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2018/01/25

トランプ大統領誕生までを振り返る(5)アメリカ1番 2番は我が国! トランプへの自国紹介ビデオが世界中に拡散。中東、アフリカ、火星からも

2016年8月から2017年2月までに別ブログに書いたトランプ関連記事転載の最終回は、『アメリカ1番 2番は我が国! トランプへの自国紹介ビデオが世界中に拡散。中東、アフリカ、火星からも』(2017年2月13日)。

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先週ご報告した「アメリカ1番 2番は我が国!」自国紹介ジョークビデオ。オランダ版が1月23日にユーチューブにアップされ大ヒットした後、2月5日の時点で、ドイツデンマークスイスベルギーリトアニアポルトガルオーストリア、オランダ北部のフリースラント州、更にはカザフスタンインドメキシコ版がユーチューブで公開されていた。(赤茶色部分をクリックすると、別ウィンドーでユーチューブビデオが開きます。)

それから一週間。勢いに乗ってもっと多くのバージョンが発表されただろうか、それともあっという間に下火になってしまっただろうか。

調べたところ・・・ものすごい数のバージョンができている! 複数のバージョンがある国もある。ドイツの呼びかけに応じたテレビ局制作のものだけでなく、それ以外の有志が作ったものも多いようだ。ほとんどがオランダのフォーマットを継承しているが、独自の構成のものもある。質も様々。

ヨーロッパ大陸からは新たに、アイスランドアイルランド(「51番目の州になりたい」)、アルバニアイギリス(「第3次世界大戦を一緒に戦うのを楽しみにしている」)、イタリアウクライナクロアチア(「アメリカ第1、ドイツ第2、クロアチア第3」)、コソボスウェーデンスペインスロバキアスロベニアセルビア(画質が悪すぎ。ナレーションではなく、セルビア民謡(?)っぽい歌が流れ、なんとなくシュール)、チェコ(「51番目の州になりたい」)、ノルウェー(「スウェーデンを最下位にしてくれ」)、フィンランドフランスブルガリア(「アメリカ第1、ロシア第2」「上位10位に入りたい」)、ベラルーシボスニア・ヘルツェゴヴィナポーランド(「アメリカ第1。ポーランドは超第1!」)、マケドニアモルドバラトビアルクセンブルクルーマニア(「少なくとも上位100位には入れてくれ」)など20か国以上。もう存在しない東ドイツというのもあった。地理的に中途半端な位置にあるトルコもここで紹介しておく。

「ここが我が国」とラトビア。トランプが核兵器発射ボタンを押すことを懸念(?)して、他国を地図上で示す国がいくつも。

2017/07/25

映画『The Promise』(ザ・プロミス~約束) 美しくて悲しすぎる一大歴史ドラマ



The Promise 
2016年

監督 
テリー・ジョージ(Terry George)

主演 
オスカー・アイザック(Oscar Isaac)
シャーロッテ・ルボン(Charlotte Le Bon)
クリスチャン・ベイル(Christian Bale) 

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「20世紀初頭のトルコを舞台にした映画」程度の認識だけで映画館に入った。トルコは好きな国だし、主演のオスカー・アイザックは『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』(A Most Violent Year)の演技が素晴らしかった、個人的に注目している役者だし、クリスチャン・ベイルはまだ12歳くらいだった『太陽の帝国』(Empire of the Sun)以来、幅広く徹底した役作りに脱帽していた役者だし、監督は『父の祈りを』(In the Name of the Father)の脚本、『ホテル・ルワンダ』(Hotel Rwanda)の監督を担当したテリー・ジョージだし、見る価値はあると思ったのだ。

そして・・・見てよかった! 感動のあまり、後半は泣き通しだった。。。

イングリッシュ・ペイシェント』(English Patient)を彷彿とさせる、一大歴史ドラマ。歴史に翻弄されながらも、愛と信念に忠実に、一生懸命生きる3人の主人公はいずれも魅力的。IMDb(インターネット・ムービー・データベース)で10点満点をつけてしまった。なによりも心にズキっときたのは、ベースとなっている史実だ。

