2017/09/07

誘拐犯に間違われリンチ殺人 群集心理の恐ろしさ

9月5日(火)の夕方。クワズルナタール州パインタウン(Pinetown)でのこと。ブキサ・ケレ(Bukisa Cele)さんは乗り合いタクシーのターミナルに、学校帰りの息子(11歳)を車で迎えに行った。会社の同僚であり、親友でもあるムルンギシ・ンクマロ(Mlungisi Nxumalo)さんも一緒だ。

息子が「お腹空いた」という。ブキサさんはムルンギシさんに息子の世話を頼み、おやつを買うため車から降りた。その途端、息子が泣き叫び始めた。精神に障害がある子供で、これまでもこんなことがよくあったという。

ところが、「誘拐だ!」という噂があっという間に群集に広まってしまう。怒り狂った群集は車の窓を割り、車を横倒しにし、ムルンギシさんに襲いかかった。一瞬車を離れただけのブキサさんの目の前で、信じられない光景が繰り広げられる。ムルンギシさんを殴る蹴るする群集を前にして、ブキサさんには手の出しようもない。

いや、ひとりの男性がムルンギシさんと群集の間に入り、止めようとした。しかし、暴徒と化した群集はこの男性にも暴行を開始

警察が到着したとき、ムルンギシさんは重体。路上には、止めに入った男性の死体があった。


警察が到着
暴徒を止めようとして殺された男性の死体

救急車に運び込まれるムルンギシさん

ムルンギシさんは救急車で病院に運ばれたが助からなかった。

ブキサさんの奥さんジャブリシレ(Jabulisile)さんは語る。「夫は深いトラウマを受けています。私が現場に駆けつけたとき、夫はショックでマヒ状態でした。」「ムルの家族に何と説明したらよいのでしょう。私達にとって、家族同様の人たちなのに。ムルは夫の友人だけど、ずっと年下なので息子のように思っていました。ムルは私のことを「お母さん」、夫のことを「お父さん」と呼んでいました。」

先月、ムプマランガ州の白人農業経営者クアシーさんが強盗に遭ったとき、乗り合いタクシーのターミナルにいた人々があっという間に犯人を捕まえてくれた。盗まれた携帯電話が戻って大喜びのクアシーさんは「誰もかもが犯罪にうんざりしてる証拠」「希望が出てきた」と語り、生れて初めて乗り合いタクシーに乗った。(強盗に遭った白人農家に思わぬ救いの手

しかし、群集が「犯罪者」を裁くのは必ずしも美談でないことを教えてくれた今回の事件。まったく証拠がないにも拘わらず、流言と思い込みだけで一瞬のうちにリンチが始まる。群集心理の恐ろしさ。

亡くなったムルンギシさん

ムルンギシさんは翌9月6日、44歳になっていたはずだった。そして、狂気が憑りついたような雰囲気の中、ひとり正気を保ち群集を止めようとしたが故に、殺されてしまった男性。無駄に命を落としたふたりの家族はどんな思いだろう。夫を亡くし、父を亡くした家族には、どんな生活が、どんな未来が待ち受けているのだろう。


【参考資料】
"A heartbreaking tale of friendship that led to murder" TimesLIVE (2017年9月6日)
"Innocent men killed by mob in Pinetown abduction hoax"TimesLIVE (2017年9月6日)など

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