても赤ちゃんを育てることができないお母さんのために、養子縁組を促進しよう」と考えたのだ。

全国養子縁組連合ウェブサイトから)

貧困、極度の性差別、暴力などが原因で子捨ては増加の一途を辿っているのに、どういうわけか養子縁組は減っている。捨てられる赤ちゃんの殆どは黒人である。

2014/05/06

ネルソン・マンデラ国際映画祭、実現なるか? 第1回は2015年12月

2014年4月4月23日、ニューヨークで「ネルソン・マンデラ国際映画祭」(Nelson Mandela International Film Festival)が旗揚げされた。

「ニューヨークでマンデラ映画祭が始まる!」というのは早とちり。マンデラ家の跡取り、マンドラ・マンデラ(Mandla Mandela)がマンハッタンの「トライベッカ映画祭」(Tribeca Film Festival)で発表した、という話だった。

マンドラ・マンデラ(SABC
トライベッカ映画祭は、2002年、ロバート・デニーロ(Robert De Niro)ら3人が創設した映画祭。世界中から300万人が訪れ、年間6億ドルの収益があるという。

「第1回ネルソン・マンデラ国際映画祭」は2015年12月3-12日に、南アフリカの港町ポートエリザベス(Port Elizabeth)で開催される予定。

何故、この町で…?

2014/05/02

マンデラの70歳誕生日コンサート、ドキュメンタリーに

1988年6月11日、ロンドンのウェンブリー・スタジアム(Wembley Stadium)でネルソン・マンデラの70歳誕生日コンサート「The Nelson Mandela 70th Birthday Tribute」が開かれた。

マンデラ70歳誕生日コンサートのポスター

プロデューサーはイギリス人のトニー・ホリングワース(Tony Hollingsworth)。構想を練ったのは1986年の初めという。イベントの主眼は、「ネルソン・マンデラをはじめとする南アフリカの政治犯の釈放」「アパルトヘイトの撤廃」「南アフリカへの制裁」の3点を求めること。世界の注目を集めるためには、大物ミュージシャンの出演とテレビ中継が欠かせない。

大物ミュージシャンとテレビ中継を確保するため、ホリングワースは走り回る。その努力は並大抵のものではなかった。

2014/04/28

「ANCには投票しない」「マディバが死んでいて良かった」 マンデラの盟友、ツツ大主教がきっぱり

1994年4月27日、南アフリカで初めての、全人種参加総選挙が行なわれた。4月27日は「フリーダムデー」(Freedom Day)、「自由の日」として国の祝日になっている。

総選挙は5年に一度行われる。20年目の今年は、5月7日(水)が投票日。

第一回総選挙後生まれた若者は、「ボーンフリー」(born free)世代と呼ばれる。民主国家に生を受けた、生まれつき自由な世代である。南アフリカでは18歳で投票権を得るため、今回初めて、ボーンフリー世代が総選挙で投票することになる。投票するには事前登録が必要になるが、期限までに登録したのはボーンフリー世代の有権者約190万人中64万6313人。僅か3割。

因みに、20歳代の登録率は6割。ボーンフリー世代の倍だ。30歳以上の登録率はなんと9割!

アパルトヘイトが終わり、新政権への期待が高かった頃は殆どの人が登録したが、一党独裁体制で汚職にまみれたANC(アフリカ民族会議)に対する失望や、一部の有力者に富が集中し、多くの庶民の生活が一向に向上しないことへの怒りと諦めから、「投票しても無駄」感が次第に広まったのだろう。更に、登録しているものの、投票には行かない人が多いと懸念されている。

2014/04/23

エボラウィルスが野生動物保護に貢献 コートジボワール

ブッシュミート」(bushmeat)という言葉がある。食肉目的で繁殖させた家畜の肉ではなく、野生動物の肉である。「貧しくてトリ肉が買えないので、止むに已まれず・・・」という訳ではなく、「美味」「珍味」として珍重され、市場で堂々と売られる。盛んなのは西アフリカ

「ニワトリや牛や豚は殺して食べてもいいが、野生の動物は駄目」というのは、おかしな理論だろう。命は命である。しかし、「ブッシュミート」の問題は、その多くがゴリラなど絶滅の危機に瀕している動物であること

