南アフリカ共和国ムプマランガ州で農業を営むアフリカーナ、クアシー・ファンデルメルヴァ(Kosie van der Merwe)さんは8月10日の午後、ヴィットバンク(Witbank)の空港に向かっていた。空港でパイロットの試験を受けることになっていたのだ。
窓を開けたまま運転していたのは、真っ赤なピックアップトラック「トヨタ・ハイラックス」(Toyota Hilux)。赤信号で停車する。男がひとり近づいて来たかと思うと、いきなりナイフを突きつけて携帯電話を要求! おとなしく携帯電話「サムソンS8」を渡す。男は野原を走って逃げた。
しばらく車で追いかけたクアシーさんだが、男が道路を横切って、乗り合いタクシーのターミナルに逃げ込んだのを見て諦めた。乗り合いタクシーのターミナルにいるのは黒人だけ。「白人のオレが足を踏み入れても、トラブルに巻き込まれるのが関の山」と思ったのだ。
空港から家族に電話して、強盗に遭ったことを伝える。ところが、お父さん曰く、「お前の携帯電話は乗り合いタクシーのターミナルにあると、誰かから電話があったよ」。
クアシーさんは「罠に違いない」と思い、警察に届けることにした。道を聞くため途中で止まったとき、車が一台近づいてきた。乗客のひとりが言う。「携帯電話を探しているのか?」
別の一人がハイラックスの後ろに乗り込み、一緒に乗り合いタクシーの乗り場に向かう。
「タクシー乗り場に着いた私を見て、まるで私が英雄かなにかでもあるかのように、人々は口笛を吹き、歓声をあげました。」
中の一人が盗まれた携帯電話と、強盗が使ったナイフを見せてくれた。諦めていた携帯電話が戻って来たのだ!
クアシーさんは皆と記念撮影。それから、ATMで400ランドを下ろして、恩人のマイク・ムピラ(Mike Mpila)さんにお礼として渡した。
マイクさんによると、乗り合いタクシーの運転手たちはしばしば、「トッツィ」(tsotsi。ゴロツキ、犯罪者のこと)に自ら対処する。捕まえて、殴りつけてから、警察に引き渡すのだ。
「誰もかもが犯罪にうんざりしてる証拠」「希望が出てきた」と顔を輝かすクアシーさん。
この後、クアシーさんは生まれて初めて、乗り合いタクシーに乗ってみた。黒人の乗客たちと和気あいあい。結構楽しい。その模様をビデオをに録画し、フェイスブックにアップする。
盗まれたものはまず戻って来ないのが南アフリカ。こういう話を耳にすると、すっかり嬉しくなる。
また、クアシーさんにとっては、一生忘れることのできない素晴らしい思い出になることだろう。クアシーさんが属するアフリカーナは、かつてアパルヘイト体制を構築した民族。アパルトヘイトが崩壊し、黒人政権になってから、社会の片隅に押しやられたという「アイデンティティの危機」を感じてきた。中でも農家は、広大な土地に点在して住んでいることもあり、犯罪の対象になりがち。農家の殺人が後を絶たず、数千人が命を落としているのに、政府が本腰を入れて対処する気配はない。アフリカーナ農家であるクアシーさんが、黒人に対して強い不信感を持っていたとしても十分頷ける。
乗り合いタクシーでビデオ撮影しながら、喜びで興奮気味のクアシーさんは、アフリカーンス語でこうコメントしている。
「携帯電話が盗まれて、取り戻す可能性はまったくないと思っていたのに、この人たちが助けてくれたのです!」
クアシーさんの心に、南ア黒人に対する希望や信頼が生まれたようだ。
クアシーさんのフェイスブック投稿は、2017年8月20日現在で「いいね!」が1万3400、また6324回もシェアされている。
【参考資料】
"Taxi drivers stop cellphone thief", TimesLIVE(2017年8月14日)など
【関連ウェブサイト】
クアシーさんのフェイスブック投稿
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