2017/06/05

ドキュメンタリー映画『モガディシュ・ソルジャー』(Mogadishu Soldier) 出口の見えない内戦に身を置く平和維持部隊の兵士たち


エンカウンターズ国際ドキュメンタリー映画祭」(Encounters South African International Documentary Festival)。南アフリカで1999年から毎年開催されているドキュメンタリーの祭典だ。今年は6月1日から11日まで、ケープタウンとジョハネスバーグで約50作品が上映されている。

6月3日の土曜日、『モガディシュ・ソルジャー』(Mogadishu Soldier)を見に行った。2016年の作品。



モガディシュは東アフリカの「アフリカの角」(Horn of Africa)に位置するソマリア共和国の首都だ。

エチオピア、ケニアと国境を接するソマリアは、1980年代から内戦状態にある。1990年代半ばからイスラム原理主義グループが台頭し、2006年6月、とうとう首都モガディシュを占拠してしまう。同年12月にソマリア暫定政府軍とエチオピア軍が首都を奪回。しかし、内戦はまだ続いている。

2007年からはアフリカ連合(AU)が平和維持部隊を派遣している。現在の敵ナンバーワンはイスラム過激派の「アル・シャバーブ」(Al-Shabaab)だ。AU平和維持部隊、ソマリア政府軍、それにアル・シャバーブが首都モガディシュで睨み合っている中、ノルウェー人のドキュメンタリー映画監督がブルンジ人の平和維持部隊兵士2人にカメラを与えた。「これを使って1年間、自分が面白いと思うものを撮影してくれ」。

1年間に使ったテープ523本。それを編集したのがこの映画である。

2016/07/05

カナダの森林火災救助に駆けつけた南アの消防士 ほとんど働かないままスト

2016年5月1日、カナダのフォートマクマレー(Fort McMurray)で森林火災が発生した。5月3日には住宅街に広がり、約2400軒の家屋やビルが焼失。住民は安全を求めて逃げ出し、アルバータ州史上最大の避難民が生まれた。火災はその後も広がる一方。収まったのは6月中旬に雨が降ってのことだ。カナダ史上、最も被害総額が大きい自然火災となった。

避難する住民(Wikipedia


南アフリカの消防士301名が2週間の救助に駆けつけたのは6月上旬。エドモントン国際空港で歌い踊る雄姿が報道され、なかなか頼もしかった。



ところが、救援活動5日目の6月8日、南アの消防士たちはストに突入してしまう。民間企業の労働者はもとより、人命を預かる看護婦や、教育を司る教師や、囚人の警備に当たる看守や、市民の生活を守る警察官まで平気で違法ストをするお国柄とはいえ、異国の苦境を救うために派遣されていながら、仕事をそっちのけでストライキとはよほどの事情があったのだろうか。

・・・と思ったら・・・

2015/04/22

ゼノフォビア襲撃 モザンビーク作家ミア・コウトがズマ大統領に公開書簡

一連のアフリカ諸国民襲撃事件で7人目の犠牲となったモザンビーク人の露店行商人、エマニュエル・シトレ(Emmanuel Sithole)さん(35歳)の殺害容疑者4人が逮捕された。

大勢の通行人や全国紙『サンデー・タイムズ』紙ジャーナリストの目の前で、白昼行われた殺しである。犯人の顔がはっきり映った写真が、4月19日付『サンデー・タイムズ』紙の一面に大きく掲載された。捕まらない方が不思議だろう。殺人の一部始終がカメラに証拠として残されたこと、目撃者が多いこと、更に、世界中で報道され、多くの注目を浴びてしまったことから、4人にはスピーディに有罪判決が下ると見られる。

The Citizen
ENCA
Incwajana

新聞社のカメラマンは通常大きなカメラを抱えているし、『サンデー・タイムズ』紙のジャーナリストはふたりとも白人。住民の殆どが黒人の地域では目立つ存在である。それでも躊躇しなかった犯人たちは「どうせ捕まらない」とタカをくくっていたのか。(ところで、先日、テレビカメラの前でレポーターを襲った強盗は捕まったのだろうか?)

