2018/06/14

限りなく完璧に近い人々(4)耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶフィンランド人

欧米人が持つフィンランド人のイメージは「超寡黙」。『限りなく完璧に近い人々』(The Almost Nearly Perfect People)では、こんな実話が紹介されている。

著者マイケル・ブース(Michael Booth)の友人(フィンランド人)が吹雪の中、義兄と車に乗っていたところ、とんでもない田舎で車が故障してしまう。30分後、やっと車が一台通りかかった。運転手は車を止め、故障した車のボンネットの下をチェックし、親切も修理までしてくれた。その間、交わされた言葉ゼロ。通りかかりの人が立ち去った後、著者の友人は義弟に言った。「いや~、ラッキーだったね~。一体誰だったんだろう?」 義弟は平然と、「ああ、あれはユッカだよ。僕の同級生だった。」

私の経験では、フィンランド人が「超寡黙」とは感じたことがない。むしろ、「口を聞かないのは言うことがないから」とか「口をきかないのはバカだから」とかいう理由で、ひたすら自己主張し喋りまくるアメリカ人より、余計なことを言わないフィンランド人の方が楽。日本人と似ているのかもしれない。

フィンランドに28年住むドイツ人の俳優・作家、ローマン・シャッツ(Roman Schatz)は、フィンランド人の控え目さについてこう語っている。

「たとえば、ここにネジがあるとする。アメリカ人は、『このネジはあなたの人生を変えます! このネジはあなたを幸福にします。世界最高のネジです』などと言うだろう。そして、そのネジの詳細を2時間半にわたって延々と述べ、聞く人をうんざりさせる。フィンランド人だったら、ひとこと『これはネジです』。それだけだ。売りつける、というのはフィンランド人のメンタリティーに反する。ものを売ったり、マーケティングしたりする人間は信用できないんだ。」

控え目を尊重し、口八丁を軽蔑する日本人に似ているかも。シャッツ曰く、「僕はスウェーデン人を信用しない。アイスランド人も信用しない。でも、フィンランド人なら間違いなく信用できる」。そういえば、ロシア人の友人リエナも、「フィンランド人は信頼できる」と言っていたっけ。

また、フィンランド人は「愛してる」と言葉に出して言わない。そんな「安っぽい」「表面的」な「言葉」より、「行動」で示すことを好むという。シャッツによると、フィンランド人の夫は洗濯機を修理することで妻に対する愛情を表現する。これも、昔の日本人っぽいかも。

更に、フィンランド人は、自分が他人の目にどう映るかをとても気にするという。

こんなジョークがある。ドイツ人とフランス人とフィンランド人がアフリカで象に出くわした。ドイツ人の反応は、「この象を殺したら、いくらで象牙が売れるだろう?」 フランス人は、「なんて美しい、素晴らしい生き物なのだろう!」 そして、フィンランド人は・・・。「この象はフィンランドのことをどう思っているんだろうか?」

フィンランド人のこんな国民性は、厳しい自然と、大国に挟まれて苦労した歴史に培われた。

日経ビジネス

スウェーデンがいつからフィンランドを支配していたのか定かではないが、少なくとも1249年にはスウェーデン王国の一部だったという歴史的証拠がある。スェーデン支配が終わったのは1809年。独立したわけではなく、今度はロシア皇帝の私有地になってしまったのだ。ロシアで革命が起こったお蔭で、フィンランドは1917年12月6日、悲願の独立を遂げる。史上初めて、フィンランド人によるフィンランド人のための国が出来た。しかし、喜んだのもつかの間、すぐ血みどろの内戦に突入。人口300万人のうち、3万7000人が死亡した。

そして第2次世界大戦。枢軸国側(独伊日など)にも連合国側(英米ソなど)にも参加したくない小国だったのに、いかんせん、大国ソ連と長い国境を接する悲しい身の上。ソ連が放っておいてくれなかった。

1939年8月24日、ドイツとソ連が「フィンランドはソ連のもの」と極秘に合意してしまった。ソ蓮はフィンランドとの不可侵条約を破棄し、11月30日、いきなり首都ヘルシンキと国境沿い一帯を空爆。この行為は国際連盟に非難され、ソ連は12月14日、国際連盟から除名される。しかし、だからといって、国際連盟加盟国がフィンランドを助けてくれたわけではない。

