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2018/07/06

限りなく完璧に近い人々(5)理想の体現に涙ぐましい努力を欠かさないスウェーデン人

世のため人のため、こうありたい、こうあるべきだ、と思っても、自分の生活に影響があるとなると、なかなか賛成・実行するのは難しい。汚水処理場や火葬場が必要なことはわかっていても、自宅の傍に出来るのは嫌だし、社会福祉の充実を願いながらも、増税には反対する。差別がいけないことはわかっていても、自分の息子や娘が身体障碍者や外国人(特に白人以外)と結婚したいと言い出したら二の足を踏む。国家レベルでも同じこと。他国の人権問題よりも自国の貿易の方が大切だろうし、市場開放や難民受け入れに難色を示す。

大義名分や理想と現実は違うのだ。どこの国でも、どの国の国民でも似たり寄ったりだろう。

ところが、スウェーデンは毛色が違う。本音はどうであれ、「公平」「正義」「民主主義」という理想や建前を重視し、理想に沿った政策を国家が実行してしまうのだから。

外務省

スウェーデンは過去40年にわたり、ヨーロッパのどの国よりも多く移民を受け入れてきた。住民の15%近くが外国生まれという。ヨーロッパで移民受け入れ第2位のデンマークですら、外国生まれの住民は6%強だから、スウェーデンの移民受け入れは文字通り桁違い。親の代まで考慮にいれると、外国生まれがなんと全体の30%にものぼる。

2018/06/14

限りなく完璧に近い人々(4)耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶフィンランド人

欧米人が持つフィンランド人のイメージは「超寡黙」。『限りなく完璧に近い人々』(The Almost Nearly Perfect People)では、こんな実話が紹介されている。

著者マイケル・ブース(Michael Booth)の友人(フィンランド人)が吹雪の中、義兄と車に乗っていたところ、とんでもない田舎で車が故障してしまう。30分後、やっと車が一台通りかかった。運転手は車を止め、故障した車のボンネットの下をチェックし、親切も修理までしてくれた。その間、交わされた言葉ゼロ。通りかかりの人が立ち去った後、著者の友人は義弟に言った。「いや~、ラッキーだったね~。一体誰だったんだろう?」 義弟は平然と、「ああ、あれはユッカだよ。僕の同級生だった。」

私の経験では、フィンランド人が「超寡黙」とは感じたことがない。むしろ、「口を聞かないのは言うことがないから」とか「口をきかないのはバカだから」とかいう理由で、ひたすら自己主張し喋りまくるアメリカ人より、余計なことを言わないフィンランド人の方が楽。日本人と似ているのかもしれない。

2018/06/10

本『The President's Keepers』赤裸々すぎるズマ前大統領の汚職の実態

在職8年で一国をここまで滅茶滅茶にしたジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)大統領の手腕には恐れ入る。

「大統領職ほど儲かる仕事はない」とばかりに、私利私欲第一。国や国民のことはまったく眼中にない。

大統領時代のジェイコブ・ズマ

正規の学校教育を一年も受けていないのは、幼い頃の家庭環境や政治経済環境が原因だとしても、教育を受けるチャンスはその後いくらでもあった。服役中に学位を取った解放運動同志が大勢いる中、ズマは教育に興味がない様子。世界が注目した1999年の大統領就任演説では、自分の原稿がまともに読めなかった。英語の読み書きが苦手にしても、一世一代の晴れ舞台である。それなのに、前もって練習した気配もない。その後も英語の演説原稿を読むのが苦手。大きな数字となるとお手上げである。

もちろん自分で書いた演説ではない。しかし、原稿が読めないのは練習しなかったからだけではない。何が書いてあるか理解していないことが大きな原因だろう。大統領として、国を発展させ、国民の生活向上を図ることに興味がないのである。

2018/05/30

限りなく完璧に近い人々(3)根っからのアリさん型国民、ノルウェー人

2003年、皆既日食を生中継するというプロジェクトで南極に行った。「南極では南極に関する本を読みたい!」とスーツケースに入れたのが、ローランド・ハントフォード(Roland Huntford)著『The Last Place on Earth: Scott and Amundsen's Race to the South Pole』(地上最後の土地 スコットとアムンゼンの南極点到達レース)。


