2013/12/30

占い師が予言する南アフリカの2014年

南アフリカの2014年は、どんな一年になるのか。『サタデースター』紙が意見を求めたのは、経済学者でも、政治評論家でもなく、なんと4人の占い師

まず、タロット占いのミナクシー・ギフワラ(Minaxie Gihwala)氏。

  • 南アフリカ出身の元オリンピック水泳選手、現モナコのシャルレーヌ妃に男子誕生。
  • 総選挙でANCが与党の座を守るものの、ANCが期待するほどの大勝ではない。ジュリアス・マレマ(Julius Malema)率いる「経済自由の戦士」(Economic Freedom Fighters)党が予想を上回る善戦。
  • 南アの通貨ランドは、強くならない。
  • サイの密猟は政府の政策転換のお蔭で多少減少する。
  • ブラジルでのサッカーW杯は、ドラマに溢れたものとなる。ブラジルとスペインが準決勝に進むが、優勝するのは予想外のチーム。
  • 映画『ネルソン・マンデラ 自由への長い道』(Nelson Mandela)は世界中で良い評判を取るものの、アカデミー賞では健闘しない。
  • アイソン彗星(Comet ISON)が世界中で災害をもたらすが、南アはあまり影響を受けない。

2013/12/29

変わった新年の迎え方ベストテン 第4位に南アフリカの家具投げ落とし

今年も余すこと、あと数日。多くの人々が新年を迎える準備に余念がないことだろう。世界各地で、どのような新年の祝い方をするのだろうか。

そこで、ソーシャルネットワーキングサイト、Badoo.comが世界18か国計7200人にアンケートをとってみた。質問はふたつ。「世界で一番変わった新年の迎え方」と「世界で一番楽しい新年の迎え方」は何だと思うか。

変わった新年の迎え方第1位の栄冠(?)に輝いたのは、タルカ市(チリ)に伝わる、墓地で先祖と一緒に新年を迎える風習。

祖先の霊をお迎えするお盆を考えると、それほど変わっているとは私には思えないけど、「変わっている・いない」はアンケートに答えた人の「常識」「普通」に基づいているので、誰に聞いたかによってこういう結果もありだろう。

2013/12/19

マンデラ追悼式のでたらめ通訳、精神病院に収容。コネはやっぱり与党ANC。

12月10日に行われたネルソン・マンデラの追悼式で、図らならずも世界中の注目を集めてしまった、「でたらめ通訳」タムサンカ・ヤンキー(Thamsanqa Jantjie)。

南アフリカの国営放送(SABC)を見ていた人は、ヤンキーの「実況通訳」の大部分を惜しくも見逃してしまった。SABCでは独自の手話通訳を用意しており(鼻っから政府の手配を信用していなかったのだろうか?)、画面ではオバマその他の要人が中央から向かって僅かに右寄り、四角に入った手話通訳が左下に位置。要人の向かって右に立っていたヤンキーは、たまにしか画面に入っていなかったからである。

2013/12/17

「犬のように扱われた。」 マンデラ国葬で疎外された地元住民

ネルソン・マンデラの国葬が12月15日、故郷のクヌ村で盛大に行われた。会場は葬式のために特別に建てらてた白いドーム。

(葬儀用ドーム「Eye Witness News」より)

参加を許されたのは、4500人の選ばれた人々。地元住民、親戚、そして、夜を徹して遠くから旅してきた一般市民は厳重な警備に遮られ、ドームやマンデラ邸に近づくことすらできなかった。

私たちは犬のように扱われました。

マンデラ邸から国道を挟んだ向かいに住み、マンデラの墓穴掘りを手伝ったマシコレ・カラコ(Masixole Kalako)さんは憤慨する。「こんなことはかつてありませんでした。墓穴まで掘った私たちが葬式に出席できないなんて。葬式が終わったら来ていいと言われましたが、残飯を犬にやるようなものです。」

2013/12/15

最後まで父に会えなかったマンデラの「娘」

今日はネルソン・マンデラの「国葬」。故郷のクヌ村で執り行われる。

これに先立ち、マンデラ家内部で話し合いが行われ、「仲直り」することになった。取り持ったのは現マンデラ夫人、グラサ・マシェル(Graça Machel)。マンデラ家内部のねじれにねじれた関係を一時的にも修復できるのは、やっぱりこの人しかいない。

2013/12/14

でたらめだったマンデラ追悼式の手話通訳、実は暴力的な総合失調症 世界の要人を危険にさらした責任は?

12月10日、マンデラの追悼式をテレビで見ていた全世界の聴覚障害者は目を疑った。手話通訳者の「訳」が全くわからないのだ。「あのサインは『揺り木馬』? でも、何故オバマ大統領が揺り木馬の話なんか・・・? えっ、『タバコ』? 『エビ』?・・・なんだ、全然文になってないじゃん!」

(「DESTINY.com」より)
それもそのはず。ソウェト在住、34歳の「手話通訳」、タムサンカ・ヤンキー(Thamsanqa Jantjie)による、全くのでたらめ、行き当たりばったりの創作手話だったのである。

一体、誰が南ア史上最大級の大舞台に「偽通訳」を雇ったのか?

2013/12/11

マンデラの遺体、金曜日まで大統領府 直接お別れを告げる最後のチャンス

マンデラの追悼式が大きな事故もなく無事に終わった。良かったね。タイロン!(いきさつは「今日、マンデラの追悼式」をご覧ください。)

100%大成功!というわけではなかった。
  •  世界が注目する中、男をあげようとしたズマ大統領が、ズマを支持しない与党ANC党員やANCを追い出された元党員から最低5回も派手にブーイングされ、栄光にひたるどころか、大恥をかいてしまった。(ジョハネスバーグが位置するハオテン州のANC支部は、ズマ大統領を支持していない。)
  • 演説や説教を遮ったり、無視してペチャクチャお喋りしている参加者を、司会のシリル・ラマポザ(Cyril Ramaphosa)ANC副党首が「お客さんがみえてるんだ。恥をさらすな。きちんと振舞え!」、ノーベル平和賞受賞者のデズモンド・ツツ(Desmond Tutu)大主教が「南ア人は躾(しつけ)が行き届いていることを世界の皆さんに見せなさい!」と叱った。授業中や朝礼でお喋りを止めない子供が先生に叱られているみたいだな~。 
  • 手話の通訳者が勝手に自分なりの「手話」をねつ造して「同時通訳」したため、テレビを見ていた、耳のきこえない人々がわけがわからず困った。(手話が出来ない自称手話通訳をANCが雇ってしまったらしい。この人、以前にもANCの大会で「同時通訳」したとか。ANCにコネがある人なのだろう。)
 ・・・などなど、大勢(たいせい)に影響のない問題は色々あったものの、まあ、無事に終わって良かった。

2013/12/10

今日、マンデラの追悼式

「明日、バスの事故なんか起こったら最悪だな。。。」

昨夜のことだ。琉球古武術の稽古の後、外科医のタイロンがボツッと漏らした。勤務先はソエトのバラグアナス病院。2010年サッカーW杯の初戦と決勝が開催されたFNBスタジアム(W杯期間中は「サッカーシティ」と呼ばれていた)に近い、南半球最大の床数を誇る病院である。世界でも3番目の規模らしい。

