2014/06/12

マリカナを考える 鉱山労働組合闘争の陰に政治権力争い

2012年8月16日、ジョハネスバーグの北西に位置するマリカナ(Marikana)鉱山で、ストライキ中の労働者に警察が発砲し、34人が死亡した。犠牲者の多くが、貧しい東ケープ州からの出稼ぎ労働者だった。

("Marikana: One year after the massacre")

より良い生活を求める民衆を国家権力が弾圧する姿は、アパルトヘイト時代の事件と重なり合った。パス法廃止を求め集まった無防備の国民に警察が発砲し69人が死亡した、1960年3月21日の「シャープヴィル虐殺」(Sharpville massacre)、アフリカーンス語による授業に反対する子供たちに警察が発砲した、1976年6月16日の「ソエト蜂起」(Soweto Uprising)、アパルトヘイト政権が樹立した黒人国家シスカイ(Ciskei)の国防軍が解放組織ANC(アフリカ民族会議)の支持者に発砲し28人が死亡した、1992年9月7日の「ビショー虐殺」(Bhisho massacre)・・・。

マリカナ鉱山は世界有数のプラチナ鉱山会社「ロムニン」(Lomnin)が所有している。「マリカナ虐殺」は、大資本家による労働者の搾取の象徴のようにも受け取られた。

だが、私はマリカナに関して、これまで何も書かなかった。なんだか釈然としなかったからだ。「国家権力」対「民衆」、「大資本家」対「労働者」、そして前者(国家権力、大資本家)が悪、後者(民衆、労働者)が善、という単純な構図では割り切れなかったからだ。

マリカナ鉱山の労働問題が2012年に報道され始めた時、焦点は労使闘争ではなく、対立する労働組合の争いだった。

南アフリカの労働組合は会社ごとではなく、産業別に組織されている。鉱山を牛耳ってきたのは、「南アフリカ全国金属労働者組合」(National Union of Metalworkers of South Africa)、略称「NUMSA」(ヌムサと読む)。NUMSAは与党ANCの有力な支持基盤である労働組合の連合体「COSATU」(コサツ)の主要メンバーだ。これまで南アの鉱山会社各社は、NUMSAと賃金・待遇交渉を行えばよかった。ところが、この年、新しい労働組合「AMCU」(アムク)が台頭してきた。

NUMSA... National Union of Metalworkers of South Africa
COSATU... Congress of South African Trade Unions
AMCU... Association of Mineworkers and Construction Union
略称の表示はいずれも、全部大文字の場合と最初だけ大文字の場合がある。本記事では全部大文字にした。

AMCUがロムニンに対し、公認を求めてストをするという。殺傷沙汰をおこすほど仲の悪い2つの労働組合の争いに図らずも巻き込まれ、急進的且つ小さい方の組合に「俺たちを認めろ!」とストをされて、会社はさぞかし困っただろう。

労働組合の公認を求めるストは、いつの間にか労働条件の向上を求めるストに変わっていく。AMCUがNUMSAを無視して、独自に賃上げ・待遇向上の要求を始めたのだ。

AMCUは組合員数を増やすため、貧困層をターゲットにして、非現実的な約束を乱発した。例えば、採鉱ドリルを行う月給4千ランドの労働者に、「AMCUに加入すれば、月給1万2500ランドを保証する」と持ち掛けた。4万円から12万5000円へ、3倍以上の賃上げである。月給4万円は確かに少ないけれど、会社には予算というものがある。一挙に3倍以上人件費を増やすのは、どう考えても無茶。しかも、インフレ率は年6%程度だった。しかし、労働者に約束した手前、AMCUは後に引けない。無茶な要求を通すために、違法ストに踏み切った

そうこうしているうちに、AMCUとNUMSAの対立は激化・暴力化する。なにしろ武器は言葉ではなく、銃やナタや鎌である。ロムニンは惨事を防ぐために、警備会社だけでは不十分と判断し、警察に助けを求めた。8月11日から15日の5日間に、警察官2名、警備員2名、鉱山労働者2名を含む計10名が組合員によって殺された。

問題の8月16日。警察に向かって、銃弾が2発撃ち込まれた。通常、犯罪捜査にあたる無能警察ではなく、日本の機動隊のような特別班である。警察は警告として地面に向けて発砲。しかし、労働者はひるまなかった。警察との間を隔てていた鉄条網をくぐり抜け、立ち向かってきたのだ。前もって、伝統的祈祷師から入手した、弾丸を通さない(はずの)「薬」を体に塗っているから平気である。

槍やナタやノブケリー(頭にこぶのついた棍棒)を振りかざす、殺意満々の群集に直面して、訓練を受けた警察官たちもさぞかし怖かったに違いない。ほんの数分間に34人が死亡したところからすると、緊張が高まる中、パニックに陥った警察官の何人かが引き金を引いてしまったのだろう。


勿論、警察が一般市民を殺してしまったのは大問題だ。残された家族はさぞかし辛いことだろう。しかし、本当に必要な「死」だったのだろうか? 平和裏に交渉していれば、ストを行っても武装しなければ、武装してもその前に警察官や警備員を殺害していなければ、そして、警察官などが殺害されていても当日規律が守られていれば、また、警備にあたっているだけの警察を敵とみなして攻撃したりしなければ、避けられた惨事ではないだろうか?

