2017/11/04

南アフリカの公的医療 悲惨な現実(2)タンボ記念病院

アケ(お父さん)が国立総合病院「タンボ記念病院」に入院した。タンボ記念病院はジョハネスバーグから東へ30キロ。ボックスバーグという町にある。

今までの経過をまとめると、

10月9日(月) 
しばらく下痢が続いたので病院に行く。この時点では普通に会話をしており、車の運転もできた。一日中待って、やっと触診。「腹部にしこりがあり、悪性腫瘍かもしれない。検査のため即入院」と言われる。

10月10日(火)
エミリア(お母さん)が朝病院に行ったところ、アケは冬並みに寒い病棟で、石のように冷たくなっていた。上半身は昨日来ていた服。下半身はズボンもパンツも脱がされ、オシメだけつけて、あとは裸。枕も毛布も上布団もなし。「寒い、寒い」と繰り返す他は、言葉もでないほど衰弱している。自力で水を飲むことも食べ物を食べることもできない。点滴を頼む。「面会時間は午後3時から4時と、午後7時から8時のみだけ」と言われる。夕方、エミリアとペッカ(息子)が上布団など持ってまた病院へ。アケはすでに意識が朦朧(もうろう)としている。点滴がされていないので、重ねてお願いする。明日、しこりの検査をすると言われる。

10月11日(水)
検査なし。点滴もなし。水分と栄養分の補給を懇願する。

10月12日(木)
朝電話したところ「退院した」と言われる。面会時間に行ってみたら、外科病棟に移されていた。点滴、酸素吸入が施される。元々やせ型だったのが、下痢のためやせ細っていた82歳の老人に、公的医療機関が3日以上、水分も栄養分も与えなかったことになる。「明日、手術」と言われる。何の手術か説明なし。

10月13日(金)
手術なし。

10月14日(土)
早朝待ち構えて、初めて医師と話す。担当医ではなく、その日の巡回医。「私たちには何もできないから家に連れて帰りなさい」と突き放される。

* * * * * * * * * *

車や掃除機が故障したのなら、修理工が言うことに余裕をもって反論もできる。しかし、こと医療に関しては医者の独壇場だ。元々権威を敬う傾向にある日本人やアフリカの人たちは、概ね医者にすべてを委ねがちである。医者を信じ、医者に言われるままに治療を進める。それに、医学・医療は高度に専門化しているから、「それは違うんじゃないの」とは言いにくいし、一般人には反論する知識もない。

医者に「家に連れて帰りなさい」と指示されたら、殆どのアフリカ人は黙って言われるままにするだろう。特に、田舎の人や古い世代や教育程度の低い人は、都会の教養人よりずっと権威を敬う傾向にあるので尚更だ。

しかし、家に連れて帰ってどうすればよいのだろう? 検査も診断もされていないのに、どんな看護をすればよいのだろう? しかも医者は退院にあたって、「医師の判断に賛成します」という書類にサインを求める。検査も診断もないのに、「判断に賛成」はできない。

去年、知り合いの税理士ニックが大腸がんで亡くなった。腹部に不快感があったので、私立病院で検査してもらったところ、「ステージIVの大腸がん」という診断。末期である。

「ステージIVの大腸がんということがわかった。いい人生だった。」こうフェイスブックに書き込んだ後、ニックはホスピスに入り最高のケアを受け、一週間後、家族や友人に見守られながら亡くなった。

アケも、末期の大腸がんなのかもしれない。だが、医師の診断なしに、ホスピスに入れてもらうことはできない。呆れられるか、笑われるだけだろう。

それで、ペッカは医師に対し強く診断を求め、アケの退院を拒否した。

* * * * * * * * * *

それにしても、タンボ記念病院はひどい。公的医療機関のすべてがこれほどひどいわけではないだろう。ジョハネスバーグやケープタウンなど一流の大学医学部がある大都市には、優秀な大学附属病院がある。また、大きな都市にはレベルの高い私立病院がいくつもある。しかし、大都会を離れると、質の悪い公的医療機関に頼らざるをえない

タンボ記念病院のひどさは、「人災」である。医師も、看護婦も、その他の病院スタッフも、患者に対して思いやりがない。関心がない。患者を「厄介な邪魔者」くらいにしか思っていない態度だ。「お父さんが入院していた病室の片隅にミイラ化したネズミの死骸があった」とペッカ。病棟にネズミが横行しているばかりか、死んだネズミを誰も片付けず、ミイラになっても放ったままにしてある。また、婦人病棟のトイレは、床一面、尿で濡れていた。

タンボ記念病院にやって来た他の患者は、どんな体験をしているのだろう。

顧客サービスのレビューサイト「ハロー・ピーター」(hellopeter.com)で、タンボ記念病院を検索してみた。

患者の家族からいくつも不満が寄せられている。そのうち、2事例を紹介する。


要約すると、
母が入院している。「昨日から何も食べていない。お腹がすいた」と言うので、姉とふたりで1日2回の面会時間に食べ物を持って行くことにした。姉が夜7時の面会時間に行くと、母から一枚の紙を渡された。看護婦から「これがあんたの夕食」と言われたという。理由は3時の面会時間に持って行った食べ物を看護婦たちにシェアしなかったから。私立病院に行ったり、健康保険を支払ったりする経済力がない人たちが、なんの価値もない人間のように扱われて悲しい。

病院がろくに食事を与えてくれないから、娘たちは差し入れをしているのに、その差し入れを看護婦とシェアしなかったという理由で、「紙」を夕食に食べろという看護婦たち。こんな振る舞いをしてもまったく咎められない、病院や保健省の体制・体質が恐ろしい。



生後13か月の娘が高熱を出し、息をするのも苦しそうになったので、土曜の朝3時、夫と共にタンボ病院に急行した。娘を診察した医者は「何も異常はない。ウィルス感染だが大したことはなく、放っておけば自然に治癒する」。一旦家に戻ったものの、娘の状態は悪化。午後12時40分、別の病院に連れて行った。そこでは娘の熱を測り(42度だった)、肺のレントゲンを撮った。肺炎に罹っているとのことだった。別の病院に連れて行かなかったら、娘は死んでいた。
なんたるヤブ医者!

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「ハロー・ピーター」に書き込みをするのは、インターネットにアクセスがあり、ちゃんとした英語の文章を書くことができ、「ハロー・ピーター」の存在を知っており、投稿するほど勇気がある人だけである。大多数の国民は泣き寝入りをしているのだろう。また、「ハロー・ピーター」で告発しても、それが状況の改善にまったく結びつかないのが悲しい。

さて、お父さんの運命やいかに。

(次回に続く)


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