エマニュエルさんを病院に運ぶジャーナリスト(IOL News

現場に居合わせた被害者の姉(妹)ジョーディナ・マシア(Jordina Masia)さんによると、料金を払わず売り物のタバコを持ち去ろうとしたので、エマニュエルさんが咎めたところ、襲ってきたという。警察では「通常の強盗殺人事件か、ゼノフォビア動機か不明」と言っているが、ゼノフォビア襲撃の多く、特に商店襲撃は「外国人」を口実にした略奪と見られるケースが多い。少なくとも、武器を携行して路上を歩いていたこの4人は、時流に乗って「外国人」を襲おう、あわよくば懐を潤わせよう、と考えていたのではないか。また、最初から「外国人」を狙っていなかったとしても、タバコ数本のために殺してしまったのは、外国人襲撃風潮の最中、エマニュエルさんがたまたま「外国人」だったことが関係しているのではないか。(「ゼノフォビア」(xenophobia)については「収拾のめどがつかない外国人襲撃にアフリカ諸国が立ち上がる」参照のこと。)

2015/04/19

収拾のめどがつかない外国人襲撃にアフリカ諸国が立ち上がる

ゼノフォビア」(xenophobia)という言葉をご存知だろうか。

「ゼノ」(xeno)は「外来の、 異質の、 異種の」、「フォビア」(phobia)は「恐怖症、 病的恐怖、 病的嫌悪」を意味する。つまり、「ゼノフォビア」(xenophobia)とは「外来者・外国人恐怖症、外国(人)嫌い」。リーダーズ英和辞典には「外国[未知]の人[もの]に対する嫌悪・憎しみ・恐怖」とある。

ゼノフォビアという言葉は、南アフリカではかなり特定した使い方をされている。「アフリカ諸国からやってきた黒人に対する、南アフリカ黒人による差別・偏見・暴力」を表す婉曲表現なのだ。ここ数年よく耳にする言葉である。日常的に小さい事件が都市部で起こり、数年に一度、大きな襲撃事件が連発する。大抵の場合、理由にもならないようなちょっとしたことがきっかけだ。きっかけがはっきりしないこともしばしばである。

最初に「ゼノフォビア」が大きく取り上げられたのは、10年くらい前だったと記憶している。モザンビーク人やジンバブエ人が襲撃され、各地に難民キャンプが設立された。

2014/09/23

ダライ・ラマを南アフリカに入国させよ ノーベル平和賞受賞者14名が嘆願

ノーベル平和賞受賞者14名が南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領に公開書簡を送った。ダライ・ラマの南ア入国を強く求めるものだ。

2014年10月13日‐15日、ケープタウンで第14回「ノーベル平和賞受賞者世界会議」(World Summit of Nobel Peace Laureates)が開催される。民主化20周年記念ということで、南アフリカが初めて開催地に選ばれた。南アフリカでノーベル平和賞を受賞したのはこれまで4人。解放運動の指導者アルバート・ルツリ(1961年)、アパルトヘイトに反対した聖公会大主教デズモンド・ツツ(1993年)、アパルトヘイト撤廃と民主主義への平和的移行に貢献したネルソン・マンデラFWデクラーク(1993年)だ。第14回会議は昨年末亡くなったネルソン・マンデラを偲ぶ大会になる予定という。

1989年にノーベル平和賞を受賞した、チベットのダライ・ラマも当然招待された。ところが、南アフリカ政府に査証を申請したところ却下されてしまった。そこで、他のノーベル平和賞受賞者が入国許可を求めたものである。