ともあれ、結果的に企業側はAMCUに大幅譲歩。「月給一挙に3倍」は避けたものの、組合側にとってかなり良い条件を飲んでしまった。

「話せばわかる」が通じない相手の言い分を受け入れたのは、将来的にまずい!と思った。毎年、同じ状況になるのは必至だからである。

そして、今年。AMCUのストは超長期化している。組合員7万人が違法ストに突入したのは、今年1月のこと。違法ストは、スト期間中、給料が出ない。つまり、7万人が5か月無給で苦しんでいるのに、まだ解決の糸口がないのだ。

世界のプラチナ鉱山トップスリーであるアングロ・アメリカン・プラティナム(Anglo American Platinum)、インパラ・プラティナム(Impala Platinum)、それにロムニンの3社がオファーしているのは、7-9%の賃上げ。インフレ率は5.4%だから、この不況時に、そして公式失業率が25%を超える現状では、破格ともいえる好条件。それをAMCUは拒否している。労働者の最低月給1万2500ランドの要求から一歩も引かない、というのだ。「最低の月給」というからには、読み書きも出来ない新入社員の初任給が12万5千円ということ。因みに、国が定める家政婦の最低賃金は、都市部で時給9.63ランド、月給1877ランド70セント(週45時間)。月額2万円にもならない。鉱山は重労働とはいえ、肉体労働だ。メイドの6倍以上は多すぎる。大卒でも、初任給が10万円を切ることは珍しくない。

アングロ・アメリカン・プラティナムでは、このストにより一日当たり4000オンスの生産減、1億ランド(10億円)の収入減という。いくら南アが世界最大のプラチナ産出国といっても、飼い主の手に噛みつくのには限度があるのではないか。会社が倒産してしまったり、鉱山を閉鎖してしまったり、南アから撤収してしまったりしては、労働者にとって元も子もない。スト労働者だけ解雇、ということもあり得る。

たとえ10%賃金が上昇しても、5か月の無給分を取り戻すには、何年もかかるという。労働者にとって、それほどの価値があるストなのだろうか。

5か月無給で生活苦にあえぐ労働者の中には、ストを止めて職場に戻り、収入を得たい人もいる。会社は労働者に直接、「戻っておいで」と携帯メッセージを送り始めた。しかし、職場に戻ろうとした労働者は殺されてしまった

では、このAMCUを率いるのはどんな人間なのだろう。労働者の生活水準向上に情熱を燃やし、資本家を憎む理想家だろうか。それとも・・・?

調べたところ、とんでもない男だった。

ジョセフ・マツンジュワ(Joseph Mathunjwa)。1986年に石炭会社で働き始めた時は、月給300-400ランドだったという。労働組合で頭角を現し、NUMSAの支部長にまでなる。ところが、1999年、グウェデ・マンタシェ(Gwede Mantashe)NUMSA事務局長(現ANC書記長)と喧嘩し、NUMSAを追い出されてしまう。ANCの内部抗争がNUMSA内に広がり、ズマ大統領派と反ズマ派の対立の挙句、ズマ派が勝利を収めたのだ。

不満を持ったNUMSAの反ズマ派が結成したのがAMCU。つまり、AMCU幹部が目指すのは労働者の権利拡大・福利厚生向上ではなく、自分の権力・利権拡大である。

現在、マツンジュワの名前で登録してある車が6台もある。うち3台はBMWの高級機種。不動産も4物件所有。2012年8月のインタビューで、月に70万ランド(約700万円)の収入があると豪語している。更に、マツンジュワの妻は、いくつもの会社の理事を務めている。組合員は5か月も無給で生活に苦しんでいる一方で、トップのマツンジュワは左団扇(ひだりうちわ)なのである。

ジョセフ・マツンジュワ(SABC

こんな中、与党ANCは、「AMCUを操っているのは、南ア経済の不安定化をもくろむ外国の白人」という、訳のわからないことを言い出した。相変らず頼りにならない政府である。

なんとかAMCUとの交渉を無事まとめても、鉱山会社の試練は続く。AMCUの強気に刺激されたのか、現在、賃上げ交渉中のNUMSAが20%のベースアップを要求しており、言い分が聞き入れない場合、来月、20万人の組合員をストに突入させる、と脅しているのだ。

雇用主を「敵」「搾り取る相手」としか見ることができない労働組合。結局は自分の首を絞めているような気がする。そして、とばっちりをくらって苦しむのは、例によって一般労働者である。

(参考資料:2014年5月19日付「The Star」、5月29日付「News24」、6月9日付「The Times」など)

【関連ウェブサイト】
Lomnin
NUMSA
COSATU

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