2014/04/28

「ANCには投票しない」「マディバが死んでいて良かった」 マンデラの盟友、ツツ大主教がきっぱり

1994年4月27日、南アフリカで初めての、全人種参加総選挙が行なわれた。4月27日は「フリーダムデー」(Freedom Day)、「自由の日」として国の祝日になっている。

総選挙は5年に一度行われる。20年目の今年は、5月7日(水)が投票日。

第一回総選挙後生まれた若者は、「ボーンフリー」(born free)世代と呼ばれる。民主国家に生を受けた、生まれつき自由な世代である。南アフリカでは18歳で投票権を得るため、今回初めて、ボーンフリー世代が総選挙で投票することになる。投票するには事前登録が必要になるが、期限までに登録したのはボーンフリー世代の有権者約190万人中64万6313人。僅か3割。

因みに、20歳代の登録率は6割。ボーンフリー世代の倍だ。30歳以上の登録率はなんと9割!

アパルトヘイトが終わり、新政権への期待が高かった頃は殆どの人が登録したが、一党独裁体制で汚職にまみれたANC(アフリカ民族会議)に対する失望や、一部の有力者に富が集中し、多くの庶民の生活が一向に向上しないことへの怒りと諦めから、「投票しても無駄」感が次第に広まったのだろう。更に、登録しているものの、投票には行かない人が多いと懸念されている。

しかし、投票しなければ、現政権への不満・不信が選挙結果に反映されない。そこで始まったのが、「Sidikiwe Vukani! Vote No」運動。「もう我慢できない。目を覚ませ。ノーと投票しよう」という意味とのこと。

「投票したい政党がなくても、投票に出かけよう。小党に投票してANC票の取り崩しを図るか、それも嫌だったら、ノーと書いて投票しよう」と呼びかける。「ノー」と書いて投票すれば無効票となるが、無効票は開票時にその数が公表される。無効票が多いことで、ANCに対する国民の不満が高いことを示すことができる、というわけだ。

4月15日に「Vote No」運動を立ち上げたのは、かつて解放運動に身を捧げ、新生南アの確立に尽くした3人。元諜報相のロニー・カスリルズ(Ronnie Kasrils)、元副保健相・元副防衛相のノジズウェ・マドララ=ルートレッジ(Nozizwe Madlala-Routledge)、それに元南ア共産党幹部のヴィシュワス・サトガー(Wishwas Satgar)。

やはり元活動家で元環境省ナンバースリーのホルスト・クラインシュミット(Horst Kleinschmidt)、元南ア人権委員会委員長・元南アフリカ大学学長のバーニー・ピチャーナ(Barney Pityana)、ズマ批判で有名な風刺漫画家のジョナサン・シャピロ(Jonathan Shapiro)などが賛同の署名をした。また、いくつかの市民団体も、支援を表明している。

マドララ=ルートレッジ(左)とカスリルズ(Uhuru-Spirit News

これに対するANCの反応は、「分裂を招く」「反革命的」「無責任」「裏切り」・・・。「反革命的」(counter-revolutionary)とは、なんとまた時代錯誤的な表現であることか。また、カスリルズは2009年からANC党員ではないから、「裏切り者」とは呼べないだろう。

アパルトヘイトに反対してノーベル平和賞を受賞した、マンデラの親友・盟友のデズモンド・ツツ(Desmond Tutu)聖公会元大主教は「投票には行くが、ANCには投票しない」ときっぱり。

「国民が大切にされる社会を夢見ていた。しかし、まだ多くの子供たちが木の下や泥の教室で教育を受けている。」

「ANCは恥も外聞もなく、自分の墓穴を掘っている。かつてのANCは、私たちが願ってやまない社会を実現するために闘っていた。」「一緒に闘ってきた同志と共に、若い世代の指導者に声援を送りたかった。しかし、そのような状況にはならなかった。」

これほど早く幻滅することになろうとは、思ってもみなかった。」「マディバが死んでいて良かった。(解放運動に命を捧げた)殆どの人々が、生きて現状を目にすることがなくて良かった。」(「マディバ」とはマンデラの氏族名で、マンデラの敬称。)

そして、有権者にこうアドバイスする。「票を投じる前に、じっくり考えなさい。何も考えずに投票してはいけない。家畜のように投票してはいけない。」

ツツ大主教のアドバイスには訳がある。目の前の「餌」につられて、ANCに投票する庶民が沢山いるからだ。

今回も大勝を目指すANCは、現政権の立場を濫用して、有権者の支持取り付けに抜かりがない。福祉担当の局が貧しい人に配布する食料を横流しして、ズマ大統領が選挙運動で訪れる行き先々で配ったり、ズマ大統領はポケットに現金(税金からだろうなあ)をいつも持ち歩き、庶民から生活の窮状を訴えられると、数千円その場で渡したり・・・。その直後メディアの取材を受けた人々はこぞって「やっぱりズマ大統領! ANCに投票する!」。

先週の金曜日、ズマ大統領の選挙運動を追っていたジャーナリスト、ニコラス・バウワー(Nickolaus Bauer)が大統領の警備員に携帯電話を取り上げられ、撮ったばかりの写真を消去されるという事件が起きた。ANCが有権者に無料配布する選挙運動用Tシャツをパトカーが運搬したばかりか、交通警官たちがANC党員と一緒になって、道行く人にTシャツを配っていたのを目撃し、持っていた携帯電話で、とっさに車の窓ガラス越しに撮影していたのだ。

警察が特定の政党の選挙運動を手伝うのも、ジャーナリストの取材写真(この場合は証拠写真でもある)を消去するのも、勿論、法律違反である。

バウワー(右)の携帯電話から証拠写真を消去する大統領警備員(Sunday Times

国庫という財力を駆使して、「何も考えない」有権者を餌で釣り、ANCは今回も大勝するだろう。しかし、第2期ズマ政権は、国民にとって第1期より先行きが暗い。元通産相・元蔵相のトレヴァー・マニュエル(Trevor Manuel)を始めとして、数少ない良心的で有能な現閣僚たちの殆どが、新政権には参加しないことを明らかにしている。後に残るのは、カスばかり。国庫はズマとその仲間たちに私物化され、貧富の差が益々広がり、教育、福祉、医療、インフラ整備などが更に悪化していくだろう。

国民が投票して選んだ政府だから自業自得・・・と言うのはあまりに酷。より良い南アフリカを望み、ANCに投票しない国民だって沢山いるからだ。民主主義は多数決がすべてではない。小数の声を拾ってこそ民主主義だろう。

残念ながら、ズマ大統領が引き起こした「ダメージ」を5年後に回復できるような優れた指導者は、今のANCには見当たらない。南アフリカはこの先、奈落の底に向かって、どこまで落ちていくのだろう。

(参考資料:2014年4月16日付「Business Day」、4月22日付「The Star」、4月24日付「The Times」、4月27日「Sunday Times」など)

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