実はこの半年以上、毎日、米大統領選の動向を追っていた。そして、知れば知るほど、トランプという人間のひどさに唖然とした。
2004年に始まったリアリティ番組「アプレンティス」(The Apprentice)により、有能で容赦なく、素晴らしいリーダーシップを発揮する大物ビジネスマンのイメージを米国民に植え付け、「トランプ」は「成功」の代名詞となった。だが、現実は違う。詐欺まがいの、あくどい事業のやり方。数えきれない事業の失敗。過去30年間に抱えた訴訟は3500件以上!
自分の利益のためなら何でもする超利己的人間。財力と知名度をフルに使って、好き勝手にやり放題。しかも、人間としては超未熟。「自伝」のゴーストライターによると、3分も注意を集中できない。自由時間の大半を、テレビを見ることとツイッターに費やす。自分をコントロールできず、些細な挑発に乗ってしまう。異常な虚言癖、超ナルシスト、人種差別、女性蔑視、セクハラ・・・。未成年女子のレイプ容疑まである。
しかし、どんなスキャンダルも、多くの国民の頭をスッと通過してしまう。ウォーターゲート事件を暴き出し、また計47ものピュリッツァー賞を受賞している、あの『ワシントンポスト』紙の記者がコツコツ調べ上げ、「ピュリッツァー賞受賞間違いなし!」と絶賛された報道をしても、すぐに忘れられてしまった。ジャーナリストとしてさぞかし悔しかったことだろう。
生まれた時から大金持ちで、他人を踏み台にして70年間生きてきて、ベルサイユ宮殿を模したキンキラキンのマンションに住み、自家用ジェット機で移動するドナルド・トランプ。そんな人間が自分の利益を代表してくれると、多くのアメリカ人がなぜ信じることができるのか摩訶不思議だ。
得票数からいうと、クリントンの方が僅かに多い。また、推定投票率(11月10日現在)は56.2%と低いが、トランプ支持者が熱心に投票した一方で、民主党支持者の投票率が低かったと見られることから、国民の大多数はトランプを支持していないのだろう。しかし、アメリカの選挙人団制度では、少数の投票が勝敗を左右する地区が多い。「どうせクリントンが勝つだろう」とタカを括って投票に行かなかった有権者が、今頃になってショックを受けても後の祭り。
「大統領ひとりにできることは限りがある。議会や政府の色々な仕組みのお陰で、トランプの暴走は防げる」と楽観する見方もある。だが、南アフリカのズマ大統領が貪欲に私欲を追求したことにより、過去7年でどれほど国がめちゃめちゃになったかを見れば、必ずしも楽観してはいられない。
トランプとズマの合体(Design Crowd) |
だからと言って、アメリカの皆さん、自業自得ですから我慢してください・・・と涼しい顔をするわけにもいかない。アメリカ合衆国が世界に与える影響は多大である。更に、トランプは世界各地でビジネス取引を行っている。(ロシアとも多額の取引があると言われているが、過去数十年の大統領候補として初めて、納税申告の公開を拒否しているから、誰とどの規模の取引があるか不明である。)70年間自分の利益のみを追求してきた人間が、大統領になったからといって国益を優先させることができるだろうか。大統領になったから、その地位と権力を利用して、暴利をむさぼる方が自然ではないか。
外交関係に関するトランプの放言の数々。曰く、メキシコとの国境に壁を築く。曰く、イスラム教徒や移民を追い出す。曰く、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)をホゴにする。曰く、分担金を払っていないNATO加盟国が苦境に陥っても助けない。クリミア自治共和国のロシア強制編入は問題ない。プーチン、フセイン、金正恩などの独裁者は素晴らしい。日本、韓国に核兵器を持たせる。。。共和党、民主党を問わず、これまでの米政権とまったく異なる姿勢だ。深い考えも理解も知識もない、無責任な発言である。
そんなトランプはアフリカをどう見ているのだろう。
ネルソン・マンデラが亡くなった時のツイート。「ネルソン・マンデラは大好きだが、南アフリカは犯罪だらけのめちゃめちゃな国。破滅するのは時間の問題。」「南アフリカは大変危険で、めちゃめちゃな国。夜のニュースを見ればわかる。」
オバマ大統領がサハラ以南アフリカの電力開発に70億ドルの援助を発表した時のツイート。「アフリカへの70億ドルは一銭残らず盗まれる。汚職がはびこっているからだ。」
アフリカの指導者や野党について。「ナイジェリアやケニアなど、アフリカ諸国を見ろ。政府から金を盗んで外国に投資している。政府にしろ、野党にしろ、悪い例のケーススタディとしてしか役に立たない。」
どう見ても、アフリカに対し好感は持っていない。ただ、大統領候補として4月に外交関係の演説を行った時、アフリカには殆ど触れなかったことからすると、関心もないのだろう。
南アフリカとアメリカ政府の関係といえば、貿易と援助。
トランプは「アメリカ第一。輸入税を最高15%引き上げる」と言っているが、南アフリカへの影響はあるだろうか。
米下院議会は2000年、サハラ以南アフリカとの経済関係向上を目的とした法案「AGOA」(African Growth and Opportunity Act)を可決した。そのお陰で、アフリカ諸国は米市場に参入するのが楽になった。例えば、南アのワインや果物は非課税でアメリカに輸出できる。2001年から2014年の間、アゴア対象商品の対米輸出は39億ドルから166億ドルに急増。平均すると年44%もの増加である。
アゴアが失効するのは2025年だから、トランプが2期8年大統領を務めてもセーフだろう。それに、アフリカとの貿易はアメリカにとって大きな問題ではない。しかし、約束を反故にする可能性がゼロとは言えない。また、アゴアの対象になっていない輸出品は既に20%もの関税を払っており、輸入税引き上げによりかなり苦しくなるかもしれない。
あらゆることをビジネス取引と考えるトランプの態度は、援助に悪影響を及ぼし得る。アフリカを助けても、トランプが満足するほどの見返りが得られないだろうから。そうすると、アメリカの援助に大きく頼っているマラウイなどはとても困ってしまう。アフリカでは裕福な南アですら、エイズ治療に多額の援助をアメリカから受けている(来年は2億5千万ドル)。エイズ治療は恒久的なものだから、援助がストップすると大いに困る。
更に、トランプのアンチ移民政策により、アフリカ人の労働ビザ取得や移住が難しくなるかもしれない。
あまりいいことはないなあ。
いや、一点だけあるかも。
アメリカ合衆国で核爆弾を投下できるのは大統領のみ。ひとりで決断し、あっという間に実現できてしまう。頭に血が上りやすく、感情が理性を容易に超越してしまうトランプが核爆弾をどこかに発射してしまったら、そして相手が核保有国だったりしたら、連鎖的に報復が行われ、世界の多くの地域が破壊されるだろう。
そんな恐ろしい事態が現実になっても、アフリカは、そして特に最南端の南アフリカは、核の被害を被らずにすむかもしれない。ささやかな慰めである。
(参考資料:2016年11月10日付「The Times」など)
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