映画版で脚本を担当したウィリアム・ニコルソン(William Nicholson)が一昨日の5月30日、イギリスのウェールズで毎年開催される文学祭「ヘイフェスティバル」(Hay Festival)で講演したが、「思いがけない内輪話や苦労話が聞けるのではないか」と期待していた聴衆は当惑したかもしれない。そんなものか、と納得したかもしれない。怒ったかもしれない。
なにしろ、映画の中でマンデラ役のイドリス・エルバ(Idris Elba)が行なった演説は、殆どがニコルソンの創作だったというのだから。つまり、マンデラが実際に行なった演説ではなく、ニコルソンが勝手に作り上げた、というのだ。
一体、何故、そんなことを・・・?
「演説のうち、ひとつを除いて全ては私が創作したもの。マンデラ自身が行なった演説はとても退屈だから。」
「マンデラが刑務所から出て来た時に行なった演説ときたら、(退屈のあまり)眠ってしまうほどだ。」
創作しなかった唯一の演説は、リヴォニア裁判でのもの。それすら、「大幅に短縮した」。
アレクサンダー大王が兵士の士気を高めるために行なった演説とか、リンカーンが自宅で奥さんに語った言葉とか、大昔のことだし知りようがないから、映画での創作も致し方ないだろう。観客だって、創作だと納得している。
しかし、この映画が完成したのはマンデラ生存中。マンデラの演説は資料として残っている。脚本家にとって「退屈」でも、史実をそこまで曲げても良いものだろうか。オバマ大統領の就任演説を映画用に書き換えたら、クレームが来るに決まっている。
ウィリアム・ニコルソン |
名のある文学祭で行った講演での発言だから、ニコルソン自身は「脚本家として当然の仕事をしたまで」と信じてのことだろう。脚本家にとっては、史実よりも、作品としての出来栄えの方が大切。ニコルソンだけを責めることは出来ない。OKした監督やプロデューサーにも責任がある。
ニコルソンの問題発言は続く。『自由への長い道』が米アカデミー賞を受賞しなかったのは、『それでも夜が明ける』(12 Years a Slave)のせいだというのだ。
「『それでも夜が明ける』がアメリカで公開され、黒人に対する罪悪感を最後の一滴まで吸い取ってしまった。奴隷制度に対する罪悪感で疲れ果ててしまったために、『自由への長い道』に好意的になるほど(の罪悪感が)残っていなかったのだ。」
作品の質より、黒人に対する白人の罪悪感がモノを言う、というわけだ。アカデミー賞はアカデミー会員による人気投票だし、会員の多くは白人だから、そういうこともあるかもしれない。しかし、本当に優れた作品なら、ノミネートが「ベスト・オリジナル・ソング」だけってことはないでしょう。
ニコルソンは1993年の『永遠の愛に生きて』(Shadowlands)と2000年の『グラディエーター』(Gladiator)でアカデミー賞脚本賞にノミネートされており、「今度こそ受賞確実!」と張り切っていたらしいが、この発言は負け犬の遠吠えっぽい。潔くないこと、この上ない。
映画に出演した南ア人の俳優たちは納得していない。
若き日のマンデラを演じたアタンドワ・カニ(Atandwa Kani)は、
「脚本家として、作品がアカデミー賞を取れなかったことに不満なのはわかるけど、こんな発言をして何になるんだ?」
「マンデラの演説は解放活動家として行ったもの。エンターテイナーとして行ったわけじゃない。」
「自分の意見は自分の胸にしまっておくべきだ。」
ウォルター・シスルの妻アルバティーナを演じたタンディーウェ・ホロゲ(Thandiwe Kgoroge)は、
「彼にとって、これは単なる仕事のひとつにすぎないことは明らか。多くの南アフリカ人や世界中の人々の心をつかんだ話なのに、敬意を表するどころか、こんな発言しか出来ないなんて、心がひどく痛む。もしかしたら、彼が演説を書き換えなかったら、脚本賞を取れていたかもしれない。」
大体、題材が素晴らしくても、脚本が素晴らしくても、演技が素晴らしくても、作品が素晴らしいとか限らない。残念ながら、『マンデラ 自由への長い道』の批評家の評価は余り高くない。
「いつの日か、ネルソン・マンデラについての素晴らしい映画がきっと作られるだろう。革命家そして平和構築者としてのマンデラの全てを余すところなく表現する作品が。しかし、『マンデラ 自由への長い道』はその作品ではない。」
‐ 『トロント・スター』(Toronto Star)紙ピーター・ホウェル(Peter Howell)
(参考資料:2014年6月1日付「Sunday Times」ほか)
【関連ウェブサイト】
Hay Festival
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