2014/01/31

投票用紙から新鮮な人間の目玉まで DHLのアフリカ宅配便

DHLといえば、世界最大の国際輸送物流会社。元々、アメリカ本土とハワイ間の宅配便から始まり、現在はドイツポスト(Deutsche Post)の傘下。本社ボン。(ドイツポストはドイツの郵便局が民営化したものらしい。)世界220以上の国・領土をカバー。従業員28万5千人。

毎日、全世界で200万個もの荷物を届けるというから、中には当然変わった配達品もある。2013年には9頭のゴリラの大陸間輸送とか、ラグビーワールドカップのトロフィーなどを手掛けたという。

では、アフリカでは2013年、どんな変わった荷物を配達したのだろう?

DHLでサハラ以南アフリカ地域のマーケティング部門を率いるスメシュ・ラハヴェンドラ(Smesh Rahavendra)氏によると、投票用紙や大統領文書などの配達があった。また、変わった食べ物の輸送依頼が年々増えている。

2014/01/28

南アフリカで初めて、票操作が行われた町 ポチェフストルームが不名誉なタイトルを獲得

北西州のポチェフストルーム(Potchefstroom)は人口約15万人、ジョハネスバーグから西南西120キロに位置する。ノースウェスト大学を擁する大学町で、主な産業は養鶏など。

その田舎町ポチェフストルームが、「南アフリカ選挙で初めて票操作があった町」として歴史に残ることになった。これまでも票の不正操作はあったかもしれないが、公になったのは今回が初めて。

同市の市議会補欠選挙で、9つの議席が争われた。住民のうち選挙登録した人だけが投票できるのだが、約2500人の投票者が「怪しい」らしい。与党ANC(アフリカ民族会議)が他の町に住んでいる人を偽の住所を使って登録し、バスを何台も使ってこの町に連れて来て投票させたというのである。

2014/01/23

火星への片道切符。南アフリカからも39人が応募。

火星に植民地を作るプロジェクト「マーズ・ワン」(Mars One)に、世界140か国以上から20万2586人が応募した。南アフリカからも39人の応募者があったそうだ。

応募者が一番多かったのはアメリカ(24%)、次いでインド(10%)、中国(6%)、ブラジル(5%)、イギリス(4%)、カナダ(4%)、ロシア(4%)、メキシコ(4%)、フィリピン(2%)、スペイン(2%)、コロンビア(2%)、アルゼンチン(2%)、オーストラリア(1%)、フランス(1%)、トルコ(1%)、チリ(1%)、ウクライナ(1%)、ペルー(1%)、ドイツ(1%)、イタリア(1%)、ポーランド(1%)。残りは1%以下なのだろう。

2014/01/21

知らない間に「連続殺人魔」。ソーシャルメディアの怖さ。

今年に入って、ダーバン在住のリドワーン・キャラワン(Ridhwaan Carawan)さんに「連続殺人魔!」「殺してやる!」などの脅迫メッセージが届き始めた。まったく身に覚えがないという。

キャラワンさんは38歳の、幸せな家庭を持つ普通の会社員。悪意に満ちたメッセージは、プレトリアやケープタウンなど遠くからも届いた。上司に「私は殺人犯ではない」と説明しなければならなかった。買い物に行くたびに怪しい目で見られ、質問を浴びせかけられる。

警察の取り調べも受けた。その一週間前に他殺死体として発見された、22歳の女性クリスタリン・パール・ラビー(Crystaline Pearl Labie)さんを殺害した犯人として。この女性も、この女性が殺されたことも知らなかったというキャラワンさん、一体どうして。。。

そしてわかったのは・・・。

2014/01/14

頭脳逆流! 出戻り南ア人、増加傾向

ここ数年、南アフリカの頭脳流出が止まっている。それどころか、「逆流」しているらしい。

アドコープ(Adcorp)社が1月13日に発表した最新調査によると、高スキルを持つ南アフリカ人が2008年以来、35万9000万人も戻ってきたという。その37%が弁護士、医師、エンジニア、会計士などの専門職。といっても、一斉にホームシックに罹ってしまったわけではなく、純粋な経済的理由。

2004年から2008年にかけての世界的な好況期、南アフリカ人、特に白人がどんどん海外に移った。白人バッシングが強烈だったターボ・ムベキ(Thabo Mbeki)大統領のころだ。「犯罪が深刻な南アフリカで子供を育てたくない」「子供が大きくなっても、白人は良い職につけない」などの不安が高まる中、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの英語圏先進国から多くの求職があった。南アよりずっと給料が良い。このチャンスを見逃せようか。スキルのある黒人も、南アを去った。教師や看護婦が不足しているイギリスなどに、大量に引き抜かれてしまったのである。