「明日」、つまり今日、FNBスタジアムでマンデラの「追悼式」が開かれる。ズマ大統領は「国葬」を発表したものの、結局葬儀はマンデラの故郷のクヌ村で、15日の日曜日に執り行われることになった。今日の追悼式は皆で集まってマンデラの偉業をたたえ、マンデラにお別れを言う「お祭り」の観がある。

FNBスタジアムは収容人員7万8千人。その他いくつかのスタジアムに巨大スクリーンが用意される。勿論テレビでも生中継。

FNBスタジアムへの入場は先着順。一杯になったら、門を閉じてしまう予定。行き帰りの交通大混雑、なんとしてもスタジアムの中へ入ろうと押し寄せる何万人もの群衆・・・。大きな事故が起こってもおかしくない。政府は「子供は連れて来るな」と警告している。

そして、タイロンは今日、偶然にも、バラグワナス病院救急医療室の当直医、それも責任者なのである。待機する医師はタイロンの他、ほんの2、3人。それに研修中の医学部学生が10数人。「バスの事故などで一挙に60人担ぎこまれたら悪夢」という。

2013/12/07

ネルソン・マンデラ、逝く 弔問客であふれるジョハネスバーグの自宅前

12月5日23時54分、外国特派員協会からメールが届いた。件名は「ネルソン・マンデラ死去」(Nelson Mandela passed away)。

短い本文が続く。「同僚の皆さん、ズマ大統領がネルソン・マンデラの死去を国営放送第2チャンネルで発表します。」( Dear Colleagues,President Zuma announces Nelson Mandela's passing on SABC 2.)

ここ数か月、生命維持装置のお蔭でかろうじて生きていたことは周知の事実。「与党ANCは来年の総選挙まで生きていて欲しいだろうな」と思いつつ、いつ亡くなってもおかしくない状態が続いていた。何か月も喉に管をつっこまれたまま。口もきけなければ、食事もできない。強欲な政治家や近親のせいで、無理やり生き延びさせられているようで、気の毒だった。

だから、心の準備は出来ていたはずなのに、一瞬世界が止まり、頭が空白になった。

ズマによると、亡くなったのは12月5日の20時50分頃。家族に看取られてのこと。

「我が国はその最も偉大な息子を失い、国民は父親を失いました。」(Our nation has lost its greatest son. Our people have lost a father.)

陳腐に聞こえかねないこんなセリフも、マンデラには限りなくふさわしい。

一日経って放心状態から回復し、ジョハネスバーグの自宅に花を持って行くことにした。遺体はとっくに軍隊の病院に移され、腐敗処理を施されている最中であることは知っているが、やはり花を捧げたい。(夫を利用できるだけ利用しようとする政治家や家族が騒ぐ中、外部にはひたすら沈黙を守りながら、献身的に看病を続けたグラサ・マシェル夫人の姿が心に浮かぶ。)

2013/11/11

まだまだ捨てたもんじゃないヴィッツ大学。各種世界ランキングに食い込む


かつて南アフリカの最高学府だった「ヴィットヴァータースランド大学」(University of the Witwatersrand)、通称「ヴィッツ」(Wits)。

アパルトヘイト時代はリベラルな学生が集まり、アパルトヘイト政権に反対したデモが繰り広げられ、警察の手入れが日常的だった時期もある。反アパルトヘイト運動に身を投じた在学生、卒業生も多かった。(安保反対で揺れた東大の拡大版みたいなものか。)一方で、経済界のエリートも多数生み出した。

ところが、アパルトヘイト後、どうも冴えないのである。昔からヴィッツと何かと比較され、東大に対する京大の観があったケープタウン大学は、花形学長を次々にゲットし、美しい土地の利も大いに利用し、「反アパのリベラル大学ナンバーツー」から、自他とも認める「南ア一の大学」として見事に生まれ変わった。

一方のヴィッツは、昔のプライドが邪魔をして世の中の動きについて行けなかったのか、冴えない学長が続出したためか、イメージダウンの一途を辿った。ジョハネスバーグという町のイメージも悪すぎる。優秀な学生がケープタウンに行きたいと思っても仕方ない。ヴィッツの卒業生としては、目に余る凋落ぶりが寂しい限りだ。

2013/10/31

「子供を産むなら今のうち。」 5年後に深刻な専門医不足

「子供を産むなら今のうち。5年後には婦人科医がいなくなる。」

こんな警告を発するのは、「南ア開業医フォーラム」(SA Private Practitioners' Forum)のCEO、クリス・アーチャー(Chris Archer)医師。10月29日ケープタウンで開催された、「南ア病院協会」(Hospital Association of SA)の年次総会での発言だ。他にも参加者から、専門医不足を懸念する声が相次いだ。

不足が特に懸念されているのは、婦人科医、麻酔医、外科医、泌尿器科医、神経外科医、心臓専門医、腫瘍専門医、放射線医、集中治療専門家など。

2013/10/25

ボツワナでライオンを追う(2) 「殺しのマシーン」たちの、人目欺くノンビリ姿

前回、紹介したライオン4姉妹。その後、撮影隊の目の前で「殺しのマシーン」ぶりを次々と披露したらしい。
ボツワナでライオンを追う(1) ライオンに脅かされる日々
 ボツワナの雨季は11月初頭頃から2月末頃まで。次の雨季が始まる直前の9月、10月は、一年で一番乾燥する時期だ。

カラカラの大地



雨季には、川のない森の中にも、あちらこちらに水たまりが出来る。ところが乾季には、水たまりは干上がる。動物たちは水を飲むために、川に向かう。

左下にバッファローの死体。襲われて殺されたのではなさそう。餓死?病死?

川幅は2月よりずっと狭い。チョベ川はボツワナとナミビアの国境となっているが、ナミビア側の岸がすぐ近くまで迫る。

2013/10/09

ボツワナでライオンを追う(1) ライオンに脅される日々

今年の2月、ボツワナで一か月バッファローを追ったが、今回はライオン。

究極の目標は、ライオンとバッファローの格闘を撮影すること。場所はボツワナのチョベ。前回、やっとみつけたバッファローを撮影したところだ。
ボツワナでバッファローを追う(1) 第一の難関
ボツワナでバッファローを追う(2) 第二の難関
ボツワナでバッファローを追う(3) ツノの生え方、群れの種類
ボツワナでバッファローを追う(4) 夕暮れ時の動物たち
2月は雨期。増水した川はまるで湖のようだった。森林は厚く生い茂り、うっそうとしていた。それが、今回は・・・。


乾季の真っ只中! 