ゴリラ(WWF

現地の人々には「絶滅しないように保護しなければならない」という意識がない。昔から食べてきたのである。先進国の活動家が「自然保護」「環境保護」を大上段に振りかざしても、現地ではインパクトがない。また、「種の保存」問題はさておいても、野生動物の生息地が人間に押されて少なくなっている上に、人間の人口増に伴いブッシュミートの需要が増えているから、この調子で食べ続けると、ブッシュミート用の動物が絶滅し、結果的に自分たちが困る、ということにも気がついていないようだ。

2014/04/19

10秒の壁を破った南アランナー 今度こそオリンピックへ

4月12日、サイモン・マガクウェ(Simon Magakwe)が南アフリカ陸上競技大会(South African Athletic Championships)の100メートル走で優勝した。2009年から6回連続優勝。今回の記録は9.98秒。南アフリカ人として初めて10秒の壁を破る快挙となった。


2016年のリオデジャネイロ五輪出場が夢。初めての五輪出場を目指したロンドン大会では、「南アフリカで一番早い男」であるだけでなく、参加標準記録を100メートル走で6回、200メートル走で2回達成していたのに、南ア代表に選ばれなかった。400メートルの参加標準記録を1回達成しただけの「スター」に道を開けるため、涙を飲まされたのだ。(マガウェが参加標準記録を達成したのは全て国内だったから、というのが五輪選抜に漏れた公式の理由だが、そのような規則は国際的に一般的なのだろうか?)

「スター」とは、両足義足のランナー、オスカー・ピストリス(Oscar Pistorius)のこと。ガールフレンドのリーヴァ・スティアンカンプ(Reeva Steenkamp)殺害容疑で起訴され、現在裁判の真っ只中だ。

2014/04/14

ヴィッツ大学医学部、新入生受け入れにクジ引きを検討中

ヴィットヴァータースランド大学(University of the Witwatersrand)、通称ヴィッツのアダム・ハビブ(Adam Habib)学長が、同大学医学部の学生受け入れ体制の改革を提案した。
(注:南アフリカの大学のトップは「Vice-Chancellor」と呼ばれる。逐語訳は「副学長」だが、「学長」の「Chancellor」は名誉職で、実際の運営は「Vice-Chancellor」が行なう。従って、職務内容を考慮した場合、「Chancellor」を「名誉学長」または「名誉総長」、「Vice-Chancellor」を「学長」または「総長」と訳す方が誤解を招かなくて良いと思う。
南アフリカでは「かつて不利な立場にあった」(previously disadvantaged)という、奥歯に物が挟まった表現がある。「アパルトヘイト時代、差別されていた」という意味で、白人以外の人種を指す。広義では、身体障碍者や女性も含む。様々なドアを開いてくれる、魔法のような言葉だ。「かつて不利な立場にあった」人々は就職、昇進、大学入学、政府関連事業の入札など、色々な場面で優遇される。「かつて不利な立場にあった」人々が農地を買う時は、政府が半額出してくれる。(知り合いに、その制度を利用して農地を購入し、農業ではなく、欧米の大金持ち相手に狩猟ビジネスを営む、大金持ちの中国系南ア人がいる。)

また、白人以外が国民の90%を占めるから、「かつて不利な立場にあった」全員を「優遇」するには無理がある。そのため、与党の有力者とコネがある人ほど有利になり、一部の金持ちがどんどん金持ちになる仕組みになっている。また、新政権になり既に20年経ち、経済的に成功した黒人も増えてきた。黒人の30%が中流階級といわれる。

ハビブ学長の入試改革は、このような社会状況を背景にしたもの。

2014/04/10

犯罪は外国人が引き起こす「神話」

「犯罪者の多くは近隣諸国の国民」という見方は「神話」であることが、4月8日発表の報告書で明らかになった。報告書を作成したのは「the National Institute for Crime Prevention and the Reintegration of Offenders」という長い名前の機関。「犯罪防止と犯罪者の社会復帰のための国立研究所」とでも訳そうか。

2011年の国勢調査によると、南アフリカに居住する人のうち、外国人は3.1%。そして、受刑中の11万2467人のうち、外国人は4%。誤差を考えると、似たような数字である。「逮捕されない、または逮捕されても有罪にならない犯罪者は、南ア人より外国人の方がずっと多い」というありそうにない事態でもない限り、「犯罪は外国人が犯すもの」とは言えないわけだ。

