2018/01/15

本『クウェズィ』(Khwezi) ズマをレイプ容疑で訴えた女性の悲しい生涯

2005年12月6日、31歳の女性が与党ANC(アフリカ民族会議)の大物ジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)をレイプ容疑で訴えた。ジョハネスバーグのズマ邸に泊まった夜、ズマが寝室に入って来てレイプしたというもの。亡命生活時代、ズマと亡き父が親友だったことから、幼い頃からズマを父のように慕っていたという。

ズマは「合意の上の性行為」と主張。「普段ズボンを履いている女性がその日はスカートだった。誘惑した証拠だ」「カンガ(一枚の布)をまとって寝ていた。誘惑の証拠だ」「ズールー族の文化では、その気になっている女性を放っておくのは女性を侮辱したとみなされる」と支離滅裂な論理を展開し、「それはズールーの文化ではなく、ズマの文化だろう」と揶揄された。また、女性がHIV陽性であることを知りながら、コンドームをつけず性行為を行い、「事後エイズ予防にシャワーを浴びた」と法廷で証言したことで、国内外で笑いものになった。これ以後、政治風刺漫画家ザピロ(Zapiro)の描くズマは、頭からシャワーヘッドが突き出た姿となる。

Daily Maverick

プライバシー保護のため、この女性の顔写真も名前も公開されなかった。裁判では「クウェズィ」(Khwezi)という偽名が使われた。ズマは当時63歳。中年を通り越している上に、ブ男で肥満で、お世辞にも魅力的とはいえない。それにズマは女癖が悪いことで有名。複数の妻を持ち、妻以外の女性たちにも子供を産ませている。

年長者を敬う文化、男尊女卑の傾向が強い文化の中で育ったクウェズィが、父と慕い信頼し切っていた「マルメ」(おじさん)に襲われ、混乱し、ショックで凍りついてしまったことは容易に想像できる。また、エイズ問題活動家だったクウェズィがズマを誘惑し、HIV陽性でありながら、コンドームなしで性行為に及んだとは考えにくい。

そのため、クウェズィを信じ、応援する女性が多いのではないかと想像していた。

ところが、与党ANCの女性たちは狂信的にズマを信じた。クウェズィを嘘つきとハナから決めつけ、何十人もの黒人女性が裁判所の前で、「Burn the bitch!」(あのメス犬を焼き殺せ)などどヒステリックに叫ぶ姿は異様だった。

更に、クウェズィの過去を執拗に追及するズマの弁護士も嫌らしかった。過去にどんな男性歴があろうと、このレイプ容疑には関係ない。たとえば性行為を行って収入を得る売春婦だって、意思に反する性行為を強要されればレイプである。まして、クウェズィは5歳、13歳、14歳のとき大人の男にレイプされている。それを「合意の上の性行為。レイプされたというのは嘘。従って、クウェズィには、合意の上の性行為をレイプと嘘をつく前歴がある」と主張する弁護士にはあきれた。相手の男がたとえ何と言おうと、5歳や13歳の少女と性関係を持つのは犯罪である。「合意」という言い訳は成り立たない。

ズマの弁護士は、これまでつき合ったボーイフレンドとの性体験まで詳細に問い詰めた。「ふしだらな女」という烙印を押そうとしたのだ。クウェズィが性関係を持った男性の数は決して多くない。しかし、普通なら覚えていないような、ずっと昔の細かいことを根掘り葉掘り質問し、曖昧な答えをしたら、「男関係にルーズだから覚えていない」と決めつける。

レイプされただけでもトラウマである。勇気を出して訴えたら、かつての「家族」「同志」「おばさん」たちから大バッシング。生命の危険に晒される。その上、性生活の詳細まで国中、世界中で報道されてしまった。

裁判の詳細を新聞などで目にするたびに、言葉を失ったものだ。あまりにもひどすぎ。。。。。

しかし、アフリカーナ男性の弁護士はアフリカーナ男性の裁判官への訴え方を知っていた。裁判官はズマの言い分を認め、無罪判決を下す。

その後ズマは2009年に大統領に就任。政府・国庫を私物化し、自分と家族と取り巻きの私腹を肥やし、国の政治、経済、社会福祉、教育、基本サービスなどは悪化の一途を辿った。

一方のクウェズィには、生活にも心にも、平和が戻らなかった。裁判が終わっても、かつての「家族」「仲間」による極度の虐めが続く。家は放火され焼け落ちた。身の危険から祖国南アにいられなくなり、母親とふたり、オランダに逃げる。そして、2016年10月8日、裁判のトラウマから立ち直ることなく、41歳の生涯を閉じた。


南アのジャーナリスト、ラジオパーソナリティが書いたこの本は、クウェズィの本名と顔写真を公開している。クウェズィが亡くなる前、本人の全面協力のもとに書き始めたものだ。そこに浮かび上がるのは、運命に翻弄されるひとりの女性の姿。男尊女卑で且つ和を重んじる村社会の現実。少女のレイプに怒りを感じるどころか、変だとも思わない病的な社会。解放運動亡命組、そしてANCの組織第一主義。。。