川も随分小ぶりになった。雨季に水につかっていた部分が姿を現し、動物たちに食料となる草を提供している。一方、木の葉に頼る動物たちにとっては、とても辛い季節だ。

2013/10/03

老後を過ごすならスウェーデン! 南アフリカは65位

10月1日、第1回「グローバル・エイジ・ウォッチ・インデックス」(Global Age Watch Index)が発表された。4つの分野で、91か国の65歳が置かれた状況を比較したものだ。「世界老齢指標」とでも言おうか。

4つの分野とは、

収入保障(Income Security)…老人の基本的なニーズを満たすため、自分の自由になる十分な収入があるかどうか。
健康状態(Health Status)…年を取ると体が弱くなり、病気や障害が出やすくなる。
雇用と教育(Employment and Education)
自立を可能にする環境(Enabling Environment)…老人は独立した生活を送る自由を求める。

そして、それぞれがまたいくつかのカテゴリーに分かれている。

2013/09/24

ヘクター・ピーターソンを抱えた少年がカナダの刑務所に!?!

南アフリカを物語る写真で一番有名なのは、サム・ンジマ(Sam Nzima)による「ソウェト蜂起」(Soweto Uprising)時のものではないか。死にかけたヘクター・ピーターソン(Hector Pieterson)を別の少年が腕に抱えて走る。少年の顔は苦悩に歪んでいる。隣で泣き叫びながら走るのは、ヘクターの姉アントワネット(Antoinette)。

South African History Archive
 1976年6月16日のことだ。「中学校の授業をアフリカーンス語と英語1対1で教える」という政府の新方針に反対して、子供たちがデモを行った。場所はジョハネスバーグに隣接する黒人居住区「ソウェト」。

人種の格付けがはっきりしていたアパルトヘイト時代、白人の言葉であるアフリカーンス語と英語の2言語が公用語だったが、誰もがそのふたつをバイリンガルに話していたわけではない。白人でも、英系は英語を、アフリカーナはアフリカーンス語を第一言語とした。

国民の大多数を占める黒人にとって、アフリカーンス語も英語も第一言語ではないが、住んでいる地域の白人の言葉を話す傾向にあった。首都プレトリアはアフリカーナが多いので、その近辺に住む黒人は英語よりアフリカーンス語が得意だったが、経済の中心ジョハネスバーグは英語が中心。従って、ジョハネスバーグに隣接するソウェトでは、英語の方がよく話される。

それを突然、現地で使われる言語とは関係なしに、授業をアフリカーンス語と英語で行い、アフリカーンス語での試験もあるというのだ。「国語」の授業ではない。理科とか算数とか地理とか歴史とかの授業を、よく理解できないアフリカーンス語で行うというのである。授業を行う先生だって、アフリカーンス語が話せない人が多いのに。。。大体、アフリカーンス語はアパルトヘイトを推進する「抑圧者」アフリカーナの言語である。

2013/09/22

チョークも買えない! 無料公立学校の実態

貧しい家庭の子供にも良い教育を受けさせたい。当然の願いだろう。

公立学校で、貧しい家庭の子供の授業料を減額または無料にする。民主国家の国民で、異議を唱える者はまずいないだろう。いてもごく少数ではないか。

そういえば、小学校の頃、母子家庭で生活保護を受けていた級友は少なめの月謝を払っていた記憶がある。

南アフリカでは家庭ごとではなく、学校ごとに「貧しさ」を測定している。5段階に分け、「貧しい学校」(父兄の収入が少ないということだろうか?)ほど、政府の援助を沢山受けることになっているのだ。一番「貧しい学校」では、父兄が払う授業料ゼロ。そして、全ての子供に教育の機会を与えるため、無料学校の数を増やしているという。

ところが、無料学校に十分な資金援助が与えられていないようなのだ。チョークなど必要最小限のものも買えないため、無料学校の多くは学校として機能していないという。

そう言明しているのは、アンジー・モチェハ(Angie Motshekga)。基礎教育相その人である。

2013/09/15

南ア人アーチスト、パリで逮捕。スティーヴン・コーエンの露出パフォーマンス

南アフリカ人のパフォーマンスアーチスト、スティーヴン・コーエン(Steven Cohen)が9月10日の朝、エッフェル塔の前で逮捕された。容疑は「露出行為」(exhibitionism)。

頭には雄鶏のようなカブリモノ、体には白いコルセット、腕には赤い長手袋、足には7インチのハイヒール。変態っぽくても、何を着ようが個人の勝手でしょ・・・と言いたいところが、問題はそれしか身に着けていなかったこと。しかも、ペニスは生きた雄鶏と紐で結ばれていた。

雄鶏の名前は「フランク」。フランクとスティーヴンはエッフェル塔の前で10分踊ったところで、警察に取り押さえられてしまったのある。

(「Sunday Times」より)
パフォーマンスアート」(performance art)ってなに? 

2013/09/09

ジョハネスバーグで大規模停電。職員が意図的に配電所のスイッチを切る。

「あれ?」 ツレが素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。「これ、ローランドの家じゃない?」

(「サタデースター」紙より)
新聞の一面に、夜、派手に燃え上がる家の大きな写真。別のページには、翌朝の写真。二階は全焼。一階も被害がひどい。庭を歩いているのは確かにツレの友人、ローランド。。。

ジョハネスバーグでは先週、30もの地区が停電になった。ローランド・ハンター(Roland Hunter)とアヴリル・ジョフィ(Avril Joffe)夫妻が住むオブザーヴァトリー地区もそのひとつ。

停電になって既に2日が経った9月4日水曜の夜、夫妻と3人の息子、それに82歳の祖父は、ロウソクを灯してテーブルを囲んだ。ユダヤ教の新年を祝う特別な夕食だ。

前菜が終わったところで、2階から大きな物音。ローランドの頭に反射的に浮かんだのは・・・「押し入り強盗!」 よりによって、停電の暗闇の中、強盗に襲われるなんて・・・。

ところが目に入ったのは火。火事だ! 二階全体が火につつまれている! 寝室に置いてあったロウソクの火が、カーテンかフトンに燃え移ったらしい。

一家は命からがら逃げ出した。

2013/09/01

同じ女性を愛する男性が「一妻多夫」結婚に合意 ケニア

2013年8月、ケニアでのこと。2人の男性が同じ女性と結婚することに合意した。南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領をはじめとして、アフリカで一夫多妻というのは良く聞くが、一妻多夫というのは珍しい。

「一妻多夫」(polyandry)には2種類ある。夫たちが血縁関係にある「父性一妻多夫制」(fraternal polyandry)と、夫の間に血縁関係がない「非父性一妻多夫制(non-fraternal polyandry)だ。

一妻多夫制を取る社会の多くは(1)環境が厳しい、(2)男の死亡率が高い、または男が留守のことが多い、(3)社会の構成員(といっても大抵「男」を指すのだろうが・・・)が平等の権利を持つ、という。

最も良く知られた「一妻多夫制」社会はチベット。兄弟全員がひとりの女性と結婚することで、それでなくても狭い土地を、兄弟間で分配する事態を避けることができる。一人または少数の兄弟だけが相続する社会では、遺産を相続できない男たちは僧侶になったりする。日本の場合だと、婿養子に行くという手がある。だが、兄弟全員が同じ相続権を持つ社会で、全員が結婚して家庭を持つと、土地財産が細切れになってしまう。ただ、チベットの一妻多夫制は中国共産党に禁止されてしまったので、現在の実態は不明とのこと。

