2012/07/04

西アフリカで『ハムレット』 「常識」の適応範囲


ピエール・バヤール(Pierre Bayard)著『How to Talk About Books You Haven't Read』(読んでない本について話す方法)を読んだ。(フランス語からの英訳)

「読んでない本について話す方法」といっても、普通のハウツーものではない。著者はパリ大学でフランス文学を教える大学教授。この本も、ふざけた題名からは期待外れの、マットーな文芸評論だった。

文芸評論の常として、概ね退屈だったが、中にひとつ面白い話があった。「主人公」は西アフリカのティヴ(Tiv)族。ナイジェリアとカメルーンに、合計約600万人が生活している。

そもそもの発端は、アメリカ人の文化人類学者ローラ・ボハナン(Laura Bohannan)が、「アメリカ人にシェイクスピアはわからない」とイギリス人に一蹴されたこと。「人間の性(さが)は世界中どこでも同じ!」というボハナンに、イギリス人は「証明してみろ」と挑戦した。

そこでボハナンは、アフリカにリサーチ旅行に出発する時、シェイクスピアの『ハムレット』を鞄に入れた。文化が違うティヴ族にも『ハムレット』が理解できることを証明するために。

ボハナンがティヴ族の現地調査をするのは2回目。血縁関係にある約140人が暮らす集落だ。物知りの長老宅で、お世話になることになった。

ボハナンは『ハムレット』をどう説明すれば現地の人々にわかってもらえだろうかと、暇さえあれば頭をページに埋めた。

一方、ボハナンが同じ本ばかり読んでいるのに気がついた住民たち。そんなに面白い本なら、自分たちにも話して聞かせてくれ、という。

願ってもない申し出に喜んだボハナンは、シェイクスピアなど聞いたこともないティヴ族にわかりやすくするため、「王様」を「首長」に言い換えるなどして、『ハムレット』を語り始める。

だが、「首長」邸宅の警備員の前に、死んだ元首長(ハムレットの父)が姿を見せた箇所で、早くも壁にぶちあたった。

住民1「何故、もう首長じゃないんだ?」

ボハナン「死んでいるからです。だから、警備員たちは、怖がったのですよ。」

住民2「そんなことありえない。」

住民3「それは、死んだ首長なんかじゃないよ。妖術使いが送ってきたオーメン(縁起・前兆)だ。」

ホレイショー(ハムレットの親友)が首長の亡霊に向かって、「ハムレットに何とかしてもらおう」と言い出した時、村の長老たちは仰天した。「オーメン」は長老が対処すること。ハムレットやホレイショーなど、若僧が関わることではない。まして、死んだ首長には生きている弟クローディアスがいる。

「ホレイショーには全く物事がわかっていない!」

更に、住民たちは、「死んだ首長とクローディアスの母親は同じ女性か」と聞いてきた。それによって、状況が大きく変わる、というだ。思ってもみなかった質問に不意をつかれ、タジタジとするボハナン。

ボハナン「同じ母親だと思いますが、確かではありません。本には何も書いてないのです。」

老人「国に帰ってから、長老に聞きなさい。」

次に、ハムレットの母ガートルードが話にのぼる。

ボハナン「母親が余りにも早く再婚したので、息子のハムレットはとても悲しがりました。そんなに早く再婚する必要はなかったのです。それに、少なくとも2年間夫の死を悼むのが、私たちの風習なのです。」

家長の妻「2年なんて長すぎるわ! 夫がいない間、誰が畑を耕すのよ?」

・・・なんだか、全然先に進まない。だが、ボハナンはあきらめなかった。ティヴ族にとって、「兄弟殺し」はタブーであることを知っていたからだ。クローディアスが兄を殺したことを知れば、住民の共感を得るに違いない。

いよいよ、ハムレットが死んだ父に出会う。。。

家長「オーメンに口がきけるわけがない!」

ボハナン「ハムレットの死んだ父親は、オーメンではありません。死んだ父親を目にすることはオーメンかもしれませんが、父親自身はオーメンではないのです。」

村人たちの混乱した表情を目にして、ボハナンは「幽霊」の説明をする。

「幽霊とは、死んでいながらも、歩いたり話したりすることができる存在です。その声を聞くことも、姿を見ることもできますが、触ることはできません。」

「ゾンビーには触ることができる!」

「幽霊は、妖術使いが生き返らせた死体とは違うのです。誰かがハムレットの死んだ父親を歩かせたわけではなく、死んだ父親が自分で歩いたのです。」

「死人は歩かない!」

ここでボハナンは妥協することにする。

「幽霊は死んだ人間の影なんです。」

しかし、無駄な抵抗だった。

「死んだ人間に影はない。」

やけくそになったボハナン、「私の国ではあるのよ!」

家長は「なにを馬鹿なことを・・・」と呟いたものの、すぐさま長老としての立場を思い出したのか、「無知で迷信深い若者のタワゴト」に賛同を示すことで、救いの手を差し伸べた。

「あなたの国では、きっと、ゾンビーにならなくても、死んだ人間が歩くことができるのでしょう。」

*********

人間は誰でも自分の「常識」に従って生きている。自分の「常識」が世間一般の常識だと思い、狭い日本の中にいながらも、「あの人、常識がないよね~」「普通そんなことしないよね~」などど他人を判断しがち。

自分にとっての「常識」は、川向うの住民にとって「非常識」かもしれない。ましてや、異なる文化や習慣を持つ人にとっては。。。

(参考資料:Pierre Bayard著、How to Talk About Books You Haven't Read, Bloomsbury 2007年)

ボハナンの話の出典は、"Shakespeare in the Bush," Natural History, August/September 1966。

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