2014/10/24

「ゾウとサイの日」 絶滅が危惧される野生動物の保護に日本人が立ち上がった!

運動」(movement)というものは、アイデアだけでは始まらない。旗を高々と掲げるカリスマ人物、旗の元でオーガナイズする実務家、オーガナイザーと共に計画・準備・運営するサポーター、そして参加する人員が揃わなければ、運動は起こらない。

6月18日、「ケニア最大の象、惨殺される あなたの印鑑になるのだろうか」というブログ記事を書いた。「ペンと絵筆inアフリカ」は、日本から見れば「地球の片隅」の南アフリカで、多くの日本人には全く関心のないアフリカの出来事を細々と書き綴る、限りなくマイナーなブログである。

ところがこのブログ記事は、酷い写真と「印鑑」という身近な題材のお蔭であろうか、珍しく多くの人に読まれた。20万近いページビューと2万5000を超えるフェイスブックの「いいね!」という、空前未聞の反響だった。

だが、私は活動家ではない。有名人でもない。組織化する力もない。せっかくの反響も、はっきり言ってブタに真珠。そのうち人々の関心が薄れ、忘れ去られる運命にあった。

幸いにも、そこに登場したのが、旗を高々と掲げることができる人物。プレトリア大学日本研究センター所長として南アフリカに関わってきた米倉誠一郎一橋大学教授・日本元気塾塾長である。

米倉氏は10月4日に世界中でゾウとサイの密猟禁止・保護を求めた行進「Global March for Elephants and Rhinos」が行われることを知る。だが、象牙の消費国である日本では開催されないという。是非、東京でも開催を!と幅広く呼びかけたところ、有志が集まり、実行委員会が設立された。

実行委員会の第1回ミーティングは8月14日。そこからが凄かった。皆、仕事を持つ忙しい人たちばかり。お金も時間もない。そこで、クラウドファンディングを立ち上げ、寄付を呼びかけ、資金調達。忙しい中、なんとかやりくりして、関係者が力を合せ、アイデアを出し合い、自分に出来ることをテキパキとこなす。そして、プロジェクトを実現。

皆の一生賢明な姿と、大量のメールのやりとりと、新幹線並みのプロジェクトの進捗状況に、遠い南アフリカの地で感嘆、感動し放っしだった。

海外に住んで30年近いが、たまに日本から来た日本人に会う度に、「最近日本も悪くなった」とか「最近の若者は内向き」とか悲観的な話ばかり聞かされる。でも、そんなことは絶対に、絶対にないと思う。

そして、10月4日がやってきた。まず、上野公園で「ゾウとサイの日」マーチ。(10月2日付けの「日経新聞」、「東京新聞」が大きな紙面を費やして紹介してくれた。)

2014/09/23

ダライ・ラマを南アフリカに入国させよ ノーベル平和賞受賞者14名が嘆願

ノーベル平和賞受賞者14名が南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領に公開書簡を送った。ダライ・ラマの南ア入国を強く求めるものだ。

2014年10月13日‐15日、ケープタウンで第14回「ノーベル平和賞受賞者世界会議」(World Summit of Nobel Peace Laureates)が開催される。民主化20周年記念ということで、南アフリカが初めて開催地に選ばれた。南アフリカでノーベル平和賞を受賞したのはこれまで4人。解放運動の指導者アルバート・ルツリ(1961年)、アパルトヘイトに反対した聖公会大主教デズモンド・ツツ(1993年)、アパルトヘイト撤廃と民主主義への平和的移行に貢献したネルソン・マンデラFWデクラーク(1993年)だ。第14回会議は昨年末亡くなったネルソン・マンデラを偲ぶ大会になる予定という。

1989年にノーベル平和賞を受賞した、チベットのダライ・ラマも当然招待された。ところが、南アフリカ政府に査証を申請したところ却下されてしまった。そこで、他のノーベル平和賞受賞者が入国許可を求めたものである。

嘆願書簡に署名したのは、ポーランドの労働組合指導者・元大統領レフ・ワレサ(「ヴァウェンサ」の表記も有)(Lech Walesa)、バングラディシュのグラミン銀行創始者ムハマド・ユヌス(Muhammad Yunus)、イランの弁護士・人権活動家シリン・エバディ(Shirin Ebadi)、リベリアの平和活動家レイマ・ボウィ(Leymah Gbowee)、北アイルランド和平に貢献したディヴィッド・トリンブル(David Trimble)とジョン・ヒューム(John Hume)など。