アフリカでも、ケニアのマサイ(Masai)族やナイジェリア北部のイリグウェ(Irigwe)族には、伝統的に一妻多夫があるそうな。

しかし、今回のケニアのケースはちょっと変わっている。

女性は2人の子供を持つ寡婦。シルヴェスター・ムウェンドワ(Sylverster Mwendwa)さん、エリヤー・キマニ(Elijah Kimani)さんの2人と、4年以上愛人関係にある。ムウェンドワさんもキマニさんも、この女性を心から愛しており、女性の方も、ひとりを選ぶことは出来ないという。そこで「境界線を決め」「平和を守るため」、女性がふたりの男性の両方と「結婚」することになったもの。

といっても、3人で一緒に住むのではない。男性ふたりは仲良しこよしで、心が広く、女性が他の男性と関係を持っても気にしない・・・というわけではないからだ。女性の家にライバルの男性ふたりが期間を決めて交代で住み、顔を合せるのを避けることで、血生臭い事態が発生するのを避けるとか。ふたりとも、女性の子供の養育に責任持つという。

一妻多夫はこの3人が属する社会の伝統的習慣ではないものの、女性の母親は喜んでいるらしい。

愛には色々な形がある。3人とも大人だし、関係者全員が幸せなら、社会に迷惑を掛けない限り、別にいいじゃないかと思う。それでも、男女の仲は難しい。いつまで続くことやら。。。

ところで、この女性の子供たちは、ムウェンドワさんとキマニさんの両方を「お父さん」と呼んでいるのかな?

(参考資料:2013年8月28日付「The Times」など)

【関連記事】
映画『ファニー・フリーのロボラ』(Fanie Fourie's Lobola) (2013年4月10日)
女に生まれて嬉しい国、嬉しくない国 G20最新調査 (2012年6月14日)
ズマ大統領 また結婚 「現役妻」は4人 (2012年4月23日)
覆面王子の嫁さん探し (2010年5月22日)

2013/07/30

太り過ぎの南アフリカ人、ニュージーランドで労働ビザ更新拒否

(ウィキペディアから)
アルバート・ベイテンヘイス(Albert Buitenhuis)さんと妻のマルティー(Marthie)さんがプレトリアからニュージーランドへ移ったのは2007年のこと。アルバートさんの職業は「コック」。ニュージーランドではコックが不足していることから、労働ビザが下りたのだ。

ふたりはクライストチャーチ(Christchurch)に居を構えた。クライストチャーチは人口40万人弱。ニュージーランドで2番目に大きな都市だ。

職場は「カシュミアクラブ」(Cashmere Club)。アルバートさんがコック、マルティーさんがウェイトレスとして働いた。「クライストチャーチが大好き。地震も全て乗り切りました。ここが私たちの故郷です」と言い切るマルティーさん。

ところが、今年5月1日のこと。移民局から突然、「労働ビザの更新をしない」と言い渡される。

理由は「太り過ぎ」

2013/07/26

世界で一番お金がかかる都市はルアンダ。東京、首位から転落。

ルアンダ(Luanda)と言われて、どこかすぐわかる人はかなりのアフリカ通。「1990年代中頃に大虐殺があった国じゃないの?」という人は、残念賞。あれはルワンダ(Rwanda)でした。

ルアンダはアンゴラ(Angola)の首都。地図でみると、ナミビアの北、南アフリカの北西に位置する。国境を接しているのはナミビア(南)、コンゴ民主共和国(北)、それにザンビア(東)。ポルトガルの元植民地。人口2000万人弱。一人頭のGDPは6346ドル(2012年推定)、世界で107位。

「アンゴラって、アンゴラヤギとかアンゴラウサギから取れる、セーターなんかに入っている繊維? すると、アンゴラはアンゴラヤギやアンゴラウサギのふる里?」・・・ではありません。そっちは「Angora」。

(外務省HP)
頻繁に国際メディアに取り上げられる都市ではないが、そのルワンダがコンサルタント会社「メーサー」(Mercer)が毎年行っている「世界生活費調査」(Worldwide Cost of Living Survey)で、昨年の一位東京を押しのけて栄冠を手にした(って、必ずしも自慢できるわけじゃないけど)。世界214都市で行われた、外国人の生活費比較調査だ。

2013/07/21

ジョハネスバーグの伝説的レストラン「フラマドゥラス」、46年の幕を閉じる。オーナー殺害

マーケットシアター(Market Theatre)の入り口にある伝説的レストラン「フラマドゥラス」(Gramadoelas)が閉店することになった。オーナーは人生とビジネスの両面で45年にわたってパートナーだった、エドゥアン・ノディエ(Eduan Naudé)とブライアン・シャルコフ(Brian Shalkoff)。


ふたりが出会った時、ブライアンはまだ20歳。兵役を終えたばかり。軍隊では士官の料理人を務めていた。37歳のエドゥアンはロンドンから戻って来たところだった。

エドゥアンは元々、洋服のデザイナー。17歳の時、イギリスでバンドをやっていた友人たちがツアーをするため南アにやって来た。共演した若い黒人ミュージシャンの衣装を任せるという。まだ無名だった、20歳のミリアム・マケバ(Miriam Makeba)もそのひとり。ブライアンが作ったのは水着のハギレで作ったドレス。「あのドレスのお蔭で私は有名になったのよ」と、生前マケバはよく冗談を言ったらしい。そのドレスを着たマケバの写真が「フラマドゥラス」に飾ってある。1955年、ユルゲン・シャーデベルク(Jürgen Shadeberg)が撮ったものだ。

2013/07/16

南ア人の半数が公務員に賄賂 トランスペアレンシー・インターナショナルの最新調査

7月10日、「トランスペアレンシー・インターナショナル」(Transparency International;以下「TI」)が毎年恒例の「世界腐敗指標」(GCB=Global Corruption Barometer)を発表した。107か国に住む11万4000人以上の人々に、腐敗に対する意見を聞いたものだ。(TIでは「世界腐敗認識指数」(CPI=Corruption Perceptions Index)というのも毎年発表している。)

TIは、日本を含む世界約100ヶ国に拠点をもつ国際NGO。NPO法人「トランスペアレンシー・ジャパン」(Transparency International Japan 略称:TI-J)のHPによると、「国内・国外において、汚職・腐敗の防止を促す社会システムを構築、腐敗との闘いをリードする市民社会組織」。

世界中で調査に協力した人々の31%が、過去1年間に公務員に賄賂を支払ったという。では、南アフリカは?

