2013/12/10

今日、マンデラの追悼式

「明日、バスの事故なんか起こったら最悪だな。。。」

昨夜のことだ。琉球古武術の稽古の後、外科医のタイロンがボツッと漏らした。勤務先はソエトのバラグアナス病院。2010年サッカーW杯の初戦と決勝が開催されたFNBスタジアム(W杯期間中は「サッカーシティ」と呼ばれていた)に近い、南半球最大の床数を誇る病院である。世界でも3番目の規模らしい。

「明日」、つまり今日、FNBスタジアムでマンデラの「追悼式」が開かれる。ズマ大統領は「国葬」を発表したものの、結局葬儀はマンデラの故郷のクヌ村で、15日の日曜日に執り行われることになった。今日の追悼式は皆で集まってマンデラの偉業をたたえ、マンデラにお別れを言う「お祭り」の観がある。

FNBスタジアムは収容人員7万8千人。その他いくつかのスタジアムに巨大スクリーンが用意される。勿論テレビでも生中継。

FNBスタジアムへの入場は先着順。一杯になったら、門を閉じてしまう予定。行き帰りの交通大混雑、なんとしてもスタジアムの中へ入ろうと押し寄せる何万人もの群衆・・・。大きな事故が起こってもおかしくない。政府は「子供は連れて来るな」と警告している。

そして、タイロンは今日、偶然にも、バラグワナス病院救急医療室の当直医、それも責任者なのである。待機する医師はタイロンの他、ほんの2、3人。それに研修中の医学部学生が10数人。「バスの事故などで一挙に60人担ぎこまれたら悪夢」という。

追悼式には世界中から大統領53人、首相13人、王子6人、国王1人、女王1人、大公1人、副首相3人、元国家元首10人が参加予定。70名の国家元首が出席した、ローマ法王ヨハン=パウロ2世の葬儀(2005年)を上回る。

イギリスからはチャールズ皇太子、ディヴィッド・キャメロン(David Cameron)首相、ジョン・メイジャー(John Major)元首相、ゴードン・ブラウン(Gordon Brown)前首相、トニー・ブレア(Tony Blair)元首相、ニック・クレッグ(Nick Clegg)野党党首。

アメリカからはバラク・オバマ(Barak Obama)大統領夫妻、ジミー・カーター(Jimmy Carter)元大統領、ジョージ・W・ブッシュ(George W Bush)元大統領、ビル・クリントン(Bill Clinton)元大統領夫妻。89歳という高齢のため長距離旅行が恐らく難しい父ブッシュ元大統領を除く、存命中の元大統領全員! 下院議員が20名も同行する。随行人、警備を加えると膨大な人数、膨大な費用になるであろう。

(日本からは皇太子と福田元首相が出席するらしいが、私が気がついた範囲で、そのことに触れた南アメディアはない。)

「引退後も一日50件程度の様々な依頼があった」と、マンデラのアシスタント、ゼルダ・ラフランシ(Zelda la Grange)が語っていた。取材の依頼、寄付の依頼、イベント出席の依頼、面会の依頼・・・。

引退前はもっと多かっただろう。南アフリカにやってくる政治家や有名人やビジネスマン、そして一般人でもなんらかのコネのある人たちは、「マンデラ詣で」を日程に組みたがった。歌手やファッションモデルがマンデラに会い、ツーショットを撮った姿がよく新聞に載った。「マンデラに会った」ということが一種のステイタスシンボルになった。ラフランシですら、当時は「露出過剰」(overexposed)だったと、最近認めている。

昔でいう「上野のパンダ」状態である。(今だったら、なんでしょうね?)

今回の「追悼式」も、それに近い感じがある。「マンデラの追悼式に出席した」ことに意義があるようだ。故人にお別れをいうのは、個々人の心の問題だから、なにも「お祭り」の場にいる必要はない、と思う。

(指導力が問われ、スキャンダルにまみれ、最近人気が落ちてきているジェイコブ・ズマ大統領と、求心力がとみに減速している与党ANCの政治的思惑も強く感じられる。8日の日曜日を「国民の祈りの日」(National Day of Prayer)にするから、教会などに行ってお祈りしろ、とか、13日の金曜日は『自由への長い道』にちなんで、スニーカーをはいて出勤しよう、とか、大きなお世話という気もする。)