Collective Evolution

ダライ・ラマのジョハネスバーグでの講演会を聞きに行ったことがある。1996年と2004年のことだ。その間、もう一度南アフリカを訪れているので、ダライ・ラマは民主国家南アフリカを3回訪問していることになる。しかし、2009年、ジョハネスバーグの平和会議に出席しようとしたところ、査証が下りなかったという。更に、2011年、デズモンド・ツツの80歳の誕生祝賀会出席のための査証申請も却下された。

2004年と2009年の間に何があったのか。

2014/09/09

「エージェント・マドンセラ」!?! 政府の汚職・不正を指摘するのは「CIAのスパイ」 副国防相が糾弾

南アフリカの副国防相ケビー・マパツォセ(Kebby Maphatsoe)によると、現在の南アフリカで最も尊敬されているツリ・マドンセラ(Tsuli Madonsela)は「CIAのスパイ」だという。その任務は「与党ANCと政府を弱体化させ、アメリカ合衆国の傀儡政権を南アフリカに樹立すること」。(一体、何のために・・・?)

ケビー・マパツォセ(IOL News
マパツォセは9月6日(土)、ソウェトのイベントでこう語った。

「ANCをハイジャックさせてはならない。我々はANCを守るために闘う。ツリは誰が自分のハンドラーなのか、告白すべきだ。」

2014/08/31

南アフリカの良心、ツリ・マドンセラ マイリー・サイラスのパロディ

南アフリカの与党ANC(アフリカ民族会議)は、ジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)大統領を頂点として腐敗しきっている。総選挙が完全比例代表制であるため、政治家は「有権者」や「地元」を考える必要がない。党内の力関係が全てなのだ。能力も必要な資格もないのにコネだけで職を得た官僚が、国政だけでなく州政府や市にも溢れている。地方・中央政府の仕事は、与党にコネのある人々が経営する会社にばらまかれる。その会社に能力や実績がなくても関係ない。政治の腐敗が波紋のように広がり、教育、医療、福祉、インフラなど国民の生活の隅々まで悪影響を与えている。

2002年に設立された、捜査・検察の両方の権限を持つ「スコーピオンズ」(Scorpions)は、大規模の組織犯罪や汚職を次々と暴き、有罪判決率が90%という超有能な特別捜査班だったが、あまりに優秀なため、有力政治家やその友達たちや腐敗した警察に憎まれ、2008年に解体されてしまった。

良心的な裁判官や官僚がいないことはないが、ANC政権にインパクトを与えるほどではない。政治に関しては明るいニュースがなく、「南アフリカに正義はないのか!」と暗い気持ちになることが多い中、唯一、光を放っているのがツリ・マドンセラ(Thuli Madonsela)。

iol news
1962年9月28日、ジョハネスバーグ生まれの法廷弁護士。スワジランド大学で文学士号(法律専攻)取得、ヴィットヴァータースランンド大学で法学士号取得。アパルトヘイト時代は当時解放運動団体だったANCやUDF(統一民主前線)に参加。民主国家南アフリカの憲法最終草案を作成したメンバーのひとり。

2009年、「Public Protector」に任命される。南アの「パブリックプロテクター」は英国やスカンジナビア諸国のオンブズマン(ombudsman)に相当し、政府・国家機関・国家公務員などの違法行為・横暴に対する国民の訴えを受理・調査するのが仕事。

ツリは目を見張るほど有能である。公正・公平である。権力に屈しない。マンデラ亡き後の南アフリカの「良心」「正義」を体現している。

だから、与党ANCに憎まれている。ツリを任命したズマ大統領は、さぞかし後悔していることだろう。

2014/08/22

エボラがギニアの外に広がる必要はなかった! シエラレオネの伝統的治療師が拡大の原因

西アフリカは現在、史上最大のエボラ大流行に悩まされている。

ギニアで最初に被害者が出たのは昨年の12月。エボラだと特定されたのが2014年3月。その後、シエラレオネ、リベリア、ナイジェリアへ被害が拡大した。WHO(世界保健機関)によると、8月18日現在で2473名が感染し、1350名が死亡(死亡率55%)。ギニアでの死亡率推定は64%。だが、WHO発表の死亡率はあてにならないといわれる。「もしかしたらエボラが原因かもしれない」という感染疑い例まで数に入れてあるためだ。実際の死亡率はずっと高いと見た方がよさそうだ。

8月14日現在の感染状況(Centers for Disease Control and Prevention

ところが、シエラレオネで特に被害が大きいケネマ(Kenema)地方の医療高官モハメッド・ヴァンディ(Mohamed Vandi)さんによると、今回のエボラ伝染はギニアの外に広がる必要はなかった。局地的な小流行にとどまった可能性が高いというのだ。

すべては、ひとりの伝統的治療師から始まったという。