ラベル 音楽 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 音楽 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018/03/18

ヒロイン役は南ア人ソプラノ! METライブビューイング

ガエターノ・ドニゼッティ(Gaetano Donizetti)のコメディ・オペラ『愛の妙薬』(L'elisir d'amore)が最高に楽しかった。主な歌手全員、歌がうまいだけでなく、かなりの役者である上に、息がぴったり合っている。人を笑わせるのはむずかしいと思うのだが、抜群の演技とタイミングに喝采した。


主役の単純で間抜けな貧農、ネモリーノ(Nemorino)を演じるのは、アメリカ人テノールのマシュー・ポレンザーニ(Matthew Polenzani)。



いい人なんだけど、一生の伴侶にするにはお人好しすぎて多少の不安がある(と私は思う)ネモリーノは、美人で聡明で、根は優しいがちょっと高慢な富農の娘アディーナ(Adina)に一途な恋をしている。動画はネモリーノが歌う有名なアリア『人知れぬ涙』(Una furtiva lagrima)。


アディーナ役は南ア人ソプラノのプリティ・イェンデ(Pretty Yende)。1985年3月6日、南アフリカの田舎町に生まれた。生まれて初めてオペラに触れたのは16歳の時。ブリティッシュエアウェイズ(British Airways)のコマーシャルで、レオ・ドリーブ(Léo Delibes)のアリアを耳にし、オペラの虜になった。



南アの音楽学校を優等で卒業後、ミラノのスカラ座付属学校で学ぶ。ヨーロッパで数々の賞を勝ち取り、2012年スカラ座デビュー、2013年ニューヨークのメトロポリタンオペラデビュー。もちろん才能と努力の賜物だろうが、現代のシンデレラ物語である。

2018/02/15

ベッカム、ゾンビ、スタートレック・・・。楽しい大学の科目あれこれ

アメリカのテレビ番組『ゲーム・オブ・スローンズ』(Game of Thrones)が米バージニア大学(University of Virginia)で英文学の科目になった。エミー賞、ゴールデングローブ賞など受賞している超人気ファンタジードラマだ。

授業を行うのはリサ・ウールフォーク(Lisa Woolfork)準教授。実績のある学者とのこと。『ゲーム・オブ・スローンズ』は「文学的に見て、非常に多様で含蓄がある文章。何重もの層があり、登場人物が豊富で、とても知的」とベタ褒め。

ディスカッションが主の授業は4週間にわたり、学生たちは最後に『ゲーム・オブ・スローンズ』の新しい章をグループ別に書くことになっている。現在24名の学生が受講中。

4年生のマドリン・マッコーリフ(Madlyn McAuliffe)さん曰く、「昔は本が話題を提供したが、今その役割を果たすのはテレビと映画」「文学と同じ原則をテレビや映画に適用するのは大切だと思う」。

これ以外にどんな「オモシロすぎて、実在するとはとても思えない大学の科目」があるのだろう、と英『デイリー・テレグラフ』(The Daily Telegraph)紙が探し出してきたのが以下のコース。

* * * * * * * 

デイビッド・ベッカム研究(David Beckham studies) 英スタッフォードシャー大学(Staffordshire University)

この大学には「メディア・スポーツ・文化」という学位があるそうで、その授業の一環。ベッカムの写真をホレボレと観賞するわけではなく、人々がサッカー選手に夢中になる現象を社会学的に研究するもの。コースを創設したエリス・キャシュモア(Ellis Cashmore)教授曰く、「今日ベッカムが大きな注目を浴びているのは事実。ベッカムは数多くの夢想・幻想の対象となっている」。

2009年ケープタウンにて。記者会見で一語一語ゆっくり言葉を選んで話す、誠実な態度が印象的でした。

2017/10/18

ロッシーニのシンデレラ METライブビューイング

METライブビューイング(Metropolitan Opera Live in HD)今シーズン最後の出し物は、ジョアキーノ・ロッシーニ(Gioachino Rossini)の『チェネレントラ』(La Cenerentola)。童話『シンデレラ』をオペラ化したもの。

