2015/05/01

ゼノフォビア殺人 被害者も加害者もどん底の生活

少なくとも7人が命を落とした今回のゼノフォビア(Xonophobia)騒動。7人目の被害者エマニュエル・シトレ(Emmanuel Sithole)さんと加害者4人の家族を『サンデータイムズ』(Sunday Times)紙が追った。浮かび上がったのは、出口の見えない状況でなんとか生き延びようとする必死の姿。

エマニュエルさんの故郷は南アフリカの隣国モザンビーク。ベイラ(Beira)から南西400キロに位置するンハチュンガ(Nhachunga)村だ。ゼノフォビア騒動を避けるため、故郷に戻る予定だった前日に殺されてしまったという。後に残されたのは、母親、若い妻2人、幼児3人。父親は去年亡くなった。

エマニュエルさんの妻、子供たち、母親(Times Live

エマニュエルさんが南アフリカにやって来たのは7年前。2008年のゼノフォビア騒動時は南アに留まった。昨年、路上で襲われ何週間も入院したが、やはり南アを去らなかった。半年に1回くらいしか国に戻らず、自分は質素な生活を守って、毎月欠かさず約1300ランド(1万3000円)の仕送りを続けた。

独身だったエマニュエルさんが28歳の時、寒村ンハチュンガを出て南アフリカにやってきたのは、仕事を見つけるため。家族に少しでも良い暮らしをさせ、結婚資金を貯めることが目的だった。伝統的な部族の結婚では、ロボラと呼ばれる結納金を花嫁の家族に払わなければならないのだ。

南アフリカに不法入国し、露天商としてコツコツお金を貯め、ロボラを払ってセリナ(Selina)さんと結婚。商売は繁盛し、昨年、2人目の妻イサベル(Isabel)さんを娶った。現在、セリナさんとの間に3歳の息子と1歳の娘、イサベルさんとの間に1歳の娘がいる。

エマニュエルさんの夢は、家族のためにレンガ作りの家を建てることだった。しかし、エマニュエルさんが亡くなったことで、レンガの家どころか、食料さえおぼつかない。

エマニュエルさんの母親によると、貧しいンハチュンガ村の生活は天候に左右される。今年は作物の出来が悪かった。お金がある家庭は、食料を買うことができる。家畜を持っている家は、牛を何頭か売って食費を調達できる。しかし、お金も家畜もなく、自分で植えた作物しか食べるものがない一家は飢え死にするしかない、という。

一方、加害者の4人。

Times Live

ムティンタ・ベング(Mthintha Bhengu)の母親チチ(Tshitshi)さんは夫や頼りになる近親者たちが亡くなった後、クワズルナタール州ムシンガ(Mshinga)の路上でタキギを売るだけでは4人の子供を養えず、夫が出稼ぎに来ていたジョハネスバーグにやって来た。13年前のことだ。夫が住んでいたアレクサンドラ地区のマダラホステル(Madala Hostel)の部屋に入居した。マダラホステルはかつて、ズールー族男性の単身寮だった。現在でも居住者の殆どは貧しい男性。犯罪者も多いといわれる。

「当時、子供たちの制服を買うこともできませんでした。」「ここ(ジョハネスバーグ)に来れば、ずっと良い生活ができると思ったのです。職を得て、子供たちをちゃんと育て、学校に送ることが目的でした。私は学校に行ったことがなかったからです。」

しかし、仕事は見つからない。出会った男と、更に4人の子供をもうけた。収入は政府の児童手当だけ。一部屋に家族全員で暮らした。年長の子供たちは仕事を見つけて生活を助けようと、学校をドロップアウトした。

ムティンタは小学校4年まで学校に通った。小さい頃から短気で、問題ばかり起こしていた。仕事を見つけても、数か月と持たない。何度も刑務所に入った。狭いから、と家を出て別の場所に移った。

事件の数日後、チチさんは近所でテレビを見ていた。目に飛び込んだのは息子の写真。

「ナイフを持っていたのが息子でした。私の子供だったのです。怒りをコントロールできない問題を抱えていることは知っていましたが、どこに助けを求めたら良いのかわかりませんでした。」

エマニュエルさんの家族に謝りたいものの、恥ずかしくて顔があわせられない。息子がしでかした行為のため、痛みで体が麻痺しているから、いつもなら空腹のあまり痛むお腹が気にならないという。

地面に膝をつくエマニュエルさんに蹴りを入れたのはアヤンダ・シビヤ(Ayanda Sibiya)。「殺された人を知っています。毎朝、仕事に行く前に、あの人からお菓子を買っていました」とアヤンダの母親フィキレ(Fikile)さんは言う。

女手ひとつで3人の子供を育て、厳しく躾けた。長男のアヤンダ(17歳)は11年生(日本の高校2年生)。兄弟の面倒を見たり、家の手伝いをしてくれたものだ。アヤンダが変わったのは去年のこと。20代の仕事を持たない男たちとつるむようになった。それでも、酒やたばこの臭いがしたことはない。母親の言いつけは相変らずよく聞いた。

フィキレさんはチチさんと同じくムシンガ出身。故郷の悲惨な生活を後にして、ジョハネスバーグでのより良い生活を求め、11年前にアレクサンドラ地区にやってきた。住んだのは、犯罪者の巣窟として知られているマダラホステルのすぐそば。