嘆願書簡に署名したのは、ポーランドの労働組合指導者・元大統領レフ・ワレサ(「ヴァウェンサ」の表記も有)(Lech Walesa)、バングラディシュのグラミン銀行創始者ムハマド・ユヌス(Muhammad Yunus)、イランの弁護士・人権活動家シリン・エバディ(Shirin Ebadi)、リベリアの平和活動家レイマ・ボウィ(Leymah Gbowee)、北アイルランド和平に貢献したディヴィッド・トリンブル(David Trimble)とジョン・ヒューム(John Hume)など。

Collective Evolution

ダライ・ラマのジョハネスバーグでの講演会を聞きに行ったことがある。1996年と2004年のことだ。その間、もう一度南アフリカを訪れているので、ダライ・ラマは民主国家南アフリカを3回訪問していることになる。しかし、2009年、ジョハネスバーグの平和会議に出席しようとしたところ、査証が下りなかったという。更に、2011年、デズモンド・ツツの80歳の誕生祝賀会出席のための査証申請も却下された。

2004年と2009年の間に何があったのか。

2014/03/28

南アビジネスマン3人がドバイの刑務所に 南ア政府のお墨付き投資話に騙される

フリーステート州のビジネスマン、アリ・モコエナ(Ali Mokoena)さんは「オラ・フロリカルチャー」(Ora Floriculture)という共同組合の代表者。生花輸出ビジネスに海外から投資家を募ろうと、2012年2月、南ア貿易産業省(Department of Trade and Industry)に依頼して、同省の海外事務所で情報を配布してもらった。3か月後、アミット・ランバ(Amit Lamba)というインド人から電話があった。「ドバイの南ア領事館で、投資家募集の案内を見た」「1億8000万ランド(約18億円)投資したい」という。

貿易産業省から、同省ドバイ事務所が調査を行うまで、ランバ氏とビジネス交渉を開始しないようアドバイスがあったので待ったところ、一週間後、同省から「ランバ氏は信用できる。交渉を開始しても良い」とEメールで通知。フリーステート州経済担当部長のオフィスが、州都ブルームフォンテインのホテルで、契約調印式をオーガナイズしてくれた。

モコエナさんによると、ランバ氏はブルームフォンテインやジョハネスバーグで他のビジネスマンにも会ったらしい。リンポポ州の投資貿易部とは、「了解覚書」(memoranda of understanding)に調印したという。この覚書があったことで、ランバ氏を信用したビジネスマンも数多くいた。

リンポポ州との覚書調印
ランバ氏は2012年10月、モコエナさんたちをドバイに招待した。交通費、経費はランバ氏持ちだ。

ところが、 ドバイに着いたら、様々な支払いを求められる。共同出資会社設立の費用、銀行口座開設費用、その銀行口座への入金・・・。そして、アラビア語で書かれた「出資合意書」にサインすることを求められ、サインしたら・・・。

ドバイ当局に逮捕されてしまった!


サインしたのは「出資合意書」ではなく、ランバ氏に大きな借金があることを認める文書だったのだ。

2013/12/14

でたらめだったマンデラ追悼式の手話通訳、実は暴力的な総合失調症 世界の要人を危険にさらした責任は?

12月10日、マンデラの追悼式をテレビで見ていた全世界の聴覚障害者は目を疑った。手話通訳者の「訳」が全くわからないのだ。「あのサインは『揺り木馬』? でも、何故オバマ大統領が揺り木馬の話なんか・・・? えっ、『タバコ』? 『エビ』?・・・なんだ、全然文になってないじゃん!」

(「DESTINY.com」より)
それもそのはず。ソウェト在住、34歳の「手話通訳」、タムサンカ・ヤンキー(Thamsanqa Jantjie)による、全くのでたらめ、行き当たりばったりの創作手話だったのである。

一体、誰が南ア史上最大級の大舞台に「偽通訳」を雇ったのか?

