2010/07/19

民主国家による国民の人権侵害 ID発行に5年

南アフリカでは、内務省が発行するIDブック(身分証明書)が大きな力を持つ。ID番号なしには銀行口座を開くことも、自動車免許を取ることも、パスポートの発行も、年金や児童手当やエイズの薬を貰うこともできない。納税が出来ないから、まともな仕事に就くこともできない。

ID番号は出生や就学などの機会に自動的に割り当てられる訳ではなく、自分で内務省に発行を申請しなければならない。ID番号が貰えるのは国民と永住者のみ。発行には出生証明書が必要だ。今までIDと関係なく生活していた貧しい人が、年金やエイズ薬を貰うのにIDが必要となり、出生証明書がなくて苦労する話を数年前までよく耳にした。

アパルトヘイトが終わり、国民の大多数を代表する黒人政権が誕生し、国民を平等に扱う制度が出来て16年。そろそろ制度が浸透し、IDがなくて苦労する話は昔話になってもよさそうなのに、お役所の無能のために人生をめちゃめちゃにされた例が後を絶たない。

例えば、パトリック・カニーレ君(22)。5年前にマトリック(高校卒業試験)を受ける。試験結果には自信があり、クワズルナタール大学でフィジオセラピーを専攻するのが夢だった。

ところが、教育省が成績を教えてくれない。カニーレ君と同じID番号の人がいるというのである。びっくりしたカニーレ君は、内務省にIDブックの再発行を求めた。マトリックの試験結果なしには、大学に入学申請ができないのだ。だが、内務省は一向にIDブックを発行してくれる気配がない。とうとう、政府の仕事ぶりに対する国民からの苦情を受けつける役所「Public Protector」に救いを求めた。その甲斐あって、やっと今年4月に正しいIDを入手。内務省はIDの発行になんと5年もかかったのである。

喜び勇んで教育省に駆けつけたカニーレ君には、新たな驚きが待っていた。マトリックの成績が見当たらないというのである。そして、教育省が提示した解決策に、カニーレ君は目を丸くした。その年の平均点をカニーレ君の点にするというのだ。たまったものではない。めちゃめちゃな論理である上に、全受験者の平均点では、望みの大学への進学は無理である。

想像してみて欲しい。センター試験の結果をもらうのに戸籍謄本が必要と言われる。提出したら「あなたと同じ戸籍の人がいるから駄目」。市役所が正しい戸籍謄本を発行するのに5年もかかる。更に、「センター試験の結果が見つからないから平均点を使え」と言われる。お役所仕事にイライラさせられることは日本でも多いだろうが、ここまでひどいと立派な人権侵害だろう。

人権侵害は、政府に批判的な国民を逮捕・拷問するといった、独裁政権による言論・行動規制ばかりではない。南アのPublic Protector、ツリシレ・マドンセラ氏曰く、「IDの発行に5年かかるのは、南アフリカの憲法でも、国際的な人権保護法に鑑みても、重大な人権侵害」。制度はあっても、それを実施するやる気と能力がなければどうしようもない。しかも、マドンセラ氏の役所では、調査員僅か90名で年間2万件の苦情に対応しなければならない。政府に提出した報告書や提言は、これまで全て無視されているという。

IDブックの番号が間違っていなければ、また正しいIDブックがすぐ発行されていれば、カニーレ君は既に大学を卒業し、フィジオセラピストとして活躍していることだろう。教育省がマトリック結果を見つけるか、クワズルナタール大学が特別に温情入学を許すかして、一日も早く進学できることを祈っている。

(参考資料:2010年7月18日付「The Sunday Independent」など)

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