「この子に良い教育を受けさせるために、ここ(ジョハネスバーグ)に連れて来たのです。私より英語を上手に話し、私より良い職を見つけて欲しかったからです。女手ひとつでどんなに苦労しながら育てたことか。」「法律がきちんと適用されるべきだと思います。息子が有罪なら、罰せられるべきです。」

スパナーを手にして、エマニュエルさんに怒鳴っていたのはスフンド・シェジ(Sfundo Shezi)。

スフンドの父親はスフンドが生後6か月の頃、家族内の喧嘩で射殺された。スフンドの母親ザミレ・ムジメラ(Zamile Mzimela)さんは16年前、息子たちと年老いた母親を故郷に残し、クワズルナタール州ンカンドラ(Nkandla)からアレクサンドラにやって来た。やはりより良い生活を求めてのことだ。

ザミレさんは現在、建設会社の清掃婦として2週間に790ランドの収入がある。月額1万6千円程度だ。スフンドと兄のサベロ(Sabelo)が同居している。スフンドは7年生(日本の中学1年生)の時ドロップアウトし、それ以来ペンキ塗りをして小銭を稼いでいる。サベロさんが定職を持っているので、一家はなんとかやっていける。故郷の母親に仕送りもしている。夜はダブルベッドにスフンドとサベロさん、ベッドのそばの床でザミレさんが寝る。

ザミレさんはスフンドが運転免許を取れるよう、貯金をしていた。運転免許証があれば、もっとよい仕事に就けると思ったからだ。

事件の前夜、「今日はマダラホステルに泊まる」と告げたスフンドに、ザミレさんは略奪に参加しないよう警告した。

貧乏だからといって、この家に盗品を持ち込んで欲しくない、と言ったのです。」「(ホステルの)人たちの行動が嫌でした。だから、この家に盗品を持ち来もうなんて考えてもいけない、と言ったのです。」

20歳のシズウェ・ンゴメズル(Sizwe Ngomezulu)が小さかった頃、トラック運転手の父親は家族と一緒に住んでいた。だが、父親は他に複数の女を作り家を出た。母親のジャネット・マセコ(Janette Maseko)さんは病気のため、殆ど寝たきり状態。夫とコンタクトがあるのは、5人の子供の養育費の支払を求めて裁判所に行く時だけ。

長男のシズウェは2012年、9年生(日本の中学3年生)のときドロップアウトした。働いて、母親と兄弟を養おうと思ったのだ。面倒見が良く、食事も作ってくれる孝行息子である。

シズウェはエマニュエルさんが襲われた時、他の3人と一緒にいたものの、武器は持っていなかった。ジャネットさんは息子が襲撃に加わったとは信じていない。

加害者の4人の家族に共通しているのは、より良い生活を求めて都会にやってきたものの、依然として抜け出すことができない貧困生活、父親の不在、女手ひとつで苦労する母親、環境の悪さ・・・。特に、貧しくても子供たちをちゃんと育てようと、必死に努力してきた母親たちの姿に心が打たれる。

アパルトヘイト時代の黒人居住区アレクサンドラは、超裕福なサントン地区から高速道路を隔てたところに位置する。僅か6.91平方キロの土地に6万3737世帯、17万9624人が生活している(南ア警察の統計による)。住民の殆どは貧しい南ア黒人と、近隣諸国からの貧しい黒人。

裕福なサントン地区にも黒人の居住者が増えている。黒人が経済力をつけ、黒人の3割が中流といわれ、黒人の超大金持ちが目に見えて増加している。その一方で、エマニュエルさんを襲った若者のような、コネも教育もスキルもずば抜けた才覚もなく、貧困から抜け出せない人たちがたくさん存在している。

そんな中、「リッチキッズ」(Rich Kids)というテレビ番組が始まったと聞いた。大金持ちの親を持つ子供を紹介するリアリティー番組である。

第1回に登場するのは、サントン地区に住む21歳のナペ・パシャ(Nape Pasha)君。15万円のスニーカーや60万円の時計をこともなげに購入する。

ナペ・パシャ君(Times Live

番組の宣伝はこちら。娘がきっと喜んでくれると信じて、リボンをつけたスポーツカーをプレゼントする両親に娘は落胆を隠さない。「コンバーチブルじゃない車に乗っている姿なんて、人に見せられやしない! 私の人生めちゃめちゃだわ!」




ナペ君が登場する第1回の宣伝はこちら。英語がわからなくても、画面に出てくる車やグッズを見れば、ナペ君の両親の裕福さは一目瞭然だ。




アパルトヘイトが終わり、黒人政権が誕生して21年。貧富の差は広がるばかりである。

(参考資料:2015年4月26日付「Sunday Times」「Times Live」など)

【関連記事】
ゼノフォビア襲撃 モザンビーク作家ミア・コウトがズマ大統領に公開書簡 (2015年4月22日)
収拾のめどがつかない外国人襲撃にアフリカ諸国が立ち上がる (2015年4月19日)
映画『ファニー・フリーのロボラ』(Fanie Fourie's Lobola)(2013年4月10日)

0 件のコメント:

コメントを投稿