2013/12/11

マンデラの遺体、金曜日まで大統領府 直接お別れを告げる最後のチャンス

マンデラの追悼式が大きな事故もなく無事に終わった。良かったね。タイロン!(いきさつは「今日、マンデラの追悼式」をご覧ください。)

100%大成功!というわけではなかった。
  •  世界が注目する中、男をあげようとしたズマ大統領が、ズマを支持しない与党ANC党員やANCを追い出された元党員から最低5回も派手にブーイングされ、栄光にひたるどころか、大恥をかいてしまった。(ジョハネスバーグが位置するハオテン州のANC支部は、ズマ大統領を支持していない。)
  • 演説や説教を遮ったり、無視してペチャクチャお喋りしている参加者を、司会のシリル・ラマポザ(Cyril Ramaphosa)ANC副党首が「お客さんがみえてるんだ。恥をさらすな。きちんと振舞え!」、ノーベル平和賞受賞者のデズモンド・ツツ(Desmond Tutu)大主教が「南ア人は躾(しつけ)が行き届いていることを世界の皆さんに見せなさい!」と叱った。授業中や朝礼でお喋りを止めない子供が先生に叱られているみたいだな~。 
  • 手話の通訳者が勝手に自分なりの「手話」をねつ造して「同時通訳」したため、テレビを見ていた、耳のきこえない人々がわけがわからず困った。(手話が出来ない自称手話通訳をANCが雇ってしまったらしい。この人、以前にもANCの大会で「同時通訳」したとか。ANCにコネがある人なのだろう。)
 ・・・などなど、大勢(たいせい)に影響のない問題は色々あったものの、まあ、無事に終わって良かった。

2013/12/10

今日、マンデラの追悼式

「明日、バスの事故なんか起こったら最悪だな。。。」

昨夜のことだ。琉球古武術の稽古の後、外科医のタイロンがボツッと漏らした。勤務先はソエトのバラグアナス病院。2010年サッカーW杯の初戦と決勝が開催されたFNBスタジアム(W杯期間中は「サッカーシティ」と呼ばれていた)に近い、南半球最大の床数を誇る病院である。世界でも3番目の規模らしい。

「明日」、つまり今日、FNBスタジアムでマンデラの「追悼式」が開かれる。ズマ大統領は「国葬」を発表したものの、結局葬儀はマンデラの故郷のクヌ村で、15日の日曜日に執り行われることになった。今日の追悼式は皆で集まってマンデラの偉業をたたえ、マンデラにお別れを言う「お祭り」の観がある。

FNBスタジアムは収容人員7万8千人。その他いくつかのスタジアムに巨大スクリーンが用意される。勿論テレビでも生中継。

FNBスタジアムへの入場は先着順。一杯になったら、門を閉じてしまう予定。行き帰りの交通大混雑、なんとしてもスタジアムの中へ入ろうと押し寄せる何万人もの群衆・・・。大きな事故が起こってもおかしくない。政府は「子供は連れて来るな」と警告している。

そして、タイロンは今日、偶然にも、バラグワナス病院救急医療室の当直医、それも責任者なのである。待機する医師はタイロンの他、ほんの2、3人。それに研修中の医学部学生が10数人。「バスの事故などで一挙に60人担ぎこまれたら悪夢」という。

2012/03/04

マンデラ カナダでは未だ「テロリスト」扱い

「私はこういう人間だ」という「自分像」と、他人から見た「私」が違うのはよくあること。一般に「義賊」と形容されるロビン・フッドでも、金品を奪われた被害者にしてみれば、とんでもない「悪党」に違いない。

南アフリカの現与党「アフリカ民族会議」(ANC)は、人種差別撤廃を求める「解放運動」(liberation movement)だった。運動に身を投じた人々は「解放運動家」であり、「自由の闘士」(freedom fighter)を自認した。

国民が自国政府に対し、基本的人権を求めるのは当然、と私たちは思う。破壊工作を行ったこともあったが、それもアパルトヘイト政権の厳しい弾圧に遭ってのこと。

右の頬をぶたれて、左の頬を差し出すのは美しい行為かもしれないが、相手が同じ土俵に立っているのでない限り通用しない手だ。ずっと強大で、妥協の余地のない相手だと、頬が赤く腫れるどころでは済まない。半殺し、いや、下手をすると殺されてしまう。

