12月末から1月初めにかけて、南アフリカの12年生(日本の高校3年生)やその家族は固唾(かたず)を飲んで、「マトリック」の結果を待つ。
(公立学校と私立学校は別試験で、結果の発表日も違う。私立学校の生徒が受けるIEB試験の結果発表は年末、公立学校の結果発表は年明け。)
「マトリック」(matric)は「matriculation」の略。イギリス式教育の「大学入学資格」「大学入学資格試験」からきている。正式名称は「National Senior Certificate」だが、一般の人は昔ながらの「マトリック」という言葉を使っている。「高校卒業資格」「高校卒業資格試験」と訳すのが一番正確だろう。
基礎教育省が実施したマトリック試験の2013年度の合格率は史上最高の78.2%。前年の73.9%から更に上昇。試験を受けた56万2112人中、43万9779人が合格した。
政府が「実績」を誇示するために、前年より高い合格率を発表するのではないか、という予想通りの結果となった。
当然、与党ANC(アフリカ民族会議)は自画自賛。(今年は総選挙の年なのだ。)
ジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)大統領曰く、「教育は国を繁栄に導く。政府の5大優先分野のひとつとなっている所以(ゆえん)である。マトリックの結果が一貫して上昇傾向にあることを喜んでいる。」
アンジー・モチェハ(Angie Motshekga)基礎教育相は合格した生徒へのメッセージとして、「この世はあなたの思うがまま。世の中に出て、資格をできるだけ有効に活用しなさい。」 そして、マンデラを引用し、「教育は世界を変える最も重要な道具です。」
ところが、この結果を手放しで喜んでいるのは政府だけ。
合格者の質に大きな疑問があるからだ。
試験科目は全58科目。うち、必修4科目、選択3科目の最低7科目を受験する。合格に必要な点数は必修科目の場合、第1言語(国語)40%、第2言語30%、算数または数学30%、ライフオリエンテーション40%。それに選択3科目中、1科目で40%、2科目で30%取らないと合格できない。
「算数」は「数学」よりずっと簡単。また、「生徒の個人的、社会的、知的、情緒的、精神的、身体的成長及び発展」を目的とする「ライフオリエンテーション」(life orientation)は100%近い合格率。選択科目には聖書学習とか木工細工とか農業とか、勉強が苦手な人でも点を取りやすいものが結構ある。自校の合格率を上げるため、簡単な科目を取るよう生徒に薦める教師や校長が多いらしい。
つまり、試験自体が簡単な科目が沢山ある上に、合格に必要な点数が異常に低いわけである。(それでも、合格者が1人もいない学校が9校もあった!)
「南アフリカ商工会議所」(South African Chamber of Commerce and Industry)のCOO(最高経営執行者)、ペギー・ドロツキー(Peggy Drodskie)は「マトリックの合格率向上は雇用拡大につながらない」ときっぱり。「卒業生の多くは雇用に役立つような科目を取っていない。また雇用に役立つ科目を学んだ卒業生でも、レベルが低い」から。
「南ア全国雇用者協会」(National Employers Assocation of SA)のCEO(最高経営責任者)、ゲルハルド・パペンフス(Gerhard Papenfus)は「現在の教育制度は、読み書きといった基本的なスキルを持つ労働者を生み出していない」という。
因みに、マトリックは合格しているものの、それ以上の教育を受けていない者の就業率は約50%、大学教育やその他の高等資格を持っている人の就業率は約80%、資格も訓練も受けていない人の就業率は30%とのこと。
フリーステート大学(University of Free State)のジョナサン・ヤンセン(Jonathan Jansen)学長は、合格点を50%に引き上げることを提案している。
「使えない」卒業生に困るのは、企業だけではない。大学入学資格獲得に必要な点数はマトリック合格点数より多少高いとはいえ、大学に入ってくる学生のレベルは低い。
今回マトリックに合格した43万9779人中、17万1755人が大学入学資格を得た。これは大学の定員数を大幅に上回る。ジョハネスバーグ大学(Univerisity of Johannesburg)では既に、1年生の定員1万500人に対し7万5000人、ヴィッツ大学(University of the Witwatersrand)では定員5500人に対し3万5000人の応募があった。つまり、大学は応募者の中からレベルが高い生徒を選べるわけだが、それでも大学1年生のドロップアウト率は40%近い。授業についていけないのだ。
更に、今回マトリックを受験した12年生が小学校に入学した時、その数は116万8581人だった。半分が高校を卒業するまでのどこかで、ドロップアウトしてしまったのだ。試験を受けた生徒の合格率は78.2%でも、この学年の子供全体を見ると、439,779÷1,168,581=0.3763。37.6%しか高校卒業資格を持っていないことになる。
初等中等教育でのドロップアウト、大学でのドロップアウト、非熟練工以外雇用しようのない若者の多さ、そして元々、求人の数が職を求める人の数より少ない。。。その結果、15-24歳の南アフリカ人の70%が、教育中、職業訓練中、雇用中のどれにも属さないプータローという。
ズマ大統領やモチェハ基礎教育相に言われるまでもなく、教育は国の礎(いしづえ)である。新政権が誕生してから今年で20年目。1994年に生まれた子供たちは大学生。この20年、政府がもっと真面目に教育に取り組んでいたら、今の南アフリカは経済や犯罪をはじめとする様々な分野で、ずっと状況が良くなっていたはず。
モチェハ基礎教育相はマトリック合格率上昇の理由として、教育予算の増加(2009年の1270億ランドから2013年には1730億ランド)の他に、教師が時間通り授業にやってくるよう政府が努力したことを挙げているが、南ア政府の考える教育の向上って、まだそんなレベルの話なのか。
(参考資料:2014年1月7日付「The Times」、1月7日、8日付「Business Day」、1月7日付「The Star」など)
【関連HP】
基礎教育省による2013年度NSC試験結果の分析・統計
Technical Report
Diagnostic Report
School Performance Report
Subject Report
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