イギリスのスコット隊とノルウェーのアムンゼン隊の競争を同時進行形で比較分析する、600ページ近い大著である。著者のハントフォードはシャクルトンやナンセンの伝記も書いている南極通。しっかりしたリサーチもさることながら、文章がめちゃうまいため、優れたサスペンス小説のように読ませる。なにしろ南極にはこの本一冊しか持っていかなかったので、ブリザードでテントに閉じ込められ他にすることがなくても、「早く先に進みたい!」とハヤル心を抑えながら、毎日少しずつ読んだ。
大変な思いをして南極点に到着したスコット隊5人の目に映ったのはノルウェーの国旗。アムンゼン隊は5週間も前に、南極点に到達していたのだ。飢えと疲労と寒さから、南極で壮絶な死を遂げたスコットは、即座に国民的英雄となる。
しかし、ハントフォードによると、計画段階で勝負は既についていたという。現地の事情をあまり考慮にいれず、騎士道的な精神論で熱く突っ走ったスコットと違い、アムンゼンは事前の準備を怠らず、緻密な計画を立て、適切な装備と服装を整え、犬の扱い方を理解し、スキーを効果的に使った。そのお蔭で、スコット隊の苦労とは対照的に、アムンゼン隊の旅はスムーズに進んだ。アムンゼンは南極点到達物語を本に書いているが、あまりに淡々として、読み物としては全然面白くないらしい。(自身も冒険家で南極体験があるラナルフ・ファインズなどはハントフォードのスコット分析を批判し、スコットを擁護している。)
用意周到で、冷静に計画通り物事を進めるのはアムンゼンの個人的なキャラなのか、それともノルウェー人というのは概してこのように振舞うのか。その疑問が『限りなく完璧に近い人々』(The Almost Nearly Perfect People)を読んで解消された。
アムンゼンは典型的なノルウェー人だった!
ノルウェーはスウェーデンの西。国の北東の端はフィンランド、ロシアと国境を接する。北極海とノルウェー海に面し、長い海岸線はフィヨルドで有名だ。かなり寒そうである。
(外務省) |
面積は日本とほぼ同じだが、耕すことができるのは国土の僅か2.8%。海は荒く危険。昔は、食料を確保するだけでも大変だっただろう。しかも、ヨーロッパから遠く離れ、放っておかれた感があるアイスランドとは違い、ノルウェーは多くの戦争を経験し、侵略されたり主権を失ったり、なかなか大変な歴史を持つ。
すべてが変わったのは1969年。北極海で莫大な油田が発見され、その70%がノルウェー領内だったのだ。イギリス、デンマーク、ノルウェーの3国が北極海の領海分けを行ったのは、そのたった4年前の1965年。石油がもっと早く見つかっていたら、または領海分けがもっと遅く行われていたら、イギリスやデンマークがかなりゴネていたことだろう。ノルウェーにとっては本当にラッキーだった。
デンマークが自領の油田開発を私企業一社に任せたのに対し、ノルウェーは国が石油会社と政府年金基金を設立。石油収入を政府年金基金が運営する仕組みだ。いずれは石油が枯渇することを見越し、無駄遣いせず、賢明堅実に資金管理を行い、遂には世界で一番金持ちの国となった。国民一人当たりではなく、総額の話だ。一年に使っても良いとされるのは、資金の4%以下。投資先は世界の市場のうち、堅実なものだけ。
2014年8月現在で、政府年金基金の資産は約8700億ドル。ノルウェーのGDPの174%にあたる。政府年金基金はヨーロッパの上場株の1.3%、世界中の公開株の1%以上を所有。投資額の最高60%を株式、残りを債権と不動産に投資する決まりになっている。
2008年9月に株式市場が暴落した際は安い値段で大量の株を購入し、2009年11月までに損失を取り戻した。そして、富は増える一方。世界的な不況に襲われても、へっちゃらなのである。更に、ECに加盟していないことから、EC加盟国の経済が破たんしても、ドイツのように自腹を切って手を差し伸べる必要がない。
タナボタに大金を手にしても、使ってしまおうという誘惑にかられず、堅実な財政政策を採ることができたのは何故か。著者マイケル・ブース(Michael Booth)は実際の投資を手掛けるノルウェー投資管理会社(Norwegian Bank Investment Management: NBIM)のCEO、Yngve Slyngstad氏に聞いてみた。
「理由は2つある。まず、政府年金基金の創立者たちが非常に賢明だったこと。オランダ病(天然資源の輸出により製造業が衰退し失業率が高まる現象)に陥らないようにしたんだ。」「石油がなくなっても生き残れる輸出志向型経済を構築する必要がある。世界での競争力をひとたび失くしてしまったら、石油が枯渇した時、また競争力を取り戻せるとは限らないからだ。」
2番目の理由は国民性。
「昔からノルウェーはとても貧しい国で、国民は海岸線に住み、倹約して暮らしてきた。」「ヨーロッパ的な封建制度がなく、ヨーロッパの一部とはいえなかった。人々は町や村ではなく、ひとりで生きていた。文化よりも自然とつながっていた。(ヨーロッパとは)メンタリティが違うんだ。」
「前もって蓄えておかない限り、冬に十分な食べ物がない国だったんだ。」
ノルウェー人は伝統的に、イソップ寓話『アリとキリギリス』のアリさんだったんですね。世界最高レベルの生活水準を誇る、超豊かな福祉国家になっても、奢ることなく、石油の枯渇に備えて蓄えを増やし続けているわけだ。
尤も、政府が先見の明のある健全な政策を採り続ける一方で、甘やかされた国民は段々怠け者になっているようだ。生産年齢人口の3分の1が働いていないという。働かなくても国が面倒を見てくれるから平気である。
それを埋めるのが外国人労働者。労働市場の10%を占める。店の売り子でも時給30ポンド(現在の為替レートで5000円以上)という高賃金に惹かれ、とても出稼ぎの必要などなさそうなスウェーデンからの出稼ぎ労働者が3万5000人もいるという。ノルウェー人が大好きなサンドイッチ用スプレッドの材料であるバナナの皮をむくために雇われているのも、出稼ぎスウェーデン人。(ジョークと思って調べたら、本当だったとのこと。)
さて、いずれは枯渇するはずの石油だが、2011年にバレンツ海で油田(推定10億バレル)が発見され、また温暖化のお蔭で、北極海に眠る原油推定900億バレルが手に入るとも言われており、ノルウェー領海内で石油が掘り尽くされるのはかなり先の「いずれ」になりそうだ。
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✤この投稿は2014年8月24日付「ペンと絵筆のなせばなる日記」掲載記事を転載したものです。
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