2014/04/09

ハネムーン殺人容疑者 3年以上経ってやっと南アに送還

2010年11月14日の朝、「スェーデン育ちのインド人、アニ・デワニ(Anni Dewani)さんの遺体が見つかった」との報道があった。前日、ケープタウンでハネムーン中、ハイジャックに遭ったという。

美男美女のカップル。パブリシストが公表した写真。

ハイジャックの場所と時間を聞いて、南ア人だったら誰でも「怪しい」と思ったことだろう。何しろ夜の11時のググレツ(Gugulethu)なのだから。

ググレツはアパルトヘイト時代の黒人居住区。今でも居住者の殆どは黒人。友だちが住んでいるか、医者やNGO職員やボランティアや警察官やジャーナリストなどが仕事で行くか、「黒人居住区を是非見たい」という観光客かでもない限り、黒人以外が立ち入ることはまずない。ましてや、ハネムーンカップルなんて・・・。百歩譲って、「どうしても普通のアフリカの人の暮らしがみたい!」とわざわざ行ったとしても、夜11時??? 5つ星ホテルに泊まっている金持ち外国人ハネムーンカップが、「今からググレツに連れて行ってよ」と運転手に頼んだら、まず断られるであろう。

怪しい。

2014/04/03

エイプリルフールの新聞記事にご注意!

4月1日に新聞を読む時は注意が必要だ。そう、「エイプリルフールズデー」(April Fools' Day)。日本語では「万愚節」とか「4月ばかの日」とか訳すらしい。この日のいたずらや、いたずらに担がれた人を「エイプリルフール」(April Fool)という。

日本の新聞は真面目そうだから、嘘の記事など出さないかもしれないが、どうなんだろう。出したら、本気にした人から苦情が殺到しそうだ。

台湾と香港では、『ニュー・メディア』(New Media)紙が今年「台湾で初めて出産した人気パンダが寄生虫のため重病になり、安楽死させられるかもしれない」というエイプリフール記事を掲載したところ、大騒ぎになり、台北市長にお叱りを受けたとか。

南アフリカは欧米の伝統(?)を踏んで、もっともらしい、でっち上げ記事が新聞に掲載される。過去にも「売春が合法になった」とか「大麻が合法になった」とかいう記事が4月1日の紙面を飾った。どんな突飛なことでも実際にあり得る国だから、よっぽど注意しないと騙されてしまう。

2014/03/28

南アビジネスマン3人がドバイの刑務所に 南ア政府のお墨付き投資話に騙される

フリーステート州のビジネスマン、アリ・モコエナ(Ali Mokoena)さんは「オラ・フロリカルチャー」(Ora Floriculture)という共同組合の代表者。生花輸出ビジネスに海外から投資家を募ろうと、2012年2月、南ア貿易産業省(Department of Trade and Industry)に依頼して、同省の海外事務所で情報を配布してもらった。3か月後、アミット・ランバ(Amit Lamba)というインド人から電話があった。「ドバイの南ア領事館で、投資家募集の案内を見た」「1億8000万ランド(約18億円)投資したい」という。

貿易産業省から、同省ドバイ事務所が調査を行うまで、ランバ氏とビジネス交渉を開始しないようアドバイスがあったので待ったところ、一週間後、同省から「ランバ氏は信用できる。交渉を開始しても良い」とEメールで通知。フリーステート州経済担当部長のオフィスが、州都ブルームフォンテインのホテルで、契約調印式をオーガナイズしてくれた。

モコエナさんによると、ランバ氏はブルームフォンテインやジョハネスバーグで他のビジネスマンにも会ったらしい。リンポポ州の投資貿易部とは、「了解覚書」(memoranda of understanding)に調印したという。この覚書があったことで、ランバ氏を信用したビジネスマンも数多くいた。

リンポポ州との覚書調印
ランバ氏は2012年10月、モコエナさんたちをドバイに招待した。交通費、経費はランバ氏持ちだ。

ところが、 ドバイに着いたら、様々な支払いを求められる。共同出資会社設立の費用、銀行口座開設費用、その銀行口座への入金・・・。そして、アラビア語で書かれた「出資合意書」にサインすることを求められ、サインしたら・・・。

ドバイ当局に逮捕されてしまった!


