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2017/12/06

「あなたは生涯の父」 カトリック神父が明かしたムガベ辞任の裏話 ジンバブエ

2017年11月15日、ジンバブエ国軍がロバート・ムガベ(Robert Mugabe)大統領を自宅監禁し、首都の要地を占拠した。その直後、与党Zanu-PFグレース派に対する将軍たちの不満に耳を傾けるため兵舎に急いでいたカトリック神父のフィデリス・ムコノリ(Fidelis Mukonori)に、エマーソン・ムナンガグワ(Emmerson Mnangagwa)から電話が入る。

「ババ(お父さん)と、どうしても話したい。」

ムガベと話す仲介役を頼まれたのだ。

ムガベ、ムナンガグワ、軍隊に信頼されているムコノリ神父(CNN

2017/11/25

ロバート・ムガベの興隆と没落 ジンバブエ

生きているうちにこの日が来るとは思わなかった。」

ロバート・ムガベ大統領(93歳)の辞任を聞いて、多くのジンバブエ人がこう語った。なにしろ、1980年の独立以来、37年も政権の座に居座っていたのだから。37歳以下のジンバブエ人はムガベ以外の国家元首を知らない。

ロバート・ムガベ(Robert Mugabe)は1924年2月21日、英植民地・南ローデシア(現ジンバブエ)の貧しい家庭に生まれた。6人兄弟の3番目。父親は大工。敬虔なカトリック教徒だった母親は、村の子供たちにキリスト教の教義を教えていた。

ムガベ一家が住んでいたクタマ(Kutama)村は、イエスズ会が設立した布教村。イエスズ会の教えに従い、ムガベは子供のときから厳しい自己鍛錬を積み、自制心が強い人間に育った。

田舎の子供なら誰もがそうしたように、牛追いが日課だった。牛追いをしながら本を読む、勉強好きの子供だった。

(因みに、南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領も子供時代、牛追いをしたが、そのまま学校教育をまったく受けずに成人し、読み書きを習ったのはロベン島で服役中のことだった。今でも原稿を読むのがたどたどしい。自力で演説原稿が書けるとはとても思えない。)

勉強はよくできたものの、スポーツをしたり、他の子供と遊んだりするより、ひとりで本を読むことを好んだ。同級生たちからは「お母さんっ子」「腰抜け」とからかわれた。

1934年、長兄が下痢で亡くなり、次兄も毒入りトウモロコシを食べて死亡。同じ年、父親が大きな町ブルワヨへ。仕事を探すためだったが、そこで別の女性と知り合い、クタマ村の家族は捨てられてしまう。ロバートは若干10歳にして、ムガベ家の家長となった

2017/11/20

トランプ、アフリカにも悪影響 野生動物保護の危機

アフリカにはあまり影響がないと思われていたトランプ政権だが、11月15日(水)大変迷惑な発表を行った。「アフリカでの狩猟を促進する」というのである。

その理由は、アメリカ人ハンターがアフリカに出向き、絶滅危惧種を含む大型動物を殺すために大金を払うことで、地元のコミュニティが経済的に潤い、動物保護資金が増える。つまり、これまで欧米のハンティング愛好者が主張してきた「野生動物を殺すことが野生動物の保護につながる」という変な理屈の受け売りである。

その一環として、ジンバブエとザンビアで「合法的」に狩猟したゾウの牙をアメリカに輸入することを許可した。(絶滅危惧種を「合法的」に殺せるアフリカ諸国の政策は絶対おかしいと思う。しかし、大統領が率先して狩猟全面禁止に踏み切ったボツワナ以外の国では、政治家や役人の多くが欧米ハンターやロビー団体がもたらす大金に目が眩んでしまっている。)

