2014/04/09

ハネムーン殺人容疑者 3年以上経ってやっと南アに送還

2010年11月14日の朝、「スェーデン育ちのインド人、アニ・デワニ(Anni Dewani)さんの遺体が見つかった」との報道があった。前日、ケープタウンでハネムーン中、ハイジャックに遭ったという。

美男美女のカップル。パブリシストが公表した写真。

ハイジャックの場所と時間を聞いて、南ア人だったら誰でも「怪しい」と思ったことだろう。何しろ夜の11時のググレツ(Gugulethu)なのだから。

ググレツはアパルトヘイト時代の黒人居住区。今でも居住者の殆どは黒人。友だちが住んでいるか、医者やNGO職員やボランティアや警察官やジャーナリストなどが仕事で行くか、「黒人居住区を是非見たい」という観光客かでもない限り、黒人以外が立ち入ることはまずない。ましてや、ハネムーンカップルなんて・・・。百歩譲って、「どうしても普通のアフリカの人の暮らしがみたい!」とわざわざ行ったとしても、夜11時??? 5つ星ホテルに泊まっている金持ち外国人ハネムーンカップが、「今からググレツに連れて行ってよ」と運転手に頼んだら、まず断られるであろう。

怪しい。

夫は危害なく釈放され、妻だけ連れ去られたのに、レイプされておらず、しかも処刑形式で射殺されている。

ますます怪しい。

後ろの窓から無理やり車の外へ出されたという夫の服は、皺くちゃにもなっていなければ汚れてもいなかった。

怪しすぎる。

「南アフリカは犯罪が多いことで有名だから、この国で殺されても誰も怪しまない」という外国人の短絡思考としか思えない。いくら凶悪犯罪が多いとはいえ、それにはふさわしい時と場所があるのである。

その他にも怪しいことだらけで、素人の私ですら一瞬にして「夫が怪しい!」と思ったほどなのに、相変わらず無能な南アの警察は、アニさんの遺体が見つかった現場の捜査をいい加減に行ったばかりか、容疑者ナンバーワンの夫、シリエン・デワニ(Shrien Dewani)がそそくさと居住地のイギリスに戻るのを引き留めもしなかった。

南アを出てしまえば、もうこっちのもんである。

シリエンがイギリスに戻った11月16日、犯人のひとりが逮捕された。犯行後2日で犯人逮捕なんて、よっぽどお粗末な犯行だったに違いない。11月18日と20日に、もうひとりずつ逮捕される。

犯人の告白によれば、夫のシリエンがたまたまケープタウンで運転手として使ったゾラ・トンゴ(Zola Tongo)に相談し、トンゴが実行犯を雇い、ハイジャックに見せかけてアニさんを殺害した。まわりの人の証言からすると、トンゴは真面目で働き者のクリスチャンだったが、経済的にとても困っていた時にシリエンから話をもちかけられ、魔が差してしまったらしい。シリアンから受け取った謝礼は、口利きのトンゴが僅か1000ランド(1万円)、実行犯のコリレ・ムゲニ(Xolile Mngeni)とムズワマンドダ・クワベ(Mzwamandoda Qwabe)が併せて1万5000ランド(15万円)

アニさんも安く見られたもんだ。

億万長者(本人は会計士。家業は老人ホーム経営)、シリエンはケチの嘘つきなのか、如才ないビジネスマンなのか、アニさんの殺害前、ふたりはクルーガー国立公園で数日過ごしたが、超高級ロッジに「視察希望の旅行業者」を騙り、格安料金で泊まっている。新婚旅行でそこまでするか!?!ケープタウンの5つ星ホテル「ケープグレースホテル」(Cape Grace Hotel)も、もしかしたらそうやって泊まっていたのかも・・・。

逮捕された3人は罪をさっさと認めたためスピード裁判、スピード判決。トンゴが18年、クワベが25年、そして引き金を引いたムゲニが終身刑の実刑判決を受けた。既に3人とも服役中である。