といっても、子供向けのオペラではない。妖精のお婆さんとか、カボチャの馬車とか、12時までの時間制限は出てこない(以上はディズニーのアニメ版のお話)。ロッシーニは魔法の要素をなくし、大人向けの素敵なロマンチックコメディーに仕上げている。3週間でこのオペラを書き上げた時、ロッシーニは弱冠25歳。前年に発表した『セビリアの理髪師』(Il Barbiere di Siviglia)が大ヒットし、ノリに乗っていた時期だ。

主人公はアンジェリーナ(Angelina)。いいところのお嬢さんだったが、寡婦になった母親がドン・マニフィコ(Don Magnifico)と再婚したことから、運命が狂ってしまう。落ちぶれた男爵ドン・マニフィコには先妻との娘、クロリンダ(Clorinda)とティスベ(Tisbe)がいる。いずれも高慢で我儘で贅沢好き。ドン・マニフィコはアンジェリーナの母親が亡くなった後、実の娘に贅沢をさせるため、アンジェリーナが受け継いだ遺産を勝手に使い果たした。ソファもボロボロの家に住む男爵はメイドも雇えないらしく、アンジェリーナを召使いとしてこき使い、ボロを着たアンジェリーナを「チェネレントラ」(灰かぶり)と呼んで馬鹿にしている。(暖炉の掃除などで、灰だらけになってしまうのだろうか。)おとなしくて心優しいアンジェリーナは、いつかこの環境から抜け出ることを夢見つつも、黙って耐えている。

(METライブビューイング最新情報)

一方のラミーノ(Ramiro)王子。後継ぎを心配する重病の父王から「すぐ結婚しなければ勘当する」と脅され、しぶしぶ嫁探しをしている。「愛していない相手でも、この際仕方がない」と嘆きながら、宮殿で舞踏会を開き、一番美しい娘と結婚することにした。勿論、「一番美しい」といっても、小作民の娘が玉の輿に乗るわけではなく、貴族や有力者しか対象にならないのだろう。王子の家庭教師を務める哲学者のアリドーロ(Alidoro)が乞食に身をやつし、家族構成を記録した台帳を頼りに、適齢期の娘がいる家庭をまわって下調べをしている。

2017/08/31

復活! ジョハネバーグ交響楽団

2012年に解散の危機を迎えたジョハネスバーグ交響楽団(JPO: Johannesburg Philharmonic Orchestra)。(存続の危機 ジョハネバーグ交響楽団)

解散はなんとか免れたものの、2013年はわずか2シーズン(前年までは4シーズン)。そして、とうとう、「ビジネス・レスキュー」(business rescue)、即ち、日本の会社更生法・民事再建法のようなもののお世話になることになった。

シーズンは取りやめ、1年に片手で数えられるほどの単発公演のみ。フルタイムの音楽家たちは意気の上でも、財布の上でも、さぞかし辛かっただろう。

その後、2015年CEOに就任したボンガニ・テンベ(Bongani Tembe)の元で改革に取り組み、苦節の甲斐あって借金をすべて返済。2017年8月に新しい理事会、新しいロゴ、新しいドナーの元で活動を再開した。

2017/07/25

映画『The Promise』(ザ・プロミス~約束) 美しくて悲しすぎる一大歴史ドラマ



The Promise 
2016年

監督 
テリー・ジョージ(Terry George)

主演 
オスカー・アイザック(Oscar Isaac)
シャーロッテ・ルボン(Charlotte Le Bon)
クリスチャン・ベイル(Christian Bale) 