世界中から非難されたアパルトヘイト。国際連合は「人類に対する犯罪」(crime against humanity)と呼んだ。「アパルトヘイト政権」=「悪」、「解放運動」=「善」という、単純な色分けが「常識」となっているように当時は思えた。

ところが、「アパルトヘイト」を非難する多くの先進国政府にとって、それは「常識」でも何でもなかったのである。

2012/02/29

「人種差別」を理由に亡命する南ア白人たち

アメリカ合衆国在住のアフリカーナの一家が、必死になって国外退去処分に抵抗しているという。「身の安全」を恐れて名前は公表していないが、一家に雇われた弁護士レヒム・ババオグル(Rehim Babaoglu)氏は現在、「人種差別のため、南アフリカには戻れない」という家族の主張を裏付けしてくれる学者を探しているところ。

既に、テキサス州メンフィスにあるローズカレッジ(Rhodes College)のマーク・ベア(Mark Behr)教授とメンフィス大学のデニス・ラウマン(Dennis Laumann)博士に断られている。

ラウマン博士は弁護士からの依頼に、文書でこう回答した。

「人種差別がない民主的なアパルトヘイト後の南アフリカで、差別されると主張するアフリカーナを助けることに、私は全く関心がない。」「学者としての意見を言わせてもらえれば、一家がたとえどのような証拠を提示しようと、彼らの主張には全く根拠がない。」

ベア教授はアフリカーナだ。家は代々農家だったが、土地を失った経験を持つ。それでも、弁護士にこう語った。

「貴法律事務所が弁護しようとしている人々が人種差別の被害者だとしたら、それは悲しいことだが、作り物の人種差別、彼らの頭の中にしか存在しない人種差別だ。」

アパルトヘイト後の南アフリカを脱出しようという白人は、この家族だけではない。

1994年以来、約44万人の白人が国外に移住し、「難民」として外国に居住する南ア人は世界で800人と推定されている。

2011/03/10

サッカーワールドカップ 海賊退治に貢献

世の中、何がどこで役に立つかわからない。

2010年のサッカーワールドカップ時に、不測事態対応策として導入された衛星航行システム(satellite navigation system)が、海賊の取り締まりに大きく貢献しているという。

世界に悪名高いソマリアの海賊が、自国沿岸から活動領域を広げ、南下してきているのである。南アフリカ海軍は最近、モザンビークの海域パトロール支援に「SAS Mendi」号を送った。海賊が世界経済に与える損害は、年間300億ドルと推測されている。

これまでは、水平線の向こうに姿が見えなくなった船の追跡・管理は不可能だった。それが、新しい衛星航行システムのおかげで、1000海里(1850キロ)以内の船舶なら特定・追跡できるようになった。南ア国籍の船舶だと、世界のどこにいても特定・追跡可能だという。

海賊の取り締まりだけではない。これまで南ア海上治安局(South African Maritime Safety Authority: Samsa)に知られることなく南ア海域に自由に出入りしていた、数多くの船の動向が一目瞭然になる。有毒物質、危険物質を運搬する船の取り締まりや、大事故や汚染を引き起こす可能性のある石油タンカーのモニターも期待できる。

実は、ソマリアで海賊がこれほど増えたのも、国が崩壊状態のため、海域管理が出来ていなかったことに一因がある。

国連によると、紅海や地中海からの船がソマリア海域で化学廃棄物を不法投棄した場合にかかる費用は、1トン当たり2.5米ドル。合法的に処理すると1トン当たり250ドルかかるから、100分の1の費用で済む。

取り締まられないことを良いことに、どんどん不当投棄された化学廃棄物のせいで、ソマリア沿岸では魚が死に絶え、漁民の失業が相次いだ。その漁民たちが海賊にキャリアチェンジしているというのである。

自国の海域管理は、防衛や犯罪取り締まりだけでなく、環境保護の面でも非常に重要だと再認識した。

(参考資料:2011年3月10日付「Business Day」など)

2011/03/06

南アの一等地を所有するカダフィ大佐 資産凍結の行方は?

