一般人が自分の空き時間と自家用車を使って他人を運ぶ仕組みだが、南アフリカの都市、特に流しのタクシーがほぼないジョハネスバーグでは好評である。スマホのアプリを使って予約を入れると、ウーバーが顧客の近くにいる登録運転手に連絡する(各車両の位置はGPSで把握している)。顧客のスマホには、運転手の名前、車の種類と登録ナンバーが送られる。支払いはクレジットカードで後払いできるから、手持ちの現金がなくても平気だ。財布を忘れても、スマホさえあれば良いのだ。
ウーバーが大好きな友人・知人も結構いる。しかし、私は利用していない。大きな理由は、携帯電話でデータ通信をしていないこと。ケータイはショートメッセージと緊急電話以外には使わないことにしている。
もうひとつの理由は、友人のお姉さんが犯罪の被害に遭ったこと。
2016年8月6日の夜、トレーシーは友人と飲みに行った。自宅からそれほど遠くないレストランだったが、飲酒運転はしたくない。それで、帰りはウーバーを使うことにした。これまで何度も利用しているので、ためらいはなかった。
銀色のフォルクスワーゲンが指定場所に現れる。助手席に乗り込む。しばらくして、なんといきなり後部座席から腕! 細いワイヤーみたいなもので、首を絞めようとする! 殺される!
死に物狂いで抵抗する。無我夢中でドアを開け、走行中の車から飛び降りた。貴重品の入ったハンドバッグを車の中に残したせいか(残そうと思ったわけではないけれど)、車はそのまま走り去った。
体中が痛い。両足の足首を捻挫してしまった。奴らが戻って来るかもしれない、という恐怖。暗闇の中を足を引きずりながら、なんとか家まで歩いて帰る。息子の驚く顔。なにしろ、母親が全身血だらけ、傷だらけで帰宅したのだから。頭が腫れあがっている。大丈夫だろうか。
息子が救急病院へ連れて行ってくれる。幸いなことに骨折はなかったが、後遺症が心配だ。
トレーシーの息子が救急病院から投稿し、南アの女性たちに警告を発した |
どの車か、どの運転手か、ウーバーにはわかっているはず。登録車両の動きはGPSで把握しているから、犯人はすぐ捕まると思った。
・・・甘かった。警察も、ウーバーも、まったく頼りにならない。警察は事件当日、調書も取らなかった。事件の2日後、自分を襲った運転手が「営業中」なのを目撃して、直ちに警察に通報。しかし警察は、「なぜそんなことを通報するのか理解に苦しむ」といった態度。
ウーバーの態度は、これまた信じ難い。トレーシーを完全無視したのだから。評判が大切なサービス業なのに、表面的な誠意も見せない。犯人逮捕に向けて何の協力もせず、被害者に連絡もしないどころか、請求書を地図付きで送って来た! 一体どんな神経!?! まったく頭にくる。
私がトレーシー宅に花束を持ってお見舞いに行ったのは、事件の1週間後。まだ、顔も手足も傷だらけだった。「でも、あの時車から飛び降りなければ、殺されていたと思う」。
咄嗟にそんな勇気を出して、行動に移せる人間は、なかなかいるものではない。ショックのあまり、硬直したり、取り乱したり、泣き出してもおかしくない状況だ。まして、トレーシーは50を超えた、普通の勤め人。美人でオシャレだが、武道どころか、スポーツもあまりしていなさそうな体型だ(失礼!)。すっかり見直してしまった。
さて、犯人の運転手は同じころ、同じ地域で、相次いで事件を起こしていた。
まず、7月6日。フォーウェー地区のモンテカシノから自宅までウーバーを利用しようとした女性。自宅で停車せず、通り過ぎてしまった。・・・えっ? トランクに隠れていた2人が後部席に移動してきて(ハッチバックか?)、女性の手首を縛り、目隠しをし、殴ったり、首を絞めたりして、銀行口座の暗証番号を聞き出す。ナイフで脅し、所持品を盗み、レイプ。挙句は、車から放り出され、道路脇の斜面を転げ落ちた。
8月2日、同じ運転手がやはりモンテカシノで女性をピックアップ。今回は単独行動だ。女性をナイフで脅し、縛り上げ、目隠しをし、トランクに押し込む。銀行口座の暗証番号を聞き出し、酒を買い、レイプしようと女性をトランクから出したが、気が変わってまたトランクに押し込め、別のショッピングモールで下した。現金1万1千ランドを含む所持品はすべて奪われた。
