2013/01/29

国の現状を憂うのは「国家反逆罪」? 「民主主義」政権の不思議な言い分

2013年1月17日、南アフリカの大手銀行「FNB」(ファーストナショナルバンク First National Bank)が大キャンペーン「You Can Help」(君も力になれる)を開始した。南アフリカの将来を担う子供たちに、この国の未来に関する夢や希望や思いを語ってもらおうという趣向。

テレビコマーシャルというと、代理店が周到に準備し、依頼主が承認した台本に従って撮影するのが常だが、FNBのキャンペーンは斬新そのもの。子供たちが自分の言葉で語る映像を、テレビやウェブサイトで生放送するというのだから。

「普段あまり耳にしない子供たちの声に、今こそ耳を傾けるべきだ。私たちが今日、築いている南アフリカを明日引き継ぐのは、子供たちなのだから」というFNB。日々の生活に影響を与えるものについて語る場を子供たちに提供することにより、「より良い生活・国作りを目指すブランド」というイメージを作り出すことがキャンペーンの目的。いずれも、もっともであろう。

放送に先立ち、FNBではハオテン州、西ケープ州、クワズルナタール州の子供たち1300人以上の意見を聞き、その調査結果を発表した。7割が南アの未来に対して楽観的だったという。

キャンペーンの初陣を飾ったのは、ケリー・バロイ(Kelly Baloi)さん(17歳)。場所はソエトのナレディ中等学校(Naledi Secondary School)。


企業のイメージアップを狙っているとはいえ、善意と愛国心に溢れた建設的なキャンペーン、としか思えないが、政府、与党の受け止め方は全く違った。

与党ANC(アフリカ民族会議 African National Congress)のスポークスマン、ジャクソン・ムテンブ(Jackson Mthembu)曰く、

若者の意見であると見せかけたコマーシャルを使って、ANC指導層と政府を攻撃したFNBの『広告』に、ANCは愕然としている。」

「広告の内容はあからさまな政治的な声明であり、行き当たりばったりに、証拠もなく政府を非難するものだ。」

「学童を使って、年長者に対して失礼なばかりか、民主的な政府が18年にわたって払った犠牲を無視するような政治的声明を発することを、FNBは中止すべきだ。」

ANC青年同盟(Youth League)は「明らかに『アラブの春』(Arab Spring)を再現しようとする、説得力のない試み」であり、「民主的に選出された南アフリカ政府に対する宣戦布告」、「疑問の余地のない国家反逆的な行動計画」だと怒りを露わにする。

ANC青年同盟のスポークスマン、クセラ・サンゴニカウェ(Khusela Sangoni-Khawe)は「子供たちが本心を語っているかどうか、知りようがない。FNBがお金を払って言わせたのかもしれない」とまで疑う。

ANC女性同盟(Women's League)は「政治的に偏向した、不快な宣伝」として、FNBに謝罪を要求。「金融機関がこのような強い政治的な見解を持っていることは懸念すべきであり、FNBが政府に反対の立場を採っていることはこの広告の内容から明らか」との声明を発表した。

ANCの支持母体のひとつ、SACP(南ア共産党)も、声明を発表。「政権交代を扇動」する広告に「激怒した」という。「銀行を自称する機関」の広告としては「非常に無責任で無謀」。「子供たちを(政府に反対する)戦いの傭兵として使ったのは胸がむかつく」と強く非難する。

アンジー・モチェハ(Angie Motshekga)基礎教育相は、自分に対する「深刻な言いがかり」だとしてFNBに抗議。

子供たちの多くは、犯罪の多さ、失業率の高さ、汚職のひどさなど、南アが直面する問題を指摘し懸念を表した。

ANCが特に反発したのは、ティアラ(Tiara)ちゃんという少女の言葉。

「変わるだろうという希望を持って、同じ政府に投票し続けるのはやめよう。それよりも、私たちと希望を共有する政府に希望を託そう。」(Stop voting for the same government in hopes for change - instead, change your hopes to a government that has the same hopes as us.)

