2014/04/14

ヴィッツ大学医学部、新入生受け入れにクジ引きを検討中

ヴィットヴァータースランド大学(University of the Witwatersrand)、通称ヴィッツのアダム・ハビブ(Adam Habib)学長が、同大学医学部の学生受け入れ体制の改革を提案した。
(注:南アフリカの大学のトップは「Vice-Chancellor」と呼ばれる。逐語訳は「副学長」だが、「学長」の「Chancellor」は名誉職で、実際の運営は「Vice-Chancellor」が行なう。従って、職務内容を考慮した場合、「Chancellor」を「名誉学長」または「名誉総長」、「Vice-Chancellor」を「学長」または「総長」と訳す方が誤解を招かなくて良いと思う。
南アフリカでは「かつて不利な立場にあった」(previously disadvantaged)という、奥歯に物が挟まった表現がある。「アパルトヘイト時代、差別されていた」という意味で、白人以外の人種を指す。広義では、身体障碍者や女性も含む。様々なドアを開いてくれる、魔法のような言葉だ。「かつて不利な立場にあった」人々は就職、昇進、大学入学、政府関連事業の入札など、色々な場面で優遇される。「かつて不利な立場にあった」人々が農地を買う時は、政府が半額出してくれる。(知り合いに、その制度を利用して農地を購入し、農業ではなく、欧米の大金持ち相手に狩猟ビジネスを営む、大金持ちの中国系南ア人がいる。)

また、白人以外が国民の90%を占めるから、「かつて不利な立場にあった」全員を「優遇」するには無理がある。そのため、与党の有力者とコネがある人ほど有利になり、一部の金持ちがどんどん金持ちになる仕組みになっている。また、新政権になり既に20年経ち、経済的に成功した黒人も増えてきた。黒人の30%が中流階級といわれる。

ハビブ学長の入試改革は、このような社会状況を背景にしたもの。

大学は受け入れ人数が決まっている。そのため、医学部など競争率が高い学部では特に、黒人を優遇するあまり、「白人である」という理由で優秀な白人が不合格になる一方で、それほど出来の良くない黒人が入学するという事態が20年続いて来た。今年、ヴィッツの医学部に応募したのは8000人、合格したのは230人。うち、人種に関係なく成績で決まるのが25%。残りの35%が黒人とカラード、35%が白人とインド人という。数字だけ見ると、それほど白人を差別しているように見えないが、成績が優秀な白人の応募者が多いことから、飛びぬけて成績が優秀な白人が不合格になり、泣く泣く別の学部に進む例が後を絶たない。
(注:南アフリカでは、日本のような入試はない。高校卒業資格試験の成績に高校の成績などを加算して合否が決まる。
ヴィッツ大学はそれでもまだ、白人に甘い方だ。一番人気のケープタウン大学は、もっとシビアである。既に微生物専攻の学位を持つ、知り合いの白人の女の子が「どうしても医者になりたい!」とケープタウン大学に問い合わせしたところ、「白人は応募しても無駄」と一蹴された。(この女の子は、ジョハネスバーグ大学の生化学部に入学したものの、医者になる夢が捨てきれず、学部生時代から毎年、数大学の医学部を受けるがその度に全大学から断られ、その間に学士号を取得し、修士号を取得し、ヴィッツ大学の教授たちとも知り合いになってやる気を認めてもらい、やっと今年、ヴィッツ大学医学部の3年生に編入となった。めでたし、めでたしだが、普通の人はそこまで根気がないだろう。)

ケープタウン大学医学では、必要な高校卒業資格試験の成績が人種別に決まっている。白人は5科目で最低90点、1科目で最低80点、学業に必要な読み書き数学のレベルを測る「ベンチマークテスト」で最低80点取らなければ考慮外。それほどの好成績でも、落とされる可能性がある。一方、カラードは4科目で80点、2科目で70点、ベンチマークテストで53点取れば考慮してもらえる。黒人は6科目で70点、ベンチマークテストで50点取れば、ほぼ合格確実。

ところが、成績より人種を優遇するあまり、入学してから弊害が出て来た。大学の授業について行けない学生が沢山いるのである。また、レベルの低い医者を生み出す可能性が大いにある。

更に、大学の「受け入れ基準」に従うと、大金持ちの黒人ビジネスマンの、あまり優秀でない子供が合格し、優秀な白人の苦学生が不合格という、おかしな事態が発生してしまう。

そこで、ハビブ学長が提案するのは、50%の医学部新入生を成績に基づいて受け入れるというもの。そして、「人種」より「経済状態」を考慮し、10%を最貧地域の高校、20%を農村地帯から受け入れ、黒人・カラードの人種枠は10%に押さえる。「最貧地域」や「農村地帯」に住む住民の殆どは黒人であることから、実質的には人種を考慮したのと同じような結果となるが、ジョハネスバーグの有名私立高校に通う黒人学生は、成績で勝負しなければならないことになる。また、成績に基づく受け入れが25%から50%に増えることから、優秀な白人が不合格になる確率が減る。

50+10+20+10=90%

あれ、残りの10%は・・・?

ハビブ学長の提案は「クジ引き」。スウェーデンやオランダで採用され、質の高い医者を生み出しているから、というのがその理由。

スウェーデンやオランダで医学部に応募する学生は、かなりの学力に達していることが前提になっていると思うのだが、全般的に基礎学力が低い南アでそんなことして大丈夫だろうか? 「クジ引き」より、少なくとも人物評価が可能な「面接」の方が良いと思うけど・・・。

(参考資料:2014年4月10日付「The Times」など)

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