2011/04/15

熱血教師、警官に集団暴行・射殺される ショッキングな映像が全国放送でお茶の間に

美しいセツォト市の農村部
平和的に行進する地域住民に警察が発砲。死傷者が出た。中でも国民にショックを与えたのは、6人の警官が非武装・無抵抗の男性1人に集団暴行を加え、射殺してしまった映像。国営放送の夜のニュースで、全国のお茶の間に流れた。

アパルトヘイト時代さながらの光景が繰り広げられたのは4月13日。アパルトヘイト時代と違うのは、住民に暴力を振るう警官たちが黒人ということだ。

セツォト(Setsoto)市は10年ほど前に新設された、フリーステート州東部に位置する小さな町。レソトとの国境に近い。サクランボ祭り(Cherry Festival)で有名なフィックスバーグ(Ficksburg)はその一部。人口12万6千人。

南アフリカの多くの町同様、民主的な黒人政府が誕生して17年経っても、基本的な社会サービスが提供されていないことに業を煮やした住民たちは、先日市長に嘆願書を提出。その回答を求めて、約4000人がセツォト市役所まで行進していた。

おとなしく歩いていた人々の列に、どこからか石が投げ込まれた。動揺する住民たちに向けて、警察は高圧放水砲を使用。混乱して右往左往する住民たち。

水を直撃した老人の前に、ひとりの若者が飛び出た。アンドリース・タタネ(Andries Tatane)さん。33歳の教師だ。

タタネさんの「罪」は、老人に水をかけないよう警察に頼んだこと。シャツを脱いで、「水をかけるのなら、老人ではなく、自分にかけてくれ」と懇願した。 あっという間に、6人の警官がタタネさんを取り囲み、棍棒を使って、殴る蹴るの暴行を加え始めた。そして、「撃て!」という声に続いて、銃声。

警官が囲いを解いた後には、タタネさんが血まみれで地面に横たわっていた。タタネさんは一旦立ち上がったものの、また崩れ去り、救急車が到着する前に亡くなった。

TVカメラがとらえた警察の暴行

警察はその後、混乱する群衆に向けても発砲した。

南アフリカの警察官は質が悪い。アパルトヘイト後の大問題のひとつ、犯罪が一向に減らないのは、警察官の数不足に加え、質の悪さが大きい。1990年代の半ば、警官数を拡大しようと、「高卒、運転免許証、逮捕歴なし」を条件に大募集した際、3つの条件を満たす応募者が殆どいなかったという笑うに笑えない話がある。

唯一有能だった特別捜査班「スコーピオンズ」は、政治家や政府高官などの汚職をビシビシ暴いたのが災いしたのか解体されてしまった。

前警察長官のジャッキー・セレビ(Jackie Selebi)は大物犯罪者が友達であることを隠そうともしなかったが、後ろ盾だったムベキ大統領の失脚に伴い逮捕され、汚職容疑で15年の実刑判決を受けた(「元警察長官 汚職容疑で有罪 15年の実刑判決」参照)。後任のベキ・ケレ(Bheki Cele)もズマ大統領という政治的コネで任命された。派手好きで、汚職疑惑が後を絶たず、しかも警察長官のしての指導力がなく、また、知能程度が疑われるような失言を繰り返している。

トップがそうだから、残りは推して知るべし。中には優秀な警察職員もいるだろうけれど、多勢に無勢、焼け石に水である。

倫理観が欠如し、気楽に賄賂を要求する。「報告するので名前と職名を教えろ」とこっちが開き直ると態度が変わるから、収賄が犯罪であることは知っている。

勿論、防犯・捜査能力は著しく劣っている。

警察による暴力もひどい。2007/2008年度、警察官の手にかかって死亡した人は792人にのぼる。2008/2009度には、なんと912人! 2009/2010年度は860人。このうち約3分の1が、拘留中に殺されている。(http://www.icd.gov.za/

今回犠牲になったタタネさんは教育熱心な教師で、南アフリカの明るい未来を信じていた。「いつか、真の、力強い指導者が南アフリカに現れる」と幼馴染のセイパティ・レブサ(Seipati Lebusa)さんに語っていたという。

駆けつけた親友モレフィ・ノニャネ(Molefi Nonyane)さんの腕の中で、タタネさんは息を引き取った。最後の言葉は、「これまで頑張って闘ってきたけど、もう疲れたよ。僕を助けてくれ。」

ノニャネさんの腕の中で息を引き取ったタタネさん。「The Star」紙から。

(参考資料:2011年4月14日付「The Times」、「The Star」など)

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