 イギリスのスコット隊とノルウェーのアムンゼン隊の競争を同時進行形で比較分析する、600ページ近い大著である。著者のハントフォードはシャクルトンやナンセンの伝記も書いている南極通。しっかりしたリサーチもさることながら、文章がめちゃうまいため、優れたサスペンス小説のように読ませる。なにしろ南極にはこの本一冊しか持っていかなかったので、ブリザードでテントに閉じ込められ他にすることがなくても、「早く先に進みたい!」とハヤル心を抑えながら、毎日少しずつ読んだ。

大変な思いをして南極点に到着したスコット隊5人の目に映ったのはノルウェーの国旗。アムンゼン隊は5週間も前に、南極点に到達していたのだ。飢えと疲労と寒さから、南極で壮絶な死を遂げたスコットは、即座に国民的英雄となる。

しかし、ハントフォードによると、計画段階で勝負は既についていたという。現地の事情をあまり考慮にいれず、騎士道的な精神論で熱く突っ走ったスコットと違い、アムンゼンは事前の準備を怠らず、緻密な計画を立て、適切な装備と服装を整え、犬の扱い方を理解し、スキーを効果的に使った。そのお蔭で、スコット隊の苦労とは対照的に、アムンゼン隊の旅はスムーズに進んだ。アムンゼンは南極点到達物語を本に書いているが、あまりに淡々として、読み物としては全然面白くないらしい。(自身も冒険家で南極体験があるラナルフ・ファインズなどはハントフォードのスコット分析を批判し、スコットを擁護している。)

2018/04/12

限りなく完璧に近い人々(2)先のことを考えないハチャメチャなバイキングの子孫、アイスランド人

NHKスペシャル『人体特許』(たしか文部科学大臣賞かなんか受賞したような・・・)の取材で、南大西洋の孤島「トリスタン・ダ・クーニャ」(Tristan Da Cunha)に行ったことがある。ディレクターとカメラマンは絶海の孤島での撮影後、アイスランドに向かった。遺伝子研究を行う会社「デコード」(deCODE)を取材するためだ。

アイスランドは人口が少ないため、遺伝子の研究が行いやすい。そこで、「デコード」社は政府の許可を得て、国民の遺伝子を使って研究を行い、利益の一部を国民に還元しているという話だった。一企業が国民の遺伝子情報をすべて把握するなんて、倫理問題や政治問題になりそうだけど、なんと先進的、理知的、現実的なことか。北欧のイメージにぴったりだった。


日経ビジネスONLINE

ところが、今回、『限りなく完璧に近い人々』(The Almost Nearly Perfect People)を読んで驚いた。将来のことを全然考えない、無茶苦茶なギャンブラーのような国民性なのだから。



2003年から2008年の間、アイスランドの3大銀行は1兆4000万億ドルもの資金を借り入れた。これはアイスランドのGDPの10倍に当たる。

中央銀行の外貨準備高が250億ドルの国の銀行にこんな大金を貸す方も貸す方だが、当時のアイスランド政府は心配するどころか、起業家が銀行から融資を受けることを推奨。銀行から多額の融資を受けた起業家たちは、そのあぶく銭を湯水のように使いまくったのだった。

たとえば、デンマークの大デパートやイギリスのサッカーチーム「ウェストハム・ユナイテッド」(West Ham United)を買収。デパートなんて、今どきとても賢い買い物とは思えないし、サッカーチームはまずビジネスで大成功し、使い切れないほどの余剰金が生まれてから購入を考えるべきだろう。

そして、普通の国民まで、「ナイジェリアの詐欺メールでしか使われないような、途方もない財務計画を諸手(もろて)を広げて歓迎した」。日本円で融資を受けたり、スイスフランで住宅ローンを立てたりしたのである。「腰まで魚の内臓につかっていたアイスランド人が、一瞬にして、購入するポルシェ・カイエンのオプションを比較するようになった」という。

誕生日パーティーで一曲歌ってもらうために、わざわざエルトン・ジョンを呼び寄せたり、プライベート・ジェット機をタクシーのように使ったり、シングルモルトウィスキー1瓶に5000ポンド(今の為替レートで86万円)払うのを何とも思わなかったり・・・。全く見返りのないものに、銀行から借りたお金を使い果たしてしまった。「銀行から借りたお金は利子をつけて返さなければならない」という基本の基本を理解していないとしか思えない。