サインしたのは「出資合意書」ではなく、ランバ氏に大きな借金があることを認める文書だったのだ。

2014/03/20

劇場公開前の南ア映画をハリウッドがリメーク 『イナンバー・ナンバー』(iNumber Number)

他の国で作られたヒット映画をハリウッドがリメークするのはよくあること。

Mr.レディMr.マダム』(1978年)がロビン・ウィリアムズとジーン・ハックマン主演の『バードケージ』(1996年)、ジャン=ポール・ベルモンド主演の『勝手にしやがれ』(1960年)がリチャード・ギア主演の『ブレスレス』(1983年)、『赤ちゃんに乾杯!』(1985年)がトム・セレック主演の『スリーメン&ベビー』(1987年)、『マーサの幸せレシピ』(2001年)がキャサリン・ゼタ=ジョーンズ主演『幸せのレシピ』(2007年)・・・。数えると切りがない。

日本映画も結構リメークされている。『七人の侍』(1954年)が『荒野の七人』(1960年)、『Shall we ダンス?』(1996年)が『シャルウィダンス』(2004年)、『リング』(1998年)が『ザ・リング』(2002年)・・・。

リメーク映画の多くが、本国でヒットを作り出した「レシピ」(筋など)をそのまま用い、英語版を作るという安易な手法を用いている。

ところが、今回、本国で「ヒット」どころか、まだ劇場公開もされていない南アフリカ映画を米大手「ユニバーサル」がリメークすることになった。

2013年「トロント国際映画祭」(Toronto International Film Festival)に出品された『イナンバー・ナンバー』(iNumber Number)。ドノヴァン・マーシュ(Donovan Marsh)監督によるズールー語の作品だ。南アフリカでは、「ジョージー映画祭」(Jozi Film Festival)で今年2月21日に一回上映されただけ(多分)。

2014/03/13

オスカー・ピストリアスのガールフレンドは例外ではない パートナーによる暴力・殺人


「ブレードランナー」(Blade Runner)の異名を持つ両足義足のランナー、オスカー・ピストリアス(Oscar Pistorius)がガールフレンドのリーヴァ・スティアンカンプ(Reeva Steenkamp)を殺害した「血のバレンタインデー」から1年以上経ち、やっと裁判が始まった。

リーヴァさんとオスカー・ピストリアス(ENEWS

なんと裁判の様子がテレビで実況中継! メディアは連日、裁判の詳細で持ちきりである。刑事事件の裁判なんて、普通、一般市民の生活とは程遠い。それがお茶の間に持ち込まれた。被告弁護士による反対尋問の執拗さ、厳しさを目(ま)の当たりにして、「質問というより、イジメじゃないか」「証人として出頭するよう頼まれても絶対イヤ!」と思った人も多いらしく、オスカー以降の裁判への影響が心配されている。

2014/03/03

働くアフリカのネズミたち 地雷撤去のヒーロー

ジョハネスバーグの交差点で物乞いをする人の中に、片手や片足のない男女を時々見かける。乞食を使って金儲けをするシンジケートが絡むと、腕のない人々が短期間、突然大量に交差点に現れることもある。多くは隣国モザンビークからの地雷の犠牲者だ。

身体をすべて吹っ飛ばしてしまう地雷は、見た目むごたらしいものの、本人にとっては一瞬の出来事。しかし、わざと威力を落とした地雷もある。手や足を吹き飛ばすには十分だが、殺すほどではない。生き残った人は兵隊としての戦力にならない。農地を耕す労働力にもならない。工場で働くのも大変。そして、家族や社会の負担になることから、「敵」の総合戦力低下に役立つ、という戦略だ。

「敵」といっても、内戦の場合、自国民である。自分の勢力が勝利を収め、政権を手にした時、国造りに貢献しにくいどころか、重荷になりかねない人を大量に作り出したツケは大きい。まあ、そこまで考えないんだろうなあ。

さて、戦争が終わり、平和が訪れた。しかし、内戦中、地面に大量に埋められた地雷のために土地が利用できない。また、知らずに踏みつけて手足を失ってしまう人々や、原っぱで遊んでいて命を落とす子供が後を絶たない。