ソ連は年末までにフィンランド全土を制圧できると思っていた。投入した兵力はフィンランド軍の3倍。それに対し、マンネルヘイム(Carl Gustaf Emil Mannerheim)元帥率いるフィンランド軍は粘り強く抵抗した。だが、所詮(しょせん)は多勢に無勢。1940年3月に講和条約を結び、国土の10%、工業生産の20%が集中する地域をソ連に譲り渡した。

戦争は続く。1941年6月25日、ソ連はフィンランド諸都市に大規模な空襲を行った。フィンランドはソ連に宣戦布告。ソ連への現実的な対抗策として、ソ連進攻を狙うドイツ軍の駐留を許した。その後、誰も助けてくれない中で、ソ蓮には攻め続けられるわ、イギリスには宣戦布告されるわ、ドイツとも戦争して北部を焼き尽くされるわ、もう散々である。ソ連軍に占拠を許さず独立を守ったものの、9万3千人の兵士が命を落とした。

終戦後は枢軸国側に加担したとみなされ、ソ連に対し莫大な賠償金を払うはめになる。国土も国民も疲弊しボロボロ。なんとか経済復興を遂げたい。しかし、大統領になっていたマンネルヘイム元帥は辛い決断をする。マーシャルプランの申し出を蹴ったのだ。

アメリカのヨーロッパ復興計画「マーシャルプラン」(Marshall Plan)を受け入れたら、否応なくアメリカ傘下に組み込まれる。NATOに加盟させられ、米軍が駐留する可能性大だ。つまり、ソ連にとって脅威となってしまう。超大国ソ連と長い国境を接している小国にとって、それは大いに困るのである。財政援助は喉から手が出るほど欲しい。だが、ソ連に侵略されては元も子もない。一大決心である。

マンネルヘイム元帥は1951年に死亡したが、今世紀に入ってからも「史上最も偉大なフィンランド人」に選ばれている国民的英雄だ。

マンネルヘイム(1867-1951)

冷戦時代は、ケッコネン(Urho Kekkonen)大統領が25年にわたって対ソ外交に取り組んだ。演説の度に、ソ連と良好な関係を保つことの重要性を指摘したという。冷戦時代を通じてフィンランドとの国境に戦車を連ねていた、あまりにも強大な隣国との関係を友好に保つのは、好き嫌いの問題ではない。「積極的な中立政策」であり「国家をあげての現実主義」だったのだ。なにしろ、フィンランドがソ連に攻められても、きっと誰も助けてくれないのだから。プライドを胸の奥に押し込め、頭(こうべ)を垂れ、現実的な政策を推し進めるしかない。

ケッコネン(1900-1986)

第2次大戦後の賠償金は船と機械類という現物払いだったことから、工業が発展した。冷戦時代は中立を保持し、西側と東側の間の「グレイゾーン」の役割を果たす一方で、西側、東側の両方と貿易を行い、経済発展を遂げ、福祉大国となった。最大の貿易相手国だったソ連が崩壊して、経済が一時的に大打撃を受けたものの、1995年にはEUに加わり、OECD諸国でも有数の経済成長を続けている。

前述のシャッツは言う。「フィンランド人は現実的であらざるを得ないんだ。」「氷点下40度という気温に慣れている。クマだっている。20万もある湖や8か月も続く冬に慣れている」から、「生存本能」が発達していると。

耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、一時的な感情を抑え、いつの日か訪れるかもしれない幸福・成功のために黙々と努力する。。。堅忍不抜質実剛健。。。こんな言葉がぴったりのフィンランド人である。

その一方で、タンゴやヘビメタが大好きで、「エアギター世界選手権」とか、「携帯電話投げ世界大会」とか、「サウナ我慢大会」とか、「奥様運び世界選手権」とか、「アリの巣に座る大会」とか、桁違いのひょうきんイベントを開催してしまう一面もある。昔から実は、「知る人ぞ知る」こんな顔があったのだろうか、それとも、長年の苦労がやっと報われ、安定した独立と経済と政治と社会を手に入れ、解放感が発露したのだろうか。

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✤この投稿は2014年9月1日付「ペンと絵筆のなせばなる日記」掲載記事を転載したものです。


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