2012/11/27

存続の危機 ジョハネバーグ交響楽団

11月15日、ジョハネスバーグ交響楽団(Johannesburg Philharmonic Orchestra)、通称JPOの、今年最後の公演。曲目はグリンカの「リュスランとルドミラ序曲」、サンサーンス「ピアノ協奏曲第2番」、それにドボルジャークの「交響曲第9番『新世界より』」。

演奏前に、副チェアマン(Deputy Chairman)のスティーヴン・ジューリシッチ(Stephen Jurisich)氏がステージに上がる。「忘れないで携帯電話を切ってくれ」とか「ライトをつけっ放しの車がある」とかいったお知らせを毎回ユーモアたっぷりに行なうスティーヴン、今日はなんだか神妙な面持ちだ。

「JPOに関して、最近、色々な噂が流れていますが、事実を伝えたい。確かに、財政困難ではあります。しかし、破産したというのは本当ではありません。」

とはいっても、状況は厳しい。ミュージシャンへの給料支払いが滞っている。8月分は75%が支払われたのみ。9月分、10月分にいたっては、ゼロ。住宅ローンが払えなくなったメンバーもいる。。。

生活苦などにより参加できるミュージシャンが減る中、次世代の音楽家を育てる「JPOアカデミー」(JPO Academy)のメンバーや、別のオーケストラのメンバーが今日の演奏のために駆けつけてくれたという。

ミュージシャンが舞台に登場した。最近にしては珍しく、9割方埋まった会場から、大きな拍手が起こる。ひとりふたりと立ち上がり、あっという間に総立ち。今日が最後の演奏となるかもしれない。。。

「JPOがベートーベンの全交響曲を録音したCDが発売になったので、是非クリスマスプレゼントに買ってください。」「来年のシーズンチケット購入申し込みをお忘れなく。」

首席ホルン奏者のシャノンなど、何人かのミュージシャンが涙をぬぐうのが見える。シャノンは数年前、お産直前まで大きなお腹を抱えて演奏してたっけ。ホルンを鳴らすのに、きばって息を吐いたら、赤ちゃんがぽろりと出てしまうんじゃないかと心配したくらい、大きなお腹だった。。。海軍のブラスバンドでバスーンを担当するご主人と幼い娘ふたりを抱えたシャノンにも、「もしかしたら、今日が最後かも」という思いがあるのだろうか。

国立交響楽団が資金難で解散した後、2000年にJPOとして蘇った。その後、地道にファンを増やし、ほんの3年くらい前にはソールドアウトが続いたこともあった。ところが、不況の波をモロにかぶってしまう。

スポンサーが減った。シーズンチケットを買うファンが減った。コンサートごとにチケットを買う客も減った。政府などからの援助も、ままならない。。。

1年に4シーズン。1シーズン6週間、1週間に2、3回の演奏だが、今年は座席が半分も埋まっていないことも多かった。

今年最後のシーズンは、特に悲惨だった。指揮者とソリストは海外から若手を呼ぶのが常だが、当日になって、プログラムに印刷されたのとは別の、南ア人が舞台に立った。予定していた指揮者やソリストを呼ぶお金がなくなったんだろうなあ、と毎週、悲しくなった。最終週にイスラエル人のピアニスト、イノン・バーナトン(Inon Barnaton)が舞台に現れた時は、予期していなかったから驚いたほど。

10年前には皆無だった黒人ミュージシャンが、やっと育ってきたというのに。。。黒人がオーケストラの半数を占めることもある。しかし、観客は相変らず、白人のお年寄りが殆ど。白人の若者も、黒人の成金たちも、人口の3割を占めるまでになった黒人中流層「ブラックダイヤモンド」も、クラシック音楽には関心を持たない。

「白人の文化だから、黒人にはアピールしない」という意見は説得力を持たない。ローレックスやベンツには、喜んでお金を出しているのだから。

『新世界より』の演奏が終わる。感極まった観客はスタンディングオベーション。来年はあるのだろうか。アフリカ経済の中心地、ジョハネスバーグは「世界クラスのアフリカの都市」(World-class African city)というキャッチフレーズとは裏腹に、オーケストラもない町になってしまうのだろうか。。。

複雑な思いを胸に、来年のシーズンチケットの申し込みをして会場を出た。

【関連記事】
虹の国の「第九」  (2010年6月11日)
ヨハネスブルグ・フィルハーモニック・オーケストラ  (2010年5月13日)

3 件のコメント:

  1. さたやん 【大学生】2013/06/11 2:54:00

    たいへん興味深い記事ですね。いつの日かアフリカ諸国でも日常的にクラシック音楽が奏でられればと思います。

    なにかアクションは起こすことはできないものでしょうか。

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  2. さたやん 【大学生】2013/06/11 2:56:00

    拝読させていただきました。やはり南アの音楽事情は複雑なようですね。。。

    いつの日かアフリカ諸国においてもクラシック音楽が身近なものとなればなぁと思うのですが。やはり難しい事情もあるのでしょうか。

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    1. (1)人種を問わず、南ア人は一般的に文化に対する関心が低い、(2)人種を問わず、若い人の間でクラシック音楽に対する関心が低い、(3)アパルトヘイトの影響か、黒人の間で「白人文化」に対する偏見・嫌悪がある(でも、ベンツやローレックスなど「物」に関しては「舶来品崇拝」「高級品崇拝」が根強いので、かなり都合の良い選択的な偏見ですね)という根本的な3重苦に加えて、(4)政府から殆ど援助がない、(5)不況のため企業・個人からの寄付・支援が大幅減少、という問題もあり、大変難しい状況です。

      海外からの援助・支援が大きな役に立つ分野です。政府や大企業による支援だけでなく、個人レベル、草の根レベルでも大きく貢献できると思いますよ。

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