資産凍結の仕組みはどうなっているのだろう。銀行口座なら簡単だが、資産の持ち主が自国民でなく、その上、凍結対象資産を共有する第3者がいる場合は。。。

こんな疑問を持つきっかけとなったのは、リビアのカダフィ大佐だ。

国連安全保障理事会は2月26日、自国民に対する人権侵害を理由に、カダフィ大佐、4人の息子、一人娘の資産凍結と渡航受入れ禁止を15対0で決議採択した。国際法並の規制力を持ち、国連全加盟国が従わなければならなという。

米財務省は直ちに、300億ドル相当の資産を凍結。外国人所有の資産凍結としては、米史上最大。対象となったのは、リビア中央銀行とリビア投資管理局(Libyan Investment Authority:LIA)の資産。いずれもカダフィ大佐が直接コントロールしていると見做したため。

カナダ、イギリス、オーストラリアも、リビア政府及びカダフィ家資産の凍結を開始した。

では、南アフリカの場合はどうか?

リビア政府の資金は、LIAから世界中の投資会社に流れている。そのひとつがリビア・アフリカ投資ポートフォリオ(Lybia Africa Investment Portfolio:LAIP)。LAIPは石油会社、航空会社、ハイテク企業の他、リビア・アラブ・アフリカ投資会社(Lybia Arab African Investment Company:Laaico)を傘下に持っている。

Laaicoは南アフリカで、アンサンブル・ホテル・ホールディングズ(Ensemble Hotel Holdings)社の株を100%所有。同社はアフリカ大陸の経済・金融の中心ジョハネスバーグ、中でもアフリカで最も地価の高いサントン地区で、不動産を数多く共同所有している。

南ア全国でのリビア資産の主なものを見てみよう。いずれもホテルやロッジである。

ハオテン州ではサントンのミケランジェロタワーズ(Michelangelo Towers)、ダビンチホテル(Da Vinci Hotel)、ラファエルスイーツ(Raphael Suites)。サントン以外ではサニーサイドパークホテル(Sunnyside Park Hotel)、エアポートグランド(Airport Grand)、センチュリオンレークホテル(Centurion Lake Hotel)。

西ケープ州ではケープタウンの5つ星ホテル、コモドア(Commodore)とPortswood(ポーツウッド)、ジョージのワイルダネスデューンズ(Wilderness Dunes)。

北西州ではサンシティ近くのバクブン(Bakubung)とクワマリタネ(Kwa Maritane)。リンポポ州のチクドゥ(Tshikudu)とエレメンツ・プライベードゴルフリザーブ(Elements Private Gold Reserve)。更に、東ケープ州のクズコロッジ(Kuzuko Lodge)、ムプマランガ州のクルーガーパークロッジ(Kruger Park Lodge)、クワズールーナタール州のカースルバーン(Castleburn)と全国にわたっている。

国際関係協力省のスポークスマン、クレイトン・モニェラ(Clayton Monyela)によると、「ホテルは現状通り操業するが、カダフィ一家への配当は差し止められるだろう」。しかし、具体的な政策となると、南ア政府の歯切れはいまいち悪い。

カダフィ大佐は、南ア与党アフリカ民族会議(African National Congress:ANC)が解放運動組織であった頃からのよいお友達。未だにANC内で人気が高い。2009年、ズマ大統領の就任式に世界各国の元首や政府高官や王室メンバーが到着した際、スタンディング・オベーション(立ち上がっての拍手喝采)があったのは、ジンバブエのムベキ大統領とカダフィ大佐のふたりだけだった。

人権に敏感な(はずの)南アフリカ政府は、国連決議に従ってカダフィ大佐の資産を凍結するだろうか、それとも長年の友情と今でも変わらぬ人気を優先させるのだろうか。

(参考資料:2011年3月4日付「Mail & Guardian」など)