中でも、目立ったのがこの3人。
ルヴォ・マニョンガ(Mail &Guardian) |
まず、走り幅跳びで、銀メダルを取ったルヴォ・マニョンガ(Luvo Manyonga)。25歳。個人最高の8.37メートル。金メダルとは僅か1センチの差だった。
銃と麻薬と暴力に囲まれた、ケープタウン近くの貧しいコミュニティに育つ。2009年、コーチのマリオ・スミス(Mario Smith)に見い出され、2010年にIAAF(国際陸上競技連盟)のジュニア世界選手権で優勝。名声を得たことから、家族や友人たちがまだ10代のルヴォの稼ぎを当てにするようになり、ルヴォに走り幅跳びに専念して欲しかったコーチは、自腹を切ってルヴォの家族を養うはめになる。
そんな中、ルヴォはティック(覚醒剤)に溺れていく。2012年、薬物検査で陽性。18か月の競技出場停止処分を受ける。通常は2年の停止処分が18か月で済んだのは、貧しい家庭環境や麻薬に関する教育不足を理由として、スミスが尽力してくれたおかげだ。
2014年、ルヴォを何とか立ち直らせようと、ルヴォの家に向かっていたスミスが交通事故で死亡。ルヴォは葬儀に参加せず、ティックでハイになっていた。麻薬漬けの毎日で、死と隣り合わせだったという。
そんなルヴォに救いの手が差し伸べられる。アイルランド人の体力強化コーチ、ジョン・マクグレイス(John McGrath)と2004年のアテネ五輪で金メダルを受賞した水泳選手、レイク・ニートリング(Ryk Neethling)、それにSASCOC(南ア五輪委員会)のギデオン・サム(Gideon Sam)委員長だ。
麻薬の誘惑と人間関係のしがらみのない新天地でトレーニングに全身全霊を投入させようと、故郷から遠く離れたプレトリアにルヴォを移動させた。ルヴォは期待に応え、プレトリア大学ハイパフォーマンスセンターで訓練を積む。SASCOCが訓練費用を負担した。
リオ五輪に出場した時、麻薬を止めてまだ半年しか経っていなかった。
地獄から抜け出し、栄冠をつかんだルヴォ。親類縁者にたかられたり、麻薬にまた手を出したりせず、このまま真っ当な道を進んで欲しいけど、まずは銀メダルのご褒美として国が支給した多額のボーナス目当てに、やっぱり色んな人が集まって来るだろうな。。。
ウェイドとコーチ(IOL) |
29週という超早産で生まれた時の体重は、たった1キロ強。障害を持つのでは、と医者が危惧したという。
ウェイドのコーチは、74歳のアンス・ブアタ(Ans Botha)。コーチ歴48年。もうすぐ5人目のひ孫が生まれる予定。
ブアタがウェイドに注目したのは、2010年のジュニア世界選手権。4位だった。2012年、フリーステート大学でマーケティングを学び始めたウェイドは、同大学の陸上ヘッドコーチ、ブアタの指導を受けることになる。ブアタは短距離走者だったウェイドを説得し、中距離に転向させた。短距離走に必要な瞬発力に欠けていると判断したのだ。
とにかく規律に厳しいコーチという。時間にも厳格で、「5分早く来ても、遅いと怒られる」とウェイド。そして、50歳の年齢差にも関わらず、ウェイドとブアタは大の仲良しだ。
ウェイドが優勝した直後、ブアタはウェイドの元に駆けつけようとしたが、職員に止められた。コーチとしてのパスを持っていたにも関わらず、こんなおばあさんがオリンピック選手のコーチだと信じてもらえなかったのだ。周りの人々のとりなしで、ようやくウェインと喜びを分かち合うことができた。
カスター・セメニヤ(10 things to know about Caster Semenya) |
3人目はカスター・セメニヤ(Caster Semenya)。25歳。800メートルの金メダリスト。(アメリカ英語では「キャスター」だが、南アでは「カスター」と発音。)
カスターはリンポポ州の貧しい村で育った。サッカーのトレーニングの一環として走り始め、ランナーとして頭角を現す。2009年の世界選手権で優勝後、短期間で記録が伸び過ぎていると、IAAFに薬物使用の疑いをかけられる。(カスターは2011年の世界選手権と翌年のロンドン五輪でロシアのマリヤ・サヴィノヴァに次いで2位だったが、WADA(世界アンチ・ドーピング機関)は2015年11月、サヴィノヴァがロンドン五輪でドーピングしたとして、陸上界から永久追放することを推薦した。もしサヴィノヴァのロンドン五輪金メダルが取り消されれば、金メダルはカスターの手に?)
IAAFは更に、男性のようにがっしりした体格のため、カスターが女性でない疑いがあるとして、性別鑑定検査を要求した。検査の結果が出るまで競技に参加できないどころか、性別鑑定検査という世界的なスキャンダルによる屈辱を味わう。いくらボルトが早いからといって、「早すぎるから人間ではない」「早すぎるから他の選手に対して不公平」「試合参加を認めるべきではない」という声は出ない。後天的な努力もさることながら、生まれながらの素質を疑う者はいないだろうし、それが問題だとする者もいないだろう。
カスターへの批判は「女っぽくない」から、また、「アフリカ人」だから生じた差別ではないかと、人種差別、性差別、人権蹂躙、プライバシー侵害などの問題として捉えられ、南ア国民は一丸となってカスターをサポートした。
「女性」という結論が出て、試合復帰が認められたカスターだが、「遺伝的に有利だから、他の選手に対して不公平」という理不尽な批判はいまだ収まらない。リオ五輪女子800メートルで6位だった、イギリスのリンゼー・シャープ(Lindsey Sharpe)は、カスターの試合参加は不公平であり、「私には勝ち目がない」と泣き出した。これに対し、南アでは「カスターが出場を許されなかったとしても、5位になっただけなのに」と激しい批判が巻き起こった。
英『ガーディアン』紙は、「スポーツ界には別の種類の不公平がある」と論じる。オリンピックのようなスポーツ大会では、大国、先進国の選手の方が、貧しい小国の選手より絶対有利だというのである。結果は獲得メダル数に如実に現れる。リオ五輪を例に取れば、アメリカ121、イギリス67、中国70、ロシア56、ドイツ42。シャープの出身国イギリスがリオ五輪への準備に2億5700百万ポンドも使った一方で、セメニヤの出身国南アフリカの準備資金は190万ポンドにも満たない。そして、南アは発展途上国の中でも、かなり豊かな方である。
発展途上国のスポーツは様々な困難に直面し、あらゆる面で遅れている。選手養成プログラムを持つ中等学校はまず存在しない。トップレベルの運動選手でも、練習場やコーチの確保に苦労する。先進国では普通の、栄養管理やプロによる心理的サポートや洗練されたトレーニング方法などは夢のまた夢。貧しい国の貧しい家庭に生まれ育った子供が、オリンピックに出場できるレベルに達し、更にメダルまで手にするのは並大抵の苦労ではない。「不利」な立場にあるのは、カスターの方なのだ。
カスターのテストステロン(男性ホルモン)レベルが高いのは不公平と文句を言う前に、リンゼー・シャープは自分がいかに恵まれているかを考えるべき、と『ガーディアン』紙は手厳しい。そして、本当の意味でスポーツにおける「公平さ」を求めるなら、個人の素質を云々するより、個人の力ではどうしようもない、システムに組み込まれた不公平に目を向けるべきだと主張する。至極真っ当な意見だと思う。
(参考資料:"Caster Semenya is the one at a disadvantage", The Guardianなど)
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