こちらの姿を認めるや否や、数百メートル遠く離れていても、一目散に逃げるからである。「そこまで、嫌わなくても・・・」と悲しくなるほど。それどころか、どうやら車の音を耳にすると、その場所は注意深く避けているようだ。足跡は結構沢山あった。それでも、姿が見えない。
逃げ出すのは、バッファローだけではない。南アフリカの国立公園ではそれほど車を気にせずノンビリしているインパラやシマウマやキリンまで、車を目にすると怯えて走り出す。ウガンダやケニアの国立公園でも、こんなことはなかった。同じボツワナの、モレミ国立公園やチョベ国立公園でも、こんなことはなかった。象たちも必要以上に喧嘩腰だ。
その理由は間もなくわかった。
協力してくれた研究者、エミリー・ベニットさんの研究地域の多くは、狩猟地だったのだ!
ボツワナの自然保護区域には3種類ある。国が直接管理する国立公園、国が企業に管理を委託するプライベート・コンセッション(private consession)。そして、国が地域住民に管理を委託するコミュニティ・コンセッション(community concession)である。コミュニティ・コンセッションは地域住民の管理下にあるとはいえ、実際に運営しているのはコミュニティと契約を結んだ企業だ。
国立公園での狩猟は一切禁止。しかし、コンセッションでは狩猟が許される。
コンセッションの中でも、開けた草原が多いところは、野生動物を見たり写真を撮ったりすることが目的の観光客相手に商売できる。だが、森が深く、動物を見て楽しむには適さない場所の多くは、狩猟地として使われている。ひとつのコンセッションを観賞(?)用、狩猟用のふたつの地域に分けたものもある。
・・・道理で、私たちが遭遇した動物たちは人間や車を恐れているわけだ。殺される距離に近づく前に逃げようとするのは当然のこと。。。
しかし、「楽しみのために、生き物の命を奪うなんてひどい!」と怒るのは簡単だが、事態はそれほど単純ではない。
コンセッションを狩猟地として使うことが、実はある意味で、野生動物保護につながっているからである。
野生動物が見えにくい保護地を狩猟地としても使えなかったら、野生動物保護に概して理解のない地域住民の不満が募るだろう。森を切り倒し、牛の放牧場にしてしまう可能性が高い。ボツワナの人口の8割を占めるツワナ族にとって、牛は伝統的・文化的に大切な資産なのだ。白人だがボツワナで生まれ育ったスコットさんは「可処分所得を全て牛の購入に使ってしまう」と嘆く。商売を始めるとか、子供に高等教育を与えるとか、灌漑をして農地を拡大するとか、貯蓄をするとかしないから、一向に生活が豊かにならない。
ボツワナに15年住む南ア人のスティーブさんが補足説明してくれた。人間200万人に対し、牛300万頭以上。以前は牛肉をヨーロッパなどに輸出していた(それでもGDPの3%)が、今は口蹄疫(こうていえき)の恐れから輸出が止まっていることもあって、牛の数は増加の一途を辿っている。それにつれて、自然破壊が進み、野生動物の居住地は減る一方、というのである。
ボツワナで農業に適した土地は、国土の僅か0.7%。少量のトウモロコシ、モロコシ(トウモロコシとは別の植物。英語ではsorghum)、アワの栽培程度で、食料の自給には程遠い。農村部に住むボツワナ人は農業からの少ない収入と、都市部に住む家族からの仕送りに頼っている。
コンセッションを欧米ハンター用の狩猟地に使えば収入が入るから、地域住民は納得する。しかも、狩猟期間は4月から9月までと決められているため、少なくとも一年の半年は野生動物が保護されている。
更に、ハンターたちは心の赴くまま、無制限に野生動物を殺せるわけではない。まず、狩猟地ごとにそれぞれの野生動物の狩猟許可数が毎年設定され、ハンターは事前に何を何頭殺したいか申請し、許可を得、莫大な料金を払う。
一般的なのは10日間の猟。例えば象一頭の許可を取っている場合、なるべく牙の大きい象を殺したいので、最初のうちは象に出会っても、「もっと牙が大きいのがいるかも・・・」と鉄砲を撃つのを自制するらしい。(撃つことが許される弾の数も決まっているとのこと。)また、バッファローの場合は、成人のオスのみが狩猟対象となっているとのこと。
個人的には狩猟大反対だし、生き物を殺すことに喜びを感じる人間とは友達になりたくないが、地元住民の意向・感情を考慮すると、現実的な妥協策かもしれない。
自然保護に熱心なイアン・カマ(Ian Khama)現大統領は、2014年からボツワナでの狩猟を全面禁止にすると発表した。その時は「よくやった!」と拍手喝采したものの、現地に来て、狩猟地の現状を説明されると、喜んでばかりもいられない。狩猟が全面禁止された時、狩猟地として使われているコンセッションは牛だらけになってしまうのだろうか。。。
チョベで出会ったバッファロー |
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