🔼🔅🔽🔅🔼🔅🔽🔅🔼🔅🔽🔅🔼🔅🔽🔅🔼🔅🔽🔅🔼🔅🔽🔅🔼

「20世紀初頭のトルコを舞台にした映画」程度の認識だけで映画館に入った。トルコは好きな国だし、主演のオスカー・アイザックは『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』(A Most Violent Year)の演技が素晴らしかった、個人的に注目している役者だし、クリスチャン・ベイルはまだ12歳くらいだった『太陽の帝国』(Empire of the Sun)以来、幅広く徹底した役作りに脱帽していた役者だし、監督は『父の祈りを』(In the Name of the Father)の脚本、『ホテル・ルワンダ』(Hotel Rwanda)の監督を担当したテリー・ジョージだし、見る価値はあると思ったのだ。

そして・・・見てよかった! 感動のあまり、後半は泣き通しだった。。。

『イングリッシュ・ペイシェント』(English Patient)を彷彿とさせる、一大歴史ドラマ。歴史に翻弄されながらも、愛と信念に忠実に、一生懸命生きる3人の主人公はいずれも魅力的。IMDb(インターネット・ムービー・データベース)で10点満点をつけてしまった。なによりも心にズキっときたのは、ベースとなっている史実だ。

2017/07/13

室内楽のイメージを打ち破るドイツの美女カルテット「サルートサロン」(Salut Salon)

室内楽(chamber music)というと、宮廷の応接室など(chamber)でオスマシして優雅に奏でる優等生的なイメージがあるが、ドイツの女性カルテット「サルートサロン」(Salut Salon)は押さえきれないエネルギーがほとばしり出る豪快さと、女性らしい繊細さと、ヴィジュアル的な麗しさを併せ持つ、ゴキゲンなグループ。楽しくて、ひたすらカッコいい。

まずはこちらをご覧ください。


2017/05/31

オペラも容姿の時代? METライブビューイング

ポスターを見てちょっと驚いた。これがオペラ歌手・・・?


カッコいいけど、この体格で声が出るの・・・?

・・・というのは、全くの懸念に終わった。

ヨナス・カウフマン(Jonas Kaufman)。今、人気絶頂のドイツ人テノールだ。演目はジュール・マスネ(Jules Massenet)の『ウェルテル』(Werther)。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』をオペラ化したもの。

2016/12/09

愛らしいフランス人女性による「マケバ」がユーチューブで話題

うら若いフランス人歌手によるビデオ「マケバ」が話題になっているという。11月30日にユーチューブにアップされ、12月9日現在で85万ヒットを超えている。

「マケバ」とは、南アの国民的歌手で反アパルトヘイト活動家「ミリアム・マケバ」(Miriam Makeba)のこと。
「ママ・アフリカ」と呼ばれたミリアム・マケバ(Originalpeople.org)

歌っているのは「Jain」。フランス語読みすると「ジャン」だろうか。本名「Jeanne Galice」、1992年2月7日生まれ。マケバが亡くなったのは2008年11月9 日。ジャンがまだ16歳の時だ。そんな女の子がなぜマケバの歌を?

2014/08/31

南アフリカの良心、ツリ・マドンセラ マイリー・サイラスのパロディ

南アフリカの与党ANC(アフリカ民族会議)は、ジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)大統領を頂点として腐敗しきっている。総選挙が完全比例代表制であるため、政治家は「有権者」や「地元」を考える必要がない。党内の力関係が全てなのだ。能力も必要な資格もないのにコネだけで職を得た官僚が、国政だけでなく州政府や市にも溢れている。地方・中央政府の仕事は、与党にコネのある人々が経営する会社にばらまかれる。その会社に能力や実績がなくても関係ない。政治の腐敗が波紋のように広がり、教育、医療、福祉、インフラなど国民の生活の隅々まで悪影響を与えている。

2002年に設立された、捜査・検察の両方の権限を持つ「スコーピオンズ」(Scorpions)は、大規模の組織犯罪や汚職を次々と暴き、有罪判決率が90%という超有能な特別捜査班だったが、あまりに優秀なため、有力政治家やその友達たちや腐敗した警察に憎まれ、2008年に解体されてしまった。

