2014/02/04

マンデラの遺書公開 元妻ウィニーへは一銭も残さず

ネルソン・マンデラが亡くなって約2か月。遂に遺書が発表された。

昨日はクラシック音楽専門ラジオ局の「クラシックFM」ですら、「正午にネルソン・マンデラ財団でマンデラの遺書が発表される」と、早朝から30分ごとに繰り返していた。「マンデラ・ブランド」を利用した子孫によるビジネスの数々や、財産を巡るマンデラ家の醜い内輪もめがここ数年メディアを賑わしたためか、「マンデラは誰にいくら遺産を残すのだろう」と世間の野次馬根性が大いに刺激されていたのだ。

マンデラ財団は場所を提供しただけで、発表を行ったのは遺言執行人を代表した、ディハン・モセネケ(Dikgang Moseneke)最高裁判所副長官。遺言執行人はモセネケ副長官に裁判官のテンバ・サンゴニ(Themba Sangoni)と、弁護士でマンデラの長年の友人ジョージ・ビゾス(George Bizos)を加えた3人。

遺書公開の後、ご丁寧にも、マンデラ財団から遺書の「プレスパック」(press pack)が届いた。遺言執行人作成による遺書の短縮版だ。といっても、22ページもある。題して、「ネルソン・マンデラ元大統領の遺書に関する覚書」(Memorandum Relationg to the Last Will and Testament of Former President Nelson Mandela)

送られてきた「覚書」の1ページ目


個人の遺書の内容を何故ここまで公開するのか?

「覚書」に説明があった。遺産相続を「透明」に「迅速」に行なうことが目的という。子孫が異議申し立てをして、相続処理が長引くのを防ぐためだ。

推定額4600万ランド(約4億6000万円)の遺産の行方だが、まず、現夫人グラサ・マシェル(Graça Machel)。

その前に、南アフリカの結婚に伴う財産権利の説明をしておく必要がある。

南アフリカでは「婚前契約」(antenuptial contract)なしに結婚すると、財産が夫婦共有となる。片方の稼ぎがずっと多くても、財産の所有権は50%ずつなのだ。財産を持たない女性が専業主婦になり、夫が浮気して離婚ということになった場合、家も貯金も半分が妻のものになるから助かる。逆に、妻が裕福な家の出とか、バリバリのキャリアウーマンとかで経済力があり、夫が甲斐性なしだと、夫の離婚や暴力が原因で離婚しても、夫に50%取られてしまう。夫側にしても同様のことが言える。あれやこんなで、中流以上の家庭では「婚前契約」を結ぶのが普通になっている。

結婚における「財産共有」を「community of property」という。婚前契約なしの結婚は「in community of property」、婚前契約ありの結婚は「out of community of property」と呼ばれる。

マンデラとグラサ夫人は「婚前契約」なしで結婚した。つまり、マンデラの財産の半分はマンデラの生死にかかわりなく、既にグラサ夫人のものなのだ。従って、遺産相続の対象になるのは、財産のうちの50%だけ。そして、妻には当然、遺産相続権があるから、マンデラの財産の大半はグラサ夫人のものになってしまう。

ところがマンデラはグラサ夫人の謙虚な人柄を考慮したのか、それともグラサ夫人自身の希望だったのか、遺書の中に不思議な「条項」をつけた。グラサ夫人がマンデラの死亡後90日以内に、この自動的な権利を放棄した場合の相続物の指定があるのだ。その内容は、モザンビークにある土地家屋4軒とその中身、モザンビークにある車、グラサ夫人が通常使っている車、グラサ夫人が持っている宝石類、グラサ夫人名義の金融機関の口座、ハウトンの邸宅にある美術品のうち好きなもの。

その他の家族の取り分はどうかというと・・・。(何故か人によって、通貨が異なっている。)

最初の夫人エヴェリン(死亡)と2番目の夫人ウィニー(離婚)の子孫の場合、
  • 子供たちには30万ドル(約330万ランド)ずつ既に与えてあるから、死亡時の遺産はなし。
  • 息子の子供たちは1人30万ドル(約330万ランド)、娘の子供たちは1人10万ランド。

マンデラ家の跡取りマンドラは特別待遇ではなく、他の「息子の子供」と同じ30万ドル相続。同じ孫なのに、息子の子供と娘の子供に大きな差があるのはどうしてだろう。民主的じゃないな~。コサ族の伝統だろうか?

現夫人グラサの子供の場合、
  • グラサ夫人と前夫サモラ・マシェル(死亡)の子供に300万ランドずつ。
  • グラサ夫人が母親ではないサモラ・マシェルの子供に10万ランドずつ。

グラサ夫人はサモラ・マシェル(モザンビークの元大統領)の3番目の妻で、前妻たちの子供たちを自分の子供同様に面倒を見てきた。家族の愛情に恵まれず、寂しい思いをしてきたマンデラに、深い愛と幸せを与えてくれたグラサ夫人に対する感謝の気持ちの表れだろう。

土地家屋や印税などは「信託」(trust)の管理となり、子孫などのために使われる。

マンデラは家族以外にも遺産を残した。

  • ANC(アフリカ民族会議)に印税の10-30%。
  • マンデラ家で働く人々9人に5万ランドずつ。20年来の料理人コリスワ・ンドイヤ(Xoliswa Ndoyiya)さんや大統領時代からの秘書ゼルダ・ラフランシ(Zelda Le Grange)さんですら、特別扱いされず同額。
  • マンデラが通った中等学校、大学にそれぞれ10万ランド。
  • 故郷クヌ村のクヌ中等学校(Qunu Secondary School)とソウェトのオーランドウェスト高校(Orlando West High School)に奨学金資金としてそれぞれ10万ランド。

細かい心遣いに溢れた遺書だといえる。

ここで気がついた。

2番目の夫人ウィニーには一銭も残していない。離婚した妻だから、法律上は財産分けする必要はないものの、27年間の投獄期間中、心の支えになってきた妻である。マンデラと結婚し、解放運動に加わったことで、警察から嫌がらせを受け、自身も投獄され、禁圧処分を受け、ふたりの娘を女手ひとつで育ててくれた妻である。その後、色々あったとは言え、少しは感謝の気持ちを表しても良さそうなのに。。。この遺書を作成した2004年には、とてもそんな気分ではなかったのか、それとも、実は生前、財政援助や遺産分けをしていたのか。離婚時に財産の半分を既に取られてしまっているから、もういいと思ったのか。

ともあれ、遺産をもらえなかった娘マカジウェは、コメントを求められて「放っといて!」。跡取り息子マンドラも特別扱いしてもらえなかった。今後、信託に移される資金を出来るだけ多くするために、50%の財産権を放棄するよう、マンデラ家の人々はグラサ夫人に圧力をかけるだろうか。それとも、グラサ夫人の方から、進んで放棄するだろうか。

(参考資料:「ネルソン・マンデラ元大統領の遺書に関する覚書」(Memorandum Relationg to the Last Will and Testament of FOrmer President Nelson Mandela)、2014年2月4日付「The Times」など)

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1 件のコメント:

  1. グラサ夫人は予想通り、50%の財産権を放棄した。ウィニー元夫人は、離婚時に多額の慰謝料を受け取っていただけでなく、まだ結婚していた時、莫大な借金をマンデラが肩代わりしていたとか。マンデラはそれで十分と判断したのだろう。

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