2010/06/11

虹の国の「第九」

ジョハネスバーグ交響楽団(JPO)、2010年第2シーズン最終週。珍しく、舞台に国旗がかかっている。演目は、シューベルトの第8番『未完成』とベートーベンの第9番『合唱』。無難且つ人気の交響曲だ。演奏の仕方から観客の反応まで、始まる前から想像がつく・・・と思っていたら、嬉しい驚きがあった。

まず、サッカーワールドカップ開催を記念しての国歌演奏。

南アフリカの国歌は、ちょっと変わった作りになっている。前半は『ンコシ・シケレリアフリカ』(Nkosi Sikelel’ iAfrika)。「神様、アフリカを祝福してください」を意味する。1897年、メソジスト派ミッションスクールの教師、イノック・ソントンガがヨハネスブルグで作曲した美しい讃美歌で、アパルトヘイト時代は、解放運動の集会でよく歌われた。

後半はアパルトヘイト時代の国歌『ディー・ステム・ファン・セイトアフリカ』(Die Stem van Suid-Afrika)、「南アフリカの呼び声」。いかにもヨーロッパ風の、元気に行進したくなる勇ましい曲。

この全く曲風の違う2曲をくっつけたため、非常にちぐはぐな感じがする。しかも、前半はコサ語、ズールー語、ソト語、後半はアフリカーンス語と英語、と5つの言葉で歌うようになっている。

前奏が終わり、歌の部分が始まる。観客の殆どが白人老人のJPOコンサートで、『ンコシ・シケレリアフリカ』を歌える人は少ない。10人もいない黒人、歌詞を知っている数人の若い白人、それに私くらいのもの。ところが、後半の歌声に圧倒されてしまうのでは・・・という懸念は危惧に終わった。

『ディー・ステム』を歌う人も余りいなかったのである。アパルトヘイトが終わって20年近く経ったとは言っても、何十年も歌ってきた国歌の歌詞を忘れるとは考えにくい。ヨハネスブルグの白人にイギリス系が多いせいだろうか(英系南ア人とアフリカーナは伝統的に仲が悪かった)、アパルトヘイトを連想させるものへの「臭いモノにはフタ」反応だろうか、それとも、アパルトヘイト時代の国歌を高々と歌うことに、一抹でも良心の呵責を感じるのだろうか。

『第九』の第四楽章で登場した地元の聖歌隊は、70人近い男女のうち、白い顔がたったひとつ。白人が9割近くを占めるオーケストラと対照的。全員が南ア人のソリストは、白人と黒人が半々。違う人種の人々が完全に溶け込むとはいかないまでも、ぎこちなく手を差し伸べ笑顔を交わす、今の南ア社会にどことなく似たものとなった。




出来栄えは、残念ながらとても「素晴らしい」とは言えない。ソプラノはキンキンするばかり。メゾソプラノは全然聞こえない。テノールは、大男なのに声に厚みがない。合唱団は素人っぽく、オーケストラは音が薄っぺらだ。

それでも、演奏が終わる頃には、オーケストラと歌い手と観客の心がひとつになった。指揮者が最後のタクトを振り下ろす。一瞬おいて、会場は「ブラボー!!」と沸きに沸いた。周りのおじいさん、おばあさんたちが、手が痛くなるまで拍手しながら、次々に立ち上がった。スタンディングオベーションを受けて、舞台の上の若者たちの顔が誇らしげに輝く。

手作りの温かさが感じられる、ホノボノとした素敵な一夜だった。


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