2018/03/29

限りなく完璧に近い人々(1)世界で一番幸せなデンマーク人

The Almost Nearly Perfect People(限りなく完璧に近い人々)という本を読んでいる。副題はThe Truth about the Nordic Miracle(北欧の奇跡の真実)。著者はデンマーク在住のイギリス人作家・ジャーナリスト、マイケル・ブース(Michael Booth)。料理と旅を専門とするライターだ。『英国一家、日本を食べる』(亜紀書房。原題 Sushi and Beyond: What the Japanese Know About Cooking )という著作もある。


見返しの宣伝文にはこうある。

世界中が北欧諸国の成功の秘密を知りたがっている。世界で一番税金多く払っているのに、何故デンマーク人は世界で一番幸せなのか? フィンランドの教育制度が世界で一番優れているのなら、何故フィンランド人は「スウェーデン人の男は皆ゲイだ」と未だに信じているのか? アイスランド人は本当に野放図なのか? ノルウェー人はあり余る原油収入をどう使っているのか? そして、何故、以上の全員がスェーデン人を嫌っているのか?

マイケル・ブーズ(amazon.co.uk
もうお気づきとは思うが、ガチガチの真面目な本ではない。しかし、しっかりしたリサーチと取材に基づいている。ニヤニヤ、時には大笑いしながら読み進めると、北欧5か国の現実と、そこに暮らす人々の姿が等身大で迫ってくる。

最初に取り上げられているのは、著者が住むデンマーク。著者の奥さんはデンマーク人。5章150頁に及ぶ内容なので、最も印象に残ったことをご紹介する。

レスター大学(University of Leicester)心理学部が「生活満足指標」(Satisfaction with Life Index)なるものを発表した。それによると、世界中で最も幸せなのはデンマーク人という。著者にしてみれば解せない。「暗くて、ジメジメして、どんよりして、平坦で、小さな国土」に「ストイックで良識のある人々」が住む「世界一税率が高い」国が、世界で一番幸せな国?

ブースはデンマークの幸せの理由を探るリサーチを開始する。

2018/01/15

本『クウェズィ』(Khwezi) ズマをレイプ容疑で訴えた女性の悲しい生涯

2005年12月6日、31歳の女性が与党ANC(アフリカ民族会議)の大物ジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)をレイプ容疑で訴えた。ジョハネスバーグのズマ邸に泊まった夜、ズマが寝室に入って来てレイプしたというもの。亡命生活時代、ズマと亡き父が親友だったことから、幼い頃からズマを父のように慕っていたという。

ズマは「合意の上の性行為」と主張。「普段ズボンを履いている女性がその日はスカートだった。誘惑した証拠だ」「カンガ(一枚の布)をまとって寝ていた。誘惑の証拠だ」「ズールー族の文化では、その気になっている女性を放っておくのは女性を侮辱したとみなされる」と支離滅裂な論理を展開し、「それはズールーの文化ではなく、ズマの文化だろう」と揶揄された。また、女性がHIV陽性であることを知りながら、コンドームをつけず性行為を行い、「事後エイズ予防にシャワーを浴びた」と法廷で証言したことで、国内外で笑いものになった。これ以後、政治風刺漫画家ザピロ(Zapiro)の描くズマは、頭からシャワーヘッドが突き出た姿となる。

Daily Maverick

プライバシー保護のため、この女性の顔写真も名前も公開されなかった。裁判では「クウェズィ」(Khwezi)という偽名が使われた。ズマは当時63歳。中年を通り越している上に、ブ男で肥満で、お世辞にも魅力的とはいえない。それにズマは女癖が悪いことで有名。複数の妻を持ち、妻以外の女性たちにも子供を産ませている。

年長者を敬う文化、男尊女卑の傾向が強い文化の中で育ったクウェズィが、父と慕い信頼し切っていた「マルメ」(おじさん)に襲われ、混乱し、ショックで凍りついてしまったことは容易に想像できる。また、エイズ問題活動家だったクウェズィがズマを誘惑し、HIV陽性でありながら、コンドームなしで性行為に及んだとは考えにくい。

そのため、クウェズィを信じ、応援する女性が多いのではないかと想像していた。

ところが、与党ANCの女性たちは狂信的にズマを信じた。クウェズィを嘘つきとハナから決めつけ、何十人もの黒人女性が裁判所の前で、「Burn the bitch!」(あのメス犬を焼き殺せ)などどヒステリックに叫ぶ姿は異様だった。