現在、まだ世界66か国と7地域に地雷や不発弾が処理されないまま残っており、人々の安全を脅かし、国や地域の経済発展を阻んでいるという。顔の前に透明な防御マスク、上半身に防御ジャケットをつけた、イギリスの故ダイアナ妃の姿を覚えている方もいるだろう。亡くなる数か月前の1997年1月、「反地雷キャンペーン」の一環でアンゴラを訪問した時のものだ。

人間を訓練して派遣するのは莫大なお金がかかる。また、地雷除去をする人々は命がけである。

そこで、ベルギーのNGO「アポポ」(Apopo: Anti-Persoonsmijnen Ontmijnende Product Ontwikkeling)は考えた。ネズミを使えないかと。

2014/02/24

野生動物保護に熱心な大スター 中国政府のフカヒレスープも拒否したジャッキー・チェン

ジャッキー・チェン(Jacky Chan)が「サイのツノ不買運動」に一役買ったことは前回(「アフリカのサイをオーストラリアへ 苦肉の絶滅防止対策」)ご紹介したが、ジャッキーが野生動物保護に熱心なのは今に始まったことではないらしい。

10年前、中国で映画の撮影中、中国政府に夕食に招待された。まず出て来たのは、フカヒレのスープ。高級食だが世界の中国人の経済力拡大に従い需要が急増し、毎年数千万匹のサメがこのために殺されているとして、アメリカではフカヒレ採取目的のサメ漁は全面禁止となっている。

乱獲自体問題だが、生きたままヒレだけ切り取ったサメを海中に放り込み死ぬに任せる、という映像が巷に流れ、動物保護団体などの怒りを買った。(自分が麻酔なしで鼻とか、耳とか、腕とかをナイフで切り取られ、海に放り込まれるのを想像すると、非常に苦しそうだ。サメは声を出さず、表情もないので、どのくらい知覚しているかはわからないが、神経があるのなら痛いはず。。。しかも、人間と違って、水中で呼吸できるから、死ぬにも時間がかかるかも。。。)

ジャッキー・チェンは、高級スープの材料とするためにサメを乱獲することに反対している。ただ、そこは人格者と言おうか、外交上手の中国人と言おうか、招待してくれた相手に「動物保護!」を声高々にお説教したりせず、「フカヒレスープは好きじゃないんで、他のスープに替えてもらえませんか」と丁寧にお願いしたとのこと。

2度目に中国政府から招待があった時は、メニューにフカヒレスープはなかったとか。

2014/02/18

アフリカのサイをオーストラリアへ 苦肉の絶滅防止対策

南アフリカでサイの密猟が本格化したのは2008年。ツノを効果のない「漢方薬」に使うため、約80頭が殺された。その後、密猟数は毎年飛躍的に増加し、2013年には1000頭以上のサイが無駄に命を落とした。3日に1頭の超ハイペースである。絶滅の危機に晒されて「希少価値」があるから、余計高く売れるのだろうか。そして、高く売れるから、益々密猟が盛んになる。。。

主な消費地である中国ベトナムにおける、生活水準の向上人口増も大きな原因だろう。昔だったら、サイの漢方薬など買えなかった人々の懐が豊かになった。環境保護に対する意識の低さや、「サイのツノは爪と全く同じ成分で、全く効能がない」という正しい知識・情報が浸透していないことは深刻な問題だ。

2014/02/09

アフリカの大物は楽じゃない? 群がる親類縁者に疲れ果てたズマ大統領 複数妻間の確執も

貧しい農民がにっちもさっちもいかなくなって、村の長者に金の無心をする。会社経営をしている親戚に息子の就職を頼む。金一封を携えて県会議員に陳情をする。。。良い悪いは別にして、お金や地位や政治力など、なんらかの力を持っている人を持っていない人が頼るというのは昔からどこでもあった。

南部アフリカには「ウブンツ」(ubuntu)という考え方がある。「人は他の人のお蔭で人となる」という精神に基づく、助け合いの思想である。持てるものが持たざるものに持っているものを分け与えるという「平等の精神」ともいえるが、美しい側面ばかりではない。成功した人を引きずりおろす、恐ろしい面もある。