それも要人のほぼ全員が、税金を使ってのことである。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)首相が「出席したかったが、コストがあまりにも嵩(かさ)むので、やむなくキャンセルした」というのは、一見冷たいようで、実は国民、国家のことを考えているのではないか。計算してみたら、首相の交通費と警備だけで、700万シェケル(約210億円)かかることがわかった、というのである。随行員の交通費とか宿泊費とか、その他の経費を考慮すると、国益に関係のない4時間のイベントに出席するために、莫大な血税を使うことになる。

受け入れ側も大変だ。突然、予定外の大人数がジョハネスバーグに押しかけて来たのだから。

各国とも随行員を含めると大変な数になるであろう。世界中のメディアも集まっているが、ジャーナリストは知り合いの家に泊まることになっても仕方がない。だが、要人はそうはいかない。大統領などが泊まる高級ホテルは数が限られている。こちらの言い値、法外な値段をふっかけることができるから、ホテルにとっては大儲けだが、なにしろ部屋がない。

そこで、なんと、「ラディソンブルー」(Radisson Blu)は現在入っている予約を一方的に取り消した。「外国からの要人を受け入れるため、あなたの予約をキャンセルします」という通知を当日になって突然受け取った予約客は、一体どうすれば良いのか。あんたは「外国の要人」ほど大切ではないから、B&Bでも行け、というホテルの態度はひどい。

ラディソンブルーの近くにある、やはり5つ星の「ミケランジェロホテル」(Michelangelo Hotel)にも予約依頼が殺到したが、空室を割り当てただけという。「(断らざるを得ないのは)悲しいが、これは一回きりの出来事であり、金儲けの手段に使うべきではない」から、と予約担当マネージャー。当然であろう。

ラディソンブルーの対応は、あまりにも近視眼的。今日、予約を取り消されたお金持ちたちは「二度と泊まるもんか!」と憮然としていること請け合い。知人や同僚や顧客に「ラディソンブルーは絶対止めた方がいいよ」と忠告するであろう。

さて、朝からの雨だが、FNBスタジアムの様子はどうだろう。雨のせいで、大混乱が起きるほどは人が集まらないかもしれないが、交通事故が起きやすくなるかもしれない。。。。。

「あなたのことだから、英雄的行為を行って、翌日の新聞一面を飾るわよ」とタイロンをからかったら、恥ずかしがり屋の彼は顔をしかめた。先日、某有名人の腕の手当をした際、「名前を教えて! テレビで先生のことを紹介したい」と懇願され、「今からちょっと痛い治療をするけど、僕の名前を出すなんて言ったら、ちょっとどころでは済まなくなるよ」と脅したとか。

無事に式典が終わることを祈ってます。

追悼式の式次第は次の通り。

時間:11時-15時(日本時間18時-22時)
司会:シリル・ラマボザ(Cyril Ramaphosa)ANC副党首とバレカ・ムベテ(Baleka Mbete)ANC委員長

国歌斉唱
司会者挨拶
祈り

家族の友人代表挨拶
アンドリュー・ムランゲニ(Andrew Mlangeni)

家族の代表挨拶
タンドゥコロ・マンデラ(Thanduxolo Mandela)

孫の代表挨拶
ムブソ・マンデラ(Mbuso Mandela)、アンディレ・マンデラ(Andile Mandela)、ゾズコ・ドラミニ(Zozuko Dlamini)、プムラ・マンデラ(Phumla Mandela) 

国連代表の挨拶
バン・キムーン(Ban Ki-Moon)事務総長

アフリカ連合代表挨拶
ンコサザナ・ドラミニ=ズマ(Nkosazana Dlamini Zuma)委員会委員長(ズマ大統領の元妻で、ANCの幹部)

外国要人挨拶
バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領
ディルマ・ルセフ(Dilma Rousseff)ブラジル大統領
リ・ユアンチャオ(Li Yuanchao)中国副主席
ヒフィケプニェ・ポハンバ(Hifikepunye Pohamba)ナミビア大統領
プラナブ・ムケルジー(Pranab Mukherjee)インド大統領
ラウル・カストロ・ルス(Raúl Castro Ruz)キューバ大統領

基調演説
ジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)南アフリカ大統領

説教
イヴァン・エイブラハムズ(Ivan Abrahams)主教

感謝決議
ノンヴラ・モコニャネ(Nomvula Mokonyane)ハオテン州知事


マンデラ財団の追悼文
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