2016/09/02

リオ五輪、南アのメダリスト 注目したい3人

4年に一度の夏季オリンピック。我が家にはテレビがないので、大抵、知らないうちに始まって、知らないうちに終わってしまうのだが、リオ五輪は友人たちがフェイスブックに記事や動画を投稿してくれたおかげで、南アチームの活躍を垣間見る機会があった。

中でも、目立ったのがこの3人。

ルヴォ・マニョンガ(Mail &Guardian

まず、走り幅跳びで、銀メダルを取ったルヴォ・マニョンガ(Luvo Manyonga)。25歳。個人最高の8.37メートル。金メダルとは僅か1センチの差だった。

銃と麻薬と暴力に囲まれた、ケープタウン近くの貧しいコミュニティに育つ。2009年、コーチのマリオ・スミス(Mario Smith)に見い出され、2010年にIAAF(国際陸上競技連盟)のジュニア世界選手権で優勝。名声を得たことから、家族や友人たちがまだ10代のルヴォの稼ぎを当てにするようになり、ルヴォに走り幅跳びに専念して欲しかったコーチは、自腹を切ってルヴォの家族を養うはめになる。

そんな中、ルヴォはティック(覚醒剤)に溺れていく。2012年、薬物検査で陽性。18か月の競技出場停止処分を受ける。通常は2年の停止処分が18か月で済んだのは、貧しい家庭環境や麻薬に関する教育不足を理由として、スミスが尽力してくれたおかげだ。

2014年、ルヴォを何とか立ち直らせようと、ルヴォの家に向かっていたスミスが交通事故で死亡。ルヴォは葬儀に参加せず、ティックでハイになっていた。麻薬漬けの毎日で、死と隣り合わせだったという。

そんなルヴォに救いの手が差し伸べられる。アイルランド人の体力強化コーチ、ジョン・マクグレイス(John McGrath)と2004年のアテネ五輪で金メダルを受賞した水泳選手、レイク・ニートリング(Ryk Neethling)、それにSASCOC(南ア五輪委員会)のギデオン・サム(Gideon Sam)委員長だ。

麻薬の誘惑と人間関係のしがらみのない新天地でトレーニングに全身全霊を投入させようと、故郷から遠く離れたプレトリアにルヴォを移動させた。ルヴォは期待に応え、プレトリア大学ハイパフォーマンスセンターで訓練を積む。SASCOCが訓練費用を負担した。

リオ五輪に出場した時、麻薬を止めてまだ半年しか経っていなかった。

地獄から抜け出し、栄冠をつかんだルヴォ。親類縁者にたかられたり、麻薬にまた手を出したりせず、このまま真っ当な道を進んで欲しいけど、まずは銀メダルのご褒美として国が支給した多額のボーナス目当てに、やっぱり色んな人が集まって来るだろうな。。。

ウェイドとコーチ(IOL
2人目は、ケープタウン出身のウェイド・ファンニーケルク(Wayde van Niekerk)。24歳。400メートル走を43.03秒という世界記録で金メダルを獲得。いや~、早かった!



29週という超早産で生まれた時の体重は、たった1キロ強。障害を持つのでは、と医者が危惧したという。

ウェイドのコーチは、74歳のアンス・ブアタ(Ans Botha)。コーチ歴48年。もうすぐ5人目のひ孫が生まれる予定。

ブアタがウェイドに注目したのは、2010年のジュニア世界選手権。4位だった。2012年、フリーステート大学でマーケティングを学び始めたウェイドは、同大学の陸上ヘッドコーチ、ブアタの指導を受けることになる。ブアタは短距離走者だったウェイドを説得し、中距離に転向させた。短距離走に必要な瞬発力に欠けていると判断したのだ。

とにかく規律に厳しいコーチという。時間にも厳格で、「5分早く来ても、遅いと怒られる」とウェイド。そして、50歳の年齢差にも関わらず、ウェイドとブアタは大の仲良しだ。

ウェイドが優勝した直後、ブアタはウェイドの元に駆けつけようとしたが、職員に止められた。コーチとしてのパスを持っていたにも関わらず、こんなおばあさんがオリンピック選手のコーチだと信じてもらえなかったのだ。周りの人々のとりなしで、ようやくウェインと喜びを分かち合うことができた。