良心的な裁判官や官僚がいないことはないが、ANC政権にインパクトを与えるほどではない。政治に関しては明るいニュースがなく、「南アフリカに正義はないのか!」と暗い気持ちになることが多い中、唯一、光を放っているのがツリ・マドンセラ(Thuli Madonsela)。

(iol news)
1962年9月28日、ジョハネスバーグ生まれの法廷弁護士。スワジランド大学で文学士号(法律専攻)取得、ヴィットヴァータースランンド大学で法学士号取得。アパルトヘイト時代は当時解放運動団体だったANCやUDF(統一民主前線)に参加。民主国家南アフリカの憲法最終草案を作成したメンバーのひとり。

2009年、「Public Protector」に任命される。南アの「パブリックプロテクター」は英国やスカンジナビア諸国のオンブズマン(ombudsman)に相当し、政府・国家機関・国家公務員などの違法行為・横暴に対する国民の訴えを受理・調査するのが仕事。

ツリは目を見張るほど有能である。公正・公平である。権力に屈しない。マンデラ亡き後の南アフリカの「良心」「正義」を体現している。

だから、与党ANCに憎まれている。ツリを任命したズマ大統領は、さぞかし後悔していることだろう。

2014/05/02

マンデラの70歳誕生日コンサート、ドキュメンタリーに

1988年6月11日、ロンドンのウェンブリー・スタジアム(Wembley Stadium)でネルソン・マンデラの70歳誕生日コンサート「The Nelson Mandela 70th Birthday Tribute」が開かれた。

マンデラ70歳誕生日コンサートのポスター

プロデューサーはイギリス人のトニー・ホリングワース(Tony Hollingsworth)。構想を練ったのは1986年の初めという。イベントの主眼は、「ネルソン・マンデラをはじめとする南アフリカの政治犯の釈放」「アパルトヘイトの撤廃」「南アフリカへの制裁」の3点を求めること。世界の注目を集めるためには、大物ミュージシャンの出演とテレビ中継が欠かせない。

大物ミュージシャンとテレビ中継を確保するため、ホリングワースは走り回る。その努力は並大抵のものではなかった。

2013/12/07

ネルソン・マンデラ、逝く 弔問客であふれるジョハネスバーグの自宅前

12月5日23時54分、外国特派員協会からメールが届いた。件名は「ネルソン・マンデラ死去」(Nelson Mandela passed away)。

短い本文が続く。「同僚の皆さん、ズマ大統領がネルソン・マンデラの死去を国営放送第2チャンネルで発表します。」( Dear Colleagues,President Zuma announces Nelson Mandela's passing on SABC 2.)

ここ数か月、生命維持装置のお蔭でかろうじて生きていたことは周知の事実。「与党ANCは来年の総選挙まで生きていて欲しいだろうな」と思いつつ、いつ亡くなってもおかしくない状態が続いていた。何か月も喉に管をつっこまれたまま。口もきけなければ、食事もできない。強欲な政治家や近親のせいで、無理やり生き延びさせられているようで、気の毒だった。

だから、心の準備は出来ていたはずなのに、一瞬世界が止まり、頭が空白になった。

ズマによると、亡くなったのは12月5日の20時50分頃。家族に看取られてのこと。

「我が国はその最も偉大な息子を失い、国民は父親を失いました。」(Our nation has lost its greatest son. Our people have lost a father.)

陳腐に聞こえかねないこんなセリフも、マンデラには限りなくふさわしい。

一日経って放心状態から回復し、ジョハネスバーグの自宅に花を持って行くことにした。遺体はとっくに軍隊の病院に移され、腐敗処理を施されている最中であることは知っているが、やはり花を捧げたい。(夫を利用できるだけ利用しようとする政治家や家族が騒ぐ中、外部にはひたすら沈黙を守りながら、献身的に看病を続けたグラサ・マシェル夫人の姿が心に浮かぶ。)

