2017/11/11

南アフリカの公的医療 悲惨な現実(3)お父さんの死

10月16日朝4時、エミリア(お母さん)から電話。アケ(お父さん)が亡くなった。たった今、病院から連絡が入ったという。10月9日の夕方に入院してから、6日半後の死だった。その間、検査も診断もされず、医師にも看護婦にもスタッフにも冷たく扱われた。午後1時間、夜1時間の面会時間以外は、家族も会わせてもらえない。十分な看護ができなかった悔いが残る。

家族には検死を要求する権利がある。お腹の腫瘍は何だったのか。死因は何だったのか。医師による検査や診断がなかっただけに、知りたい。もちろん死因がわかったところで、亡くなった事実が変わるわけではないが、たとえば「腫瘍を調べたところ、末期の大腸がんだった」とはっきり言われれば、「そうだったのか」と納得でき、精神的な幕引きができる。

しかし、悲嘆に暮れるエミリアは「検死しなくていい。遺体の確認にも行きたくない。葬式もしない。火葬した灰だけ受け取ればよい」。未亡人の意思を尊重し、息子たちも検死を主張しないことにした。医師が記した死亡原因は「自然死」。

それにしても、ひどい国立病院。そういえば、アケが前回入院したときは私立病院だった。(病院嫌いなので、風邪をこじらせ肺炎になってから漸く病院に行き、即入院だった。)今回はなぜ国立病院に・・・? 実は、数年前、メディカルエイド(企業が提供する保険)を解約したというのだ。

元気なころのアケ

南アフリカは日本と違い国の健康保険制度がない。公的医療機関の料金は、収入や扶養家族の人数によって決まる。一番高い料金でも私立病院よりかなり安い上、1日に払う額に上限がある。収入がとても少なければ無料だ。妊婦、6歳以下の子供、社会保障を受けている人も無料である。

制度的には、全然悪く聞こえない。

問題は中身である。国民の大多数が公的医療のお世話になっているから、とても混んでいる。医師や看護婦の数が不足している。働きすぎの医師たちは疲れ切り、看護婦やスタッフの質は悪化する一方だ。適切な治療を受けていれば元気に退院できた人が、公的医療機関に行ったばかりに命を落とす例が後を絶たない。

だから、保険料が払える人はメディカルエイドに加入している。企業で働く人は、会社が保険代を一部負担してくれる。ところが、私のような自営業は自分で負担するしかない。その保険料が高いのだ。

WHO(世界保健機関)の調査では、南アの私立病院の料金は世界でも有数の高さ。イギリス、ドイツ、フランスなど、南アよりずっとGDPが大きい先進国と同じレベルだという。南ア保健省によると、2002年から2014年の間、私立病院の料金は300%も上昇した。

病院の料金が高いため、保険料も高くなる。私も、13年くらい前までは、すべての治療をカバーする保険に入っていたが、毎月の保険代が数万円になり、とても払えない。体が丈夫でほとんど医者にかかることがないことから、入院費用だけ払ってくれる種類に切り替えた。それでも料金がどんどん上がり払えなくなり、もっと安い保険会社に変えた。その保険料も上昇の一途。遂には、一番カバーが少ない種類に変更する。カバーが少ない保険だと、深刻な病気になり、大手術や高額の治療が必要になった場合、自己負担額がかなり多くなる。払えるだろうか・・・。心配である。大病に罹らないことを祈るばかり。

子供が2、3人いる自営業の家庭は、メディカルエイドの支払いに四苦八苦だろう。また、老人も困る。公的な健康保険制度がある国では、老人は普通、保険料を払わない。ところが、老人のメディカルエイドは安くならない。リスクが高い人間の料金を安くしたり免除したりする保険会社はないからだ。年を取って、医者にかかる機会がますます多くなるのに、退職後収入が大幅に減り、会社からの援助もなくなった老人にとって、健康保険料を払い続けるのは大変である。

保険料が高いことから、メディカルエイドに加入しているのは国民の17%に過ぎない。また、私立病院の料金が先進国並みの高さであるため、メディカルエイドに入っていない人が私立病院に行くのは、経済的に困難である。

アケとエミリアがなぜメディカルエイドを解約したのかわからないが、高い保険料金が一因かもしれない。また、質が高かった、一昔前の国立病院のイメージがあったのかもしれない。「国立病院は混雑して待ち時間が長いけど、年取って時間は十分ある。医療水準が高く、それなりのケアをしてもらえるのだから、国立病院で十分」と思ったのかもしれない。

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さて、亡くなってしまったので、次は葬儀屋の手配だ。葬式はしなくても、遺体の受け取り、保管、内務省の手続き、火葬などの面倒を見てくれるプロが必要なのだ。この病院が推薦する葬儀屋は、恐らくコネかワイロで仕事を回してもらっているひどい業者に違いない。そこで、ベノニの町で評判のよい葬儀屋を探して頼んだ。

ところが、ペッカが遺族を代表して身元を確認し、そのまま葬儀屋の遺体安置所に遺体を保管することになっていた日、先に病院に着いた葬儀屋から電話。遺体と一緒にあるはずの、アケに関する書類一式を病院が紛失したという。そんなもの、どうやって紛失するのだろう。。。

結局、遺体が葬儀屋に移されたのは亡くなって2週間後。その後も問題は続き、亡くなって4週間近く経つ今も、アケの遺体は葬儀屋に保管されたまま。まだ火葬されていない。もし「霊」が存在するなら、アケの霊が浮かばれるのは一体いつになるのだろう。


【参考資料】
"South Africa’s shocking hospital costs", BusinessTech (2016年2月18日)
"Know your patient rights", News24 (2013年9月1日)
 "Public Healthcare: South Africa's health system", Just Landed

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