2017/07/28

ネルソン・マンデラ晩年の暴露本 発売1週間で出版社が回収

ネルソン・マンデラが亡くなって3年半。「マンデラ」のブランド力は増すばかりだ。

アマゾンでマンデラを題材にした塗り絵本が約1万7千400ランド(現在の為替レートで約15万円)で売り出されているという。メアリー・ベンソン(Mary Benson)のマンデラの伝記は約6万ランド(約51万円)、マンデラのサイン入り自伝 Long Walk to Freedom (邦訳は『自由への長い道』)は約5万ランド(約42万7千円)。

そんな中、マンデラの晩年を描いた暴露本が出版された。題して、Mandela's Last Years: The true story of Nelson Mandela's final journey, by the head of his medical team (マンデラの晩年:医療チーム長が見たネルソン・マンデラ最後の旅の実話)。著者は元軍医総監のヴェジャイ・ラムラカン(Vejay Ramlakan)。



軍医総監(surgeon general)とは国軍で最高位の医者。元大統領の健康管理は国軍の仕事であり、ラムラカンはマディバの医療チームの長だった。衰弱したマディバの状況を知り尽くしていた数少ない人物のひとりだ。

ラムラカン・・・どこかで聞いた名前・・・。

そうそう、私が訳したマンデラ秘書ゼルダさんの回想録『ネルソン・マンデラ 私の愛した大統領』に登場していた。2013年のある日、ゼルダさんの外出中に、自分の意思が通せないほど衰弱したマディバをズマ大統領たちが訪問した。後でテレビ映像を見て愕然とするゼルダさん。

マディバは元気に見えなければ、訪問を喜んでいるようにも見えない。居間は大混乱している。大統領とANCの大物の訪問なので、フラッシュ撮影が許されている。マディバの目が光に敏感だから、フラッシュを使ってはいけないことは南ア人だったら誰でも知っていることなのに。映像の中のマディバは、大騒ぎに圧倒されて無口だった。画面を見れば、誰も仕切っていないことが明白だ。マディバの健康管理に責任がある医療スタッフのダブラ大将とラムラカン軍医総監まで、マディバの目を守り、マディバの健康に目を配るどころか、自分も写真をぱちぱち撮っているではないか。ひどすぎる。こんなことになってしまうなんて。まるで動物園だ。マディバは観光客に取り囲まれた、檻の中の動物のようだ。途方に暮れているように見える。(『ネルソン・マンデラ 私の愛した大統領』 386頁)

こんないい加減でミーハーな医師が暴露本を書いたのだ。「マンデラ家の人に頼まれて書いた」という。

ラムラカンとマディバ

ところが、7月16日のSunday Timesに抜粋が掲載され、翌17日に書店に並んだ後、マンデラ家から批判と怒りが噴出した。

グラサ・マシェル(Graça Machel)未亡人は声明を発表。「ヴェジャイ・ラムラカンの本を強く非難します。この本は私の亡くなった夫ネルソン・マンデラ大統領の信頼と威厳に対する侮辱であり攻撃です。医師・患者間の機密保持に違反しています。著者と出版社を訴訟するかどうか、現在法的アドバイスを受けているところです」。

グラサ夫人とマディバ

マンデラ家の跡取りマンドラ(マンデラと最初の妻エヴェリンの次男マハトの長男)曰く、ラムラカンはマンデラとの特別な関係を「著しく濫用し」、「マンデラという名前を明らかに濫用している。」「(ラムラカン)医師が彼自身と、彼が栄誉をもって仕えた人物に泥を塗ったことに、私たちは深く失望している」。グラサ夫人の訴訟の意向をマンデラ家は「一致団結して支持」しているという。

マンドラ

マンデラの孫娘のうち一番年長のンディレカ(マンデラと最初の妻エヴェリンの長男テンベキレの娘)曰く、「この本は祖父の威厳を傷つけるもの。」「信頼されて自分だけが知りえた個人の詳細をこんな風に公表するなんて、フェアではなく無礼。良い医者としての信義に欠ける。」

ンディレカ

マンドラの弟ンダバ曰く、「家族は事前に相談を受けていない。(許可を得たというのは)嘘だ。(許可を得たというなら)いつ誰に相談したのかはっきり言うべきだ。」「おじいさんの名前を使って一儲けしようという人がまた現れた、というのが僕の感想」。