2017/12/12

あなたの世界観を変える200人の女性たち

2017年2月、ニュージーランドの出版社から長いメールが入った。

「男女不平等をテーマにしたプロジェクトを企画している。世界中の女性200人を取材し、400ページの本として出版する予定。また、写真とオーディオの展覧会を世界中で開催する。更に、収益の少なくとも10%を女性の保護や人権拡大に貢献している団体に寄付する。何百万人もの女性の生活を向上させ、世界中の男たちを啓蒙し、心を開かせる可能性があるプロジェクトだ。ついては、200人のひとりになってくれないか。OKなら、3月9日か10日にジョハネスバーグでインタビューしたい」という内容。

あまり表に出るのは好きではないので、テレビ出演(こんなところに日本人がいた、みたいな)などは全部断ってきたが、人権問題に長年関わってきた良心的な出版社であるし、世の中のためになりそうなプロジェクトなので、あまり深く考えず承諾する。普段まったく世の中に貢献していない身としては、せめてこのくらいのことでもしないとバチがあたろう。

メールに添付されていたPDFの説明書によると、「世界中の様々なバックグラウンドを持つ女性200人へのインタビューを基にした、画期的な本と国際的な展覧会」。

「様々なバックグラウンドを持つ女性」って・・・?

「有名な女性、無名な女性。華々しくもてはやされている女性、社会の周縁にいる女性。裕福な女性、貧乏な女性。黒、茶、赤、黄、白。逆境に打ち勝った女性、先頭に立つ女性。被害者と英雄。聖人と罪びと。あまりにも多くの女性たち、少女たちが基本的な自由や平等を求めていまだに戦っている今このときに、私たちを啓発し、鼓舞し、ポジティブな変化をもたらしてくれる女性たち。」

なぜ私なんぞに話が来たか不明だが、それなりの理由があるのだろう。「多様性」(diversity)に花を添えるくらいか。(「無名」の「黄色人種」代表?)

2017/09/14

アフリカのマジックリアリズム 『ヤマアラシの回想録』

ヤマアラシがペンを握り、月明かりの中で執筆をしている。机の上にはインク壺。「博識、俗悪なユーモア、効果的な言葉遣いの、眩暈(めまい)がするような取り合わせ」という英『ファイナンシャル・タイムズ』(Financial Times)紙の評。(これ、褒めてるのかなあ。きっと、褒めてるんだろうなあ。)

題名は『ヤマアラシの回想録』(Mémoires de porc-épic)。私が手にしているのは、その英訳Memoirs of A Porcupine


かなり好奇心をそそられる。どんな内容なんだろう。本当にヤマアラシが回想録を執筆しているのか。それとも、着ぐるみを着た人間なんだろうか。村上春樹の羊男みたいな。。。ヤマアラシの皮はコビトが着るにしても小さすぎるけど、着ぐるみなら。。。子供向の本だろうか、ファンタジーだろうか、カフカの『変身』風純文学だろうか、倒錯した大人の物語だろうか。少なくとも、ありきたりの本でないことは確か。

表紙をめくると、著者の簡単な経歴があった。

アラン・マバンク(Alain Mabanckou)は1966年、コンゴに生まれた。現在ロサンゼルスに在住し、UCLAで文学を教える。『青・白・赤』(Bleu-Blanc-Rouge)で「サハラ以南アフリカ文学賞」(Subsaharan African Literature Prize)、『ヤマアラシの回想録』で「ルノドー賞」(Prix Renaudot)受賞。

コンゴには元ベルギー領の「コンゴ民主共和国」(首都キンサシャ)と元フランス領の「コンゴ共和国」(首都ブラザヴィル)のふたつあるが、マバンク氏の出身は後者。


緑がマバンク氏を生んだコンゴ共和国。赤がコンゴ民主共和国(元ザイール)。

ルノドー賞」といえば、ゴンクール賞」((Prix Goncourt)などと並んで、フランスで最も権威のある文学賞のひとつだ。

小説はこう始まる。

そう、僕はただの動物だ。人間だったら、バカで手に負えない動物、って言うところだろう。尤も、僕に言わせれば、人間の殆どはどんな動物よりバカで手に負えないけど。でも、人間にとって、僕はただのヤマアラシ。そして、人間は目に見えることしか信じないから、僕が特別だとは思わない。長くて尖ったハリに覆われ、猟犬ほど早く走れず、餌を食べている畑から動くこともしない怠け者の、あの哺乳動物の一匹に過ぎない。