「金を持っている」と思われたがために親類縁者からたかられ、せっかく得たお金を失うどころか、群がる人々にお金を与えるために盗みを働いてしまうとか、成功を妬まれて、呪いをかけられたり、脅迫されたりすることもあるのだ。

2014/02/04

マンデラの遺書公開 元妻ウィニーへは一銭も残さず

ネルソン・マンデラが亡くなって約2か月。遂に遺書が発表された。

昨日はクラシック音楽専門ラジオ局の「クラシックFM」ですら、「正午にネルソン・マンデラ財団でマンデラの遺書が発表される」と、早朝から30分ごとに繰り返していた。「マンデラ・ブランド」を利用した子孫によるビジネスの数々や、財産を巡るマンデラ家の醜い内輪もめがここ数年メディアを賑わしたためか、「マンデラは誰にいくら遺産を残すのだろう」と世間の野次馬根性が大いに刺激されていたのだ。

マンデラ財団は場所を提供しただけで、発表を行ったのは遺言執行人を代表した、ディハン・モセネケ(Dikgang Moseneke)最高裁判所副長官。遺言執行人はモセネケ副長官に裁判官のテンバ・サンゴニ(Themba Sangoni)と、弁護士でマンデラの長年の友人ジョージ・ビゾス(George Bizos)を加えた3人。

遺書公開の後、ご丁寧にも、マンデラ財団から遺書の「プレスパック」(press pack)が届いた。遺言執行人作成による遺書の短縮版だ。といっても、22ページもある。題して、「ネルソン・マンデラ元大統領の遺書に関する覚書」(Memorandum Relationg to the Last Will and Testament of Former President Nelson Mandela)

送られてきた「覚書」の1ページ目


個人の遺書の内容を何故ここまで公開するのか?

「覚書」に説明があった。遺産相続を「透明」に「迅速」に行なうことが目的という。子孫が異議申し立てをして、相続処理が長引くのを防ぐためだ。

推定額4600万ランド(約4億6000万円)の遺産の行方だが、まず、現夫人グラサ・マシェル(Graça Machel)。

2014/01/31

投票用紙から新鮮な人間の目玉まで DHLのアフリカ宅配便

DHLといえば、世界最大の国際輸送物流会社。元々、アメリカ本土とハワイ間の宅配便から始まり、現在はドイツポスト(Deutsche Post)の傘下。本社ボン。(ドイツポストはドイツの郵便局が民営化したものらしい。)世界220以上の国・領土をカバー。従業員28万5千人。

毎日、全世界で200万個もの荷物を届けるというから、中には当然変わった配達品もある。2013年には9頭のゴリラの大陸間輸送とか、ラグビーワールドカップのトロフィーなどを手掛けたという。

では、アフリカでは2013年、どんな変わった荷物を配達したのだろう?

DHLでサハラ以南アフリカ地域のマーケティング部門を率いるスメシュ・ラハヴェンドラ(Smesh Rahavendra)氏によると、投票用紙や大統領文書などの配達があった。また、変わった食べ物の輸送依頼が年々増えている。

2014/01/28

南アフリカで初めて、票操作が行われた町 ポチェフストルームが不名誉なタイトルを獲得

北西州のポチェフストルーム(Potchefstroom)は人口約15万人、ジョハネスバーグから西南西120キロに位置する。ノースウェスト大学を擁する大学町で、主な産業は養鶏など。

その田舎町ポチェフストルームが、「南アフリカ選挙で初めて票操作があった町」として歴史に残ることになった。これまでも票の不正操作はあったかもしれないが、公になったのは今回が初めて。

同市の市議会補欠選挙で、9つの議席が争われた。住民のうち選挙登録した人だけが投票できるのだが、約2500人の投票者が「怪しい」らしい。与党ANC(アフリカ民族会議)が他の町に住んでいる人を偽の住所を使って登録し、バスを何台も使ってこの町に連れて来て投票させたというのである。

2014/01/23

火星への片道切符。南アフリカからも39人が応募。

火星に植民地を作るプロジェクト「マーズ・ワン」(Mars One)に、世界140か国以上から20万2586人が応募した。南アフリカからも39人の応募者があったそうだ。