トランプの息子、ドナルド・ジュニアとエリックは狩猟が大好き。アフリカに来ては野生動物を殺している。

長男のドナルド・ジュニアはこんな写真をソーシャルメディアにアップしている。

ゾウは絶滅危惧種

殺したゾウの尻尾をナイフで切り取ったもの。

生まれてから何一つ不自由なく生きてきたお金持ちのボンボンが、完璧に安全な環境の中、何百万円も払って払ってゾウを射殺し、その尻尾をナイフで切り取り、自慢げにソーシャルメディアにアップしている。そんなこと、なんの自慢にもならないことに全然気がついていない。

2017/05/29

すべてはミツバチのために 後ろ向きで走るマラソンランナー

来週の日曜日(6月4日)、今年度のコムレイズ(Comrades)が開催される。クワズルナタール州のダーバン/ピーターマリッツバーグ間の約89キロを走る、世界最古・最長のウルトラマラソンだ。参加できるのは2万人だけ。世界60か国以上から走者が集まる。

今年の参加者のひとりに、変わったスタイルで走る人がいる。コムレイズを走るのは今回で5回目という、ファライ・チノムウェ(Farai Chinomwe)さんだ。ファライさんは後ろ向きに走る。後ろ向きに走ることで、世間の注目を浴び、ミツバチに対する意識を高めることが参加の目的。優勝など目指していない。

ファライさん(storytelling.co.za


ファライさんの人生、人柄はまさに自然体

生まれたのはジンバブエの南東部の町、マスヴィンゴ(Masvingo)。自然に囲まれて育った。誰もが楽器を演奏する村だったという。

2000年にケープタウンに移り、ラスタファリアン(Rastafarian)になる。

カリブ海、特にジャマイカで、アフリカを帰還すべき約束の地と定め、エチオピアのハレ・セラシエ(Haile Selassie)皇帝を黒人の救世主として崇拝する宗教・政治的運動を「ラスタ主義」「ラスタファリアニズム」(Rastafarianism)という。ハイレ・セラシエの本名「ラス・タファリ」(Ras Tafari)からつけられた名称だ。

ラスタファリアンとはラスタ主義の信奉者のこと。マリファナの使用と、ドレッドロックス(長髪を縮らせて細かく束ねたヘアスタイル)と、レイドバックな生き方で知られる。

ドレッドロックスといえばボブ・マーリー

ファライさんの改宗の理由は、「けばけばしいライフスタイルとは関係ない生き方をしたかったから」。

2016/05/11

最高のキャンプサファリ ボツワナ

仕事で何度か、ボツワナでキャンプをする機会があった。

国立公園のど真ん中、ライオンやハイエナやゾウやバッファローなどがいるところに、特別な許可を取って、柵も何もなしにキャンプを張る。といっても、設営はプロのスタッフがやってくれる。通算で50泊くらいしただろうか。

1日24時間サファリ状態。夜、まわりに人の気配がないキャンプを取り囲むのは、漆黒の闇。頭上には、大きなカゴに山盛り入った星をワシづかみにして振り撒いたような、満天の星空。くっきりと白い天の川は「ミルキーウェイ」(ミルクの道)という英語がぴったり。聞こえるのは野生動物の声だけ。そして、信頼できる、腕の超確かなガイド、シェフ、スタッフがサポートしてくれる。焚火と鍋だけで、こんなに美味しい料理ができるなんて感動もの。

左上や下部の星が見えないところは木があるため

ボツワナという国がまた素晴らしい。1966年の独立時には、世界でも最貧困国のひとつだった。それが1970年代初頭、ダイヤモンドの発見により一躍裕福になる。しかし、権力者が富を独占し、私欲を肥やし、国民の生活を顧みない国が多かった当時のアフリカには珍しく、大統領をはじめとして立派な政治的指導者に恵まれた。