やっぱり、着ぐるみじゃなく、本物のヤマアラシが主人公だったんだ。

2017/08/09

名門ホテルまで「マンデラ」商売 ケープタウンのマウントネルソン

ケープタウンの名門ホテル「ベルモンド・マウントネルソン・ホテル」(Belmond Mount Nelson Hotel)がネルソン・マンデラの回顧録 Dare Not Linger:The Presidential Years 発売を記念したパッケージを売り出す。

マンデラの回顧録といえば、自伝『自由への長い道』(Long Walk to Freedom)が有名。1994年に発行され、これまでに1500万部売れたという。

Dare Not Linger は『自由への長い道』の続編にあたり、大統領時代の1994年から1999年までを扱っている。

マンデラは2013年に既に亡くなっているのに、なぜ今ごろ回想録を…?

2017/07/31

医師によるマンデラ暴露本に許可を与えたのは元妻と娘?

ネルソン・マンデラ元大統領の晩年を描いた、元軍医総監ヴェジャイ・ラムラカン(Vejay Ramlakan)の暴露本が、グラサ・マシェル未亡人、マンデラ家の跡取りマンドラ、マンデラの遺言執行者などから非難を浴び、出版社が発売1週間で前代未聞の回収に踏み切ったことについては数日前にお伝えしたが(ネルソン・マンデラ晩年の暴露本 発売1週間で出版社が回収 )、2017年7月30日付けサンデー・タイムズ(Sunday Times)紙が興味深い情報を公開した。



サンデー・タイムズが入手したのは、ウィニー元夫人と娘マカジウェがラムラカンに宛てた自筆のメッセージ

2017/07/28

ネルソン・マンデラ晩年の暴露本 発売1週間で出版社が回収

ネルソン・マンデラが亡くなって3年半。「マンデラ」のブランド力は増すばかりだ。

アマゾンでマンデラを題材にした塗り絵本が約1万7千400ランド(現在の為替レートで約15万円)で売り出されているという。メアリー・ベンソン(Mary Benson)のマンデラの伝記は約6万ランド(約51万円)、マンデラのサイン入り自伝 Long Walk to Freedom (邦訳は『自由への長い道』)は約5万ランド(約42万7千円)。

そんな中、マンデラの晩年を描いた暴露本が出版された。題して、Mandela's Last Years: The true story of Nelson Mandela's final journey, by the head of his medical team (マンデラの晩年:医療チーム長が見たネルソン・マンデラ最後の旅の実話)。著者は元軍医総監のヴェジャイ・ラムラカン(Vejay Ramlakan)。



軍医総監(surgeon general)とは国軍で最高位の医者。元大統領の健康管理は国軍の仕事であり、ラムラカンはマディバの医療チームの長だった。衰弱したマディバの状況を知り尽くしていた数少ない人物のひとりだ。

2017/06/22

ナショナルシアターライブ 『ウォーホース~戦火の馬~』(War Horse)

METライブビューイング」(Metropolitan Opera Live in HD)のおかげで、ニューヨークのメトロポリタンオペラの公演がアフリカにいながら観れるようになったが(「オペラも容姿の時代? METライブビューイング 」)、「ナショナルシアターライブ」(National Theatre Live)のおかげで、ロンドンの国立劇場の公演もアフリカにいながら観れるようになった。現在上映されているのは『ウォーホース~戦火の馬~』(War Horse)。

National Theatre Liveから)

原作はイギリス人作家マイケル・モーパーゴ(Michael Morpurgo)による同名の児童文学(1982年)。第1次世界大戦で離れ離れになったアルバート少年と馬のジョーイの物語を軸に、戦争の悲惨さと平和の大切さを描く。

第1次世界大戦では、英軍だけでなんと100万頭もの馬が「戦死」した。戦場はヨーロッパだから、海を越えて行ったわけである。多くはマシンガンや鉄条網に向かって突撃させられ命を失った。重労働の挙句、疲労困憊して死んだ馬もあった。幸運にも生き残った馬の殆どが肉屋に売られた。

