南アフリカには公用語(official language)が11ある。このうちヨーロッパ系は、英語とアフリカーンス語。残りの9つはアフリカの言葉。ズールー語、コサ語、スワジ語、ンデベレ語がングニ系、北ソト語、南ソト語、ツワナ語がソトツワナ系、シャンガーン族の話すツォンガ語がツワロンガ系、それにヴェンダ系唯一の言語であるヴェンダ語だ。この11以外を第一言語とする南ア国民は、全体の1%以下しかいない。また、大部分の南ア人は11の公用語のうち2つ以上を話す。
勿論、標識やラベルや注意書きなど、全ての記載を11言語で行うのは現実的でないので、大抵の場合、英語とその地域や職場で良く使われる言語が併記されている。
南アフリカでは、自分で選んだ言語で裁かれる権利を持つ。これは憲法で保障されている。つまり、被告や証人が英語以外の言語を選んだ場合、通訳が必要になるわけである。選ぶ言語は、南アの公用語である必要はない。日本語でもタガログ語でも、アマゾンやパプアニューギニアの言葉でも構わない。
最近、南アにおける法廷通訳の調査を行った南アフリカ大学のローズマリー・モエケツィ教授によると、法廷通訳は一般に思われているよりずっと難しい。「公の場で行われ、またかなりのストレスがある。リハーサルなし、ぶっつけ本番で対応しなければならない」からだ。通訳に被告の命がかかることだってあり得る。
南ア法務省では2000名近くを通訳として使っている。しかし、法廷通訳資格試験があるわけではないため、南アの法廷通訳の質はかなりバラバラだという。とすると、ひどい通訳にあたった被告は悲惨である。お金があれば優秀な通訳を雇うことも可能だが、公選通訳に頼らざるを得ない貧しい人々にはどうしようもない。
南アフリカ大学では3年の法廷通訳の学位コース、ヴィットヴァータースランド大学とポートエリザベス大学では2年のディプロマコースを始めたものの、いずれも生徒数の不足から閉鎖に追い込まれた。
質の良い法廷通訳を確保するには、待遇改善から取り組む必要がある。プロの通訳にとって、法廷通訳は収入にならない。公選だと恐らく料金がとても安いだろうし、裁判はその日になって延期ということが多いので、予定が立てにくい。頼まれて3日間空けておき別の仕事を断ったのにドタキャン、ということも大いにあり得る。そんな場合でも収入を保証されないと引き受けにくい。
それほどポピュラーでない言語の法廷通訳をいつでも引き受けることが出来るのは、小銭を稼ぎたい失業者とか、ボランティアに意欲のある主婦くらいではないか。法務省で使う通訳は仕事を持つ人が多いから、2000名近く名簿に載っていても、肝心の時に引き受けてもらえるとは限らない。実際、通訳手配に裁判時間の10%が費やされているという。
実は私も、一度だけ法廷通訳を務めたことがある。原告側の証人が日本人だったのだ。大手企業の責任ある職にある人だ。
裁判を遅らせたいのか、この証人に証言して欲しくないのか、被告側の弁護士が異議を唱えた。「日本には方言が沢山あるから、証人と通訳の間で言葉が通じない可能性がある」というのだ。裁判長が日本語を知らないことを盾に取ったハッタリ。めちゃくちゃな論理もいいところである。
遠回りなようでも色々な人生経験を積んだり、一見無駄な雑学を蓄積したのが変なところで役に立った。おもむろに裁判長に向かい、明治時代の標準語整備を説明し、これま政府などの通訳を務めた経験を滔々と述べた。「少なくとも日本の政府とあなたの国の政府は、私を通訳として信頼してくれている。」 実は内心冷や汗もの、こちらもハッタリだったが、裁判長はにっこりうなずき、ゴーサインを出してくれた。
(参考資料:2010年10月15日付「Mail & Guardian」など)
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