「ダイヤはいつか枯渇する」と、観光と教育に力を注ぐ。10年間の義務教育は無料。公共の医療機関も無料。

環境保護にも余念がない。チョベには、世界のどこよりも多くのゾウが集まる。一時はゼロだったサイの再導入も、大統領の全面バックアップを得て始まった。大型動物のハンティングどころか、狩猟は全面禁止。公園内に銃の持ち込みはできない。陸軍の密猟取締り班が目を光らせ、密猟者はその場で射殺される。また、外国人観光客の国立公園入場料や公園内宿泊料をかなり高く設定する一方で、ボツワナ国民・居住者は誰でも払えるような安値で公園を楽しめる。

国民性も好感が持てる。特に南アフリカから来ると、その違いに愕然とする。もちろん、どこの国にも色々な人がいるものの、ボツワナ国民は概ね、温厚で働き者。民度が高い。

南を南アフリカ共和国、西と北をナミビア、東をジンバブエ、北をザンビアに囲まれた内陸国(Wikipedea


すっかりボツワナファンになってしまった私。なんとか応援したい。

そういうわけで、昨年日本に一時帰国した際、ボツワナという国と国民、そしてキャンプサファリの素晴らしさを熱っぽく吹聴していたら、「行ってみたい!」という声が続出。そこで、参加者を募り、今年のゴールデンウィークにプライベートツアーを企画してみた。一橋大学イノベーション研究センターの米倉誠一郎教授(兼日本元気塾長兼プレトリア大学日本研究センター顧問兼NPO「アフリカ象の涙」顧問)と一緒に南アフリカに来たことがあるメンバーを中心とした、夫婦2組(1組は新婚旅行!)、シングル女性3名、シングル男性1名、それに私の計9名。

2015/11/28

「ミスター・アグリー」 ジンバブエの醜男コンテストで新チャンピオン誕生

ジンバブエの醜男コンテスト「ミスター・アグリー」(Mr Ugly)で、新チャンピオンが誕生した。

11月20日、首都ハラレのシティー・スポーツ・バー(City Sports Bar)で開催された2015年度「ミスター・アグリー」コンテストで、優勝賞金500ドルを手にして大喜びしているのは、失業中のメイソン・セレ(Maison Sere)さん、42歳。歯が抜けた口と、縦横無尽のグロテスクな表情で、審査員の心をとらえた。

新チャンピオン、セレさん(eNCA

「優勝して嬉しい。接戦だったが、私のルックスのお蔭で優勝できた。前回は4位だった。優勝できたことを神様に感謝したい。チャンピオンに選んでくれた審査員の皆さんに感謝する」と記者会見で語った。

2015/04/19

収拾のめどがつかない外国人襲撃にアフリカ諸国が立ち上がる

ゼノフォビア」(xenophobia)という言葉をご存知だろうか。

「ゼノ」(xeno)は「外来の、 異質の、 異種の」、「フォビア」(phobia)は「恐怖症、 病的恐怖、 病的嫌悪」を意味する。つまり、「ゼノフォビア」(xenophobia)とは「外来者・外国人恐怖症、外国(人)嫌い」。リーダーズ英和辞典には「外国[未知]の人[もの]に対する嫌悪・憎しみ・恐怖」とある。

ゼノフォビアという言葉は、南アフリカではかなり特定した使い方をされている。「アフリカ諸国からやってきた黒人に対する、南アフリカ黒人による差別・偏見・暴力」を表す婉曲表現なのだ。ここ数年よく耳にする言葉である。日常的に小さい事件が都市部で起こり、数年に一度、大きな襲撃事件が連発する。大抵の場合、理由にもならないようなちょっとしたことがきっかけだ。きっかけがはっきりしないこともしばしばである。

最初に「ゼノフォビア」が大きく取り上げられたのは、10年くらい前だったと記憶している。モザンビーク人やジンバブエ人が襲撃され、各地に難民キャンプが設立された。

2015/02/17

転んだムガベがミーム化 政治批判から無邪気な笑いまで

ジンバブエの独裁者ロバート・ムガベ(Robert Mugabe)大統領がこけた。エジプトで開催されたアフリカ連合(African Union)総会で新議長に就任し、2月4日、意気揚々と帰国。空港で演説を行った後、ひな壇から下りる途中で、赤カーペットに躓いてしまったのだ。