ンダバ

マディバの遺言執行者のひとりジョージ・ビゾ(George Bizos)曰く、「著者は家族のひとりから許可を得たと言っているが、ひとりでそんな権限を持つ人はいないと思う」。遺言執行者たちも訴訟を起こす予定という。

ジョージ・ビゾスとマディバ

ラムラカンは「家族から頼まれた」との主張を曲げず、ラジオのインタビューでも繰り返した。しかし、断固として頼んだ人物の名前を明かさない。(一番疑われているのはマンデラの2番目の夫人ウィニーだが、ウィニーは否定している。)

ウィニー夫人とマディバ

出版社のスポークスマン、スリタ・ジュベア(Surita Joubert)は、「ペンギン・ランダムハウス・サウスアフリカ(Penguin Random House South Africa。略してPRHSA)は、著者ヴェジャイ・ラムラカンに”マンデラ家から許可を受けている”と言われたので出版を引き受けた」「(マンデラ家の)代表者に校正刷りを渡した」という。

しかし、出版1週間後の7月24日、出版社は「マンデラ家に対する敬意から」本の回収を発表する。

「この本はネルソン・マンデラが亡くなるまで持ち続けた勇気と強靭さを描くことを目的としたもので、不敬を働く意図は全くなかった。」

これだけ話題になってしまった本だから、一時の金儲けを考えるのならそのまま市場に出した方が理に適う。(実際、そうやって大儲けした例が南ア出版史上1回だけある。)あえて回収に踏み切った出版社は偉い。さすがペンギン・ランダムハウス。まあ、大会社にとっては大した損害ではないか。この程度の損害なら我慢する方が、長期的な信用・威信低下よりましと判断したのかもしれない。

因みに、既に出版された本が回収されたのは、南ア史上で初めてという。

著者のラムラカンは納得していないようだ。この本を書いたことを後悔していないと公言している。

「(マンデラは)世界的な偶像。これまで生きた人間の中でも最も偉大な人間だ。その人の最も素晴らしい話を語っているのに、どうして後悔しないといけないんだ。」

(とは言っても、この本、随分事実と違う箇所があるとのことで、現在マンデラ財団ではその一覧表を作成中とのこと。)

ラムラカンの強気の姿勢はいつまで続くだろうか。

というのも、既に引退しているとはいえ、ラムラカンは南ア国軍の「軍人」だった。職を得た時、情報保護法(Protection of Information Act)の規定に従い、職務中に得た情報の非公開を誓い署名しているはず。署名した文書には「退職後も」とある。違反者には「罰金1万ランドまたは最高10年の服役。違反が深刻な場合は両方を適用する」。

暴露本を書いて一儲け、どころか、10年の禁固刑・・・。青くなっているかもしれない。

さて、この本が回収されるまでの一週間に、書店で購入した人もいるはず。

そのひとりがデラネ・カレンボ(Delane Kalembo)さん。既に、売ってくれという人が何人もいるという。

「276ランド(2360円)で買ったんだけど、700ドル(7万8千円)のオファーがあったよ。」

しばらく待てば、希少本としてかなりの値がつきそうである。


【参考資料】
"Family members gave blessing for doctor's book on Mandela - publisher" Times Live (2017年7月21日)
"Story of Mandela's last years belongs to all of us" Times Live (2017年7月24日)
"Madiba family's fury over new book by doctor"Times Live (2017年7月24日)
"Publisher pulls 'Mandela's Last Years'" IOL (2017年7月24日)
"Mandela’s Last Years - pulp(ing) facts" fin24 (2017年7月25日)
"Publishers have pulled a book claiming Nelson Mandela was holding his ex-wife’s hand when he died" QUARTZ (2017年7月25日)
"Now That The Book Has Been Pulled, Some Of Us Are Kind Of Curious About Mandela's Last Years"Huffington Post (2017年7月25日)
"Mandela’s Last Years now a collector’s item" Sunday World (2017年7月25日)
"Madiba brand a winner" The Times (2017年7月25日)
"We weren't consulted" The Times (2017年7月26日)
"10-year jail sentence hangs over Mandela doctor" The Citizen (2017年7月26日)

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