南部アフリカには「ウブンツ」(ubuntu)という考え方がある。「人は他の人のお蔭で人となる」という精神に基づく、助け合いの思想である。持てるものが持たざるものに持っているものを分け与えるという「平等の精神」ともいえるが、美しい側面ばかりではない。成功した人を引きずりおろす、恐ろしい面もある。
「金を持っている」と思われたがために親類縁者からたかられ、せっかく得たお金を失うどころか、群がる人々にお金を与えるために盗みを働いてしまうとか、成功を妬まれて、呪いをかけられたり、脅迫されたりすることもあるのだ。
10年以上前の話だが、BBCのナイロビ支局で、前者の良い例があった(東アフリカでも同じなんですね)。BBCの特派員といえば、イギリス本国から送られた人ばかり。そこで、地元アフリカのレポーターを育てようという計画がロンドンで持ち上がり、「これは」という女性に白羽の矢が立った。さぞかし聡明で、テレビ映りが良かったのだろう。ところが、しばらくしてクビになってしまった。会社の金を横領したためだ。BBCの駆け出しのレポーターだから、それほど給料が良かったわけではないだろうが、地元の人たちはそうは思わない。あのBBCのレポーターである。羽振りが良いに決まっている。・・・と、親類縁者がうようよ群がって来て、分け前を要求してきた。無い袖は振れないが、現代っ子とはいえ、アフリカの伝統の中で育ってきた彼女にそうは言えない。結局、会社の金を盗んでしまったのである。
後者の良い例は、1996年のアトランタオリンピックで金メダルを獲得したジョシア・ツグワネ(Josiah Thugwane)。マラソン選手だ。1997年の福岡マラソンでも優勝した。貧しい家庭出身で殆ど教育を受けず、読み書きは金メダル受賞後、独学で身につけたという。マラソンの好成績だって、自分で努力に努力を重ねたタマモノ。ところが、南アフリカの黒人として史上初めてオリンピックで金メダルを取った後、「あいつは金を持っている」という噂・期待が広まり、家族、親戚、友人ばかりでなく、赤の他人すら家に押しかけて金品を要求。それどころか、嫉妬から「殺してやる」などの脅迫状が届くようになり、とうとう誰も知らないところに引っ越すはめになってしまった。(現在はジョハネスバーグで、妻子と暮らしているとのこと。)
身近な例もある。
シャンガーン族のデイヴィッドは30代半ば。いつもぼーっとして、知恵遅れっぽい。簡単な作業なら出来るが、ちょっと複雑なことは理解できない。ところが、従兄弟のロバート曰く、「昔は普通だった」。それどころか、働き者で、貧しい一家を養っていた。それを祖母が嫉妬して「呪い」をかけ、今のようになってしまったというのである。何故、実の祖母が働き者の孫を褒めるどころか嫉妬したのか、何故、自分を養ってくれている恩人に呪いをかけ働けなくしてしまったのか、理解に苦しむのだが、それより驚いたのは、ロバートがこの事態を全くおかしいと思っていないこと。田舎で生まれ、伝統にどっぷりつかって育ったロバートにとっては、「十分あり得る」事態なのである。
ズマ大統領も最近、随分困っているらしい。「大統領」というだけでも、十分人がたかって来る要素を備えているのに加え、ズマは「ズールー族の伝統」を看板にしてきた。援助を求める人を冷たく追い返すことなどできないのである。
ズマ大統領の故郷は、クワズールーナタール州のンカンドラ(Nkandla)。中心となる町は、ズマ大統領の私邸から50キロの距離にあるクワンカマララ(KwaNxamalala)。一本しかない道に、スーパーマーケット1軒、社会保障事務所、飲み屋1軒、そして路上販売人数人・・・という寒村だ。統計局によると、人口3316人。うち定職を持っているのは、わずか154人。定職を持っている人の年収は、4801ランドから38200ランド。年収5万円から40万円弱という貧しさである。因みに、大統領の給料は年260万ランド(2600万円)。
最近ズマ大統領は税金を使って私邸の「警備強化」を行った。建築は大抵、当初の見積もり以上かかってしまうものだが、ズマ邸の予算オーバーは桁が違う。なにしろ、2009年の見積もり2780万ランド(2億7800万円)が、2012年10月には2億7000万ランド(27億円)まで膨れ上がってしまった。
ンカンドラのズマ邸の一部(「The Citizen」紙より) |
何故、こんな田舎の家の警備にそんな大金を・・・。
実は、「警備強化」とは単なる口実。例えば、火事の際に使う水を貯めておく「貯水池」を280万ランド(2800万円)もかけて建設したが、実態はどう見ても「プール」なのだ。「物は言いよう」とはまさにこのこと。すべてがこんな調子で、ズマ大統領は税金を使って自分のために大豪邸を建ててしまった。なにしろ、「アンフィシアター」(ひな段式半円形の屋外劇場)まである。しかも、入札を知人友人に振り分けたため、かかった費用は市場に見合った適正価格ではない。かなりの割増料金なのだ。
この豪邸に、近所に住む貧しい村人たちが押しかけているのである。
国政に疲れた心身を癒そうと田舎に戻っても、毎日200人もの村人たちがやって来て、相談ごとを持ちかけたり、金を無心したりするため、床に就くのが毎朝2時から3時半の間。ひどい時には500人もが、なんとか大統領に会ってもらおうと、アンフィシアターにすし詰めになっているという。(そのために作ったアンフィシアターではないだろうが。。。)
ズマが田舎にいない時も、村人はズマ邸に押しかける。ズマ邸の事務所には、伝統儀式への財政援助が300件以上寄せられている。その多くは牛やヤギの生贄を必要とするから、結構お金がかかる。結婚の結納金とか、成人式の記念パーティーとか、葬儀の費用とか、村人は大きな出費の援助を、当然のことのようにズマに期待する。
更に、家族もズマを頼る。認知されているだけで21人にのぼる子供の殆どは、ズマに頼って贅沢三昧の生活を送っている。先日、ズマの息子のひとりが乗り合いバスに突っ込んで、妊娠していた女性を殺してしまったが、その時乗っていたポルシェもズマが払ったか、ズマのコネでなんとかしたのだろう。また、子供以外の家族親類も数多く養っている。
こんな状況では、せめて妻と一緒の時くらい安らぎたいであろう。しかし、ズマは現在、4人の「正妻」を持っている。うち2番目と3番目が犬猿の仲。ズマは妻を制御できないどころか、どうしてよいかわからず、お手上げ状態らしい。その上、夫人のひとりが浮気をネタに脅迫された。(浮気相手はソウェトの自宅の浴槽で自殺。本当に自殺かなあ。。。)
ズマ70歳の誕生日パーティー。仲が悪いのは赤いドレスのふたり。(「Mail & Guardian」) |
あれやこれやで、ストレスが溜まったのか、とうとう最近ズマはダーバンで緊急入院してしまった。最初は心臓科、その後、VIP用病室へ。スポークスマンのマック・マハラジ(Mac Maharaj)は「大統領は健康そのもの」「予定されていなかった定期健康診断(unscheduled routine check-up)に行っただけ」というが、緊急の定期健康診断なんて、定期健康診断の定義に反する。
ズマ家の家族会議では「今年の総選挙でANCが勝利し与党の地位を保っても、5年の任期のうち2年だけ大統領を務め引退すべきだ」という意見も出されたとか。引退しても、元大統領には100%の給料、秘書2人、VIP警護、交通費などが死ぬまで支給される。
(参考資料:2014年2月2日付「Sunday Times」など)
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