2017/01/10

メイドからセレブシェフに 人生を変えたリアリティTV

3か月前キム・カーダシアン(Kim Kardashian)に銃を突きつけ、強盗を働いた容疑者のうち16名が逮捕されたとのニュースを先ほどCNNで見た。(我が家にはテレビがないので、テレビのニュースはユーテューブで見ている。)事件が起きた時は格別注意を払わなかったのだけど、今日のニュースによると、奪われたのは900万ユーロ相当の宝石! 11億円相当以上の宝石を身に着けていたわけだ。

有名であることで有名な、リアリティTVのスター、キム・カーダシアンの2015年度の所得は5250万ドル(約60億円)。ツイッター、フェイスブックなどソーシャルメディアのフォロワーは数千万人に上るという。何の才能もなさそうに見えるカーダシアン一家だが、TVとソーシャルメディアを最大限に利用して大金を儲けているのだから、大衆の欲するところを嗅ぎ分ける、類まれなる才覚があるといえる。

リアリティTV、特にタレント発掘のコンテスト形式の番組は、才能はあるがコネも資力ものない無名の人が一躍有名になる機会を与えてくれる。『ブリテンズ・ゴット・タレント』(Britains Got Talent)で人生が変わった歌手スーザン・ボイル(Susan Boyle)はその好例であろう。



最近の南アフリカでは、シポカジ・ムドラコモ(Siphokazi Mdlakomo)さんがいる。ケープタウンで住み込みのメイドをしていた2014年、『マスターシェフ 南アフリカ』(MasterChef South Africa)に出場。ダイナミックな人柄と、逆境に負けず人生に挑戦するメイドというキャラが受け、第2位の栄冠を勝ち取り、賞金10万ランド(約85万円)を手にした。39歳だった。

前列中央の小さい女性がシポさん(Mail Online

シポさんは東ケープ州の寒村で生まれ育ち、21歳の時、仕事を求めて大都市ケープタウンにやってきた。手に職がない多くの黒人女性同様、メイドになる。料理は働きながら身につけた。

2016/09/18

新刊『ネルソン・マンデラ 私の愛した大統領』 個人秘書の回想録

ネルソン・マンデラの個人秘書だったゼルダ・ラグレインジの回想録、もうすぐ邦訳が出ます。



マンデラ関係の訳書は、日記、手紙、未発表の自伝原稿などを集めた『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』、名言集『ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉』に次いで、私にとってこれが3冊目。出版社はいずれも明石書店。

以下、訳者あとがきから。

* * * * * * *

南アフリカに暮らす外国人にとって、魔訶不思議なことがある。「アパルトヘイトを支持していた」という南ア白人にまず会わないことだ。

アパルトヘイトは、1948年から1994年まで政権を担当した国民党による人種分離政策である。その間、定期的に総選挙が行われ、アパルトヘイトに反対する野党が存在したにも関わらず、毎回国民党が圧勝した。つまり有権者(白人のみ)の大半は国民党の政策アパルトヘイトを支持していたはず。それなのに、アパルトヘイトが終わってみると、「人種差別は良くない」ことで国民の意見が一致し、かつてアパルトヘイトを支持していたという白人にお目にかからないのだ。

そんな中、自分がレイシスト(人種差別主義者)だったこと、国民党より更に右翼の保守党に誇りを持って投票したことを正直に認めるゼルダ・ラグレインジは新鮮である。過去を認め、過去と向き合って初めて、自分を変えることができる。現実に前向きに対処できる。人間として成長できる。

そして、ゼルダ・ラグレインジの目を開かせたのは、20世紀が生んだ世界的偉人、南アフリカ初の黒人大統領ネルソン・マンデラだった。

***

ゼルダは、政治とは縁もゆかりもない、ごく普通の家庭で育った。毎週日曜日に教会に行く、信心深い家庭。まわりの人々も皆そうだった。大人になったら、結婚して子供を持つ以外、とりたてて夢はなかった。

ゼルダが育ったコミュニティを形成するのは、オランダ語から派生したアフリカーンス語を第一言語とする、「アフリカーナ」と呼ばれる白人たち。黒人が人口の大半を占める南アフリカだが、ゼルダと黒人の付き合いは住み込みのメイドのジョガベスだけ。黒人は劣った存在、怖い存在と教え込まれ、その肌に触れることは「タブー」だった。ゼルダが「ある意味で我が家の一員」と感じ、ゼルダの「母親代わり」「命綱的存在」だったジョガベスにしても、アパルトヘイトの法律により、夫や自分の子供と一緒に住むことができない。収入を得るために他人の子供を育てながら、自分の子供の傍にいて、愛情を注ぎ、成長を見守ることが許されないジョガベスの境遇を、ゼルダはおかしいと感じない。