なんと47%! ふたりに一人が公務員に賄賂を払ったのだ。世界平均を大幅に上回っている。(自慢にもならないが。。。) 今まで賄賂を払ったことがある、ではない。過去1年間限定の数字だ。

2013/07/12

ケープタウンは世界で4番目に素敵な町 『トラベル+レジャー』誌の恒例アンケート

アメリカンエクスプレス出版(American Express Publishing Corporation)発行の月刊旅行雑誌『トラベル+レジャー』(Travel + Leisure)が、第18回『ワールドベスト賞』(World's Best Awards)を発表した。

町、ホテル、レストラン、空港、航空会社などカテゴリー別に読者アンケートを行い、その年のベストを決めるもの。今年のアンケートは2012年12月1日から2013年4月1日の4か月間行なわれ、ケープタウンが町部門の第4位に輝いた。

2013/07/07

23年ぶりに蘇った幻の歌 「国民はマンデラを求めている」

1990年、ジョハネスバーグのエリスパークスタジアム(Ellis Park Stadium)で、27年間の服役生活から釈放されたマンデラのために、「おかりなさい」コンサートが開かれた。当時、南アフリカで最も影響力が強かったミュージシャンたちが一堂に会し、一緒に歌ったのが、この日のために作曲されたこの歌。

「国民はマンデラを求めている」(The People Want Mandela)

ライブで歌われたのはこれ一回切り。CDとして販売されることも、ビデオがリリースされることもなく、いつの間にか人々の記憶から消え去った。

それが、ごく最近、南アフリカの映像作家、ニック・ホフメイヤー(Nic Hofmeyr)によって蘇った。

ダメージを受けたテープ2本から新たにマスターテープを作り上げ、映像をつけてユーチューブにアップロードしたのだ。7月2日のことである。

マンデラの死を目の前に迎えての行為だろうが、誰でも無料でアクセスできるユーチューブというところがいい。明らかに、金儲けを狙ってのことではないからだ。マンデラの一生やその功績を振り返り、愛情と感謝の心に溢れる国民の心を代弁しているようで好感がもてる。

2013/07/06

マンデラは植物人間じゃない。裁判所提出書類は誇張。

ネルソン・マンデラの長女マカジウェ(Makaziwe)を筆頭とする家族16人が裁判を起こしたことから、マンデラ家の内部分裂状態が連日メディアを賑わしている。マンデラ家の跡取りマンドラ(Mandla)が勝手に掘り返して、自分の土地に埋めてしまったマカジウェの兄弟3人の遺体の返却を求めた訴えだ。

裁判所提出書類には、マンデラは「回復の見込みがない植物人間状態」(permanent vegetative state)、「生命維持装置のお蔭で息をしている」(assisted in breathing by a life-support machine)とある。医師団は生命維持装置を外すことを提案しているが、子供たちの遺体が離れたところにある現状では、安らかな死を迎えることが出来ない、という言い分だ。

これに対し、原告団に名を連ねる現妻グラサ(Graça)が矛盾することを言い出した。マンデラ夫婦が住むジョハネスバーグ市ハウトン地区の「ネルソン・マンデラ スポーツ・文化の日」(Nelson Mandela Sport and Culture Day)イベントの場で、世界中から寄せられた「希望のメッセージ」(message of hope)に感謝した後、マンデラは「気分が良いというわけではなく、時々苦痛もあるが、元気」(uncomfortable and sometime in pain, but he is fine)と述べたのだ。

2013/07/05

マンデラ対マンデラの戦い マンデラ家の跡取り、家族に訴えられる 遺体を勝手に墓場から移動

ネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)が入院して4週間を超えた。「critical but stable condition」という。「安定した危篤状態」って、変じゃない?

実は、放っておけば死んでいるところを、生命維持装置のお蔭で命をつないでいるのだ。

そんな中、今週の火曜日(6月2日)、マンデラ家の16人が跡取りのマンドラ(Mandla)を訴えた。それも「民事訴訟」ではなく「刑事訴訟」。穏やかでない。「罪状」は「法律に反して、勝手に墓地をいじくった」こと。

2013/06/16

「伝統」ってなに? マンデラの埋葬場所をめぐって、故郷で論争。

世界で一番有名な南アフリカ人、ネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)は現在94歳。7月18日には95歳になる。

アパルトヘイトに反対して、27年間服役生活。1994年の第1回民主総選挙後、大統領就任。一期5年だけ務めて引退。大統領を引退して静かな生活を送るはずだったが、結局、ネルソン・マンデラ財団(Nelson Mandela Foundation)を設立して南ア国内の問題に取り組んだり、国際紛争の調停などに関わったりして精力的に活動。

85歳になった2004年、「電話しないでください。用がある時はこっちから連絡しますから」(Don't call me. I will call you.)との御茶目なセリフを吐いて、「引退生活からの引退」(retiring from retirement)を宣言。以後、公の場に殆ど姿を見せなくなった。10年くらい前から認知症っぽくなってきたと言われている。

今年6月8日に入院。昨年12月から4回目の入院だ。公式発表によると、「重体だが安定した状態」(serious but stable condition)にある。でも、もう長くないだろうな、というのが国民の思い。

当然、埋葬の準備が進む。死なれて墓がない、では困るからだ。

ところが、埋葬場所について、地元で意見が一致していないらしい。

2013/06/06

芸術に政治が絡むと。。。無名画家の作品が3700万円で落札 ANC資金調達パーティー

あなたはこの絵にいくら払いますか?

「City Press」より
無名の画家、シフィソ・ンゴボ(Sifiso Ngcobo)による南アフリカ大統領、ジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)のこの肖像画は100万ランド(約1000万円)で売れた。昨年12月、ANC主催のディナーパーティーでのことだ。買ったのはビジネスマン。(1ランド=10円計算。以下、ランド額を10倍すれば円に換算できます。)

「City Press」より

与党ANC(アフリカ民族会議)の指導者12人を描く肖像画シリーズの第1作だそうな。

今年1月には、同じ画家の絵がなんと370万ランドで落札され、メディアに大きく取り上げられた。ネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)の肖像画だ。

「Times LIVE」より

「蓼食う虫も好き好き」とはいえ、通常ならとても買い手がつくような作品ではない。「へたうま」ではなく、単なる「へたくそ」。路上で売っているアマチュア絵画だって、これよりまし。「お金をもらっても欲しくない」という声が多々聞かれた。

2013/05/28

『シャイニング・ガールズ』(The Shining Girls) アーサー・C・クラーク賞受賞作家ローレン・ビアカスの新作


うら若い女性を時間をかけて殺害し、内臓を取り出して殺害現場を飾り立てる(!?!)連続殺人犯。キラキラ輝く少女(題名の「シャイニング・ガールズ」の由来)の「輝きを止める」のが動機。(そんな訳のわからない理由で殺されるなんて、被害者は浮かばれないが。)

少女がまだ幼い頃に近づき、「また戻って来るから」と予告。20歳過ぎに再び姿を現し殺害。現場には以前の被害者から奪った小物(ライターとかベースボールカードとか)を置き去り、新たな被害者の小物を持ち去る。

そんな悠長な手順を踏んでいては、時間がかかって仕方がない。「連続殺人犯」と呼ばれるまでに、数十年かかってしまう!

心配ご無用。

犯人はなんと、タイムトラベラーなのである!