カスター・セメニヤ(10 things to know about Caster Semenya)

3人目はカスター・セメニヤ(Caster Semenya)。25歳。800メートルの金メダリスト。(アメリカ英語では「キャスター」だが、南アでは「カスター」と発音。)




カスターはリンポポ州の貧しい村で育った。サッカーのトレーニングの一環として走り始め、ランナーとして頭角を現す。2009年の世界選手権で優勝後、短期間で記録が伸び過ぎていると、IAAFに薬物使用の疑いをかけられる。(カスターは2011年の世界選手権と翌年のロンドン五輪でロシアのマリヤ・サヴィノヴァに次いで2位だったが、WADA(世界アンチ・ドーピング機関)は2015年11月、サヴィノヴァがロンドン五輪でドーピングしたとして、陸上界から永久追放することを推薦した。もしサヴィノヴァのロンドン五輪金メダルが取り消されれば、金メダルはカスターの手に?)

IAAFは更に、男性のようにがっしりした体格のため、カスターが女性でない疑いがあるとして、性別鑑定検査を要求した。検査の結果が出るまで競技に参加できないどころか、性別鑑定検査という世界的なスキャンダルによる屈辱を味わう。いくらボルトが早いからといって、「早すぎるから人間ではない」「早すぎるから他の選手に対して不公平」「試合参加を認めるべきではない」という声は出ない。後天的な努力もさることながら、生まれながらの素質を疑う者はいないだろうし、それが問題だとする者もいないだろう。

カスターへの批判は「女っぽくない」から、また、「アフリカ人」だから生じた差別ではないかと、人種差別性差別人権蹂躙プライバシー侵害などの問題として捉えられ、南ア国民は一丸となってカスターをサポートした。

「女性」という結論が出て、試合復帰が認められたカスターだが、「遺伝的に有利だから、他の選手に対して不公平」という理不尽な批判はいまだ収まらない。リオ五輪女子800メートルで6位だった、イギリスのリンゼー・シャープ(Lindsey Sharpe)は、カスターの試合参加は不公平であり、「私には勝ち目がない」と泣き出した。これに対し、南アでは「カスターが出場を許されなかったとしても、5位になっただけなのに」と激しい批判が巻き起こった。

英『ガーディアン』紙は、「スポーツ界には別の種類の不公平がある」と論じる。オリンピックのようなスポーツ大会では、大国、先進国の選手の方が、貧しい小国の選手より絶対有利だというのである。結果は獲得メダル数に如実に現れる。リオ五輪を例に取れば、アメリカ121、イギリス67、中国70、ロシア56、ドイツ42。シャープの出身国イギリスがリオ五輪への準備に2億5700百万ポンドも使った一方で、セメニヤの出身国南アフリカの準備資金は190万ポンドにも満たない。そして、南アは発展途上国の中でも、かなり豊かな方である。

発展途上国のスポーツは様々な困難に直面し、あらゆる面で遅れている。選手養成プログラムを持つ中等学校はまず存在しない。トップレベルの運動選手でも、練習場やコーチの確保に苦労する。先進国では普通の、栄養管理やプロによる心理的サポートや洗練されたトレーニング方法などは夢のまた夢。貧しい国の貧しい家庭に生まれ育った子供が、オリンピックに出場できるレベルに達し、更にメダルまで手にするのは並大抵の苦労ではない。「不利」な立場にあるのは、カスターの方なのだ。

カスターのテストステロン(男性ホルモン)レベルが高いのは不公平と文句を言う前に、リンゼー・シャープは自分がいかに恵まれているかを考えるべき、と『ガーディアン』紙は手厳しい。そして、本当の意味でスポーツにおける「公平さ」を求めるなら、個人の素質を云々するより、個人の力ではどうしようもない、システムに組み込まれた不公平に目を向けるべきだと主張する。至極真っ当な意見だと思う。

(参考資料:"Caster Semenya is the one at a disadvantage", The Guardianなど)

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