2013/07/07

23年ぶりに蘇った幻の歌 「国民はマンデラを求めている」

1990年、ジョハネスバーグのエリスパークスタジアム(Ellis Park Stadium)で、27年間の服役生活から釈放されたマンデラのために、「おかりなさい」コンサートが開かれた。当時、南アフリカで最も影響力が強かったミュージシャンたちが一堂に会し、一緒に歌ったのが、この日のために作曲されたこの歌。

「国民はマンデラを求めている」(The People Want Mandela)。

ライブで歌われたのはこれ一回切り。CDとして販売されることも、ビデオがリリースされることもなく、いつの間にか人々の記憶から消え去った。

それが、ごく最近、南アフリカの映像作家、ニック・ホフメイヤー(Nic Hofmeyr)によって蘇った。

ダメージを受けたテープ2本から新たにマスターテープを作り上げ、映像をつけてユーチューブにアップロードしたのだ。7月2日のことである。

マンデラの死を目の前に迎えての行為だろうが、誰でも無料でアクセスできるユーチューブというところがいい。明らかに、金儲けを狙ってのことではないからだ。マンデラの一生やその功績を振り返り、愛情と感謝の心に溢れる国民の心を代弁しているようで好感がもてる。

2012/11/27

存続の危機 ジョハネバーグ交響楽団

11月15日、ジョハネスバーグ交響楽団(Johannesburg Philharmonic Orchestra)、通称JPOの、今年最後の公演。曲目はグリンカの「リュスランとルドミラ序曲」、サンサーンス「ピアノ協奏曲第2番」、それにドボルジャークの「交響曲第9番『新世界より』」。

演奏前に、副チェアマン(Deputy Chairman)のスティーヴン・ジューリシッチ(Stephen Jurisich)氏がステージに上がる。「忘れないで携帯電話を切ってくれ」とか「ライトをつけっ放しの車がある」とかいったお知らせを毎回ユーモアたっぷりに行なうスティーヴン、今日はなんだか神妙な面持ちだ。

「JPOに関して、最近、色々な噂が流れていますが、事実を伝えたい。確かに、財政困難ではあります。しかし、破産したというのは本当ではありません。」

とはいっても、状況は厳しい。ミュージシャンへの給料支払いが滞っている。8月分は75%が支払われたのみ。9月分、10月分にいたっては、ゼロ。住宅ローンが払えなくなったメンバーもいる。。。

生活苦などにより参加できるミュージシャンが減る中、次世代の音楽家を育てる「JPOアカデミー」(JPO Academy)のメンバーや、別のオーケストラのメンバーが今日の演奏のために駆けつけてくれたという。

ミュージシャンが舞台に登場した。最近にしては珍しく、9割方埋まった会場から、大きな拍手が起こる。ひとりふたりと立ち上がり、あっという間に総立ち。今日が最後の演奏となるかもしれない。。。

2012/11/20

アフリカよ、ノルウェーを救え!

ラッパーの「ブリージーV」(Breezy V)は語る。

「アフリカ人を団結させて、困っているノルウェーに救いの手を差し伸べようという運動を行っているんだ。」

えっ? アフリカがノルウェーを救う?

「ノルウェーで何が起こっているか気がついていない人が多いけど、僕に言わせれば、寒いというのは貧困と同じくらいひどいことなんだ。日の光は人々に笑顔を与える。人間は飢えている人々を無視したりしない。だから、寒さに震えている人々を無視すべきじゃない。凍傷で死ぬ人だっているんだから。アフリカの皆さん、ノルウェーのためにひと肌脱ごうじゃないか。ストーブを集め、ノルウェーに送り、暖かさ、光、そして微笑みを広めようじゃないか。ラディエイドに協力してください。」

そして、音楽が始まり、複数のアフリカ人シンガーの歌声が重なる。。。

2012/11/14

映画『シュガーマンを探して』(Searching for Sugar Man)


映画館で何週間も上映されるのはハリウッドの大作。多くの国で、そう相場が決まっている。南アフリカでも事情は同じだ。

では、地味な、心温まるアートハウス作品が好きなお年寄りとか、英語以外の映画が見たい国際人とか、ドキュメンタリーに目がない知識人とか、インディー系に心惹かれる若者の行き場は・・・?