2013/05/21

スワジランド王、世界経済フォーラムでヒンシュク

世界経済フォーラム」(WEF:World Economic Forum)の第23回アフリカ会議が5月8-10日、ケープタウンで開催された。

世界経済フォーラムはジュネーブに本部を置く非営利財団。毎年1月末にダボスで開催される年次総会では、会員企業千社のCEO、政治家、学者、それにNGO、宗教指導者、メディアの代表者が一堂に会して、世界を悩ます問題とその解決策を話し合う。

今回のアフリカ会議には、アフリカ各国から大統領、首相、外交官、閣僚、企業の代表などが集まり、アフリカ大陸における持続的経済発展の道を模索した。

WEFのHPにはこうある。

「2012-13年度、サハラ南部アフリカでは5%の経済成長が予測されており、アフリカは発展途上大陸から世界の経済成長の中枢へと変貌を遂げつつある。」

「世界銀行によると、アフリカのほぼ半分の国が中間所得レベルに達した。しかし、第一次産品の価格変動、格差拡大、若者の失業がアフリカ大陸の明るい前途に暗い影を射している。」

フォーラムに参加するアフリカの指導者たちは、競争力増強、持続的成長の実現、インフラ整備や経済の多様化の促進などを話し合う、とホスト国南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領は説明している。

つまり、「今は比較的高い経済成長を遂げているものの、多くの問題を抱えた貧しいアフリカをどう発展させるか」を話し合う、かなり真面目な会議なのである。

そこで顰蹙(ひんしゅく)を買ったのが、アフリカ大陸最後の絶対王政を敷く、スワジランドのムスワティ(Mswati)王。

2013/05/04

法廷通訳が見つからなくて、起訴取り下げ

2010年11月、ケープタウン行のバスから、サイのツノ12本が見つかった。西ケープ州での道路検問で引っかかったのだ。そのうちの一本は大きすぎてスーツケースに収まらず、半分に切られていた。サイのツノの押収量としては、史上最大である。

逮捕されたのは25歳と32歳のベトナム人男性。

サイのツノは伝統的には媚薬、最近はガン二日酔いの特効薬などとして、中国ベトナムで重宝されている。主な成分は爪や髪と同じケラチン。勿論、医学的効用はない。しかし、迷信のために乱獲が進み、サイは絶滅の危機にある。ワシントン条約で、サイのツノの取り引きは禁止されているから、殆どが密猟・密輸である。

南アフリカは他のアフリカ諸国よりサイの保護に力を入れてきたせいで、世界のサイの73%が南アフリカに生息している。しかし、近隣諸国で取りつくされた感があるせいか、それとも南アフリカで密猟がしやすくなったのか、またはその両方の理由からか、近年、南アフリカでのサイの密猟が増加している。

昨年一年間で、全国で668頭のサイが密猟により命を落とした。今年に入って4か月で、既に70頭以上が殺されている。

サイが殺されるのは、密猟だけではない。「猛獣狩り」ファン相手の合法的狩猟枠を、ツノ獲得に悪用するケースも多い。タイ人の売春婦などを「ハンター」として申請し、合法枠を使って狩猟許可を取り、ツノを取るために殺すのである(サイを「合法的」に「密猟」する方法)。絶滅の危機にある動物に、何故狩猟枠が割り当てられるのか、南ア政府の行動は不可解だ。

そこまでして、こぞってサイ殺害に乗り出すのは、需要があることに加え、逮捕される確立が低く、儲けが莫大だから。

サイの未来に関して暗いニュースが続く中、このベトナム人逮捕は珍しい朗報だった。

ところが、4月29日のことだ。30か月の拘留後、ふたりは釈放された。それも、法廷通訳が見つからない、という理由で。

2013/04/27

重大犯罪の犯人検挙率目標56.5% 相変わらず情けない南ア警察

南アフリカ警察(SAPS: South African Police Service)が今後3年間の「crime detection target」を発表した。「crime detection」というのは、「犯罪捜査」のこと。その「ターゲット」(目標)というのだから、「犯罪解決目標」つまり「犯人検挙率目標」。

3年後に「重大犯罪」(serious crime)の56.5%を解決することを目指すという。えっ? つまり、4割以上は最初から解決する気がないってこと? 基づく数字は当然のことながら、警察が把握しているものだけ(日本の警察庁風にいえば「認知件数」)。例えば、レイプなどの性犯罪は、被害者が泣き寝入りして届けないケースもしばしば。だから、捕まらない犯人の数は統計に表れるよりずっと多いはずだ。

南ア警察のいう「重大犯罪」は、5つに分けられる。

2013/04/15

金儲けに恥も外聞もなし マンデラ家の醜態

ネルソン・マンデラは今年の7月18日、95歳の誕生日を迎える。10年前くらいから認知症気味と言われており、今では人前に出ることはない。国民が最後に肉声を聞いてから、もう何年にもなる。

残念ながら、先はそれほど長くないだろう。マンデラを敬愛する世界中の人々が、悲しい日の到来を待ち受けながら、心の準備をしている。

ところが、マンデラの身内にとって、マンデラの生死は全く別の意味を持つ。

マンデラは「金のなる木」なのである。そうは思っていない家族も中にはいるかもしれないが、大っぴらにマンデラを金儲けの道具に使っている輩(やから)が存在することも事実だ。

その動きは前々からあった。しかし、「マンデラが生きているうちに、マンデラの名前を可能な限り利用して儲けたい」という焦りからか、最近やり方が派手になってきた。

2013/04/10

映画『ファニー・フリーのロボラ』(Fanie Fourie's Lobola)

『ファニー・フリーのロボラ』(Fanie Fourie' Lobola)

監督
ヘンク・プレトリウス(Henk Pretorius)

主演
エドゥアン・ファンヤースフェルト(Eduan van Jaarsveldt)
ゼツ・ドロモ(Zethu Dlomo)

2013年 南アフリカ作品







ファニー・フリー(Fanie Fourie)はさえないアフリカーナ男性。30代前半だろうか。いい人っぽいが、小太りで、ハンサムでもなく、世間がマトモと認める職もない。プレトリアの高級住宅街に、寡婦の母親とふたり暮らし。優男の兄はアフリカーナ社会の人気歌手。

ファニーは自称「パネル・アーチスト」。ボンコツ車を改造して、アフリカの動物に似せた自動車を、自宅の仕事場で一台一台手作りしている。「パネル・ビーター」=「自動車の板金工(ばんきんこう)」、つまり「職人」ではなく「芸術家」だという自負がある。

とはいっても、ファニーの夢や情熱を理解してくれる人は周りにいない。クラブで知り合った女の子はファニーのキンキラ車「ライオン」を見て、尻込みしてしまう。別の女の子を仕事場に案内し、「わかって欲しい」とオリジナルカー作りの夢を語るが、「私はベンツのスポーツカーが好き」とニベもない。ファニーのお母さんは、愛する息子が「マトモ」な仕事に就き、アフリカーナの女性と結婚して欲しい、と心に願っている。親しい友達もいないようだ。