映像は世界中のニュースで流れてしまったものの、写真の流出だけでも食い止めようとしたのか、現場にいたスチールのカメラマンたちは画像を消去するよう警備員に要求されたという。また、27人もの警備員が停職処分になったという報道もあった(ジンバブエ政府は否定)。

国のお抱えカメラマン、ジョセフ・ニャダヨ(Joseph Nyadzayo)は自分が撮った写真を政府のプロパガンダ新聞『ヘラルド』(Herald)紙に届けた。新聞の上層部は「絶対使ってはならない!」。なのに、全国紙に掲載されてしまった。どこかで行き違いがあったのか、それとも、写真があまりに秀逸なため、編集部員たちが誘惑に勝てなかったのか。。。


『ヘラルド』紙の編集部員3人が大目玉を食らったらしい。

ジンバブエ政府は火消しに大わらわ。『ヘラルド』紙の姉妹紙、『サンデーメール』(Sunday Mail)紙曰く、

「ムガベ大統領は、精神的に機敏であるが故に、反射的に転倒のショックを和らげることが出来、また、身体的にフィットしているが故に、全く怪我をすることなく歩き去ることが出来た。」

「この出来事により、ジンバブエ人が何故一貫してムガベ大統領に投票し続けるのかが証明された。大統領はこれまでにも増して、精神的に機敏であり身体能力に優れている。」

「ムガベ大統領が一線から身を引く時が来たなどと示唆するのは、馬鹿者だけである。」

そろそろ91歳の老人なのだから、躓いて転ぶことがあっても不思議ではないのに、ムキになっているのが痛ましい。

一方、政府にコントロールされていない『スタンダード』紙は、

「若い老人のふりをしても、ムガベのためにならない。」

「引退してくれれば、ムガベ自身とジンバブエ国民に大きく貢献する。」

それにしても、想像をかき立て、創造を生み出すポーズである。あっという間に、インターネット・ミーム(internet meme)化したのも不思議はない。検索したら、50近くあった。政治批判をチリバメタものから、単に笑いを誘うものまで、よく思いついたなあ。

例えば、明らかなムガベ批判は・・・
 

2014/02/18

アフリカのサイをオーストラリアへ 苦肉の絶滅防止対策

南アフリカでサイの密猟が本格化したのは2008年。ツノを効果のない「漢方薬」に使うため、約80頭が殺された。その後、密猟数は毎年飛躍的に増加し、2013年には1000頭以上のサイが無駄に命を落とした。3日に1頭の超ハイペースである。絶滅の危機に晒されて「希少価値」があるから、余計高く売れるのだろうか。そして、高く売れるから、益々密猟が盛んになる。。。

主な消費地である中国ベトナムにおける、生活水準の向上人口増も大きな原因だろう。昔だったら、サイの漢方薬など買えなかった人々の懐が豊かになった。環境保護に対する意識の低さや、「サイのツノは爪と全く同じ成分で、全く効能がない」という正しい知識・情報が浸透していないことは深刻な問題だ。

2013/01/13

2020年にクルーガー公園からサイがいなくなる可能性。最新報告書が予測する絶望的な未来。

ントンビ(Ntombi)ちゃんの目の前で、母親が惨殺された。犯人たちは母親を取り囲んで、なにか作業をしている。まだ乳飲み子のントンビちゃんに、難しいことはわからない。恐らく母親が殺されたことも。。。とても怖くて、ただ、お母さんの傍に行きたいだけ。。。

うるさがった男たちは、ントンビちゃんを追い払おうと、斧やナタで切りかかった! ントンビちゃんは顔などに18か所も深い傷を負ってしまう。だが、頭蓋骨を切り裂くほどの重傷にも関わらず、奇跡的に命を取りとめる。。。