南アフリカの大手映画配給会社兼映画館チェーン「スターキネコー」(SterKinekor)がジョハネスバーグ、プレトリア、ケープタウン、ダーバンの4都市に計5軒を展開している、「シネマヌボー」(Cinema Nouveau)だ。

(ジョハネスバーグには、人種を問わずヒップでトレンディーな若者が集まる、インナーシティの活性化を狙った再開発地区「マボネン」(Maboneng)がある。ソーホーやウェストビレッジの雰囲気で、その中には南アアートシーンの先端を行く「アーツ・オン・メイン」(Arts on Main)や、インディー系映画館「バイオスコープ」(BioScope)があるが、インナーシティを怖がる、お年寄りや普通の会社員にはまだ行きにくいかも。全然怖くなくて、素敵&面白いところなんですが・・・。)

それでも、大抵の映画は2-4週間で打ち切り。人気のある作品でも、2週目からはガラガラ。最初から全然客が入らない作品も多い。

ところが、最近、上映開始後4週間経っても、「ソールドアウト」(売り切れ)が続出する映画が登場した。それも、人が集まりにくいドキュメンタリー。

2012/10/28

レディー・ガガの前座を断った南アバンド、新作ビデオでガガをケチョンケチョン

あなたが今売出し中の新人歌手だったら、そしてもし、あの、「レディー・ガガ」(Lady Gaga)に前座を頼まれたら・・・? 大感激? 光栄? プロモーションの絶好のチャンス? いずれにせよ、「断る」という選択肢はありえないかもしれない。
 
ところが、南アフリカのバンド「ディー・アントヴアルト」(Die Antwoord)は、「南アツアーで前座を務めて欲しい」というレディー・ガガの依頼を鼻にもかけなかった。レディー・ガガは「クールさがイマイチ」というのがその理由。

リーダーのニンジャ(Ninja)曰く、「自分たちだけで、新鮮で未来的な音楽とビデオを作り出してきた。自分たちだけで、世界一のライブを行ってきた。自分たちだけで、頑張ってツアーしてきた」。レディー・ガガの前座を務めては、その「クールさ」が台無しになってしまう、というのだ。

それどころか、最新ミュージックビデオ「ファティー・ブーム・ブーム」(Fatty Boom Boom)で、レディー・ガガを散々コケにしている。

2012/02/22

アフリカーナのバンド「ディー・アントヴアルト」 欧米で大人気

アフリカーナ(Afrikaner)は比較的新しい民族だ。17世紀半ばから南アフリカに入植したヨーロッパ人の子孫が混合して形成する。割合が一番多いのはオランダ人。それに、フリーシア人、ドイツ人、フランス人が混ざって中核をなす。イギリス、北欧、ポルトガル、ギリシャ、イタリア、スペイン、スコットランド、アイルランド、ポーランドなどからの移民の血も入っている。

初期の入植者たちが異人種とも交わったことから、DNA鑑定によると、アフリカーナには白人以外(コイサン、マレー、インドなど)の遺伝子が5-7%も入っているという。

じゃあ、なんでもあり? みたいだが、アパルトヘイト時代は、ゲルマン系の言語「アフリカーンス」(Afrikaans)語を第一言語とする(一見)白人が「アフリカーナ」とされ、南アフリカ政治社会の頂点に立った。

アフリカーンス語は17世紀のオランダ語から派生した言語で、長いこと、オランダ語の方言と見做されていた。独立した言語として南アフリカの公用語となったのは、1925年のことだ。

つまり、アフリカーナもアフリカーンス語も、南アフリカ生まれ。マイノリティー民族、マイノリティー言語である。

アパルトヘイトが終わり、アフリカーナは政治力を失った。アフリカーンス語は11ある公用言語の単なるひとつに成り下がった。アフリカ黒人やイギリス人と戦って勝ち取った地位が「過去の栄光」になった。アフリカーナのために設立された大学は、次々と英語で授業をするようになった。

人口僅か360万人。歴史的役割は終了し、これからは細々と生き続ける・・・との予想もあったが・・・。

保守的で土臭いイメージの強いアフリカーナから、ビッグなラップ&ヒップポップバンドが生まれた! そして、全世界、特にアメリカ合衆国で大人気というのである。

2012/02/10

埋葬されたミュージシャン、2年後に「生還」!?!

