2015/07/01

逃走ライオン、捕まる 国立公園を抜け出して24日ぶり

人間は誰も、自分を中心とした「普通」の世界に住んでいる。「普通」「当然」「常識」と思っていることが、習慣や価値観の違うよその国の人から見ると、全然「普通」でも「当然」でも「常識」でもないことがよくある。同じ日本人だって、育った環境の違いによって、異なった「常識」を持っていることがあるかもしれない。

カルー国立公園(Karoo National Park)のオスライオンが公園外に逃げ出したと聞いた時、「そうか」くらいしか思わなかった。そして、狩猟大好き人間や、家畜が襲われることを懸念する農家に殺されることなく、無事に保護され、国立公園に戻って欲しいと願った。

南アフリカはアフリカ大陸屈指の先進国だ。「アフリカ」とはいっても、ライオンを目にすることが出来るのは動物園か保護区のみ。それでも、ライオンが保護区の外に出たと聞いて、全然違和感がなかった。数年前、ペットのトラが輸送中に行方不明になり、数日間捜索が行われた時の方がずっと大々的に報道されたから、メディアも一般の人たちも、逃走ライオンが「普通」でないこととはそれほど感じていないに違いない。

「シルベスター」(Sylvester)というニックネームを与えられた3歳のオスライオンが2週間くらい経ってもまだ捕まらないというニュースに、「これが日本だったら大騒ぎだろうな」とようやく思い当たった。「猛獣」とされるライオンが2週間も野放し状態なのだから。日本で育ち、日本に住む日本人にとって、野生のライオンが動物園の外を勝手に歩いているのは、かなりシュールな出来事だろうな。(まあ、日本では熊やイノシシが里に出てくることがあるから、動物の種類が違うだけで、コンセプトとしてはそれほど異様ではないかも。。。)

シルベスターが保護されたのは、公園外に出てから3週間以上経った6月29日だった。

最初の頃は、捕食動物に出くわしたことがない無防備な羊を殺しまくった。なにしろ、獲物がぼーっとして逃げないのである。いつも食べるインパラやクドゥだったら、狙って、追いかけて、それでもミスることが多いのに。。。大きくてもやっぱり猫だ。楽しくて、しばらく遊んでしまったようだ。3週間に殺した羊、しめて26頭。

しかし、段々ストレスが溜まってきた。見慣れた風景や臭いがないどころか、なんだかわからない怖いもの(人間、ヘリコプター、犬、車・・・)がうじゃうじゃいて、しかも追いかけてくる。昼間は見つからないように隠れ、夜の間にこっそり移動する。殺しやすい毛むくじゃらの獲物(=羊)の近くには人間がいる。もう4日も食べていない。疲れた。。。公園の柵の隙間から顔を出した時は、まさかこんな羽目に陥ろうとは。。。

シルベスターは犬に追いかけられて、山の中に走り込んだ。発見されたのは高い崖の上。ヘリコプターが地表から30メートルのことろまで降りて近づき、ヘリに乗った獣医が睡眠薬を塗った矢を打ち込む。意識を失ったシルベスターは崖から転げ落ちそうになるが、幸いにも茂みに救われた。

やっとつかまったシルベスターとカルー国立公園のマネージャー(SANParks

しかし、シルベスターが倒れたところまで救助車両が入れない。そこで、ヘリから吊って、車まで運ぶことにする。ヘリのローターブレードが崖面から2メートルの近さ、という危険な救助作業だったという。 

ヘリで運ばれるシルベスター(SANParks

3週間に300キロ以上歩いたシルベスターだったが、見つかったのはカルー国立公園から20キロのところだった。

シルベスターの歩いた道(Times Live

かつて、ライオンはアフリカ大陸の南端ケープタウンまで生息していた。しかし、「猛獣狩り」を楽しむ人間たちにどんどん殺されていく。カルー地方で最後の野生ライオンが射殺されたのは1842年のことだ。2010年11月11日、オス2頭、メス2頭、子供4頭の合わせて8頭のライオンがカルー国立公園に導入された。国立公園の柵内とはいえ、約170年ぶりにライオンがカルー地方で自由に動き回り、自由に狩りをすることになったのだ。

シルベスターは、他のオスに群れから追われ、たまたま見つけた柵の隙間から公園の外に出たと推測されている。保護地区から出てしまったライオンは通常、農家や狩猟家に射殺されてしまう。シルベスターにとってラッキーだったのは、メディアに大きく報道されたこと。シルベスターの安否が気遣われ、救助作戦の成功を祈る機運が高まって、誰も手を出さなかった。

また、付近の農家にも予想外のプレゼントがあった。2014年11月から2015年5月の7か月間に、この地域では1100頭の羊が盗まれたが、シルベスターの逃走期間中は、ライオンに出くわすことを心配した羊泥棒が活動を控え、一頭の羊も盗まれなかったという。シルベスターが殺した羊はわずか26頭だから、番犬代と思えば安いものだ。シルベスターが捕まって一番喜んだのは、羊泥棒たちだったかもしれない。

日本は安全で、人間が親切で、様々な仕組みがうまく機能する、とても良い国だと思う。だが、個人的には、ライオンが逃げ出してその辺を歩き回っていても動じない社会の方が住んでいて面白い。

(参考資料:2015年6月30日、7月1日付「The Times」など)

【関連記事】
ビッグファイブがビッグフォーに? ライオンが絶滅する日 (2010年10月4日)

0 件のコメント:

コメントを投稿