殺人依頼人とされるシリエンは南ア警察の要請により、12月8日にロンドンで逮捕されるが、2日後に保釈。11月22日には既に、有名人をクライエントに持つ、イギリスで一番有名なパブリシスト、マックス・クリフォード(Max Clifford)を雇っている。

「パブリシスト」(publicist)とは広報専門業者。例えば、新刊書のパブリシストは、出版記念会とか、著者のサイン会や講演会やメディアインタビューを取り仕切る。有名人がスキャンダルの悪影響を抑えるのに雇うことも多い。しかし、妻を殺されて悲嘆にくれる一般市民が利用するサービスではない。しかも、名の知れたパブリシストだからさぞかし料金が高いだろう。なぜ、そこまでする必要があるのか。

この「有名パブリシストに任せれば大丈夫」という短絡思考は裏目に出た。「やっぱ、変じゃない?」という世論がイギリスと南アで有力になったどころか、マックス・クリフォードが長年にわたって多くの未成年と性的関係を持った容疑で逮捕されてしまったのである。

しかし、シリエンはあきらめない。無実を主張しつつも、なんとか南アへの送還を避けようと、必死に工作を続ける。

まず、「南アフリカでは公平な裁判が受けられない」と主張し、イギリスの裁判所に訴え出たが、「南アフリカの司法当局は公正な裁判を行うことが出来る」という判決が出た。

次に、「南アフリカの刑務所の状況がひどいから、レイプなどの被害に遭う」と主張して、またイギリスの裁判所に訴え出た。今度は、南ア当局が個室を与えるなどの特別措置を約束したため、訴え却下。

更に、「鬱状態」(depression)という精神状態を理由に送還に反対。これは随分長引いたが、ついに裁判所が「出廷できないほどの精神状態ではない」との判断を下した。南ア当局も、南ア到着後精神鑑定を行い、保釈が下りない場合は刑務所ではなく病院に収容することを約束。

それでも、あきらめないシリエン。とうとうイギリスの最高裁にまで南アに送還しないよう訴え出たが、やはり却下される。「刑務所の状況がひどい」とか「落ち込んでいる」とかいう理由で、殺人容疑の裁判を回避しようとするなんて、あきれてあいた口が塞がらない。お金があるから出来る芸当である。

シリエンはアニさんをパリ旅行に連れて行き、巨大なダイヤモンドを取り出してプロポーズしたという。キュートな大金持ちに求婚されて、アニさんはその時シンデレラ気分だったかもしれない。しかし、婚約してから結婚直前まで、アニさんは「大嫌い」「結婚したくない」「泣いて暮らしている」などのメッセージを従姉妹に送っていた。

シリエン側も、「この結婚からどうかして逃げられないものか」と相談された人の証言がある。「僕のクライエントだよ。裁判で証言してもいい」というドイツ人男娼も現れている。

ふたりとも嫌がっていた結婚にどうして踏み切ってしまったのか。家族のプレシャーがあったかもしれない。南アフリカでも、インド系、中国系、ユダヤ系、ギリシャ系などでは、文化と伝統を共有する配偶者を得るよう、親からかなりプレシャーがある。

ふたりはインドで盛大な結婚式を行い、南アフリカに新婚旅行にやってきて、この悲劇が起こった。

メディアでよく使用される結婚式の写真(The Public News Hub

打てる手をすべて打ち、駒を使い果たしてしまったシリエン。今日の4月8日、南アフリカに強制送還された。イギリスのブリストル空港からケープタウン空港までの移動は、なんとチャーター機。特別扱いもいいところ。かかった費用、しめて290万5574ランド31セント。約3000万円!

アニさんの遺体発見後、警察がシリエンを2、3日なんとか引き留めておけば、この飛行機代も、3年以上に及ぶイギリスでの裁判に関連した費用も、払わずに済んだのに。勿論、全部、税金から。

シリエンは既に、南アフリカのトップ弁護士を雇ったという。もしかしたら、本当に無実なのかもしれない。そうなら無罪になっても当然だろう。しかし、警察や司法の不手際のために、殺人犯が無罪になる事態にはなって欲しくない。

(参考資料:2014年4月6日付「Sunday Times」など)

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