応募者が一番多かったのはアメリカ(24%)、次いでインド(10%)、中国(6%)、ブラジル(5%)、イギリス(4%)、カナダ(4%)、ロシア(4%)、メキシコ(4%)、フィリピン(2%)、スペイン(2%)、コロンビア(2%)、アルゼンチン(2%)、オーストラリア(1%)、フランス(1%)、トルコ(1%)、チリ(1%)、ウクライナ(1%)、ペルー(1%)、ドイツ(1%)、イタリア(1%)、ポーランド(1%)。残りは1%以下なのだろう。

2014/01/21

知らない間に「連続殺人魔」。ソーシャルメディアの怖さ。

今年に入って、ダーバン在住のリドワーン・キャラワン(Ridhwaan Carawan)さんに「連続殺人魔!」「殺してやる!」などの脅迫メッセージが届き始めた。まったく身に覚えがないという。

キャラワンさんは38歳の、幸せな家庭を持つ普通の会社員。悪意に満ちたメッセージは、プレトリアやケープタウンなど遠くからも届いた。上司に「私は殺人犯ではない」と説明しなければならなかった。買い物に行くたびに怪しい目で見られ、質問を浴びせかけられる。

警察の取り調べも受けた。その一週間前に他殺死体として発見された、22歳の女性クリスタリン・パール・ラビー(Crystaline Pearl Labie)さんを殺害した犯人として。この女性も、この女性が殺されたことも知らなかったというキャラワンさん、一体どうして。。。

そしてわかったのは・・・。

2014/01/14

頭脳逆流! 出戻り南ア人、増加傾向

ここ数年、南アフリカの頭脳流出が止まっている。それどころか、「逆流」しているらしい。

アドコープ(Adcorp)社が1月13日に発表した最新調査によると、高スキルを持つ南アフリカ人が2008年以来、35万9000万人も戻ってきたという。その37%が弁護士、医師、エンジニア、会計士などの専門職。といっても、一斉にホームシックに罹ってしまったわけではなく、純粋な経済的理由。

2004年から2008年にかけての世界的な好況期、南アフリカ人、特に白人がどんどん海外に移った。白人バッシングが強烈だったターボ・ムベキ(Thabo Mbeki)大統領のころだ。「犯罪が深刻な南アフリカで子供を育てたくない」「子供が大きくなっても、白人は良い職につけない」などの不安が高まる中、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの英語圏先進国から多くの求職があった。南アよりずっと給料が良い。このチャンスを見逃せようか。スキルのある黒人も、南アを去った。教師や看護婦が不足しているイギリスなどに、大量に引き抜かれてしまったのである。

2014/01/11

ホームレスで麻薬中毒だった少年、スケートボードで開花 アメリカで修行中

人生、なにが起こるかわからない。なんの不自由もなく、家族の愛情につつまれ育ち、成人してから突然の不幸に襲われる人もある。

タレンテ・ビイェラ(Thalente Biyela)君の人生はその逆。どん底から始まった。

お母さんが亡くなって、誰も面倒を見てくれる人がいなくなったから、路上生活を始めたという。一緒に住んでいた義理のお父さんは麻薬の売人。家では暴力を振るった。

初めて家出をしたのは9歳。11歳から完全なホームレスになった。住んだのは、ダーバンの海水浴場にあるスケートボード場の近く。そのうちスケートボードをする人たちと仲良くなり、スケートボードを開始。スケートボード仲間が衣類や食料をくれた。勿論、学校には行かない。どこで麻薬を買うお金を得たのか、ヘロイン中毒だった。

2年前、17歳の時、元プロサーファーのタミーリー=スミス(Tammy-Lee Smith)が自分の家に引き取ってくれた。タレンテ君のチャーミングさとカリスマ性に惹かれたという。読み書きが出来ないタレンテ君のために、家庭教師まで雇ってくれた。

スミスさんの好意にタレンテ君は応えた。きっぱりと麻薬を止め、決意が固いことを示すために、毎週、麻薬検査を受けた。

最後に学校に行ったのは8歳の時。17歳なのに時計すら読めないタレンテ君にとって、読み書きを学ぶのはとても難しかった。だが、頑張って勉強したことが人生を変えたという。