次の被害者が、8月6日のトレーシー。
8月28日には、サニングヒルのナイトクラブで、カップルをピックアップ。共犯のふたりがトランクから後部席に移動してきて、カップルをナイフで脅す。犯人のひとりが男性をナイフで刺し、カップルをトランクに押し込め、4人目の犯人が待つ家まで運転。そこで、カップルを脅して、自分たちの銀行口座へネットで大金を移させた。更に、女性はレイプされる。
刺された男性 |
幸いなことに、この時点でやっと、熱心な捜査官が事件の担当になり、犯人が逮捕された。
2016年初頭にも、別のウーバー運転手と共犯者たちが、何度も強盗とレイプを行い、逮捕されている。容疑者のうち2人は逃亡し、ンカンドラ(ズマ大統領の故郷の村!)にしばらく潜んでいたが、知り合いの警察官を通じて捜査官に賄賂を払い、ウヤムヤにしてもらおうとしたところ、捜査官が南ア警察にしては超真面目な人で、仲介に立った警察官共々、犯人を逮捕してしまった。この真面目で有能な捜査官フィリップ・ハデベ(Philip Radebe)が、トレーシーたちの事件の担当になったのだ。
残念なことに、ウーバー運転手が犯罪に走る(または犯罪者がウーバー運転手になる)ケースは後を絶たず、2016年11月にもウーバー運転手に襲われた乗客の写真がフェイスブックにアップされていた。
もちろん、大部分のウーバー運転手は犯罪者ではなく、真面目に働いている。そして、真面目に働くウーバー運転手たちは、犯罪の被害に遭うことを恐れている。
例えば、ノースクリフ地区で、乗客にいきなり顔と手に酸性薬品をかけられた運転手がいる。運転手が命からがら逃げ出した後、乗客は車を奪って逃走。乗客にハイジャックされてしまったのだ。運転手は重体。犯人はつかまっていない。また、タクシー業界から「顧客を奪う」と敵視され、タクシー運転手たちに暴力を振るわれたウーバー運転手も多くいる。
ジョハネスバーグでウーバー運転手に対する暴力犯罪が増加していることから、運転手たちは「ウーバー・ドライバーズ・ムーブメント」(Uber Drivers Movement)という団体(会員700名以上)を結成し、ウーバー社に安全措置を取るよう求めているものの、無視されているという。
「運転手たちがハイジャックされたり、襲われたりしているというのに、ウーバーは、”運転手の命など大切ではない、運転手なんて取っ換かえ引っ換えできる”という態度だ」と嘆くのは、スポークスマンのズウェリ・ングウェニャ(Zweli Ngwenya)さん。
ところで、トレーシーが最近、フェイスブックにこんな投稿をしていた。
「ちょうど1年前、恐ろしい襲撃に遭いました。恐怖を克服し傷を治療することで、とても大変な1年でした。いまだに恐怖と後遺症に悩まされています。」
そして、他の被害者たちの勇気を称え、捜査官と弁護士に感謝した後、ウーバーの態度を非難する。
「(犯人たちは皆)ウーバーに登録している運転手であるにも関わらず、今日に至るまで、私たちの誰にも、ウーバーから何の連絡もありません。」
トレーシーは今月初め、23年住んだジョハネスバーグを離れ、少女時代を過ごしたケープタウンに戻った。美しいケープタウンでの生活が、心と体の傷を癒してくれることを切望している。
【参考資料】
"Rape victims dispute Uber's claim about driver" ENCA (2016年9月27日)
"Uber rapes: Two more suspects, cop, arrested" IOL (2016年11月16日)
"Alleged Uber attackers head to High Counrt for trial" News24 (2017年3月23日)
"Uber 7doesn't bat eye at safety'" The Times (2017年8月8日)
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