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・・・ネルソン・マンデラに関しては、既に多くの本が書かれている。中でも最もよく知られているのは、自伝『自由への長い道』だろう。しかし、『自由への長い道』は「自伝」とはいいながら、実は多くの人の手がはいった共同作業だった。
出版された1994年は、南アフリカ史上初めて民主的な総選挙が行われた年。白人が何十年も「テロリストの集まり」と見做してきた解放運動組織ANC(アフリカ民族会議)が、NP(国民党)のアパルトヘイト政権に取って代わった。経済力を握る白人の間には、黒人多数支配に対する不安や懸念や不信がまだ根強い。国際社会は民主国家の誕生を喜びながらも、南アフリカの人種和解の行方と、黒人政権の舵取りに懐疑的だった。
そのような微妙な状況を反映した「自伝」には、マンデラとANC幹部による政治的配慮がちりばめられていた。つまり、マンデラの「本心」より「きれいごと」が優先されたわけである。1980年代後半に暴走を始め、殺人関与まで疑われた「国民の母」ウィニー・マディキゼラ=マンゼラや、全くウマが合わなかった「ノーベル平和賞共同受賞者」FWデクラークへの批判的な言及が一言もないのはその良い例であろう。
その意味で、マンデラの手紙、日記、メモ、ノート、出版されなかった原稿、公表する予定ではなかったインタビューなどを集めた本書には、マンデラが「自伝」に書けなかった「本心」が吐露されているといえる。「偉人」「聖人」に持ち上げられたマンデラではなく、おちゃめで、家族思いで、日常的な小さな幸せに憧れ、時には悩んだり、絶望的になったり、怒りに身を震わせたりする、「人間」マンデラの姿を垣間見ることができるのだ。
盟友カスラーダとの掛け合いは漫才のようで楽しい。長年連れ添った夫婦のように、お互いの言葉を補い合っている。修羅場を共に潜り抜けた戦友のみが分かち合う、深い理解と愛情と敬意を感じる。
獄中から愛妻ウィニーに出した手紙は情熱的で美しく、時として切ない。これほど恋い焦がれ、再び手に手を取って人生を歩むことを27年間夢見てきたのに、実際一緒に住むようになったら、ベッドを共にすることすら嫌がられた。その時の寂しさ、やるせなさが思いやられる。ウイニーが協議離婚に応じなかったため裁判沙汰になり、結婚生活の詳細がメディアで大々的に報じられ、ベランダに吊るされた洗濯物のように周知となったのも辛かっただろう。
子供たちへの手紙は慈しみの気持ちに溢れている。同時に、父親として傍にいて守ってやることも、面倒をみることもできない憤りが行間から立ち上る。切々と思いを綴った手紙が刑務所当局に差し押さえられ、ゼニやジンジに届かないこともよくあった。真相を知らない娘たちは、手紙も寄越さない父親に怒りを感じただろうか。人々から尊敬を集め、解放運動の象徴となったといっても、自分たちにとっては遠い存在の父。時には母親までも逮捕された。警察の嫌がらせは日常茶飯事だった。自分たちがそのような目に遭うことになった元凶の父親を恨んだだろうか。
獄中からの手紙は全て検閲された。中には、それを逆手に取って、家族への手紙と見せながら、実は当局へのメッセージと思われるものもある。例えば、1970年1月1日付、ウィニーへの手紙。キリストを裁くポンティウス・ピラツゥスの思いをマンデラが話して聞かせたかったのは、本当は、イギリス人による差別や抑圧に抵抗し、アパルトヘイト政権を樹立したアフリカーナたちではないだろうか。
マンデラが書き留めた何気ない言葉の中には、そのまま格言として使えそうなものも多い。「革命を始めるのは簡単だが、継続し維持するのは非常に難しい」、「他に何も残っていない場合、希望は強力な武器となる」、「他人の陰口を叩くのは悪徳であるが、自分自身を悪く言うのは美徳である」などなど。実際、マンデラ財団は本書が出版された翌年、マンデラの名言集を刊行している。
更に、長年の闘争の結果遂に政権を手にした解放運動の立役者たちが、誘惑に勝てず汚職にまみれ、抑圧から解放したはずの人民を搾取する傾向になりがちなことを、マンデラがかなり以前から心配していたのは興味深い。マンデラが釈放されて21年、ANC政権が樹立して17年の南アフリカで、マンデラの懸念が現実のものとなりつつあるのは残念この上ない。・・・
拙訳を通じて、「人間」マンデラの片鱗に触れたと感じていただければ嬉しい限りだ。また、これをきっかけに、南アフリカを少しでも身近に感じたり、南アフリカ関係のニュースや本に気を留めたり、実際に訪問したりする人が増えれば万々歳である。
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お疲れさまです。
返信削除本楽しみにしています