この事件は今年早々、首都プレトリアから北に250キロ、リンポポ州のマコパネ(Makopane)近くで起こった。ントンビちゃんは生後2か月のシロサイの赤ちゃん。

2時間おきにミルクを飲むントンビちゃん。「Sunday Times」より。

2012/06/08

逆境に負けない! 14歳で大学入学 ジンバブエ

ジンバブエ中部のクェクェ(Kwekwe)は首都ハラレ(Harare)、第2の都市ブラワヨ(Bulawayo)の、ほぼ中間に位置する鉱山の町。人口10万人弱。


この町で生まれたモード・チファンバ(Maud Chifamba)さんが、8月からハラレのジンバブエ大学(University of Zimbabwe)に通うこととなった。

モードさんはまだ14歳。それも、数々の困難を克服しての快挙だ。

2012/03/13

象も悲しんだ 環境保護活動家ローレンス・アンソニーの死

ロバート・レッドフォード(Robert Redford)が監督・主演した『モンタナの風に抱かれて』(1988年)という映画をご存知だろうか。

原題は『The Horse Whisperer』。直訳すると「馬に囁く人」。苦痛や恐怖を与えてしまう伝統的な「アメとムチ」手法ではなく、馬の本能やコミュニケーションシステムに精通し、馬にとって精神的負担が少ない、自然で優しい方法で調教する名人だ。

初代の「囁き手」は、アイルランド人のダニエル・サリヴァン(Daniel Sullivan。1810年死亡)。虐待を受けたりしてトラウマを抱える「問題児」のリハビリを得意とした。馬を前にして立ち、いつのまにか成功してしまう。その姿が馬に囁きかけ、馬と心を通わせているように見えたことから、「ホース・ウィスパラー」=「馬に囁く人」と呼ばれた。

南アフリカには「エレファント・ウィスパラー」と呼ばれる男がいた。そう、「象に囁く人」である。

ローレンス・アンソニーと象たち(財団HPから)

2011/12/02

「最後の独裁者」 ナンドーズ、またもや大ヒット作

ポルトガル風チキンのファーストフードレストラン「ナンドーズ」(Nando's)がまたもや大ヒット作を生みだした。といっても、メニューではなく、TVコマーシャルの話。

ファーストフードレストランというと、薄利多売。売り上げの量で勝負するためには、出来るだけ多くの人に来てもらう必要がある。そのため、ファーストフードレストランの広告は、家族層を狙った毒にも薬にもならないものになりがち。勿論、話題になるに越したことはないが、せいぜい登場人物のセリフとか、テーマソングに工夫を凝らす程度。政治批判なんてもってのほか。

ところが、ナンドーズは次から次へとやるのである。タイムリーで、ユーモラスで、ウィットの効いた政治批判を。大統領だろうと、有力政治家だろうと、怖いものなし!

今回槍玉に上がったのは、ジンバブエのロバート・ムガベ(Robert Mugabe)大統領。題して、「最後の独裁者」(The Last Dictator Standing)。

2011/04/24

象の肉を囚人の食事に ジンバブエ

出来ることなら刑務所には入りたくない。特に南アフリカの刑務所には。(「飲酒運転で集団強姦!?! 過激な安全運転キャンペーン」参照)

尤も、囚人の人権コンサルタントである友人によると、アフリカの刑務所はどこもひどいらしい。政府やNGOに頼まれ、刑務所の実情調査などをするフリーランスの商売が繁盛するくらいだから、さもありなん。

ジンバブエの刑務所では、食事に何年も肉が出されていないという。メニューは2種類しかない。サザ(硬めにゆでたトウモロコシの粥。南アではパップと呼ばれる)とキャベツまたはサザと豆だ。食事内容は国際基準はもとより、ジンバブエの法律で定められた基準すら満たしていない。肉を買う予算がないというのが、刑務所管轄当局の言い分。