ファニーを笑わないのは、住込みの庭師で、車作りの助手ペトルス(Petrus)だけ。

ファニー自身、車作りの情熱を持ちつつも、周囲の反応に長年気を削がれてきたせいか、イマイチ自信がない。せっかく作った車を売る気配もない。尤も、ファニーの「作品」は巨大でド派手。個性的過ぎて、ファニーが属する保守的なアフリカーナ社会にウケルような車ではない。。。

一方のディンキー・マグバネ(Dinky Magubane)。プレトリア近くの貧しい黒人居住地に、父親とふたりで住む。子供時代の友だちの中で、たったひとりの大学出。起業家になるのが夢で、カジノに勤めながら起業資金を貯める日々。家でブラブラしている父親は、美人の愛娘が裕福な夫を見つけてくれることを願っている。

候補者はいる。金融業を営む、幼馴染のマンドラ(Mandla)だ。高いスーツを着込み、高級車を乗り回し、ディンキーのことは誰よりも理解していると自負しているが、「女を喜ばすには欲しいものを買い与えるのが一番」と信じている伝統的な考え方の持ち主で、経済的自立を目指すディンキーのことを実は全然わかっていない。

それぞれの生まれ育った環境で「はみ出し感」を持っていた、そんなファニーとディンキーが巡り合い、恋に落ちる。。。

2013/04/03

ボツワナでバッファローを追う(4)夕暮れ時の動物たち

草食動物が一日のうちで一番のんびりしているのが、夕暮れ時。日中、アフリカの強い日差しの中で、 草や葉を食べ、お昼寝し、ゴロゴロし、また草を食べ、お昼寝し、ゴロゴロし・・・を繰り返す。そして、心身の休まり度が絶頂に達するのが、暑さも弱まり、過ごしやすい夕暮れ時なのだろう。もう少し暗くなり、ライオンなどに襲われる危険が出てくるまでの、安らぎのヒトトキ。

サブティのライオン

2013/03/29

ボツワナでバッファローを追う(3)ツノの生え方、群れの種類

コンセッションを離れ、チョべ川に着いたところで、400頭の群れに出会った。(これまでの話は、「ボツワナでバッファローを追う(1)第一の難関」、「ボツワナでバッファローを追う(2)第二の難関」で。)

(こんなに沢山。。。あの苦労は一体何だったんだろう。。。)

バッファローはオスにもメスにも、ツノが生えている。でも、よく見ると生え方が微妙に違う。

オスのツノは左右が頭の真ん中でくっついているが、メスのツノは左右が離れているのだ。生後一か月位で、ツノが生える位置に小さい突起が現れ、2歳くらいまで上に向かって真っすぐ伸び、それから次第にカーブを描くようになる。ツノが伸びるのは6歳くらいまで。その後は太く、ゴツくなっていく。成人男子は頭の中央がふたつの山のように盛り上がり、太くてゴツゴツした立派なツノを持つ。成年女子の頭部は平たく見える。

(オスとメス。違いがわかりますか? 耳が可愛い。。。)

ツノの違いに気がつくと、群れに2種類あることがわかる。

2013/03/20

ボツワナでバッファローを追う(2)第二の難関

雨季のバッファローは深い森の中で多くの時間を過ごすため、探すのがなかなか難しい。(ボツワナでバッファローを追う(1)第一の難関)時々、森の中のちょっと開けたところや道路で出くわすことがあるものの、撮影は困難を極めた。

こちらの姿を認めるや否や、数百メートル遠く離れていても、一目散に逃げるからである。「そこまで、嫌わなくても・・・」と悲しくなるほど。それどころか、どうやら車の音を耳にすると、その場所は注意深く避けているようだ。足跡は結構沢山あった。それでも、姿が見えない。

逃げ出すのは、バッファローだけではない。南アフリカの国立公園ではそれほど車を気にせずノンビリしているインパラやシマウマやキリンまで、車を目にすると怯えて走り出す。ウガンダやケニアの国立公園でも、こんなことはなかった。同じボツワナの、モレミ国立公園やチョベ国立公園でも、こんなことはなかった。象たちも必要以上に喧嘩腰だ。

その理由は間もなくわかった。

協力してくれた研究者、エミリー・ベニットさんの研究地域の多くは、狩猟地だったのだ!

2013/03/12

ボツワナでバッファローを追う(1)第一の難関

ボツワナで一か月のキャンプ生活を送った。目的は雨季のバッファローの生態を撮影すること。某テレビ番組の取材である。(放送日が決まったら、詳細をお知らせしますね。)

ボツワナ共和国(Republic of Botswana)は海を持たない内陸の国。南アフリカ、ナミビア、ジンバブエ、ザンビアと国境を接する。国全体が平らで、国土の70%がカラハリ砂漠。国土面積58万1730平方キロメートル(世界48位)、人口200万人強(144位)。人口密度は1平方キロメートル当たり僅か3.4人(229位)。

1966年に独立した時、一人頭のGDPは70ドル。貧しいアフリカ大陸でも、かなり貧しい国だった。その後、ダイヤモンドの発見、堅実な財政政策、海外からの経済・技術支援、安定した民主政治などのお蔭で急速な経済成長を遂げ、2011年の一人頭のGDPは1万6000ドルを超えている。また、アフリカで一番汚職の少ない国とされる。
(外務省資料から)

私たちはバッファローの研究で博士号を取得したイギリス人、エミリー・ベニット(Emily Bennitt)さんをアドバイザーとして、エミリーさんの研究地域に向かった。場所はカラハリ砂漠の北に位置する「オカバンゴデルタ」(Okavanngo Delta)の東側。サンタワニ(Santawani)からクワイ(Khwai)にかけた地域だ。

ところが、初日から思わぬ難関にぶつかってしまった。バッファローが見つからないのである。

2013/01/29

国の現状を憂うのは「国家反逆罪」? 「民主主義」政権の不思議な言い分

2013年1月17日、南アフリカの大手銀行「FNB」(ファーストナショナルバンク First National Bank)が大キャンペーン「You Can Help」(君も力になれる)を開始した。南アフリカの将来を担う子供たちに、この国の未来に関する夢や希望や思いを語ってもらおうという趣向。

テレビコマーシャルというと、代理店が周到に準備し、依頼主が承認した台本に従って撮影するのが常だが、FNBのキャンペーンは斬新そのもの。子供たちが自分の言葉で語る映像を、テレビやウェブサイトで生放送するというのだから。

「普段あまり耳にしない子供たちの声に、今こそ耳を傾けるべきだ。私たちが今日、築いている南アフリカを明日引き継ぐのは、子供たちなのだから」というFNB。日々の生活に影響を与えるものについて語る場を子供たちに提供することにより、「より良い生活・国作りを目指すブランド」というイメージを作り出すことがキャンペーンの目的。いずれも、もっともであろう。

