2011/05/10

治安相の妻 麻薬密輸で12年の実刑判決

2008年5月21日、31歳になって間もないテサ・ビアトガ(Tessa Beetge)は、希望に満ちてジョハネスバーグの空港を発った。幼い子供ふたりを抱えて離婚し、失業中だったテサに、かつての長年の隣人で、前年再会したシェリル・クウェレ(Sheryl Cwele)が職を紹介してくれたのである。

ロンドンで2週間働くだけで、2万5千ランド(30万円)の報酬。交通費も払ってもらえる。高卒のテサにとっては美味しすぎる話だが、シェリルの夫シヤボンガ・クウェレ(Siyabonga Cwele)は与党ANC(アフリカ民族会議)の大物で、諜報相という重職にある。シェリル自身も市役所の部長クラス。テサの出発前には、両親がシェリルに会いに市役所へ出向いた。疑う理由はない。メールやSMS(携帯電話の短いメッセージ)も優しい言葉と愛情に溢れている。

こんなに親切で、面倒見が良く、コネのある「おばさん」に巡り合えたなんて、ラッキー!と内心思ったことだろう。

ところが、ロンドンに向かうはずだったテサは何故かニューヨーク経由で南米へ送られ、6月13日サンパウロ空港で逮捕される。手荷物から10キロのコカインが見つかったのだ。

麻薬の「運び屋」として利用されたテサは、言葉もわからない遥か彼方のブラジルで、8年の刑に服している。電話は年に2回、クリスマスと誕生日にしか許されない。

2011年5月6日、シェリル・クウェレ(50)と共犯のナイジェリア人フランク・ナボリサ(Frank Nabolisa。42)が12年の実刑判決を受けた。テサの母、マリー・スワナプール(Marie Swanepoel)の執念の勝利だ。

麻薬の密輸で捕まるのは通常、俗語で「ラバ」(mule)と呼ばれる「運び屋」ばかり。ブツが何か知りながら金目当てに危険を冒す者もいるが、単なる親切心から見知らぬ人に頼まれた物を運び、刑務所に入る不幸な人も多い。テサの場合、「何か変だ」と思い始めながらも、巻き込まれた状況から逃れることができなかったのではないかと推測されている。いずれにせよ、黒幕が逮捕されることはまずない。

しかし、マリーはあきらめなかった。「友人」を信じたがために、大事な娘が30代の殆どを異国の刑務所で過ごすことになったのだ。シェリルとの間に取り交わしたメールやSMSを証拠として警察に提出し、メディアにも訴え続けた。5月9日のテサの誕生日に、マリーはシェリルの有罪判決という素晴らしいプレゼントを贈ることが出来た。

諜報省(Department of Intelligence)は2009年、国家治安省(Department of State Security)と改名された。シヤボンガ・クウェレは依然として同省の大臣。つまり、極秘中の極秘情報が集まる国家諜報機関のボス。だが、妻の犯罪関与がマスコミで取沙汰された時点でも、逮捕された時点でも、そして有罪判決を受けた現在でも、辞職する気配はない。

一党独裁政権で、与党の大物の妻が逮捕され、有罪判決を受けたのは、民主主義の勝利と見做すべきだろう。

しかし、シェリル自身、有罪判決を受けただけでなく、勤務時間中に職場の電話やメールを使って麻薬密輸のアレンジをしていたことが明らかになったにも拘わらず、月給3万ランド(36万円)の公務員の職を解雇される気配はない。

シェリルは無実を主張。控訴するという。2審でも有罪となるか、それとも政治的圧力でウヤムヤにされてしまうか。南アの民主主義が試される時である。

服役中のテサ・ビアトガ
毎回違ったカツラで出廷したファッショナブルなシェリル・クウェレ


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