そこで法務省と刑務所管轄当局が目をつけたのが、象の肉。沢山いるからいいじゃないか、という論理。象がCITES(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora:絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)別名「ワシントン条約」の付属書I指定を受け、絶滅の恐れがあるため手厚く保護されていることなど眼中にない。

当然のことながら、環境団体は大反発。種の絶滅につながるだけでなく、ジンバブエにとって大きな観光資源である野生動物を殺すのは、「私たちが受け継いだ遺産を盗むこと」「未来の遺産を食いつぶすこと」に他ならない、とジンバブエ自然保護対策委員会(Zimbabwe Conservation Task Force)のジョニー・ロドリゲスス(Johnny Rodrigues)さんは嘆く。

一時は10万頭まで増えた象は、現在3万5千頭を切っている。政府は象を殺すのではなく「厳しい法律を制定して守るべき」とロドリゲスさん。

国立公園の管轄機関には、まだ法務省から打診がないらしい。単なる奇抜な思いつきとして、このままお流れになることを祈っている。

(参考資料:2011年4月20日付「Zimbabwe Independent」など)

2011/01/05

お土産に100兆ドル札はいかが? ジンバブエ

100兆ドル札。1のあとにゼロが14ついたお札だ。全世界の人間に1000ドルずつ配っても、まだおつりが来る額である。このお札が最近、観光客のお土産として人気があるという。

ドルと言っても米ドルではなく、ジンバブエのお話。ムガベ大統領の悪政がたたって、経済が崩壊していた頃の名残り。とにかくものすごいインフレで、新しい紙幣を刷っても刷っても追いつかなかったのである。

初めてジンバブエを訪問したのは1993年。車で2週間国中をまわったが、どこに行っても活気があり良い国だった。国民の教育レベルが高く、南アフリカの通貨1ランドが1.5ジンバブエドル程度だった。

2001年に行った時は通貨の闇市場が出来ていた。政府の定める為替レートが現実を反映していないためだ。1ランドが50~60ドル。その直前に「外国人の身の安全は保証しない」と大統領自ら公言していた。

2004年には国内でガソリンが入手できないということで、南アからガソリンを積んで出かけた。1ランドが1200~1300ドル。インフレが急速に進み、刷りかけの50ドル札が2万ドル札として転用されていた。隅に「50」と印刷してある紙の上に「20000」を印刷したものだ。かつて紙幣を飾った動物も風景もなくがっかりしていたら、表の真ん中になんと!

「2004年12月31日まで有効」

の文字。生まれて初めて、有効期限付きの紙幣を手にした。発効日は2003年12月1日。

経済が完全に破綻し、南アに難民がなだれ込んだ2008年。世界最高を誇るインフレ率は数十億%。毎時間のように物価が上昇する。7億ドルで買えるのはパン一斤。商店の棚はからっぽ。ジンバブエ国民は「世界で最も貧しい億万長者」と自嘲した。

ジョハネスバーグの難民キャンプで出会った女性は、「大統領は国民にとって父親のようなもの。私たちのお父さんは子供のことを気にかけてくれない」と嘆いた。

発行された最高額の紙幣は「100禾予」(のぎへんに予。「ジョ」)。つまり、
100,000,000,000,000,000,000,000,000。
10の25乗。ゼロが26個。

その後、ゼロをいくつか取り去って通貨の切り下げをおこなったが、焼け石に水。ついにムガベ大統領は反対勢力の弾圧を緩め、野党との連立政権に踏み切る。

経済が安定し、活気が蘇りつつあるジンバブエ。観光客も戻って来た。そこで人気が出てきたのが冒頭のお札である。100兆ドル紙幣の相場は5ドルとのこと。余りの人気に、残り少なくなっているらしい。入手したい方はお早めに。

説経済が安定していた時代の20ドル札(表)

裏にはゾウとビクトリアの滝の図柄

有効期限付きの2万ドル札(表) 右下に50の文字


殺風景な裏側
(参考資料:2011年1月3日付「Mail & Guardian Online」など。写真は筆者による)