ごく「普通」と思っていたことが、現代世界の価値観からするとまったく「普通」ではないことに気がついたのは、大統領執務室で働き始めた20代のことだ。「まるで、これまで別の惑星に暮らしていたかのように感じた」とゼルダは本書の中で告白している。自分の国の現状や歴史にあまりに無知だった。黒人に居住の自由がないことも、1976年のソウェト蜂起で数多くの子供たちが殺されたことも知らず育った。ネルソン・マンデラについては、長年刑務所に入っていたテロリスト程度の知識しかなかった。

2014/05/31

新刊『ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉』 マンデラの名言集

拙訳『ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉』が、いよいよ2014年6月1日、刊行される。



思えば、朝日新聞のK氏と「マンデラの名言集を出したいね~」と話していたのは、10年以上前のことだった。今から考えると、その時実現しなくて良かった。当時アクセス出来たマンデラの言葉は、演説など公の文書しかなかったからだ。手紙や日記など私的文書を含んだ引用集は、2010年のConversations with Myself (邦訳『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』2012年)を待たなければならなかった。

『私自身との対話』を訳し終えてすぐ、短い引用を集めたBy Himself (2011年)の訳に取り掛かった。『私自身との対話』同様、ネルソン・マンデラ財団が編集したマンデラ公認の引用集である。

By Himsef は2000もの引用を300以上のカテゴリーに分けて編集したもの。高さ1ミリくらいの細かい文字がぎっしり詰まっていて、見るだけでうんざりしてしまう。しかも、同じような引用が多い。更に、日本人には全く意味をもたないものが沢山ある。マンデラ財団の職員とっては、どれもこれも大切な言葉で、何千、何万もの文を泣く泣く削りに削ったのだろうが、また、1次資料としては大変貴重だろうが、こんな本を訳しても、殆どの人は読む気にならないないだろう。

そこで、原著出版社の許可を取って、引用を削る作業に取り掛かった。内容が重複したものや、日本人の心に響かない言葉を割愛していったのだ。

そうこうしているうちに、アメリカでNotes to the Future が出るという話を聞いた。By Himself と同じ編集者だが、約300の引用を厳選したものだ。是非、翻訳を!と願ったものの、諸事情によりやっと今年に入って明石書店が邦訳の版権を獲得し、出版実現の運びとなった。

2013/05/28

『シャイニング・ガールズ』(The Shining Girls) アーサー・C・クラーク賞受賞作家ローレン・ビアカスの新作


うら若い女性を時間をかけて殺害し、内臓を取り出して殺害現場を飾り立てる(!?!)連続殺人犯。キラキラ輝く少女(題名の「シャイニング・ガールズ」の由来)の「輝きを止める」のが動機。(そんな訳のわからない理由で殺されるなんて、被害者は浮かばれないが。)

少女がまだ幼い頃に近づき、「また戻って来るから」と予告。20歳過ぎに再び姿を現し殺害。現場には以前の被害者から奪った小物(ライターとかベースボールカードとか)を置き去り、新たな被害者の小物を持ち去る。

そんな悠長な手順を踏んでいては、時間がかかって仕方がない。「連続殺人犯」と呼ばれるまでに、数十年かかってしまう!

心配ご無用。

犯人はなんと、タイムトラベラーなのである!

2013/01/03

ジョニー・スタインバーグ著『リトル・リベリア』 本国の内戦を逃れ、ニューヨークのスラムで生きるリベリア人たち

Jonny Steinberg
Little Liberia: An African Odyssey in New York City
Vintage Books 2011
ISBN 9780099524229
ノンフィクション

*****
ニューヨークのスタテン島(Staten Island)に、リベリア人のコミュニティがある。通称「リトル・リベリア」(Little Liberia)。

「パークヒル」(Park Hill)という「ハウジングプロジェクト」(housing project:低所得者用公営住宅団地)は、リベリア人で溢れている。そこに、同胞の生活向上に情熱を注ぐふたりの男がいた。