2014/01/11

ホームレスで麻薬中毒だった少年、スケートボードで開花 アメリカで修行中

人生、なにが起こるかわからない。なんの不自由もなく、家族の愛情につつまれ育ち、成人してから突然の不幸に襲われる人もある。

タレンテ・ビイェラ(Thalente Biyela)君の人生はその逆。どん底から始まった。

お母さんが亡くなって、誰も面倒を見てくれる人がいなくなったから、路上生活を始めたという。一緒に住んでいた義理のお父さんは麻薬の売人。家では暴力を振るった。

初めて家出をしたのは9歳。11歳から完全なホームレスになった。住んだのは、ダーバンの海水浴場にあるスケートボード場の近く。そのうちスケートボードをする人たちと仲良くなり、スケートボードを開始。スケートボード仲間が衣類や食料をくれた。勿論、学校には行かない。どこで麻薬を買うお金を得たのか、ヘロイン中毒だった。

2年前、17歳の時、元プロサーファーのタミーリー=スミス(Tammy-Lee Smith)が自分の家に引き取ってくれた。タレンテ君のチャーミングさとカリスマ性に惹かれたという。読み書きが出来ないタレンテ君のために、家庭教師まで雇ってくれた。

スミスさんの好意にタレンテ君は応えた。きっぱりと麻薬を止め、決意が固いことを示すために、毎週、麻薬検査を受けた。

最後に学校に行ったのは8歳の時。17歳なのに時計すら読めないタレンテ君にとって、読み書きを学ぶのはとても難しかった。だが、頑張って勉強したことが人生を変えたという。

「取り残された感がなくなった。自分は馬鹿だと思う気持ちがなくなった。読み書きが楽しくなった。」

スミスさんも、喜びを隠しきれない。「素晴らしい人間に成長してくれた。いろんなことに自信を持つようになったのを見るのは嬉しい。」

ロサンゼルス在住の南ア人フィルムメーカー、ナタリー・ジョーンズ(Natalie Johns)さんが友人のスミスさんを訪れたのは、2012年12月のこと。スケートボードをするタレンテ君をビデオで撮影したら、インターネットで大評判になった。

これはジョーンズさんがタレンテ君に出会うより前の2012年1月16日に、ユーチューブにアップされた映像。



2013年1月、タレンテ君はアメリカのスポーツビザを手に、ロサンゼルスへ。ジョーンズさんが引き取ってくれることになったのだ。そして、スケートボードチャンピオンのケニー・アンダーソン(Kenny Anderson)に弟子入り。タレンテ君は「スケートボードをするために生まれてきた」と、アンダーソンさんは目を細める。

ロサンゼルスのタレンテ君(「サンデータイムズ」紙より)

現在、ジョーンズさんはタレンテ君のドキュメンタリーを制作中。(ドキュメンタリーの中では、「タレント」と呼ばれている。)

 まだ19歳のタレンテ君。新天地アメリカでトレーニングを積み、競技会に挑戦するという。

人生、本当になにが起こるかわからない。

(参考資料:2014年1月5日「Sunday Times」など)

【関連HP】
I Am Thalente Speed&Spark

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2014/01/08

高校卒業資格試験、史上最高の78.2%合格。はたして、その質は?

12月末から1月初めにかけて、南アフリカの12年生(日本の高校3年生)やその家族は固唾(かたず)を飲んで、「マトリック」の結果を待つ。

(公立学校と私立学校は別試験で、結果の発表日も違う。私立学校の生徒が受けるIEB試験の結果発表は年末、公立学校の結果発表は年明け。)

「マトリック」(matric)は「matriculation」の略。イギリス式教育の「大学入学資格」「大学入学資格試験」からきている。正式名称は「National Senior Certificate」だが、一般の人は昔ながらの「マトリック」という言葉を使っている。「高校卒業資格」「高校卒業資格試験」と訳すのが一番正確だろう。

基礎教育省が実施したマトリック試験の2013年度の合格率は史上最高の78.2%。前年の73.9%から更に上昇。試験を受けた56万2112人中、43万9779人が合格した。

2014/01/05

強盗殺人犯、「セルフィー」をフェイスブックにアップ

「セルフィー」(selfie)という言葉は日本でも使われているんだろうか。

デジカメや携帯で撮った自分の写真のことだ。ツーショット、グループフォトでもよい。腕を伸ばして撮ったり、鏡の前で撮ったりして、そのまま、フェイスブックなどのソーシャルメディアにアップすることが多い。

2005年に使われた例があるが、大ブレークしたのは2012年。同年、『オックスフォード英語辞典』(Oxford English Dictionary)デジタル版に掲載。2013年には、『オックスフォード英語辞典』「ワード・オブ・ザ・イヤー」(the word of the year)に選ばれた。

最近では、ネルソン・マンデラ追悼式でのバラク・オバマ(Barak Obama)米大統領のセルフィーが有名。デンマークのヘレ・トーニング=シュミット(Helle Thorning-Schmidt)首相がスマートフォンでオバマ、ディヴィッド・キャメロン(David Cameron)英首相とのスリーショットを撮っているところを、たまたま居合わせた報道カメラマンが撮影し、ネットで爆発的に広まって、「追悼式という厳粛な場ではしゃぐとは不謹慎」と大いに非難された。