2010/10/24

大統領夫人の浮気 ジンバブエ

スワジランド王妃の浮気(2010年8月16日付「王妃と大臣の不倫 スワジランド」参照)に続き、ジンバブエ大統領夫人の浮気が明るみに出た。またか、という感がなきにしもあらずだが、インパクトはかなり違う。

一方は、南部アフリカ以外で殆ど話題にのぼることのない貧しい小国スワジランドの、数多い国王夫人のひとり。他方は、1980年まで少数白人支配を続けたローデシア(現ジンバブエ)の解放闘争の英雄で、欧米のメディアにしばしば登場するロバート・ムガベの唯一の妻グレース。独立当時は比較的良政を行ったと評価されたムガベがトチ狂ってしまったのは、41歳年下の愛妻のせい、と噂される派手好きな美女だ。

しかも、「サンデータイムズ」紙の一面トップを飾った記事を書いたのは、世界的に有名なジャーナリスト、ジョン・スウェイン(Jon Swain)。ベトナム戦争、サイゴン陥落からザイールのモブツ政権崩壊、東チモールの独立まで、世界中の紛争を長年カバーしてきた。近年は、英諜報部MI6と密接な関係にあると言われている。

グレースの浮気が取りざたされたのは、これが初めてではない。浮気相手のひとり、ピーター・パミレ(Peter Pamire)はミステリアスな自動車事故で死亡。別のひとり、ジェームズ・マカンバ(James Makamba)はジンバブエ有数の富豪で与党幹部だったが、大統領夫人との浮気がばれて命からがら逃げ出した。

今回の相手は格が違った。ムガベの信頼が厚い準備銀行の総裁、ギデオン・ゴノ(Gideon Gono)。私財の管理まで任せてる友人だ。ふたりの関係は2005年に始まり、ムガベ死後には結婚を考えているといわれる。

ムガベとグレースの関係自体、不倫から始まったものだ。当時、ムガベの糟糠の妻で国民から敬愛されていたサリーは、腎臓病で苦しんでいた。グレースは大統領府のタイピストのひとりで、空軍の軍人と結婚していた。サリーの死後、1996年にふたりは結婚。既に、2人の子供をもうけていた。ジンバブエ国民の間で、グレースの評判はすこぶる悪い。

知る人ぞ知るグレースとゴノの関係をムガベに告げたのは、死の床にあったムガベの妹サビナ。今年の7月26日、午後6時と7時の間とされる。8月末、ムガベは最も信頼するボディガード、ケイン・チャデマナ(Cain Chademana)を問い詰めた。浮気の事実を知っていたことを認めたチャデマナは、数日後不審死を遂げる。

元々安い給料に不満だった諜報機関職員たちは、チャデマナの死にショックを受け、ジョン・スウェインのようなジャーナリストに重い口を開き始めた。

88歳のムガベはジレンマの真っただ中にいる。妻を寝とった親友ゴノは、ジンバブエ経済が崩壊した際、準備銀行総裁として何とかやりくりしてムガベ政権を支えてくれた恩人である。その上、国庫から盗んで世界中に隠されているという、ムガベ一家の莫大な私財の管理を一手に引き受けている。ムガベに取り入って私腹を肥やした、軍や党の幹部の中にも、ゴノに私財管理を任せている者が多い。これまでのように簡単に、不審死を迎えさせたり、国外に追放したりするには、リスクが大きすぎる。

悪妻のホマレが高いグレースだが、ムガベにとってはかけがえのない愛妻。若い妻(47)と親友(50)の不倫に目をツブルのが最善の策だっただろうが、表面化してしまった以上、何もしないのは独裁者のコケンにかかわる。今のところ、ムガベの報道官もゴノの報道官も沈黙を守ったままである。

(参考資料:2010年10月24日付「Sunday Times」など)