2011年11月22日火曜日。
ズマ大統領が楽しそうに歌を口ずさみながら、「民主主義」(DEMOCRACY)と書かれたキャンバスを、「機密」(SECRECY)という黒いペンキで塗りつぶしている。『タイムズ』(The Times)紙に掲載されたザピロ(Zapiro)による風刺漫画だ。
南アフリカ中の日刊紙が同じ文面の社説を一面に掲載した。『The Times』、『Business Day』、『Daily Dispatch』、『Sowetan』、『Beeld』、『The Star』、『The Herald』、『The Witness』、『Cape Times』、『Volksblad』、『Die Burger』、『The Mercury』、『Pretoria News』、『Daily Sun』、『Die Son』の15紙である。
『タイムズ』紙電子版の社説は、大部分が黒塗りされたものだった。
ピリッと政治風刺の効いた広告で有名なファーストフードレストランのナンドーズ(Nando's)は、宣伝文句を黒く塗りつぶした広告を打ち出した。
フェイスブック(Facebook)は「ブラックチューズデイ」(Black Tuesday)=「黒い火曜日」への言及で溢れた。1977年10月19日、アパルトヘイト政府が『ワールド』(The World)紙を発禁処分にした「ブラックウェンズデイ」(Black Wednesday)=「黒い水曜日」に因んでのことだ。
ネルソン・マンデラ財団、ノーベル文学賞作家ナディン・ゴーディマ(Nadine Gordimer)、南ア人権委員会(SA Human Rights Comission)、更に国際的なNGOである「トランスペアレンシー・インターナショナル」(Transparency International)や「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」(Human Rights Watch)などがこぞって懸念を表明した。ノーベル平和賞受賞者デズモンド・ツツ(Desmond Tutu)大主教は、「南アフリカ国民全員に対する侮辱」と非難した。
全国の都市では、黒い服を着た人々がデモを繰り広げた。デモに参加しなくても、心ある人々は黒を身に着けた。南アフリカにおける民主主義の死を悼む「喪服」である。
この日、「国家情報保護法」(Protection of State Information Bill)法案が議会で採決されることになっていたのだ。
議会を通過すれば、国家機密の漏えいに最高25年の懲役が課される。政府は「スパイ行為防止のため」と主張するが、それを信じる者はいない。明らかに、政治家や権力に近い人たちの汚職その他の犯罪隠し対策なのだ。
1994年に南アフリカが民主国家になって以来、総選挙の度に、元解放運動組織だったANC(アフリカ民族会議)が圧勝し、ANC政権が続いている。
しかし、与党政治家やそれに近い人々の汚職には目に余るものがある。何しろ国のトップからして、汚職とレイプの容疑で逮捕され、限りなくクロに近い無罪判決を得て、大統領に就任したジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)なのである。汚職が公になっても、大抵の場合もみ消してしまったり、運悪く逮捕・有罪になった場合は短期間で出所している。とは言っても、最初から表面に出なければ、彼らにとってそれに越したことはない。
警察と検察の両方の機能を持ち、汚職を次々に暴いていったエリート捜査機関「スコーピオンズ」(Scorpions)は解体された。
汚職政治家にとって残った目の上のタンコブは、『メール&ガーディアン』(Mail & Guardian)や『サンデータイムズ』(Sunday Times)などの新聞。熱心で優秀な記者が長い歳月をかけて地道に調査し、「特ダネ」を発表してしまうのだ。それが可能になるのは、汚職を快く思わない内部の情報提供者がいるためである。
国家情報保護法は、ジャーナリストや情報提供者を「犯罪者」にしてしまう。「国家機密」の定義があまりにも曖昧なため、なんだって「国家機密」に指定できるのである。いくら正義感が強くても、いくら国の現状を憂えても、人生の25年間を刑務所で過ごすことと天秤にかければ、沈黙を守る方を選ぶのは人情であろう。
野党、メディア、労働組合、市民社会などの大反対にも拘わらず、圧倒的多数を誇る与党ANC議員の後押しを受け、法案は予想通り可決された。229対107だった。
1997年11月19日のマンデラの言葉が今、国民の心に空しく響いている。
「ANCが絶対多数与党である限り、南アフリカで報道の自由が脅かされることは決してない」(Press freedom will never be under threat in South Africa as long as the ANC is the majority party)。
翌23日の『タイムズ』紙には、キャンバスに残された最後の白地、ザピロの署名を塗りつぶそうとするズマの姿があった。
(参考資料:2011年11月22日付「The Times」「The Star」、23日付「The Times」など)
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