ひとりはジェイコブ・マサコイ(Jacob Massaquoi)。1971年生まれ。ギオ(Gio)族だったジェイコブの父親ドゥアズアは、支配階級「アメリコ・ライベリアン(Americo-Liberian)」(アメリカ系リベリア人)との間にコネを築き、10人を超える子供たちに出来る限りの教育を与えた。

しかし、1980年にクラン族(Krahn)のサミュエル・ドウ(Samuel Doe)曹長がクーデターを起こし、アメリコ・ライベリアンの支配が終わる。旧政権に近かった人々の多くが処刑・追放された。その後、内戦中に何度も命を落としそうになりながら、ジェイコブは運と機転に助けられ、遂にはアメリカまで逃げ延びる。

リベリアでは物理学者になりたかったというジェイコブだが、アメリカでは持ち前の行動力と組織力を生かして、リベリア人の老人、女性、子供たちの生活改善のために、身を粉にして働いている。

もうひとりの主人公は、ルーファス・アルコイ(Rufus Arkoi)。サッカーを通じての人材養成をライフワークとする。

リベリアではサッカーチームのオーナーだった。1986年に渡米。稼いだ賃金の殆どを故国の家族とサッカーチームに仕送りする一方で、エンジニアリングの学位取得を目指し、いつかは故郷に錦を飾ることを夢見た。

ところが、1989年に内戦が勃発。サッカーを大々的に推進したサミュエル・ドウ政権が倒れ、ルーファスの夢は打ち砕かれた。しかし、内戦を逃れアメリカにやって来た難民とその子供たちが付近に急増するのを目の当たりにして、一念発起。子供たちのサッカーチームを年齢別、性別に次々と設立。子供たちに教育の大切さを説き、勉強を教え、優秀な子供たちにはサッカー奨学金を確保し大学に送った。

やがて、それぞれの信念に従い、リベリア移民・難民のために真摯に努力する精力的なふたりが、小さなコミュニティを舞台に衝突することになる。。。

2012/07/04

西アフリカで『ハムレット』 「常識」の適応範囲


ピエール・バヤール(Pierre Bayard)著『How to Talk About Books You Haven't Read』(読んでない本について話す方法)を読んだ。(フランス語からの英訳)

「読んでない本について話す方法」といっても、普通のハウツーものではない。著者はパリ大学でフランス文学を教える大学教授。この本も、ふざけた題名からは期待外れの、マットーな文芸評論だった。

文芸評論の常として、概ね退屈だったが、中にひとつ面白い話があった。「主人公」は西アフリカのティヴ(Tiv)族。ナイジェリアとカメルーンに、合計約600万人が生活している。

そもそもの発端は、アメリカ人の文化人類学者ローラ・ボハナン(Laura Bohannan)が、「アメリカ人にシェイクスピアはわからない」とイギリス人に一蹴されたこと。「人間の性(さが)は世界中どこでも同じ!」というボハナンに、イギリス人は「証明してみろ」と挑戦した。

そこでボハナンは、アフリカにリサーチ旅行に出発する時、シェイクスピアの『ハムレット』を鞄に入れた。文化が違うティヴ族にも『ハムレット』が理解できることを証明するために。

2012/04/20

「捨て犬を救え!」 世界を飛び回る雑種犬「オスカー」

動物保護団体「SPCA」(Society for the Prevention of Cruelty to Animals)ケープタウン支部を訪れた、元プロゴルファーのジョアン・レフソン(Joanne Lefson)さん。雑種犬の「オスカー」(Oscar)にひと目惚れした。聞けば、明日、安楽死することになっているという。2004年のことだ。

オスカー君と暮らし始めたジョアンさんは考えた。世界に4億7500万匹いると推定されるホームレス犬のために、ひと肌脱げないものだろうか? 元気にはしゃぎまわる、愛するオスカー君だって、ジョアンさんの到着がもう一日遅ければ、この世にいなかったのである。

準備期間16か月を経て、2009年5月2日、世界伝道の旅に出かけた。メッセージは、「施設に収容されている犬を養子にしよう!」 資金は自宅を売って調達した。

ケープタウンのシグナルヒルに立つオスカー君の勇姿
ジョアンさんとオスカー君は9か月かけて、世界5大陸31か国、延べ15万キロ(地球2周分!)を旅する。名付けて「世界ウルフツアー」(World Wolf Tour)。