一方、野党DA(民主連合 Democratic Alliance)のスポークスマン、ムムシ・マイマネ(Mmusi Maimane)は、「より良い未来を実現するために、国民全員が協力することを呼びかけていて、やる気を起こさせてくれる」とベタぼめ。FNBを「愛国的」と賞賛する。

「ANCがこのコマーシャルに反対するのは、アパルトヘイト政府のやり方を思い出させる。」「アパルトヘイト時代、政府の行動を疑問視するような意見は、その都度、国家に対する反逆との烙印を押された。」

しかし、FNBはANCの圧力に屈し、3日でキャンペーンを中止。ANCに謝罪した。

ANCに「非愛国的」(unpatriotic)と決めつけられた企業は、FNBだけではない。例えば、最近1万4000人の人員削減を示唆した鉱山会社「アムプラッツ」(Amplats。Anglo American Platinumの略称)。めちゃくちゃなストライキなどで大損害を被り、一部操業閉鎖に追い込まれた挙句、非国民呼ばわりされてはかなわない。いくらなんでも、自民党がシャープを「人員削減をするのは愛国心がないから」と責めることはないだろう。

「政党」と「政府」の区別がつかないANC。国民の声に謙虚に耳を傾けることも、批判を受け止めることも出来ず、過剰反応と逆襲しか能がない。私腹を肥やすことに熱心で、都合のよい時だけ「民主主義」の旗を振る。ANCの政治力が強大過ぎるから、ビジネスへの影響を恐れて、反論も出来ない企業たち。。。

唯一負けていないのが、チキンを売り物にするファーストフードチェーンの「ナンドーズ」(Nando's)。早速、タイムリーな広告を打ち出した。



「FNB・・・チキン?」

「鶏肉」と「臆病者」という、「チキン」の2つの意味を引っかけた、FNBへのメッセージだ。

下の細かい字に目を凝らすと・・・。

「言論の自由があるのだから、行使しなさい。ナンドーズは行使します。
ナンドーズには美味しい直火焼きペリペリチキンもありますよ。そのために、国家反逆罪に問われたりしない限りは、の話ですが。」

ナンドーズをイジメようとしても、ユーモアに溢れた鋭い巻き返しに遭うだけなことを学習したのか、ANCはこの広告に対し沈黙している。

最後にケリー・バロイさんのメッセージを紹介する。これに比べると、ANCの反応が如何に幼稚に見えることか。

*****

何年も前。1976年のことです。私たちが今晩集まっているこの地に、勇敢な若者たちが立っていました。まさにこの場所で、彼らは自由への第一歩を踏み出したのです。彼らのような人々のお蔭で、私は世界一素晴らしいこの国に、自由な人間として生まれることが出来ました。しかし、今夜は革命について語るために集まったわけではありません。信念について、そして信念によって可能になることについて話すために、私たちはここに集まっているのです。今晩、私たち南アフリカの子供たちは、次のようなメッセージを皆さんと共有したいと思っています。

いつの日か、今目の前にある困難なこと、貪欲、不信、そして怒りが過去のものになるでしょう。いつの日か、暴力や、暴力に対する無関心さが過去のものになるでしょう。いつの日か、この国の子供たちが文盲の奴隷でなくなり、自分の運命を自由に選ぶことができるでしょう。いつの日か、お互いを非難するのでなく、抱き合う日がやって来るでしょう。お互いを傷つけあう代わりに、助け合う日が来るでしょう。

私たちが直面する問題は、お金や狭量な政治やデモや暴力で解決することはできません。私たちがこれまで成し遂げた素晴らしいことは、助け合うことで成し遂げたのです。...今こそ、本来の私たちを思い出す時です。今こそ、私たちの中にある強さを、私たちが成し遂げることができる素晴らしいことを、思い出す時です。助け合うことが出来て初めて、愛するこの国を救うことが出来るのです。いつの日か、そういう日が来るでしょう。そしてその日は、今日であるべきなのです。

神様、アフリカに祝福を。

(参考資料:2013年1月21日付「Mail & Guardian」、22日付「Business Day」「The Times」、25日付「Business Day」など)

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