ライオン・ママが住むのは、舗装された道路まで歩いて20分という、小さな村。こんな村でも、携帯電話が普及しているおかげで、ライオン・ママにも連絡がつく。
2017年9月2日、夜中の1時をちょっとまわった時、ライオン・ママの電話が鳴った。電話をしてきたのは、3キロ離れたところに住む同じ村の女性。ライオン・ママの娘(27歳)が10時から泣き叫んでいるという。レイプされているらしい。
(お互いを知り尽くしているであろう小さな村の出来事なのに、誰もその家に行って止めようとか、警察を呼ぼうとかせず、3時間も泣き叫ぶ声が続いてようやく、その家の隣人が被害者の母親に電話という状況はちょっと変な気がするが、その辺の事情はわからない。娘が諦めて途中からおとなしくなっていたら、連絡は来なかったのだろうか。)
ライオン・ママは即座に地元の「ポリスフォーラム」(警察と協力して治安を守る住民団体)担当者に電話したが、応答なし。しばらく鳴った後、留守電メッセージに切り替わった。
ライオン・ママはパジャマ姿のまま、包丁をつかみ、副村長の家に走った。途中で村の若者がひとり加わり、3人で犯罪現場へ急ぐ。
電話をしてくれた女性の家に到着。娘の叫び声が闇を切り裂くように貫く。副村長は「ポリスフォーラムに通報する」と家を出た。
残された3人はライオン・ママの携帯電話の光を頼りに、真っ暗な隣家に近づく。隣家の女性と若者に出口を見張るよう頼んで、ライオン・ママは単身、家の中に乗り込んだ。
そこで目にしたのは、娘をレイプする3人の男の姿。
「あんたたち、なにしてるの!」 ライオン・ママの声に男たちは顔を上げる。
3人の男を前にしてライオン・ママの心に浮かんだのは、10時から泣き叫び続けた娘の気持ち。救出しなければ、こいつらはレイプの後、娘を殺してしまうかもしれない。
ひとりの男がライオン・ママに襲いかかって来た。一度はよけたものの、また襲いかかる男に包丁を突き立てる。
2人目の男に体をつかまれ、膝をついてしまう。ところが、ライオン・ママが膝をついた瞬間、男は椅子につまづいた。立ち上がってまた襲いかかって来た男を刺す。
3人目の男が窓から逃げようとしている。追いついてこれも刺した。
家の外に出ると、副村長とポリスフォーラムのメンバー数人が駆けつけてきたところだった。「私を逮捕するために警察を、怪我人のために救急車を呼んでください。」
ライオン・ママは留置所に入れられる。「法律を破った者として刑務所に送られると思うとちょと怖かったですが、人を殺そうとして行ったわけではありません。自分と娘を守ろうとしただけですから、心は平静でした。」
3人の男のうち、1人は死亡。ライオン・ママは殺人罪と殺人未遂罪で起訴されることになる。保釈金500ランドはどうにかなったものの、裁判の弁護士費用なんてとても払えない。
話を聞いて同情したケープタウンのナタリー・ケンドリックさんが、目標額14万ランドのクラウドファンディングを開始。国中で支持者が続出し、13万3千ランド(約110万円)以上集まった。
武勇談が広まり、包丁片手に娘を守った匿名の女性は、いつしか「ライオン・ママ」と呼ばれるようになる。
そして、裁判初日。何百人もの支持者が裁判所を取り囲む。検察官が登場。なんと、理由を述べることなく、起訴取り下げの決定を告げた。厳格に法律に従えば、あり得ない決定という。ライオン・ママと娘が置かれた状況と、国民感情を考慮した温情措置とみられている。
起訴取り下げを喜ぶ地元住民たち(The Times) |
ライオン・ママが支持者たちに声をかける。「友だちのいない、年取ったヒヒのように感じていましたが、今日、皆さんのおかげで、私はひとりではないことを、支えてくれる人がいることを知りました。ありがとう!」「起訴が取り下げられ嬉しいです。刑務所に送られると思っていましたが、神さまは私の味方をしてくださいました。」
クラウドファンディングで集まった13万3千ランドを使って、家のまわりに塀を築く予定。また、娘のために1部屋建て増ししたい。貯金もしたい。こんな大金を手にしたことがないから、財産管理の手助けを弁護士に頼んだ。
自宅の庭に佇むライオン・ママ(Sunday Times) |
一方、生き残ったふたりの男は強姦罪で起訴されるという。
過去1年、南アフリカの性犯罪は117%増加している。
【参考資料】
"'Mama Lion' walks free after fatal stabbing", The Times (2017年10月10日)
"You strike a woman, you strike a lion", Sunday Times (2017年10月15日)
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