南アフリカの音楽に「マスカンディ」(Maskandi)というジャンルがある。ズールー族の伝統的音楽に、ギターなど西洋音楽の要素を取り入れたものだ。ジョン・ベング(John Bhengu)、別名「プズシュケラ」(Phuzushukela)が1930年代に作り上げたとされる。

長年、西洋音楽界からも、アフリカ音楽界からも無視され、ズールー族の伝統の中に留まり続けたが、「白人ズールー」ジョニー・クレッグ(Johnny Clegg)のおかげでメジャーになった。

戻って来た「ムグメニ」
そのマスカンディのスター、クレカニ・クワケ・ムセレク(Khulekani Kwakhe Mseleku)、別名「ムグメニ」(Mgqumeni)が戻って来た。

「戻って来た」といっても、音楽活動を暫く休止していたとか、外国で活躍していたとかいう訳ではない。

墓場から戻って来たのである。

ムグメニは2009年12月19日、伝統的祈祷師師(traditional healer)が調合した「薬」を飲んだ後、死亡した・・・はずだった。

2012/01/08

歌手のユッスー・ンドゥール、大統領に立候補 セネガル

セネガルの国民的大歌手ユッスー・ンドゥール(Youssou N'Dour)が大統領選挙に立候補するという。

全盛時代のマイケル・ジャクソンが「アメリカ大統領に立候補する!」と言ったら、大ファンでも絶句しただろう。ポール・マッカートニーやスティングがイギリスの首相になりたいと意欲を見せても、笑われるだけだろう。

俳優やスポーツ選手やコメディアンなどが政治家に転身するのが珍しくない日本では、真面目に受け取ってもらえるかもしれないが。。。それでも、歌手はハードルが高いかも。。。傷つきやすい青春の日々や切々とした恋心をうまく歌えば歌うほど、一国を率いる政治家のイメージから程遠くなってしまう。。。

ユッスー・ンドゥールは1959年10月1日、セネガルの首都ダカールに生まれた。父親は車の修理工。13歳でプロの歌手になる。世界的に知られているのは、1994年にネナ・チェリー(Neneh Cherry)とデュエットしたシングル「7Seconds」くらいかもしれないが、セネガルでは大スターだ。

2011/05/11

「ジム学」の終焉 ジャズミュージシャン、ジム・ンガワナ、逝く


2010年7月17日ニロックス財団でのコンサート
南アフリカのジャズミュージシャン、ジム・ンガワナ(Zim Ngqawana)が5月10日の朝、亡くなった。(ズィムと発音する方が近い。)前日、リハーサル中に脳卒中に見舞われ、そのまま帰らぬ人となり、イスラム教の教えに基いて24時間以内に埋葬された。享年51歳。

ンガワナは1959年12月25日、ポートエリザベス近くのタウンシップで、5人兄弟の末っ子として生まれた。家は貧しく、10代の頃は犯罪にも手を染めたという。

21歳の時、ひょんなことからフルートを手にしたのがきっかけで、独学でフルート、サックス、ピアノを学ぶ。高校を中退したため、大学入学の資格がなかったが、その才能に気づいた白人女性のおかげで、ローズ大学に入学。その後、ナタール大学でジャズを学び、遂には奨学金を得て、アメリカのマサチューセッツ大学に留学。

奨学金のスポンサー、マックス・ローチ(Max Roach)を師と仰ぐ。