2013/01/20

中流層の3人にひとりが麻薬使用 最新調査

南アフリカの中流層の34%が気軽に麻薬に手を伸ばしていることが、麻薬反対連合(Anti Drug Alliance。以下ADA)の調査で明らかになった。

調査に協力した5万7809人の大部分がハオテン州や西ケープ州(つまり都市部)に住む22歳から45歳で、フルタイムの職を持つ典型的な中流層。それどころか、アルコールは飲まない、または飲んでも週2、3回。刺青なし。タバコを吸わず、ポルノも見ず、ギャンブルもしない。かなり真面目な人たちである。

たしなむ麻薬で最も多いのが大麻(南アではダッハdaggaと呼ばれる)(32%)。続いて、コカイン(cocaine)、エクスタシー(ecstasy)、キャット(cat。メトカチノンmethcathinoneの通称)(以上3つはいずれも12.1%)。そして、LSD(9.3%)、マジックマッシュルーム(magic mushroom)(6.4%)、クラック(crack。コカイン系)(5.7%)、ティック(tik。メタンフェタミンの俗称。メタンフェタミンは日本人が合成した覚醒剤!)(4.2%)、ヘロイン(heroin)(3.6%)、ニャオペ(nyaope。大麻とヘロインを混ぜたもの)(2.1%)。

前年度の調査と比較すると、大麻を使用する人が11%増、ニャオペ9%増、キャット82%増。ティックに至っては88%増!コカインの値段が上がったことから、それまでコカインを愛用していた人々がティックに移ったためとみられる。マジックマッシュルームとLSDも、人気が出ているらしい。

2013/01/13

2020年にクルーガー公園からサイがいなくなる可能性。最新報告書が予測する絶望的な未来。

ントンビ(Ntombi)ちゃんの目の前で、母親が惨殺された。犯人たちは母親を取り囲んで、なにか作業をしている。まだ乳飲み子のントンビちゃんに、難しいことはわからない。恐らく母親が殺されたことも。。。とても怖くて、ただ、お母さんの傍に行きたいだけ。。。

うるさがった男たちは、ントンビちゃんを追い払おうと、斧やナタで切りかかった! ントンビちゃんは顔などに18か所も深い傷を負ってしまう。だが、頭蓋骨を切り裂くほどの重傷にも関わらず、奇跡的に命を取りとめる。。。

この事件は今年早々、首都プレトリアから北に250キロ、リンポポ州のマコパネ(Makopane)近くで起こった。ントンビちゃんは生後2か月のシロサイの赤ちゃん。

2時間おきにミルクを飲むントンビちゃん。「Sunday Times」より。

2013/01/11

貧乏国の作品は、アカデミー賞候補になれない? 南アの監督、落選に驚かず。


2006年、ギャヴィン・フッド(Gavin Hood)監督の『ツォツィ』(Tsotsi)が、南アフリカ映画として初めて、米アカデミー賞最優秀外国語映画に選ばれた。それ以来、南ア映画は候補にも挙がっていない。

トライしていないわけではない。今年は、ダリル・ルート(Darrel Roodt)監督の『リトルワン』(Little One)が南アを代表したが、最終候補作5作に選ばれなかった。

ルート監督は「意外ではない」という。「もっと資金があったら、選ばれる可能性はあった」というのだ。「アメリカで上映会を行うのには一回約8000ドルかかり、何度も上映する資金がなかった。しかし、第71位から13位くらいには上昇したから。。。」と自分を慰めている。

宣伝に25万ランドかけることができたら、最終候補になっていた。しかし、この映画を製作するのに、有り金全部ハタイタので、家賃を払うのにも苦労したほどだ。」

2013/01/08

南アフリカの英語 「交通信号」は「ロボット」!?!

「3つ目のロボットを左に曲がって・・・。」

南アフリカで道を聞くと、こんな返答が戻って来る。

といっても、道路の各所にロボットがつっ立っているわけではない。交通信号機のことだ。

交通信号機が一体またどうして「ロボット」? 南ア人に聞いても、明確な回答が得られない。せいぜい、

「う~ん。信号が南アに初めて設置された時、あまりのテクノロジーのスゴサに皆驚いて、ロボットみたいだ、と思ったのかな~」程度。

「ロボット」=「人の代わりになんらかの作業を行う装置」という定義に基づけば、交差点に立って交通を誘導するお巡りさんの代わりということで、「交通信号機」=「ロボット」でもいいのかな~???

フェイスブックで最近、こんな一覧表を目にした。題して、「Howzit my bru? - Talk like a South African」(やあ、兄弟-南ア人のように話そう)

2013/01/03

ジョニー・スタインバーグ著『リトル・リベリア』 本国の内戦を逃れ、ニューヨークのスラムで生きるリベリア人たち

Jonny Steinberg
Little Liberia: An African Odyssey in New York City
Vintage Books 2011
ISBN 9780099524229
ノンフィクション

*****
ニューヨークのスタテン島(Staten Island)に、リベリア人のコミュニティがある。通称「リトル・リベリア」(Little Liberia)。

「パークヒル」(Park Hill)という「ハウジングプロジェクト」(housing project:低所得者用公営住宅団地)は、リベリア人で溢れている。そこに、同胞の生活向上に情熱を注ぐふたりの男がいた。

ひとりはジェイコブ・マサコイ(Jacob Massaquoi)。1971年生まれ。ギオ(Gio)族だったジェイコブの父親ドゥアズアは、支配階級「アメリコ・ライベリアン(Americo-Liberian)」(アメリカ系リベリア人)との間にコネを築き、10人を超える子供たちに出来る限りの教育を与えた。

しかし、1980年にクラン族(Krahn)のサミュエル・ドウ(Samuel Doe)曹長がクーデターを起こし、アメリコ・ライベリアンの支配が終わる。旧政権に近かった人々の多くが処刑・追放された。その後、内戦中に何度も命を落としそうになりながら、ジェイコブは運と機転に助けられ、遂にはアメリカまで逃げ延びる。

リベリアでは物理学者になりたかったというジェイコブだが、アメリカでは持ち前の行動力と組織力を生かして、リベリア人の老人、女性、子供たちの生活改善のために、身を粉にして働いている。

もうひとりの主人公は、ルーファス・アルコイ(Rufus Arkoi)。サッカーを通じての人材養成をライフワークとする。

リベリアではサッカーチームのオーナーだった。1986年に渡米。稼いだ賃金の殆どを故国の家族とサッカーチームに仕送りする一方で、エンジニアリングの学位取得を目指し、いつかは故郷に錦を飾ることを夢見た。

ところが、1989年に内戦が勃発。サッカーを大々的に推進したサミュエル・ドウ政権が倒れ、ルーファスの夢は打ち砕かれた。しかし、内戦を逃れアメリカにやって来た難民とその子供たちが付近に急増するのを目の当たりにして、一念発起。子供たちのサッカーチームを年齢別、性別に次々と設立。子供たちに教育の大切さを説き、勉強を教え、優秀な子供たちにはサッカー奨学金を確保し大学に送った。

やがて、それぞれの信念に従い、リベリア移民・難民のために真摯に努力する精力的なふたりが、小さなコミュニティを舞台に衝突することになる。。。