2012/01/02

タイの大洪水 元「東洋のベニス」で考える

大多数の南アフリカ人は「日本」を知らないが、「タイ」という国の存在を知る人はもっと少ないのではないか。

海外にバケーションに行ける所得層だと、「ビーチリゾート」「売春」「エイズ」程度の認識。マスコミに現れるタイは、ブラジルと並んで、「南ア人が麻薬の運び屋となって捕まり、地獄のような刑務所で長い刑期をつとめる国」である。

2011年は洪水のニュースが流れた。水浸しの古都アユタヤや、何十台もの新車がプールで泳いでいるような写真が新聞に掲載されたが、何か月も続いた洪水の原因に至っては説明らしい説明がなかった。

洪水時の浸水状況が一目瞭然(アユタヤ)
死者が800人を超え、77の州のうち65州に影響が出た、50年ぶりの大洪水。100万世帯以上、300万人以上が被害を被ったと言われるが、南アフリカで耳にした原因は「平地だから」。しかし、平地なのは今に始まったことではない。雨季も毎年やって来る。洪水だって、長い歴史の中、何度も経験しただろう。古来からの経験を生かしての、治水対策はないのだろうか。

約15年ぶりにタイにやってきて、やっと納得した。

そして、これほど発展していない昔だったら、これほど長期にわたった、これほど被害の大きい大洪水は起こらなかったのではないか、と思った。

タイ最大の都会バンコク(実は「市」ではなく「首都府」)は公式人口910万人。東南アジア屈指の世界都市である。都市圏には2000万人が生活している。ピカピカするような高層ビルが立ち並び、南アフリカより遥かにセンスの良いショッピングセンターが沢山ある。15年前、公共の交通機関といえば汚いバスだけだったけれど、今は地下鉄、高架鉄道、空港連絡鉄道などができて便利になった。

つまり、世界の他の大都市同様、「コンクリートとアスファルトのジャングル」なのである。

ところが、バンコクはアジア有数の穀倉地帯に位置し、元々湿地に作られた首都。海抜僅か2メートル。

かつては運河の網が町中に張り巡らされ、「東洋のベニス」と呼ばれた。バンコクだけでなく、タイの多くの町で、運河を行き来する船が主な交通手段だった。雨季でも、舗装されていない地面がかなり雨を吸収しただろうし、運河にも流れ込んだだろう。洪水になった場合でも、「水はけ」は今よりずっと良かっただろう。

郊外のタウンハウスから車で市内の会社に通うパンタゴン氏は、家の外に防水壁を作っても、水がトイレから溢れて来たので埒が明かず、家の一階が水没したと言っていた。行き来が水上、家が高床式の昔は、日常生活への影響はそれほどでもなかったのではないか。

町では、コンクリートの建物が高床式の木造住宅に取って代わった。道路はアスファルトで舗装された。運河の多くは埋め立てられた。

世界の他の国でもそうだろうけれど、昔ながらの、その土地の気候風土に合った暮らしが近代化、都市化の波に押され、画一化された都市になっていく。

寂しく思っていたところ、バンコクの町を東西に走る「サエンサエブ運河」(Khlong Saen Saeb)に、まだ船が走っていることを知った。

15分くらい毎に便があって便利。距離によって料金が違うが、9~19バート(約20~50円)と超お手頃。いつ使っても混んでおり、庶民の「足」になっているのがわかる。


すっかり気に入ってしまい、2週間のバンコク滞在期間中、東西に移動する際は愛用した。車も地下鉄も、冷房が利いたショッピングセンターもない時代、時間がゆっくり流れる、「東洋のベニス」時代に思いを馳せながら。

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