亡命生活を送る解放運動の闘士たちは、疑心暗鬼の生活を送っている。スパイという疑いだけで処刑される一方、解放運動の仲間にレイプされたことを問題化すれば、組織の結束を乱すものとして敵視される。

理想に燃え、解放運動に身を投じ、国外で軍事訓練を受ける若い女性たちは厳しい現実に直面する。圧倒的に男性が多い、隔離されたゲリラ社会。無理やりレイプされることもあれば、上司に強要され嫌と言えないこともある。性の奴隷になる心配をしないでいいのは、大物の父親を持つ女性たちだけ。

クウェズィのように家族で亡命生活を送る者たちも、守ってくれる夫や父親を失ってしまったら悲惨である。

アフリカの村社会では、村が共同で子供を育てる。亡命者の社会も同様だ。血がつながっていなくても、家族同様の付き合いとなる。子供たちは「お父さん」「お母さん」「おじさん」「おばさん」たちを敬い、大人たちは「娘」「息子」「姪」「甥」の成人後も面倒をみる。クウェズィがズマを慕ったのは伝統文化に則ったごく自然な心情だった。

しかし一方で、亡命生活中、父・夫の後ろ盾を失った少女や女性を平気で襲う男たちがいる。被害者は泣き寝入りである。表沙汰にすれば、組織の結束を乱したものとして被害者が非難される。

クウェズィの父親が早く亡くならなかったら、クウェズィもちゃんとした教育を受けることができただろう。アパルトヘイト終焉後、父親が新政権で重要なポストにつき、裕福・優雅な生活を送ることができたかもしれない。子供時代にレイプされることはなかっただろう。ズマにレイプされることもなく、クウェズィという偽名を使うこともなく、堂々と本名のフェゼキレ・クズワヨ(Fezekile Kuzwayo)を名乗ることができただろう。

ある女性ジャーナリストが著者に告白している。何年もズマに関して報道し、ズマの内輪に入り込んでいたベテランジャーナリストだ。ズマの家に何度も行ったことがある。職業上のプロフェッショナルな関係だった。

ところが、フェゼキレのレイプ裁判から3年経ったある日、ズマの自宅で取材していたら、ズマに「見せたいものがある」と言われた。なんの警戒もせずついて行く。連れて行かれた先はズマの寝室だった。それがなにを意味するのか気がつく前に、ズマに抱きしめられていた。背中はドアにあたっている。ズマが前から、体をぴったり押しつける。あっという間もなく、ズマの舌が口に入っていた。ショックで凍りついてしてしまう。そして、頭に浮かんだ最初の言葉を口にした。「今、生理中なんです。」

ズマは優しく微笑み、「心配しなくていいよ。次回があるから」と、まるで父親のように肩を叩いたという。

女性はショックのあまり、なにが起こったか理解できないでいた。ズマとは何年も、仕事上とはいえ親密にしていた。これまで性的な仄めかしなど、なにもなかった。。。

女性ジャーナリストは著者の前で泣き崩れる。

「その日、フェゼキレがどのようにしてレイプされたか理解しました。それまで私は、フェゼキレを信じていませんでした。被害者はズマの方だと思っていました。でもあの日、裁判から3年くらい経ったあの日、フェゼキレは真実を語っていたことに気づいたのです。今、私はフェゼキレを信じます。」

「なぜ私は生理中だと言ったのでしょう? なぜはっきりノーと言わなかったのでしょう?」

もしこの女性ジャーナリストがズマにレイプされ、ズマを訴えたとする。裁判ではきっとズマの弁護士が、「ノーと言わなかったのだから合意した」と主張するだろう。

「フェゼキレが亡くなったとき、あなたが彼女についての本を書いていると聞きました。あなたにこのことを言わずにいられなかった。私の沈黙、私の罪悪感を外に出す必要があったのです。ずっと自問していました。なぜ私は、このことを黙っているのだと。」

黙っていたのは、自分の家族のことを考えたから。ズマの権力を考えたから。裁判がいかにひどいものであるか、いかに屈辱的なものであるか目撃したから。。。一番簡単なのは、意識の中でブロックしてしまうこと。大体、私の言葉を一体だれが信じてくれるだろ。。。

このところ、ハリウッドのプロデューサー、ハーヴィー・ワインシュタイン(Harvey Weinstein)など、社会的に強い立場を利用したパワハラ、セクハラがアメリカで表面化している。これまで沈黙を守っていた女性たちが声をあげ、世間がその声に耳を傾けるようになったのは喜ばしいことだ。これが一時的な傾向でないことを祈っている。レイプされた女性が世間体を気にせず警察に届け、警察や裁判官や世間が被害者を被害者として認める社会になって欲しいものだ。

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