「取り残された感がなくなった。自分は馬鹿だと思う気持ちがなくなった。読み書きが楽しくなった。」

スミスさんも、喜びを隠しきれない。「素晴らしい人間に成長してくれた。いろんなことに自信を持つようになったのを見るのは嬉しい。」

ロサンゼルス在住の南ア人フィルムメーカー、ナタリー・ジョーンズ(Natalie Johns)さんが友人のスミスさんを訪れたのは、2012年12月のこと。スケートボードをするタレンテ君をビデオで撮影したら、インターネットで大評判になった。

これはジョーンズさんがタレンテ君に出会うより前の2012年1月16日に、ユーチューブにアップされた映像。



2013年1月、タレンテ君はアメリカのスポーツビザを手に、ロサンゼルスへ。ジョーンズさんが引き取ってくれることになったのだ。そして、スケートボードチャンピオンのケニー・アンダーソン(Kenny Anderson)に弟子入り。タレンテ君は「スケートボードをするために生まれてきた」と、アンダーソンさんは目を細める。

ロサンゼルスのタレンテ君(「サンデータイムズ」紙より)

現在、ジョーンズさんはタレンテ君のドキュメンタリーを制作中。(ドキュメンタリーの中では、「タレント」と呼ばれている。)

 まだ19歳のタレンテ君。新天地アメリカでトレーニングを積み、競技会に挑戦するという。

人生、本当になにが起こるかわからない。

(参考資料:2014年1月5日「Sunday Times」など)

【関連HP】
I Am Thalente Speed&Spark

【関連記事】
ハリウッド映画のボディダブルは、乳ガンのサバイバー (2012年9月9日)
逆境に負けない! 14歳で大学入学 ジンバブエ (2012年6月8日)
ケープタウンのお婆ちゃん 空手8段に (2012年1月29日)
麻薬中毒者が一念発起、テコンドー世界チャンピオンに (2011年8月21日)
ジョディ・ビーバー 「タイム」誌の表紙を撮った南ア人写真家 (2010年9月19日)
南アでロマンス小説 著者は19歳の黒人青年 (2010年8月23日)

2014/01/08

高校卒業資格試験、史上最高の78.2%合格。はたして、その質は?

12月末から1月初めにかけて、南アフリカの12年生(日本の高校3年生)やその家族は固唾(かたず)を飲んで、「マトリック」の結果を待つ。

(公立学校と私立学校は別試験で、結果の発表日も違う。私立学校の生徒が受けるIEB試験の結果発表は年末、公立学校の結果発表は年明け。)

「マトリック」(matric)は「matriculation」の略。イギリス式教育の「大学入学資格」「大学入学資格試験」からきている。正式名称は「National Senior Certificate」だが、一般の人は昔ながらの「マトリック」という言葉を使っている。「高校卒業資格」「高校卒業資格試験」と訳すのが一番正確だろう。

基礎教育省が実施したマトリック試験の2013年度の合格率は史上最高の78.2%。前年の73.9%から更に上昇。試験を受けた56万2112人中、43万9779人が合格した。

2014/01/05

強盗殺人犯、「セルフィー」をフェイスブックにアップ

「セルフィー」(selfie)という言葉は日本でも使われているんだろうか。

デジカメや携帯で撮った自分の写真のことだ。ツーショット、グループフォトでもよい。腕を伸ばして撮ったり、鏡の前で撮ったりして、そのまま、フェイスブックなどのソーシャルメディアにアップすることが多い。

2005年に使われた例があるが、大ブレークしたのは2012年。同年、『オックスフォード英語辞典』(Oxford English Dictionary)デジタル版に掲載。2013年には、『オックスフォード英語辞典』「ワード・オブ・ザ・イヤー」(the word of the year)に選ばれた。

最近では、ネルソン・マンデラ追悼式でのバラク・オバマ(Barak Obama)米大統領のセルフィーが有名。デンマークのヘレ・トーニング=シュミット(Helle Thorning-Schmidt)首相がスマートフォンでオバマ、ディヴィッド・キャメロン(David Cameron)英首相とのスリーショットを撮っているところを、たまたま居合わせた報道カメラマンが撮影し、ネットで爆発的に広まって、「追悼式という厳粛な場ではしゃぐとは不謹慎」と大いに非難された。